【エッセイ】まじめやねぇ
すっかりサウナにはまった私は、近場の温浴施設に通うようになった。
通う頻度が増えると、どうしても気になることがある。
サウナ室での会話だ。
たいていの施設には「黙浴」や「会話禁止」の注意書きがある。
しかし、あの注意書きは法定速度の標識に近い。守る人は守るし、守らない人は最初から見ていない。
非常にデリケートな問題だ。
なぜか、会話している人ほど偉そうに見える。
ひとりサウナを楽しんでいる私は、ただ黙って座っている。
それが、どうにも納得いかなかった。
ただ、注意するのはそれはそれで面倒なのだ。
「何分後に出ようか」と話しているくらいなら気にも留めない。
だいたい聞こえてくるのは、よくわからない自慢話や地元のツレの話だ。
するなら、そこにいる人を楽しませるようなエピソードトークを本意気でしてくれ。
などとぐるぐる考えたうえで、まだ話していれば「静かにしてください」と伝えることにしている。
大抵はそれで終わるのだが、この日は終わらなかった。
私の職場と自宅の中間にある、小さめの温浴施設に行った日のことだ。
その日は、朝から仕事の後にサウナに行くことを決めていた。
仕事を終え、ちょっと贅沢する日に食べる定食屋でチキン南蛮定食を食べた私は、上機嫌でサウナに向かった。
三段で、総勢十名も入れないぐらいの小さいサウナ室だが、立地と割安な料金で重宝している。
効率化重視で持参した全身シャンプーを使い、颯爽と身体を洗い終え、湯船に身を委ねる。
今日もそれなりに混んでいる。
空いている方がうれしいが、それなりに流行ってくれないと店自体がなくなってしまうから文句は言えない。
サウナにさえ入れればそれでよいのだ。
湯船を後にし、サウナ室に向かう。
ちょうど三段目に一人分座れるスペースがあったので鎮座。
別に見たいわけではないが、突破ファイルが流れている。
ながら見するにはちょうど良いなと思っていたところ、隣で会話が始まった。
面倒な気持ちと、サウナに集中したい気持ちを天秤にかける。
申し出るにあたって、重要なことがある。
タイミングだ。
注意してすぐにこちらがサウナ室を出るようなことがあっては面目が立たない。
自分がまだサウナの熱に耐えられる余裕がなければいけない。
また、会話の流れにも注意を払う。
すぐに終わりそうなのか。声を挟むタイミングがかぶるのもよくない。
こっちも揉め事を起こしたいわけではないのだ。
しかし、一向に止む気配はない。
今日は言わないと駄目な日か。
意を決して「静かにしてください」と伝えた。
相手は少し怪訝な顔をしていたが、申し入れを聞いてくれた。
これで集中できると安堵した。
仕事のストレスが、熱の中で少しずつ溶けていく。
そのとき、テレビからウッチャンの「突破!」という声が聞こえた気がした。
だが、それも長くは続かなかった。
そのあと、下段に入ってきた別のグループが、会話を始めたのだ。
私が注意した二人はまだサウナ室にいる。
これを見逃せば、筋が通らない。
私の出方を隣からうかがわれている気がする。
すでに10分近く経っているのでそろそろ後にしようかと思っていたのに。
退路はなかった。
私は、あとから入ってきたグループにも「静かにしてください」と伝えた。
間髪入れずに、最初に注意した彼から「まじめやねぇ」と言われた。
彼は続けて「テレビが流れてるのと一緒やろ」と言った。
唐突な出来事に私は戸惑った。
正しいことを言ったはずなのに、なぜかこちらが場違いな人間になったような気がした。
変なのは、自分のほうなのか。
私は、サウナを楽しみたいだけなのに。
そんなことを言われるなんてあんまりだ。
ここで私が何か言い返すと、それは会話になるのでは。
葛藤の末、私は振り絞るように「サウナ室なので……」と小声で伝えた。
なんとも言えない空気が漂っている。
ととのいにきているのに、もやもやする。
普段なら限界を迎えている。
それでも、ここで出るとどこか負けた気がした。
まじめだと言われるのは本来、褒め言葉だ。
でも時に、まじめであることが少し恥ずかしくなる。
どうすればよかったのかを考えながら、私は誰よりも長くサウナ室に残った。
まじめだと言われたことだけが、最後まで汗と一緒には流れなかった。
最後に念のため。
サウナ室での会話は、施設のルールに従いましょう。
話しながら入るサウナが楽しいのもわかる。
ただ、黙って座っていたい人もいる。
誰もが気持ちよくサウナを使えますように。
