
発信するなら「少し嫌われるくらい」でちょうどいい
お仕事など、何かしらの目的があって文章を書き、発信をしている人へ。
突然ですが。
本気で発信をするなら、少し嫌われるくらいがちょうどいいと思っています。
どういうことか?
わざと人を傷つけるとか、尖ったことを言って目立てばいいとか、そういう話ではありません。
ただ、言葉を届けることをひとつの仕事の手段にしたいなら、「誰にも嫌われないこと」を優先するのは、捨てたほうがいい。
と思っています。
SNSで発信していると、多くの人は「誰も傷つけないこと」を無意識に大切にします。
この言い方は強すぎないかな。誰かに嫌な思いをさせないかな。フォロワーが減ったらどうしよう。変に誤解されたらどうしよう。
とかとか。
そうやって、何度も言葉を丸めて、角を取って、なるべく誰にも引っかからないように整えている人、少なくないのでは?
もちろん、配慮は大切です。
だけど、ここで間違えてはいけないのは、「配慮すること」と「自分の思想まで薄めること」はまったく別だということです。
誰も傷つかない言葉は、誰の心にも深く刺さらない
少し酷な言い方をしますと、
誰も傷つかない言葉というのは、裏を返せば、誰の心にも深く刺さらない言葉でもあります。
安心や優しさは悪いものではありません。
でも、安心だけでは、人の記憶には残りにくく「いいこと言ってるな」で終わる。
その瞬間はうなずいても、それ以上の何かはない。
これが現実です。
発信で本当に大事なのは、ただ有益なことを発信するだけでもなく、見ている人に好かれることでもなく、「この人の言葉、なんか残るな」という感覚を味わっていただくことだと感じています。
そのためには、自分が何を大切にしていて、何に違和感を覚えていて、どんな世界を見ているのかを、ある程度はっきり出す必要があります。
でも、自分の考えを出したら、誰かに違うと思われるかもしれないし、離れていく人がいるかもしれない。嫌われるかもしれない。
といった感じで、怖くなる人が多いのが現状です。
フォロワーが減ることは、失敗ではない
SNSでは、あまりに耳が痛い正論を言ったりすると、フォロワーさんが減ることがあります(笑)わりと普通に起こります。
でも、それは
「あちゃー、いらんこと呟いてしまった・・」という失敗ではありません。
むしろ、濃いファンの方を大事にしていく上では必要なことであり、喜ぶべきことです。
なぜなら、自分の思想の片鱗を出したときに離れていく人は、そもそもあなたの言葉を深く受け取れる人ではなかった可能性が高いからです。
数字が減ると、自分の価値まで減ったように感じる人もいるかもしれませんが、それは大きな勘違いです。数字にとらわれすぎです。
発信において本当に見るべきなのは、口酸っぱく言いますが、フォロワー数そのものではないのでね。
その中の何人が、あなたの言葉にちゃんと耳を傾けてくれているのか。
ここなんです。
変にバズを狙ってフォロワーを増やしている人は、数字上はインパクトがあるかもしれません。
数千、数万というフォロワーがいると、外から見れば「なんとなくすごい人」に見える。
でも、その内実を見てみると、ただ浅瀬でチャプチャプしている人(ファンでもない、関心が薄いフォロワー)が増えているだけ、ということも普通にあります。
そういう場合、どれだけあなたの言葉に耳を傾けてくれているか?でいうと、フォロワーさんの10%にも満たない可能性が高いと思っています。
もっと少ないかもしれません。
もちろん、認知を広げること自体は大事です。
発信している以上、誰にも見られない状態というのは正直辛いです。
ただ、バズって不特定多数に広がることと、必要な人の心に届くことは、まったく別の現象です。
耳が痛い言葉が、誰かの気づきになる
人が、同じ話をどう受け取るかはわかりません。
要するに、誰かにとっては耳が痛い話でも、別の誰かにとっては新しい視点や気づきになるということ。
同じ言葉を読んでも、「責められた」と感じる人もいれば、「今の自分に必要な言葉だった」と感じる人もいる。
つまり、受け取り側の心の状態や、環境の問題です。
だから、すべての受け取り方を先回りして、誰にも痛くない言葉に整えようとしなくていいのです。
そんなの、不可能に近いですしね。
当たり前&繰り返しますが、
言葉を雑に扱っていいという意味ではありません。
むしろ逆です。
本気で届けたいなら、言葉には責任を持ったほうがいい。
でも、その責任というのは「誰にも嫌われないようにすること」ではありません。
自分が本当に伝えたいことを、誠実に言葉にすることです。
このように、発信していると、
どうしても無意識に「嫌われないこと」を大切にしている人が本当にたくさんいらっしゃいます。
でも、嫌われないことを優先しすぎると、必要な人にも見つけてもらえなくなりますよ、というお話です。
これは、個人で仕事をしている人ほど、本当に大事なこと。
作品でも、サービスでも、発信でも。
誰にでも好かれようとするほどに、「この人だからお願いしたい」という理由が薄くなります。
逆に、自分の思想や感覚をちゃんと出していくと、合わない人は自然と離れていきます。
でもその分、深く共鳴してくれる人が残る。
だから、発信して変なコメントが来ることや、フォロワーが減ること自体を、そこまで怖がらなくていいと思っています。
わたしもたまにトンチンカンなコメントをいただいたりもしますが、わりとスルーさせていただいています。
でも、それでいいんです。
要点が「そこじゃないんだよな・・」というコメントに反応するのも時間を持っていかれるだけですし、SNSってみんな「自分の自論」を語っているだけで、正解不正解を議論する場ではないと考えているのです。
(あえて議論を巻き起こすのが炎上商法ですね)
だから、必要以上に発信者側が怖がらなくていいように思います。
全員に好かれるとか、まず無理ですからね。
必要な人に見つけてもらうために
要するに、今回の話をまとめると、タイトルの通り
「発信するなら、少し嫌われるくらいでちょうどいい」なのです。
自分の言葉に輪郭を持たせるということです。
あなたの言葉を必要としていない人まで、無理につなぎ止めなくていい。
大事なのは、嫌われないことではなく、必要な人に見つけてもらえることです。
そのためには、自分が見ている世界を、曖昧にぼかさず伝える。
一般論に収めない。
そうやって初めて、言葉にはその人の温度が宿るのだと思います。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
発信においては、自分もいろんな葛藤がありながらも
今はやっと?自分なりのスタンスを見つけることができているようにも感じます。
とはいえ、普段セッションで個人でお仕事をしている人からのご相談を伺っていると
「発信がどうにもこうにも苦手で、怖い」というお声をいただくことが少なくありません。
わたし自身も同じように怖さを感じていた時期もありましたから、その気持ちはものすごくわかるんですね。
でも、やっぱりその「わたし苦手なんです」に甘んじている状態では、何も前に進まないというのも正直なところで。
だからこそ、今はtuning programという自己表現の伴走サポートをさせていただいているのですが
受けてくださった方々が「表現(発信、作品、サービス)」に対して、
少しだけ自信を持っていただいて自分らしく前に進まれている様子を拝見しては、「やってよかったな・・!」とつくづく感じています。
ありがたいことにtuning programのご予約は、5月は満枠となりました。
現在は、6月のご予約にて承っておりますので
なんとなくタイミングを感じる方は、ご縁がありましたら幸いです。
この記事が何かあなたにとって良い感覚がありましたら、いいねなど反応をいただけると嬉しく思います。
fey
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