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勇者の幼馴染、ただそれだけで魔王討伐

    ~あらすじ~
    「幼馴染が勇者だった。ただそれだけで、俺の人生は過酷労働になった。」
    勇者と同じ村に住んでいる幼馴染。ただそれだけの縁で魔王討伐の旅に引きずり出されたベイク。
    装備は勇者アースのお下がり、高い宿代を節約するために回復草で体力を回復する日々。
    ようやく転職した職業で華やかな活躍を夢見るも、現実は馬車の中で合成を続ける過酷な内職地獄だった。
    自由奔放な遊び人のトラブルに巻き込まれ、メンバーから白い目で見られる理不尽。
    孤独な作業と失敗続きの合成に耐えながら、彼はパーティの命運を繋いでいく。
    かつてのポリゴン調RPGを彷彿とさせる、不条理に満ちた冒険が今ここに幕を開ける。


    旅立ちの朝

    とある田舎の小さな村。
    旅立ちの朝というのは、もっとこう……胸が熱くなるイベントだと思っていた。

    村の広場には村人がほぼ全員集合していた。
    農具を持ったままの大人、眠そうな子ども、そしてなぜか牛と猫まで参加している。
    その中央に立つのが幼馴染であり――伝説の勇者の血を引く男、アースだ。

    「……必ず、世界を救ってみせる。」
    凛々しい横顔。澄んだ声。
    「うむ……よく言った。」
    村長が深く頷き、杖を地面に軽く突く。
    「ではアースよ。旅立つ前に、村のみんなに挨拶をしてくるがよい。その後、ワシの家へ来てくれ。」
    「……はい。」
    返事まで勇者のテンプレ。
    ――この時点では。

    アースはまず、村長の隣にいる夫婦に話しかけた。
    「あなたは幼い頃森で拾われた子なの。」
    アースの両親だ。
    「あのときから不思議なチカラを感じていてね、あなたならきっとこの世界を平和にできるわ。」
    俺は15年コイツと一緒にいて何も感じなかったけど。しかもこんなところでさらっと重大なことカミングアウトされても顔色一つ変えないアース。

    アースは次に農夫に話しかけた。
    「いってくる!」
    「気をつけてな!」

    次に子ども。
    「いってくる!」
    「帰ってきたらまた遊んでね!」

    そして老夫婦。
    「いってくる!」
    「危なくなったらすぐに帰ってきなさい。」

    このままスムーズに進むと思っていた。
    ……が。
    アースは広場の端にいた猫の前で立ち止まった。
    「……」
    「にゃあ」
    「……」
    ん?猫に話しかけたのか?
    アースは満足げに頷いた。
    猫の反応を“挨拶成功”としてカウントしたのだろうか。

    次は牛だ。
    モォ、と鳴く牛に対し、アースは真剣な表情で向き合う。
    「いってくる!」
    「モォ」
    「とりあえず全員に話しかけたいのはわかった。もう村長のところへ行こう!」

    そして問題はその後だった。
    アースはさっき話した農夫にもう一度話しかけた。
    「気をつけてな!」
    「……さっきも聞いたぞ?」
    それでもアースは無言で頷き、隣の婦人に話掛ける。
    (まさか。 最初適当に話しかけたから、だれと話したかわからなくなってるんじゃ)
    アースは“見えないチェックリスト”を埋めるように、広場を規則正しく回り始める。

    一通り挨拶を終えるとアースは村の入り口付近に立っていた。
    迷わず村の外に出ようとするが、そこに立っている村人に話しかけられ止められる。
    「村長のところには行ったのかい?家で待ってるぞ。」

    アースはその言葉を無視し、再度村人の脇を抜けようとする。
    「まさか村長の家を忘れたんじゃないだろうな?村の奥の大きな家だぞ。」
    だが、また会話で行く手を阻まれる。
    村長の家に行かないと先に進めないらしい。

    アースはもう一度村人と柵の間をすり抜けようと試みる。
    「村長のところには行ったのかい?家で待ってるぞ。」
    同じ会話になったのを確認し、アースは向きを変えて村の奥へと向かっていく。

    これでようやくイベントが進む。

    と安心した矢先、村の入り口に近い民家から順に入っていくアース。
    「おい、みんな広場にいるからだれもいないぞ?」
    アースはお構いなく家の中を歩き回りタンスを開け、壺を割り始める。
    え?いいのか?

    一軒、二軒、三軒目。俺の実家。
    全ての民家を回り、ようやく村長の家に着く。
    家に入ると村長がこちらを向いた。
    ――目が合った。

    その一瞬で確信した。あ、イベント始まるな、と。
    「よく来たな、アース。」
    と言われる前に、アースは視線を外し、くるりと方向転換した。
    そして――
    一直線に向かったのは部屋の隅にあるタンスだ。
    「……は?」
    次の瞬間、引き出しが開く音。
    ガラッ。
    「いやいやいやいや!! 村長目の前にいるぞ!!」
    引き出しの中には、何の変哲もない布切れが畳まれて入っていた。
    「……」
    アースはそれを無言で取り出す。
    「待て待て待て。まずは村長と話すのが先だろ!」
    俺が言い終わるより早く、アースの手が止まった――気がした。
    次の瞬間、どこからともなく軽快な音が鳴った。

    ♪ チャララララ〜ン

    いや、気のせい……であってほしい。
    アースの手には、「布の服」と書いてありそうな服が握られていた。
    「それ……何?」
    返事はない。
    アースは迷いなく装備し始めた。
    「いやいやいや、布の服ではあるが村長の服だからな! それ!」
    だが村長は何も言わなかった。
    いや、言えなかったのかもしれない。

    タンスから離れ、次は壺へ向かう。
    「やめろ! 次は絶対に――」
    ゴトッ。
    壺を持ち上げ勢いよく床に投げつける。
    パリーンという音と同時に♪ チャララララ〜ン
    「聞こえてる!!
    今度は完全に聞こえた!!」
    本来空っぽのはずなのに、アースは“何かを手に入れた顔”をしている。
    「お金だ……それ、村長のへそくりじゃないか?」
    “少ないな”と言わんばかりの顔でポケットにしまうアース。
    ようやく村長の前に行き話を始めた。

    「よく来たな。挨拶は済んだか?」
    「はい。」
    (すごいな、目の前で服もお金も取られて普通に会話できるなんて。挨拶だけじゃなくてアイテム探しまで済ませてますよ。)

    「北の洞窟で最近魔物が増えているらしい。まずはその手前の村の村長のところへ行って話を聞いてきてくれんか。」
    「そしてベイク。お前はたくさん本を読んで世界中のことに詳しい。共に行きアースを手助けしてあげなさい。」
    「ベイク!よろしくな!」
    「え?俺も行くの?ウソでしょ。ただの村の青年ですけど。」
    と言う隙もなく村長は話続ける。
    「この家にあるタンスを調べるといい。きっと役に立つものが見つかるだろう。」
    「あ、さっきの布の服……このために用意しておいたのかな?って1着だけ?俺の分は?」
    村長の家を出ると、村はいつもの様子に戻っていた。
    「なぁ、アース。俺が行くのは北の洞窟までだよな?とりあえず装備整えて、うちの親にもちょっと挨拶させてくれよ。」
    完全に独り言だった。

    アースは視界に入った畑で鍬を振るっている男の前で立ち止まる。
    「いってくる!」
    「よお!アース! 冒険は順調か?」
    (まだ一歩も村の外に出てないです)
    心の中でだけ答える。
    アースは満足そうにうなずき、次へ。
    洗濯物を干していたおばさん。
    「いってくる!」
    「旅は楽しいかい?」
    (まだ村の外に出れてません)
    これも心の中だけ。
    誰も悪くない。
    全員、RPG的に正しい。
    ただ一人、現実を認識しているのが俺だけというだけだ。

    アースは満足げにうなずき、村の出口へ向かう。

    俺はその背中を追いながら、ふと気づいた。
    (……あれ?)
    歩きながら腰のあたりを探る。

    剣。ない。
    盾。ない。
    回復草。……ない。
    あるのは着慣れた服と不安だけ。

    「ちょっと待て!」
    俺は慌ててアースの横に並ぶ。
    「アースは回復草、持ってるよな?二つぐらい拾ってたよな?」

    アースは何事もなかったように歩いている。
    (……俺、何も持ってなくない?)

    喉がひくりと鳴る。
    「なあアース……」
    声に出しかけてやめた。
    どうせ返事はない。

    村の出口が迫る。
    外の世界から冷たい風が吹き込む。

    (せめて、俺にも一個くれ)

    願いは届かない。
    アースはそのまま境界線を越えようとしていた。
    俺は覚悟を決めるしかなかった。

    節約主義の勇者

    アースは門を出た途端、進路を変え、村の外周に沿って歩き始める。
    まるで見えない円をなぞるように、同じ距離、同じ速度で。

    「……なあ、アース?」
    俺は北の方角を指さす。
    「あっち。目的地、あっちだからな?」
    アースは聞こえていないかのように歩き続ける。
    (危なくなったらすぐ村に戻れる位置取りでレベル上げか)

    頭では理解できる。
    できるけど――
    (慎重すぎるだろ!!)

    その時だった。

    地面がぷるりと揺れた。
    現れたのは、ゼリー……のような何か。
    どこか形がいびつで、色も微妙に濁っている。

    「……初戦闘だな。」
    アースは無表情のまま、間髪入れずに動いた。
    ――速い。

    さっきまでのもっさりした動きが嘘みたいに、
    一切の迷いなく“たたかう”を選び続けているのがわかる。

    「ちょ、速っ……!」
    ゼリー状の魔物の体が弾け、反撃が来る。
    俺たちの体力が目に見えて削れていく。
    (半分切ってるぞ!? 回復、今だろ!?)

    だがアースは回復草を使わない。
    一切、使わない。
    (瀕死まで温存するタイプか……)

    俺も覚悟を決めて殴った。
    素手で。

    ……効いてる気がしない。
    (せめて木の棒だけでも欲しい)

    それでも数分後、ゼリー状の魔物は崩れ落ちた。
    勝った。
    確かに勝った。

    体力は二人ともレッドゾーン手前。
    「よし……回復だな。」

    俺がそう思った瞬間、アースは走り出した。
    全力で。

    「え? あ、ちょ――」

    向かった先は、村。
    そのまま家に入り、ベッドに直行。
    ――就寝。

    「回復草は!?」
    どうやら回復アイテムはいざというときのために取っておく方針らしい。

    翌朝、アースは道具屋へ向かう。丸腰の危険性に気付いてくれたようだ。
    手持ちは7コイン。
    「装備のバランスを考えると木の棒(2コイン)を2つと、俺に布の服(3コイン)だよな?」
    どの木の棒がいいか選んでいると店主の声が聞こえた。
    「まいどあり~」

    ……ん?

    振り向くとアースは木の棒と回復草×2を手にしている。
    「え?それに全財産使ったの?」
    アースは回復草を俺に手渡すと店を出て村の外に向かう。

    戦う。
    倒す。
    帰る。
    寝る。

    そんな行動を数日繰り返していると、ついに変化が訪れる。
    ゼリー状の魔物を倒した瞬間、アースの雰囲気がわずかに変わる。

    (……レベル、上がったな)

    アースは村の道具屋へと向かい、棚の前で立ち止まると値札を見る。
    今の手持ちは20コイン。
     木の棒     2コイン
     こん棒     7コイン
     小さなナイフ 25コイン
     布の服     3コイン
     鍋の蓋     5コイン
     木の盾    10コイン
     布の帽子    5コイン

    「装備を充実させてもっと戦闘を楽にしよう!
    バランス重視か?攻撃重視か?それとも丸腰の俺にフル装備というサプライズか?」

    「用があったら声かけるんだぞ。」
    (……ん?何も買わないの?)

    再度村の外に出てゼリー状の魔物やいもむしタイプの魔物を倒すと俺もレベルが上がった。
    戦闘が少し楽になったのを確認し、行動範囲を広げてみる。

    村からほんの少し離れた草むら。
    そこで出会ったのは、大きなネズミのようなモンスターだった。

    速い。
    とにかく速い。

    俺の攻撃は空を切る。
    (やっぱ武器買うべきだったでしょ!!)

    ネズミの牙が腕に食い込む。
    「いってぇ!! 普通に痛ぇ!!」
    ネズミが俺の腕を嚙んでいる隙にアースが攻撃を繰り返し、なんとか倒すとアースは即座に踵を返した。

    全速力で村へ。そして就寝。
    (あの回復草はいつ使うんだろうか)

    翌朝。今日もまずは道具屋へ。手持ちは25コイン。
    (さぁ、どうする……)

    アースは迷わずナイフを手に取りお会計を済ます。
    「だよな。攻撃力って大事だもんな。」

    そして、アースは俺に木の棒を渡す。
    「……ありがとう。」

    新品じゃない。使い込まれた感じがする。
    そう、アースのお下がりだ。
    でも、不思議と手に馴染んだ。

    俺は、少しだけ笑った。
    (これで、ツッコミだけじゃなく戦力にもなれるな)
    俺の冒険は、ようやく本格的に始まった気がした。

    鉄壁の鍋蓋と、紙同然の防御力の俺

    ナイフを手に入れたアースは、別人だった。
    大きなネズミが草むらから飛び出した瞬間、
    無表情のまま、一歩踏み込み――

    ズバッ。

    終わり。

    「……え?」

    あっけなさすぎて、声が出た。
    昨日まであれほど苦戦した相手が、今や一振りで沈んでいる。
    (武器の差、エグいな……)

    俺も木の棒で応戦する。

    振る。
    当たる。  
    ――当たってるはず。

    だがネズミは普通に動き、普通に噛んでくる。
    「いだっ!!」
    普段着の上から、歯が食い込む。
    (防御力、紙かよ!!)

    「なあアース! 俺の分の防具も考えてくれないか!?」

    背中越しに叫ぶが、返事はない。
    ネズミは倒れる。  
    俺は地味に削られる。

    結局、その日も家に戻って寝た。

    翌朝。
    道具屋。

    俺は祈るような気持ちで棚を見る。
    (今日は……頼む)

    アースの手が伸びた先は――鍋の蓋。

    「おっ」
    期待が膨らむ。

    (ついに! 俺に回ってくる……!)

    しかし次の瞬間、アースは当然のようにその鍋の蓋を自分の左手に装備した。

    カン、と軽く構え、満足げにうなずく。

    「……いや」
    声が震えた。

    「お前、ナイフあるだろ! 俺、棒だけだぞ!?」

    アースは何も答えず、店を出る。
    俺は追いかけるしかなかった。

    村を出た瞬間、アースは走り出した。

    北へ。
    一直線。

    「ちょっと待て!」

    返事はない。

    「装備!俺 防具ひとつも買ってないよな!?」

    アースは走る。
    俺も走る。

    (鍋の蓋、どっかに落ちてないのか……!)

    北の村が見え始めた、その時だった。
    空気がざわついた。
    羽音。  
    複数。

    「……来るぞ。」

    現れたのはコウモリ型のモンスター。
    数が多い!

    俺は木の棒を振る。
    ――空振り。

    「当たらねぇ!!」

    牙が肩に刺さる。
    「いってぇ!! 普通に致命傷なんだが!?」

    一方アースは――
    鍋の蓋で弾く。

    カン。  
    カン。

    システム的に、綺麗に。
    そして隙ができた瞬間、ナイフで確実に仕留める。

    (格差社会……!!)

    俺は噛まれ、引っかかれ、体力が赤くなる感覚がした。

    「アース!!モンスターだけに集中しないで! こっちの悲鳴も聞いて!!」

    また噛まれる。

    「死ぬ! 俺、死ぬから!!」

    それでもアースは淡々と戦い続け魔物を蹴散らした。

    気づいた時には、北の村の門が見えていた。
    アースは何事もなかったように歩き出す。
    俺は魔物が現れないことを祈りながらついていく。

    お下がりの穴あき服と、5コインの葛藤

    北の村に足を踏み入れた瞬間、視界がゆっくりと白んでいった。
    (……無事着けた)

    膝は笑い、肩は重く、噛まれた箇所は全部ジンジンと主張してくる。

    (宿屋……)

    この村で最初に行くべきはそこしかない。  
    魔物? 洞窟? どうでもいい。  
    今の俺に必要なのはベッドだ。

    だが――
    アースは立ち止まった。
    そして、何の躊躇もなく一番近くにいた村人へ向かい話しかける。
    「……」
    「ようこそ、北の村へ!」
    (入り口付近にいる人はそれしか言わないんだよな)

    次。
    「……」
    「最近は洞窟の魔物が増えてねえ。」
    (頼む、アースに宿屋の場所を教えてあげてくれー)

    心の中でしかツッコめない自分が情けない。
    「アース……俺、体力の限界……」
    声に出した。  
    だが――返事はない。
    アースは一切反応せず、次の村人へ向かった。
    (村人が少ないことを祈る……)

    村の探索は俺の体力を気にすることなく続く。
    民家。
    扉が開く。
    嫌な予感が確信に変わる。アイテム探しだ。

    タンス。
    ――開く。
    ♪ チャララララ〜ン
    中身は回復草。
    緑色で今の俺には神々しく見える。

    (……もしかして)
    期待するな、と自分に言い聞かせる。
    だが、どうしても期待してしまう。
    (ここで使うだろ……? 今がそのタイミングだろ……?)
    次の瞬間。
    アースの手がありえない速さで動いた。

    スッ。
    回復草は道具袋の奥へ消えた。
    「……ですよね。」
    声がやけに冷静だった。
    俺は理解した。
    これは保管用だ。
    使用予定は未定。

    二軒目の家。
    扉を開けた瞬間、カウンターが目に入った。
    「……宿屋?」
    (やっと……)
    希望が胸に灯る。
    だがアースは受付を無視して奥へ進んだ。
    「ちょっと待て!!」
    客室。
    タンス。
    開く。
    何もない。
    閉める。
    次の部屋。

    「散策が先かよ!!」
    叫びが虚しく響く。
    アースは一通り調べて満足したのか、そのまま外へ出た。

    俺は膝に手をついた。
    (宿屋ですべきことは宿泊だろう……)

    次に入ったのは道具屋。
    アースは真っ先に小さな剣を手に取る。
    値段を見る。
    戻す。

    次に旅人の服。
    1つ購入しそのまま装備。

    そして俺に差し出されたのは――
    今脱いだばかりの服。

    噛み跡。
    裂け目。
    ほつれ。

    最初の村から数日間アースが着ていた服(布の服)。
    「……」
    俺は深く息を吸った。

    (大人になろう)
    そう、自分に言い聞かせる。
    (これは……装備更新だ)
    穴が空いていても、防御力が落ちるわけではない。
    俺はそれを着た。
    不思議と心は穏やかだった。
    (悟り、開いたな……)

    次に入ったのは村長の家。
    「おぉ、お前たちの村の村長から話は聞いておる!北の洞窟へは装備を整えてから行くんじゃぞ!」

    その言葉と同時に、俺への視線。
    木の棒。
    穴あき布服。

    哀れみ。
    優しさが逆に刺さる。
    (村長の権限で道具屋にある装備どれかください。)

    世の中そんな甘いことはなく、村長の話が終わる。
    ――そして再度宿屋へ。
    ついにきた!休める!

    カウンターの前。
    「一泊、5コインになります。」
    アースが止まった。
    動かない。
    一秒。
    二秒。
    三秒。

    (……考えてる?)

    選択肢はふたつ。
    ①前の村に戻って無料で休む。ただ、歩いて戻るのは危険。
    ②5コイン払って安全に即回復。これしかない。

    沈黙が重い。
    四秒。
    五秒。

    アースが振り向いた。
    「どこの部屋だ?」と聞く前に、アースが回復草を手渡す。

    回復草1つ2コイン。
    2人で4コイン。
    まだレベルが低いから回復草を使えば体力は全快する。
    泊まるより1コイン安い。

    でも、睡眠って大事だぞ?
    そんな人間らしい理屈はこの勇者には通用しない。

    3つ目の選択肢を思いついたアースは、“お得に体力を満タンにできた”という事実にだけ満足し、そのまま宿屋を後にした。

    ギリギリを攻める勇者と、ギリギリで生きる俺

    結局その日、俺はベッドで眠ることができなかった。

    宿屋の前で5コインを惜しまれ、
    回復草で雑に回復され、
    「はい元気になっただろ?」みたいな顔で外に連れ出されて――

    「……人間扱いって何だろうな。」
    軽く人生を見つめ直しながら外に出ると、
    アースは当然のように村の出口へ向かっていた。

    村を出ると向かったのは近くの森。

    そして。
    ぐるぐる。
    ぐるぐる。
    ひたすら、周回。

    魔物が出る。倒す。歩く。
    また出る。倒す。歩く。
    その繰り返し。
    俺はそこで、はっとした。
    (……なるほど!)

    きっとそうだ。
    北の村の村長が言っていた言葉。
    『装備を整えるんじゃぞ』
    アースはそれを守ろうとしているんだ。

    魔物を倒してお金を稼ぎ、
    ちゃんと俺の装備を整えてから洞窟に挑む――
    「お前、考えてたんだな……!」

    ちょっとだけ感動した。
    感動したのはいいんだが――
    「いやでも休憩しよう!? 夜通し歩き続けるのは違くない!?」
    アースは止まらない。
    森の周回は続く。
    気づけば空は明るくなり、
    俺の体力はまたしても限界に近づいていた。

    そして朝。
    まるで開店時間を待っていたかのように、アースは村に向かって歩き出す。
    向かう先は――道具屋。
    徹夜で魔物を倒し続け、貯まったお金で何を買う。
    店の中で俺は真剣に考えていた。

    アースの装備は――
    ・小さなナイフ
    ・旅人の服
    ・お鍋の蓋

    俺の装備は――
    ・木の棒
    ・布の服

    (バランスを考えるなら……)
    どう考えても、
    「俺に新しい装備だよな?今なら小さなナイフとお鍋の蓋なら買える。」
    それがパーティとして一番強い。
    そう確信していた、その時――

    チャリン♪
    お金を支払う音。
    「……え?」

    アースが満足そうに小さな剣を掲げて振り返る。
    「ああ……うん……」
    そうだよな。
    最初に欲しがってたもんな。
    わかってたよ。
    期待した俺が悪かった。

    そして、アースは手に持っていた小さなナイフを俺に差し出した。
    「あ、ありがとう……」
    木の棒を売り、残ったお金で回復草を購入しその場で使用する。
    体力、全回復。

    そして、俺の装備は整うことなく北の洞窟へ。

    薄暗く、ひんやりした空気。
    コウモリやネズミの魔物が次々に襲ってくる。

    アースは相変わらずだった。
    お鍋の蓋で攻撃を弾き、
    小さな剣で確実に仕留めていく。

    一方の俺は――
    盾なし。
    武器は小さなナイフのみ。
    「痛っ!! 噛むなって!!」

    基本、噛まれてから反撃するスタイルだ。
    体力がみるみる減っていく。
    ついに俺は叫んだ。

    「アース! 回復草使うぞ!」
    すると――

    「まだだ!あと一発いけるだろ。」
    「……え?」
    耳を疑った。
    「いけるだろ、じゃないんだよ!?」

    俺の体力は残りわずか。
    確かに敵の攻撃は一発5くらい。
    残りの体力は……10あるかどうか。
    (理屈ではギリだけど!)

    「本気か!?」
    アースは無言でうなずいた。
    覚悟を決めるしかなかった。
    歯を食いしばり、
    震える手でナイフを振り回し――――勝った。
    「……生きてる。」
    洞窟に入って数分で、
    命の危険を感じるとは思わなかった。

    地面に座り息を整える俺を見て、さすがのアースも何かを悟ったらしい。
    すぐさま北の村へ引き返し、道具屋でお鍋の蓋を購入。
    今度はちゃんと俺に装備させてくれた。
    「やっと……盾が……!」

    その後、洞窟の入り口付近をうろうろして魔物を倒し、
    旅人の服まで買ってくれた。
    武器はまだ小さなナイフのままだが、
    レベルも少し上がり、なんとか戦えるようになった。

    そして――
    残ったお金で回復草を購入。
    アースはそれをきっちり半分に分けた。
    「……今日のお前、どうした?」
    返事はなかったが、少なくとも昨日よりはマシだった。

    準備は整った。

    装備よし。
    回復草よし。
    俺の精神力――たぶんよし。

    「今度こそ本番だな。」
    アースは静かにうなずく。
    二人で、再び――
    北の洞窟の奥へ足を踏み入れた。

    ボス戦の不条理

    北の洞窟は思っていたよりずっと長かった。
    コウモリを叩き落とし、ネズミを追い払い、噛まれても体力がギリギリになるまで攻め続ける――。
    回復草を使っても、魔物が落としてくれるおかげで運良く減ることはなかった。
    そんな地味で過酷な行軍を続けていた俺たちは、ついに洞窟の奥深くまでたどり着いた。

    「お、宝箱だ!」
    薄暗い通路の端にぽつんと置かれた木箱。
    アースが近づき、無言でパカッと開ける。
    中から出てきたのは――
    「旅人の服か!」
    なかなかの当たりだ。

    でも。
    アースはその服を手に取ったまま、ぴたりと止まった。
    「……どうした?」
    アースは無言。

    俺は状況を整理する。
    ――アースはすでに旅人の服を着ている。
    ――俺にもさっき買ってくれたばかり。
    ――つまり、この服は誰も装備できない。

    もしかして。
    「さっき俺に買わなきゃよかった、とか思ってないよな?」
    返事はない。
    そしてアースはしばらく考えた末、ポケットをごそごそと探る――
    回復草でパンパンになった道具袋を見つめ、
    ゆっくりと旅人の服を宝箱に戻した。

    「あ、二人とも持ち物いっぱいだから、後で回収する作戦か。」
    序盤あるあるだ。
    持ち物いっぱいアイテム置き去り事件。

    さらに奥へ進むと、通路の先が急に明るくなってきた。
    「この先……なんか嫌な予感するな。」
    開けた場所が見える。
    いかにも――
    「ボス部屋、って感じだな。」
    俺はアースに話しかける。

    「念のため、ここで回復草使って回復しとこうぜ?」
    しかしアースは無言のまま、スタスタと進んでいく。
    「おい! 聞いてる!? こういうのは準備が大事――」
    その瞬間。
    ズン……と地面が揺れた。

    初ボス戦、開幕
    そこにいたのは――
    巨大なモグラみたいな魔物だった。
    俺たちと同じぐらいの大きさ。
    太い腕。
    いかにも痛そうなツメ。
    「で、でかい……!」
    人生初のボス戦。

    本来なら――
    武器を構えて、作戦を立てて、気合いを入れて挑む場面。

    なのに。
    俺たちが最初にやったことは――
    「回復だ回復ぅぅぅ!」
    慌ててポケットから回復草を取り出し、全力でかじることだった。
    「初ボスの初行動が回復ってどうなの!?」
    もっとこう、かっこいい始まり方ってあるだろ!

    戦闘開始。
    ボスはどうやら魔法は使えないらしい。
    大きく息を吸い込んで――
    ズドォォン!!
    強烈な物理攻撃のみ。

    「よし! これは防御して耐えてから反撃だ!」
    俺は必死に叫ぶ。
    「アース! 今は防御のターン――」
    だがアースは止まらない。
    いつもの調子で――
    ひたすら攻撃。
    とにかく攻撃。
    「話を聞けぇぇぇ!!」

    俺たちは二人とも魔法を覚えていない。
    つまりこれは――
    完全な殴り合い。
    戦略もへったくれもない、正真正銘の泥試合だった。

    何度も吹っ飛ばされ、
    何度も回復草をかじり、
    もうダメかと思ったそのとき。
    アースの剣が、ボスの体に深く突き刺さった。

    ドォォン、と地面が揺れ――
    巨大モグラ、ついに撃破。
    「か、勝った……!」
    俺はその場にへたり込む。
    「やったなアース! 初ボス撃破だ!」
    振り向くと、アースが珍しく――
    ほんの少しだけ嬉しそうな顔をしていた。

    「どうした?」
    「……魔法。」
    「え?」
    「覚えた。」
    「今かよ!!」

    ボス戦のあとに覚える魔法に何の意味があるんだよ!

    するとそのとき。
    「おーい! 大丈夫かー!」
    後ろのほうから声がした。
    北の村の人たちが駆け寄ってくる。
    「すごい音がしたから見に来たんだ!」
    「えええ!?」
    無謀すぎるだろこの村人たち!
    ボスが暴れてるかもしれない場所にノコノコと!
    感動の余韻に浸る間もなく、俺たちはそのまま村人たちに引っ張られて強制送還された。

    北の村に戻ると、ちょっとした英雄扱いだった。
    「よくやってくれた!」
    「これで安心して暮らせる!」
    一晩宿屋で休み翌朝、村長から新しい情報をもらう。
    「西の山を越えた先の城で旅人を呼び集めているらしい。次はそこへ向かうと良い。」
    なるほど。
    次の目的地はお城か。
    でも、俺の冒険はここまでだよな?

    村を出るとアースは北へ歩き出した。
    「……って、そっちは洞窟だぞ!?」

    アースの目的はただ一つ。
    昨日宝箱に戻した“旅人の服の回収”。
    着る必要はないけど売ればお金になる。

    しかし。
    洞窟の入り口には、村人たちがバリケードを作っていた。
    「魔物が出て危ないから、もう入れなくしたんだ。」

    アースが話しかける。
    「入れて」
    「危ないからダメだ」
    「宝箱」
    「危ないからダメだ」
    「服」
    「危ないからダメだ」

    会話になっていない。
    アースは何度も話しかける。
    だが返ってくるのは同じ言葉だけ。
    「魔物が出て危ないから入れなくしたんだ。」
    やがて――
    アースは静かに肩を落とした。
    「……」
    あきらめたらしい。
    「だから言っただろ……序盤あるあるだって……」

    こうして俺たちは回収不能になった旅人の服に別れを告げ、故郷の村へと向かうことに。
    アースの背中はどこか少し寂しそうだった。
    「次からはちょっと持ち物考えような?」
    返事はない。
    でもたぶん――
    少しは学んだ……と信じたい。

    故郷の村に着くと、村長がこちらへ駆け寄ってきた。
    「おお、アース!そしてベイクも!洞窟の魔物を退治してくれたそうじゃな!」

    村長は目を細め、誇らしげに頷いた。
    「さすがは勇者の血を引く者……よくやってくれた!」

    アースは無言でうなずく。

    「うむうむ! その調子で世界を平和にしてくるのじゃ!」
    「いや、世界……?」

    急にスケールが跳ね上がった。
    俺は慌てて口を開く。
    「村長!俺がついて行くのはここまで――」

    だが村長は聞いていない。

    「北の村の村長から聞いておる。山を越えた先の城に行くのじゃろう。気をつけてな。」

    「え?俺も行くの?ウソでしょ。ただの村の青年ですけど。」

    アースは俺のことなど気にせず、新たな目的地である城へ向けて歩き出した。

    こうして俺は、
    “ただの村の青年”から
    “勇者の幼馴染という理由だけで世界を救う旅に巻き込まれた男”になった。

    お城は遠きにありて、井戸に潜るもの

    山を越え、ついに――俺たちは城下町にたどり着いた。
    門をくぐった瞬間、空気が違う。
    人の多さ、行き交う商人、呼び込みの声、石畳を叩く足音。
    「……すげえ。」
    思わず声が漏れる。
    村とは比べものにならない活気だ。
    世界が急に“本編”に入った感じがする。

    城下町の入り口のそばに立っていた人が、俺たちを見るなり話しかけてきた。
    「お、あんたたちも王様の呼びかけに応じて来た旅人かい?」
    「呼びかけ?」
    「王妃様がね、どうも体調を崩されているらしくてさ。腕利きの旅人を集めているって話だよ。」

    ――王妃。
    ――体調不良。
    ――国を挙げての呼びかけ。
    一気に話が大きくなった。
    「なるほど……」
    俺は背筋を伸ばす。
    「よし、アース。一刻も早くお城へ行こう。」
    使命感、全開。
    城門は見えている。大通りをまっすぐ行けば迷う要素は一切ない。
    ――はずだった。

    アースはすぐさま道をそれる。
    「……ん?」
    大通りを外れ、町の隅へ。
    その先にあったのは――
    「……井戸?」
    古びた石の井戸。どう見ても生活用水。
    「いや、ちょっと待て。」
    俺が止める間もなく、アースは縁に手をかけ――
    躊躇なく飛び込んだ。
    「え!?」
    ガコン、という鈍い音とともに姿が消える。
    「え? 入っていいの? それ町の人の水じゃない?」
    数秒後。
    アースがひょこっと顔を出した。
    手には――
    「……5コイン?」
    キラリと光る硬貨。満足そうな顔。
    「落とし物回収も勇者の仕事なのか……?」
    俺はもう何も言えなかった。

    井戸から這い上がったあと。
    さぁ今度こそ大通りへ――と思った俺の希望は、またしても裏切られる。
    アースは建物の裏側へ回り込んだ。
    壁。
    細い路地。
    行き止まり。
    ……戻る。

    また別の路地。
    行き止まり。
    「……アース?」
    返事はない。
    アースは、壁に沿って歩いている。まるで町全体を“なぞる”ように。
    「あ、そこ行き止まり……」
    クルッ。
    「……また戻った」
    数歩。
    「あ、また行き止まり」
    クルッ。
    「……」
    これを何度も。
    「ねえ、これ意味ある?」
    意味はある。
    たぶん。

    俺の目には壁に話しかけている人にしか見えないけど。
    ――隠しアイテム。
    ――見えない何か。
    そう自分に言い聞かせないと正気を保てなかった。

    ようやく大通りに戻ったかと思えば、次は――民家。
    アースはノックもせずに入る。
    中にいた住民は深刻な顔をしていた。
    「王妃様のご容体が心配で……」
    「ですよね。」
    俺はうなずく。国の危機だ。

    なのに。
    ガラッ。
    アース、タンスを開ける。
    ガシャーン。
    壺、割る。
    ゴソゴソ。
    ベッドの下を確認。

    「この町の人たち、みんな王妃様の心配してるのに」
    俺は天井を仰いだ。
    「お前だけだよ、タンスの心配してるの!」
    次の家。
    「王妃様が……」
    ガラッ。ゴトッ。
    次の家。
    「一日も早く回復されると……」
    ガララ。パリン。
    俺の精神力がじわじわ削られていく。
    疲れているのは体じゃない。
    理解しようとする脳だ。

    どれだけ寄り道しただろう。
    井戸。
    路地。
    壁。
    タンス。
    壺。
    ようやく――城門の前に立った。
    「……やっとだ。」

    兵士が俺たちを見てすぐに察する。
    「旅の方ですね。」
    身なりと装備を一瞥。
    「ささ、王様のもとへ。お話を聞いてください。」
    すんなり通される。

    俺の胸が高鳴る。
    「いよいよだな、アース。」
    王様。
    正式な依頼。
    物語が次の段階へ――
    ふと見ると。
    アースも目を輝かせている。
    やる気だ。
    ……たぶん。
    俺は知らなかった。
    この先に待つのが城内フル散策地獄だということを。
    王様に会うまでどれだけ右往左往するのかを。
    このときの俺は、まだ――希望を持っていた。

    王様はまだか 〜玉座の前の反復横跳び〜

    城の中は静かだった。
    いや、正確に言うと――静かすぎた。

    高い天井。磨き上げられた床。
    一歩踏み出すたび、靴音がやけに大きく響く。
    「……すげえな。」
    思わず呟く。
    豪華な赤い絨毯がまっすぐ奥へ伸びている。
    その先に玉座の間があるのは誰が見ても分かる。
    「よし、アース。行こう。王様が待ってる。」
    俺は迷いなく絨毯の中央を歩き出そうとした。

    ――が。
    アースは絨毯を避けた。
    「……は?」
    わざわざ壁際へ寄り、そこに立っている兵士の前で立ち止まる。
    「……」
    「ご苦労であります!」
    兵士が背筋を伸ばす。
    アースは無言でうなずき、次の兵士へ。
    「……」
    「王城へようこそ!」
    「アース!」
    俺は小声で叫ぶ。
    「あっち! あっちで王様が待ってる!兵士への挨拶回りは後でいいだろ!」
    だが届かない。
    アースは壁沿いに並ぶ兵士一人ひとりに、律儀に話しかけていく。
    返ってくる言葉はほぼ同じ。
    それでもアースは初めて聞いたかのような顔でうなずく。
    「……これ、現実だよな?」
    俺の中で嫌な予感が膨らみ始めていた。

    城内の奥へ進むと調理場があった。
    鍋の音。漂う香ばしい匂い。
    「腹減るな……」
    そう呟いた瞬間。

    パリンッ。
    アースが壺を割る。
    ♪ チャララララ〜ン
    ――そんな音が聞こえた気がした。
    「回復草だ!」
    「いや、城の台所の備品だからな!?」

    次は医務室。
    「ここは怪我人の――」
    ガサッ。
    「どくけし薬」
    「それも公的物資だから!!」

    さらに兵士の私室。完全にプライベート空間――
    ガララ。
    出てきたのは布の腰巻き。
    アースは一瞬も迷わず装備した。
    「……それ、兵士のための装備だと思うんだけど。」
    アースは何も答えない。
    いや、答えられないのかもしれない。

    その先にあったのは明らかに雰囲気の違う部屋だった。
    「……おい」
    俺の目が輝く。
    「ここ、宝物庫じゃないか?」
    装飾された宝箱がずらりと並んでいる。
    「ついにまともな装備だな!」
    アースが一つの宝箱に手をかける。
    ――カチャ。
    反応なし。
    もう一度。
    ガチャ。
    少し間を置いて、また。
    ゴン。
    俺の脳内に見えない文字が浮かぶ。
    『カギがかかっている』
    「あー……うん。これは今じゃないやつだな。」

    普通ならここで諦める。
    ――普通なら。
    ゴン。
    ゴン。
    ゴン。
    「やめろ! 体当たりで開く仕様じゃない!」
    アースは宝箱の前でしばらく動かなかった。
    名残惜しそうに。
    「もう行こう。下手したら不審者で捕まるぞ……」
    ようやくアースは宝箱から離れた。
    だが、視線は何度も後ろへ戻る。

    そしてついに玉座の間。
    広い空間の先に威厳そのものみたいな男が座っていた。
    王様だ。
    今にも「よくぞ参った……」と語り出しそうな空気。
    俺は背筋を伸ばした。

    ところがアースはそんな空気を感じていないかのように、王様を素通りする。
    「おいおい!」
    王様の横にいる大臣。
    そのさらに横の置物。
    アースはそれらを調べ始めた。
    「アース?」
    王様は微動だにしない。
    完全に待機状態だ。
    アースは王様の周りをぐるりと回り、玉座の後ろまで確認する。
    「隠し通路、無いから!!」
    俺のツッコミは虚空に消えた。

    何も無いことを確認し、ようやくアースが王様の正面に立った。
    王様が口を開く。
    王妃が体調を崩していること。
    西の崖の上に咲く花。
    鳥の魔物の危険。
    重々しく語られる依頼。
    「なるほど」
    俺はうなずいた。
    「話は聞いた。よし、行こうアース。装備整えて西の崖だ。」
    ――なのに。
    アースが動かない。

    もう一度王様に話しかける。
    「西の崖の上の花を取ってきてくれ」
    要件、再確認。
    次に大臣。
    「よろしく頼んだぞ。」
    それだけ。
    アースは宝物庫の方向をちらりと見る。
    ああ、分かった。
    「……”宝箱の中身、持っていくとよいじゃろ”待ちか?」
    アースの視線が完全に宝箱側に吸い寄せられている。
    「無い。今は無い。」
    王様は威厳たっぷりに座ったまま、追加セリフを一切出さない。

    「行こう。目的は花だろ。寄り道してる場合じゃない。」
    俺が言うとアースは少しだけ肩を落とした。
    未練たっぷりに宝箱を振り返りながら城を後にする。
    背中が語っていた。
    ――成功報酬は宝箱。

    崖っぷちの魔法使いと、見えない魔力の残量

    西の崖へ向かう前に、俺たちは城の周辺で魔物を倒し金稼ぎをしていた。
    ――というより、アースの装備を整えるために。

    「よし、これで防御は万全だな。」
    アースは満足そうに言う。
    皮の盾。
    皮の鎧。
    いかにも「前に立つ人間」の装備だ。
    そして俺。
    「……あのさ。」
    装備屋の鏡に映る自分を見て、言葉を失う。
    小さなナイフに、鍋の蓋。

    俺は料理人か?

    「いや、バランスおかしくない?」
    「せめて竹のヤリとか持たせてくれ。これ、装備っていうか心構えだろ。」
    アースは気にしていない。
    「大丈夫だ。崖にはきっといい拾い物がある。」
    「それ、どこの誰情報だよ。」
    自分に言い聞かせるように俺は頷いた。
    ……きっとある。
    あってくれ。
    拾い物。

    崖という名のデスロード
    西の崖は想像以上に“崖”だった。
    下を覗くと目がくらむ。
    風が吹き上げ、体を持っていかれそうになる。
    「おい、慎重に行けよ……」
    そう言った直後。
    アースが崖の縁を全力疾走し始めた。
    「ちょ、ちょっと待て!!」
    落ちない。
    止まらない。
    減速もしない。
    「この世界の物理、どうなってるんだ……」
    俺は戦慄しながら後を追った。

    少し進んだところで魔物に囲まれている人物を見つけた。
    ローブ姿の少女。
    魔法使いだ。
    「助けるぞ!」

    俺が叫んだその瞬間。
    アースが方向転換した。
    ミア――後にそう名乗る彼女ではなく、
    その横に置かれた、不自然な壺へ。
    「そっちじゃない!! 順番が違うだろ!!」
    壺は割れ、魔力回復薬が出る。

    その間、ミアは必死に逃げ回っていた。
    何とか魔物を倒し、ようやく救出。
    「ありがとう……」
    肩で息をしている。
    「大丈夫?」
    声をかけると、彼女は小さく頷いた。

    魔法使いとしての腕試しで王様の依頼を引き受けてきたが、魔力切れになったらしい。
    アースは先ほど手に入れた魔力回復薬をミアに使う。
    「一緒について行ってもいい?」
    アースは迷うことなく頷いた。

    ミアが仲間になった、その直後。
    アースの視線が彼女の足元に固定された。
    皮の靴。
    無言。
    凝視。
    装備チェックだ。
    「……おい」
    俺は慌てて割って入る。
    「女の子の足元をジロジロ見るな!」
    ミアが一歩引く。
    アースは何も言わない。
    ただ、皮の靴を羨ましそうに見ている。
    嫌な予感しかしなかった。
    「サイズ合わないから新しく買おう」
    そう聞こえた直後、魔物が現れた。

    魔法使いを加えての初戦闘。
    「魔法、すごいな。」
    アースの声が弾む。
    「じゃあ、次は氷!」
    「え、えっと……」
    「その次、風!」
    「ま、待って……」
    魔法、魔法、魔法。
    ミアの顔色が、みるみる悪くなる。
    「アース! 魔法使わせすぎだ!」
    「まだいけるだろ?」
    「魔力って概念、知らないのか!?」
    ミアはふらつきながら立っていた。
    一旦お城に引き返し、宿屋で休むことにした。
    (お城に着いたらミアは「ありがとう」って言って姿消すんじゃ?)

    宿屋で休憩。ミアはまだ一緒についてくる。
    翌朝、足早に防具屋へ行くと、アースは新しい装備を即決で購入した。
    もちろん皮の靴。
    そして、ミアには皮の帽子とお鍋の蓋。
    「アース、ありがとう!」
    「魔法使いは防御力をあげておかないとな!」
    (わかる、わかるけど俺もそういう扱いにならないのか?)

    再び崖へ。
    今度のアースは一転して言う。
    「魔力は温存だ。」
    嫌な予感がした。
    「ミア、杖で殴れ。」
    「……え?」
    「通常攻撃だ。」
    魔法の腕試しに来たのに魔法禁止って。

    頂上が見えてきた。
    この前の教訓で、事前に体力を回復させる。
    頂上に立つと綺麗な花が。
    するとその瞬間、大きな鳴き声と共に怪鳥が出現。
    ボス戦は魔力を温存せず最初から全力で戦う。

    火、氷、風、ミアが使える魔法を一通りぶつけ、一番効いてそうな魔法で押し込んでいく。
    「ベイク!ミアの魔力回復!」
    「ベイク!俺の体力回復!」

    アース 攻撃力   高
    ミア  魔法攻撃力 高
    俺   攻撃力    並

    必然的にサポート役……。

    何とか勝利し、目的の花を手に入れた。
    「帰ろう。」
    アースは言った。
    そして。
    「近道だ。」
    全員を連れて、崖からダイブ。
    「聞いてない!!」
    叫びながら落ちる。
    ……。
    ……。
    生きていた。
    この世界、やっぱりおかしい。
    ミアは震えながら俺の袖を掴んでいた。
    俺はそっと頷いた。
    ――分かる。
    この旅、理不尽すぎる。
    ていうかこの子、お城に着いたらお別れするかもな?

    王妃復活と気になる宝箱

    王妃の寝室は、やけに静かだった。
    白いカーテン。  
    柔らかな光。  
    そして――横たわる王妃。
    「……これ、本当に効くのか?」
    俺は手に持った花を見て呟いた。
    アースは何も言わず一歩前に出る。
    そして。
    花を掲げた。
    次の瞬間。
    光。
    演出用の光。  
    効果音が聞こえた気がした。
    花は消えた。跡形もなく。
    「……え?」
    俺が口を開く間もなく。
    王妃が、ガバッと起き上がった。
    「まあ……なんということでしょう! 体が軽い……!」
    「早っ!!」
    俺は思わず叫んだ。
    「煎じる時間すらなしかよ!? 煮出すとか!一晩寝かせるとか! そういう工程ゼロ!?」
    世界は何も答えない。
    王様は感涙にむせび、アースは無表情で頷いている。
    ――これが、RPG的回復。

    「宴だ!王妃が元に戻った祝いの宴を開くぞ!そなたらも楽しんでいくと良い。夜は城で寝られるようにしておくからゆっくりしていってくれ。」
    王様はそう言って、王妃に寄り添う。
    アースは再度王様に話しかける。
    「宴まで少し時間がかかる、少し時間を潰してきてくれ。」
    いや、今はたぶん宝箱のタイミングじゃない。

    アースはすぐさま大臣の元へ向かった。
    「おぉ、そなたらよくやってくれた!今宴の準備をしとるからな!」
    ……ないのか?
    「おぉ、そなたらよくやってくれた!今宴の準備をしとるからな!」
    再度話しかけるも変わらない。

    「アース、もしかしたら宝箱は明日出発するときじゃないか?」
    ”これから危険な旅の役に立つだろう。宝箱のカギを開けておいた。”と、なることを期待して祝いの場を楽しむことにした。

    翌朝。
    部屋を出ると兵士が駆け寄ってきた。
    「王様がお待ちです。王の間までお願いします。」

    来た!
    昨日のお礼、そして褒美。

    「昨日は楽しんでもらえたかな?」
    「はい!」
    余計なことは言わない。早くあの言葉を聞くために。
    「そなたらのおかげで王妃はもうすっかり良くなった。礼を言う。感謝してもしきれない。」
    次、次だ。
    「世界を平和にする旅をしているそうだな。最近魔物が増え、暴れているという話を聞く。困ったときはいつでも来るがよい。国を挙げて力になるとしよう。」

    ……
    ……
    ……

    妙な沈黙。

    すかさず大臣が話し出す。
    「勇者アースとその仲間たち、気をつけて行くんだぞ!」

    うそだろ?

    アースは再び王様と大臣に話しかける。(詰め寄る)

    「気をつけて行くんだぞ。」

    ダメか。宝箱はくれないらしい。
    諦めて城を出る三人。

    一歩踏み出し、さぁどうするかという雰囲気の中、
    「私も、連れてって!」
    と真剣な目でミアが言った。
    アースは一瞬も迷わない。
    「はい」
    ――コマンド選択音が聞こえた気がした。

    「本当にいいのか……」
    俺は心の中で呟いたが、 同時に少しだけ安心していた。
    これでツッコミ役が俺一人じゃなくなった。

    そのまま三人で防具屋へ向かうと、アースはミアに皮のドレスを買い与えた。
    一見、紳士。
    でも、自分の装備はすでに揃っている。
    俺は相変わらず小さなナイフを持ったサバイバルスタイル。
    「……なあ。」
    心の中で叫ぶ。
    「俺の鎧は!?  皮の靴は!?」
    世界は何も答えない。

    町を出ようとしたその瞬間。
    「待ってくれ!」
    道具屋の主人が駆け寄ってきた。
    「南の港町から荷物が届かないんだ。 このままだと商売ができなくなる! 様子を見てきてくれないか?」
    アースは即答し、俺たちは南へ向かうことが決まった。

    潮風と、動かない船

    南へ向かう道で、途中から空気が変わった。
    湿り気。
    潮の匂い。
    風がほんの少しだけベタつく。
    「……海だ。」
    俺は思わず足を止めた。
    視界の先、木々の隙間から青が見える。  
    揺れる光。  
    波の音。
    「ね、ベイク。海よ、海!」
    ミアも目を輝かせている。
    「港町ってことはさ、魚とか、船とか、酒場とか――」
    「観光は後」
    即、遮られた。
    アースは一切脇見をせず、道を直進している。
    「ちょっとくらい情緒を楽しめよ!!」
    俺の叫びは、潮風にさらわれて消えた。
    回復アイテムの消費を最小限にするため、街まで最短距離で駆け抜ける作戦だ。
    そして装備を整えた後、道を戻り散策する。
    気持ちはわからなくもないが、新しい世界に踏み出したという感動は……薄い。

    港町は思っていたより静かだった。
    活気がない。
    船は港に並んでいるのに、どれも動く気配がない。
    「最近、魔物が出てね……」
    町人は肩を落とす。
    「船を出すには船長の許可が必要なんだ。」
    なるほど。  
    RPG的には分かりやすい。
    「船長の家はあそこだよ。」

    船長の家。
    ――留守。
    「……いないみたいね。」
    ミアが言った、その瞬間。
    ガチャ。
    アースがドアを開けた。
    「ちょっ」
    「え?」
    「今、開けた!?」
    当然のように中へ入っていく。
    「……ここ、人の家よね?」
    ミアの声が震えている。
    「大丈夫だ。」
    俺は虚ろな目で言った。
    「これが勇者のやり方だ。」
    中では探索が始まっていた。
    タンス。  
    壺。  
    棚。
    キッチンのシンク。
    魚の骨。
    「そこまで調べる!?」
    ミアは完全にドン引きしている。
    「最初は誰でもそうなる。」
    俺は肩を叩いた。
    「慣れると罪悪感が消える。」

    船長の家をあとにし、散策している中見つけた武器屋と防具屋。
    並ぶ装備はどれも魅力的だ。
    ――値段を見るまでは。
    「たっか……」
    俺は小声で呟く。
    アースは無言で外へ出た。
    数時間後。
    魔物を狩り、金を稼いだ結果。
    アース:青銅の剣、皮の鎧、皮の腰巻き、皮の盾
    ミア:皮の鞭、皮のドレス、皮の盾
    完璧な冒険者スタイル。

    そして。
    「はい」
    渡されたのは小さな剣と布の腰巻き。
    「……あ」
    受け取った瞬間、分かる。
    小さなナイフに比べると確実に“武器”だ。
    「型落ちだけど……」
    俺は剣を握りしめた。
    「ようやく、ナイフを卒業した……」
    思わず、小さなナイフを見る。
    長い付き合いだった。
    武器なのか、調理用なのか分からない存在。
    何度も振り回し、何度も外し、それでも俺を前線に立たせ続けた相棒。
    「……ありがとうな」
    誰にも聞かれないよう、小さく呟いた。

    窓に映る自分の姿を見ると現実に引き戻される。
    とはいえ、俺だけ駆け出し冒険者。
    「俺だけ一世代遅れてないか!?」
    アースとミアが並ぶと、俺だけ「旅人NPC」だ。

    次に入った建物は、港町で一番人が集まっている場所だった。
    酒場。
    船長はいた。
    ――泥酔。
    「船を出してほしい?」
    船長は笑った。
    「無理だね。海にいるでかい魔物を倒せるわけがない。」
    「なに?世界を平和にするために冒険してるだと?だったら岬の灯台に行って灯りを点けてこい。魔物が出て灯りが消えたんだ。」
    「それぐらいできないと海の魔物は倒せん。」
    アースはもう走り出している。
    「……休憩は?」
    誰も答えない。
    潮風が背中を押した。

    灯台の螺旋階段

    灯台は思った以上に静かだった。
    というか、何もない。
    扉を開けて最初のフロアに入った瞬間、俺は確信した。
    「……ここ、ただ何もない空間だよな?」
    中央に階段。
    以上。
    柱もなければ壺もない。家具すらない。
    だが。
    アースは動いた。
    壁へ。
    右。
    隅。
    左。
    反対側の隅。
    「……おい」
    床をなぞるように歩き、四隅をすべてチェックしている。
    「何もない! 本当に何もない! 床だ! ただの床だ!!」
    俺の制止は届かない。
    結果。
    魔物出現。
    「ほら来た!!」
    無駄に歩いた分だけきっちり敵が湧く。
    灯台の中でコウモリが何度も襲ってくる理不尽。
    「まっすぐ2階に行ってればよかったのにー!」

    灯台は高い。
    次の階に行っては隅々まで探索。
    階段を見つけても、隅々まで確認するまで上がらない。
    そんなことを繰り返す内、アースがレベルアップ。
    「……お?」
    次の瞬間。
    アースの身体が淡く光った。
    「回復魔法、覚えた。」
    「おお! やったじゃ――」
    俺が言い切る前にアースが俺とミアの前に立ち、無言で手を伸ばした。
    回復草。
    回復草。
    回復草。
    「……全部?」
    俺の手にずっしりと重み。
    ミアの腕にも山盛り。
    アースのポケットは……空。
    「ちょっと待て」
    俺は慌てた。
    「魔力切れた時のこと考えろよ!」
    だがアースはもう階段を上っている。
    足取りがやけに軽い。
    「……嫌な予感しかしない。」
    俺は回復草をポケットに詰め込みながら、胃の奥が重くなるのを感じていた。

    もうすぐ最上階というところで豪華な宝箱を発見。
    金色。
    装飾付き。
    これは、さすがに期待していいだろ。
    「ついに来たか……!  ボスとの戦いが有利になる武器! アースの持ってる剣より攻撃力の低いのが出てきたら俺のもの!」
    俺は拳を握る。
    アースが開ける。
    中身。
    火打ち石。
    「……イベントアイテムだな。」
    アースは淡々と懐へ。
    俺は膝から崩れた。
    「俺の夢……」

    灯台の最上階。
    暗闇の中、巨大な影が羽ばたく。
    巨大コウモリ。
    灯台のボスだ。

    戦闘開始。
    アースが斬る。
    ミアが魔法で焼く。
    そして俺は。
    攻撃。ミア回復。アース回復。
    「ミア、HP赤!」 「アース、次耐えられない!」
    俺の視線は常に二人の顔色と手元の回復草。
    まるで中間管理職だ。
    俺の在庫が尽きたら全滅。
    「……本当に、魔法で助けてくれるんだろうな?」
    疑いながら回復草を口に突っ込ませる。
    幸い、アースはちゃんと回復魔法を使った。
    たまに。
    本当にたまに。

    ボスを倒し火を灯す。
    パッと港町が照らされた。
    ……感動的、なはずだった。

    アースが窓に向かう。
    「……なあ」
    嫌な予感。
    アースは外を見る。
    高さ、十分。
    「最短」
    足を出す。
    「待て!!」
    「階段使えよ!!」
    俺の悲鳴が夜の海に響いた。
    重力より効率。
    それがこの世界の真理らしい。

    大海原と、お下がりの円舞曲(ワルツ)

    港町に戻った瞬間、俺たちの足は自然と宿屋へ向かっていた。
    もう限界だった。
    灯台。
    階段。
    屋上ダイブ。
    「今日は……今日はもう何もしない……」
    そう心に誓った。
    アースは無言でカウンターに立ち、宿泊を告げた。
    そして朝。
    体力全快。
    ――ここまでは、いい。

    問題はそのあとだった。
    防具屋。
    アースは迷いなく「うろこの盾」を手に取る。
    店主が頷く。
    チャリン。
    そして。
    皮の盾が俺の胸に押し付けられた。
    「……ああ、はい。ありがとうございます。」
    反射で礼を言ってしまう自分が悲しい。

    続いて武器屋。
    ミアが「魔法の杖」を装備。
    そして。
    ミアが装備していた皮の鞭が俺の手に。
    「……え?」
    俺は鞭を見た。
    細い。
    長い。
    剣じゃない。
    「ちょっと待て。」
    俺は声を上げた。
    「これ、剣より攻撃力下がるんだけど!?」
    アースは一言。
    「全体攻撃できるから」
    「全体攻撃って理由だけで俺に鞭持たせるな!!」
    才能とか、適性とか、そういうのは一切考慮されないらしい。

    船長に会いに行く。
    「出航は明日の朝だ。今日は宿屋で休め。」
    ――数分前に泊まりました。
    「さっき寝たばかり!!」
    俺の叫びは、システムの壁に弾かれた。
    アースは無言で宿屋へUターン。
    二泊目。
    船長も準備あるし、酔っ払ったまま海に出るのも危ないし……と、自分に言い聞かせて眠る。

    翌朝。
    ようやく乗船。
    その時だった。
    「待ってください!」
    桟橋を走ってくる女性。
    僧衣。
    穏やかな笑顔。
    「私、僧侶のエレンと申します。修道院へ戻る途中で……船に乗せてもらえませんか?多少のサポート魔法は使えます。」
    回復役。
    回復役だ。
    俺は心の底から叫んだ。
    (灯台に行く前に来てくれよ!!)

    出航。
    海は思ったより荒れていた。
    そして来る巨大イカ。
    触手。
    吸盤。
    海に落ちたら終わりだ。

    戦闘開始。
    エレンの魔法が飛ぶ。
    体が軽い。
    「これが……支援……!」
    俺は鞭を振る。
    ……振る?
    「え、どうやって?」
    ビシッ。
    床を叩く。
    空振り。
    「ベイク! 横!」
    ミアの声。
    慌てて振る。
    なんか当たった。
    「……効いてる?」
    全体攻撃らしい。
    よく分からないまま鞭を振り回し、戦闘は進む。
    ミアの魔法。
    アースの剣。
    そして俺は鞭と、たまに回復草。
    今までにないほどスムーズに勝利。サポート役すごい。

    船はそのまま西の大陸にある港に到着した。
    船を降りるとエレンが言う。
    「よろしければ修道院まで来ませんか?お礼をさせてください。」
    アースは即答。
    「はい」
    その瞬間。
    俺の手から皮の鞭が消えた。
    アースがエレンに渡している。
    「……え?」
    「回復役に全体」
    虚しく小さな剣を装備し直す俺。
    剣はやっぱり落ち着く。
    でも。
    この旅。
    また何か始まりそうな気がしていた。

    修道院の静寂を打ち砕く音

    西の大陸に足を踏み入れた瞬間、空気が違った。
    いや、正確には―― 戦い方が違った。

    魔物がはっきり言って強い。これまでとは格が違う。
    だが、
    「回復!」
    エレンの声が静かに響くたび、体の奥から温かさが広がる。
    体力が戻る。
    完全に戻る。
    「……すげぇ」
    思わず呟いた。
    今までの俺たちは何だったんだ。
    回復草を互いの口にねじ込み、 「食え! 噛め! 今すぐだ!」 と叫びながら殴り合っていたあの地獄。
    それが。
    詠唱一発。
    俺は思わずエレンを拝んだ。
    「女神……」
    「や、やめてください……」
    困惑するエレンの横で、アースは無言で前進していく。

    森での戦闘中。
    ミアが毒を受ける。
    「くっ……!」
    即座にアースがエレンを見る。
    「解毒します!」
    ミア復活。
    さすがだ。判断が早い。

    感心した次の瞬間、敵が粉を撒いた。
    視界が暗くなる。
    「……あ」
    俺はそのまま倒れた。
    眠り。
    深い、眠り。

    次に感じたのは。
    衝撃。
    そして。
    激痛。
    「痛てぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
    跳ね起きた瞬間、目の前にあったのは――
    青銅の剣。
    振り下ろした体勢のアース。
    「起きた」
    「起こし方!!!!!」
    俺は叫んだ。
    「なんで剣!! なんで全力!!」
    アースは一言。
    「よし。」
    「よしじゃねぇ!!! 素手でいいだろ!それかせめて攻撃力の低い女子二人にしてくれよ!!」
    ミアとエレンが一斉に目を逸らした。
    ……裏切られた気分だ。

    やがて修道院が見えてきた。
    石造りの建物。
    静かで清らかな空気。
    めちゃくちゃ声が響くなと思った瞬間――
    ガシャーン!!
    壺が割れる音が礼拝堂に鳴り響いた。
    「……」
    ミアと俺は同時に振り向いた。
    アースだ。
    四隅チェック。
    神聖とか関係ない。
    「アース……」
    エレンの声が震える。
    さらにタンス、オープン。
    俺たちはもう止めなかった。
    止める気力がなかった。
    死んだ魚の目でそれを見守る。
    エレンの笑顔が引きつっている。
    ……ごめん。
    本当にごめん。

    院長はすべてを見ていた。
    だが、何も言わなかった。
    「よくぞ参られました。エレンから話は聞きました。港町では世話になったそうですね。お礼と言っては何ですが、こちらをお受け取りください。世界を救う旅の役になればと。」
    そう言って、通行証と聖なるお守りをアースに手渡す。
    そして、
    「エレン、あなたも同行して手助けして差し上げなさい。」
    少し予想していたが、正式加入。
    俺は正直不安だった。
    (いいのか……?  この不審者についてこさせて……)
    だが、エレンは微笑んだ。
    「……頑張ります。」
    アースは話が終わるのを待っていたかのように、早速聖なるお守りを装備する。
    エレンに合いそうなやつだけど……まあ、いっか。

    出発前に院長が言う。
    「この先にある街は、いろいろな装備が充実しているので是非立ち寄ると良いでしょう。」
    その瞬間、院長と視線が合う。
    アース。  ミア。  エレン。
    三人の視線が、一斉に俺に向いた。
    序盤から着ているボロボロの旅人の服。
    旅人A。
    「見るな!!」
    俺は叫んだ。
    「俺が一番分かってるよ!!  この格差!!」
    こうして俺たちは、次の街へ向かう。
    装備格差を背負ったまま。

    きらめきの街と、鋼の鞭と、消えたコイン

    修道院を離れ、北に進むと大きな街に着いた。
    街に入った瞬間、俺は確信した。
    ――ここだ。
    ここで、俺はようやく「旅人A」という呪縛から解放される。
    これまで見てきた村や港町とは、明らかに違う。
    道は広く、人は多く、店先には鉄製の剣や盾が、太陽の光を反射してずらりと並んでいる。
    (見ろよ……鉄だぞ、鉄……)
    俺は思わず、今手にしている皮の盾を見下ろした。
    もはや布切れと大差ないそれが、急に恥ずかしく感じられる。
    「ここなら……さすがに……」
    俺は横目でアースを見る。
    無表情だが、歩くスピードがわずかに上がっている。
    分かる、分かるぞアース。この街で揃えよう!

    まず向かったのは装備屋だった。
    店内に一歩入った瞬間、金属音と油の匂い。
    壁一面に並ぶ鉄装備。
    俺の脳内では、すでに未来が再生されていた。
    ――鉄の盾を構える俺。
    ――「お、ベイクも一人前だな」と言われる俺。

    しかし。
    アースが立ち止まったのは、盾の前ではなかった。
    鞭。
    しかも。
    「……鋼」
    店主が誇らしげに説明する。
    「鋼の鞭です。高いですよ。」
    アースは、無言で二本、指を立てた。
    「二本!?」

    次の瞬間。
    ミアとエレンの手に、それぞれ鋼の鞭が握られていた。
    キラリと光る、高級品。
    「え?」
    俺は、固まった。
    「……俺の分は?」
    アースは一瞬、こちらを見た。
    そして、何も言わず、ミアとエレンの装備を確認するように頷いた。
    「いやいやいや!!」
    俺は叫んだ。
    「全体攻撃力強化は分かる!分かるけどさ!俺の防御は!? 鉄の盾とかあるだろ!?」
    アースは、もう店を出ていた。
    俺は、皮の盾を握りしめたまま、取り残された。

    街を歩く。
    いつものように、家宅捜索。
    もはや止める気はない。流れだ。
    そんな中、タンスから見慣れないコインを見つけた。
    「……これカジノのメダルかも」
    その一言で、世界が動いた。
    アースは住人に詰め寄る。
    「カジノ? 知らないのかい!?」
    住人のテンションが異常に高い。
    「この街の誇りだよ! レースにルーレット!一攫千金! 夢! 希望!」
    その圧に押されるようにアースは街中を巡り、 気づけばメダルを10枚集めていた。
    「……嫌な予感しかしない」
    俺の予感は、当たる。

    カジノは眩しかった。
    音楽。歓声。そして、魔物レース。
    「まずはレースだ」
    アースは即断。
    小型の魔物が五匹、整列している。
    「賭けるぞ」
    「おう、どれに……」
    アースはメダルを置いた。
    一匹に2枚。
    全員に。
    「……え?いや、オッズを見てだな」と言っても聞こえていない。
    結果は最悪だった。
    10枚消費し、戻り2枚。
    「まだ続けるかい?」という問いに「いいえ」と即答し、ルーレットに向かうアース。
    「黒に2枚」
    全賭け。
    ――ボールは赤へ。
    無一文。
    「…………」
    俺は天を仰いだ。

    にもかかわらず。
    アースは景品交換所へ向かった。
    「やめろ……」
    受付の女性に話しかける。
    「あなたは今0枚のメダルをお持ちです。どんなご用ですか?」
    俺たちの手持ちメダルを知っている……見てたのか?あの惨事を。
    しかも心なしか受付の人、笑ってないか?
    絶対思ってるよ。
    メダル無いのに何しに来たんだって。

    壁に飾られたプラチナの鎧。
    アースはじっと見つめる。
    無言。
    受付の人が説明する。
    「そちらは9999枚のメダルが必要です。」
    俺は顔を覆った。
    「聞いてないのに……あなたじゃ手が届きませんよってことか?」
    アースは、何も言わず、踵を返した。
    だが。
    その背中には、はっきりと書いてあった。
    ――いつか、あれを取る。
    俺は涙を拭きながら皮の盾を持ち直した。
    (……アースのカジノセンス、ゼロだったな)

    お下がりの連鎖と、馬車の中の孤独

    カジノを後にし、町の散策を再開すると鍛冶屋を見つけた。
    中に入ると、職人がカンカンと金属を叩く音が響いている。
    アースが話しかけると、職人は困った顔で言った。
    「最近魔物が強くなってな。素材が手に入らんのだ。依頼品の鎧を作るのに羊の角が必要なんだが……ん?お前たちが手伝ってくれるって?」

    あれ?話が勝手に進んでる。
    「近くの小山に出る羊の魔物を倒すと手に入る角を5つ集めてきてくれ。頼んだぞ。」
    鍛冶屋の依頼は、実に分かりやすかった。
    魔物を倒し、素材を集め、報酬をもらう。
    RPGの基本。安心感すらある。

    「もしかしたらお礼に何か作ってくれるかも?」
    俺は職人が叩いている鉄の鎧を見つめた。
    「これで、ついに俺の装備も鉄製に……!」
    皮を卒業し、鉄へ。
    その未来が、俺の脳内ではすでに確定していた。

    だが、納品を済ませると――
    「ありがとう。この素材は買い取るよ。」
    金を受け取ると会話は終了。
    「……え?」
    アースは再度職人に話しかける。
    「おお、また来てくれたか! 今度はコウモリの羽が――」
    「また集める」
    「……は?」
    「効率がいい」
    アースは再び町の外へ向かい、俺の盾は保留になった。

    しばらくして十分なお金が貯まり、装備屋へ。
    俺は固唾をのんで見守った。
    アースが購入したのは――
    「鉄の防具一式」
    兜。
    鎧。
    盾。
    靴。
    全身が、鉄。
    アースは、もはや要塞だった。
    「…………」
    そして。
    脱ぎ捨てられた装備が俺の足元に落ちた。
    「皮の鎧」
    「皮の腰巻」
    「皮の靴」

    俺は、それを拾い上げる。
    ……使い込まれた皮は動きやすく、安心感が違う。
    確かに進歩だ。ちょっとした進歩に満足する俺。
    この町の最上級装備を身につけて満足するアース。
    装備屋を後にし、町の散策を再開する。

    町の奥へ行くと、道端に1人の老人がいた。
    「商人を引退して村に戻り、ゆっくり暮らしたいんじゃが、魔物がいて帰れんのじゃよ。」
    アースは即決した。
    「送る」
    残りの商品を積んだ馬車を引き連れ、小山を越える。
    すると突然、盗賊が現れた。
    敵は4人。
    だが難なく撃退。

    「ありがとう……ありがとう……」
    小さな村に着くと、老人は涙ぐみながら言った。
    「この馬はまだ若い。村でのんびり過ごすにはまだ早い。色々な世界を見せてやってくれんか?」
    ――馬車、ゲット。

    さらに。
    「君たちには、これを。」
    ミアには「魔導士の服」。
    エレンには「聖職者の服」。
    どちらも、明らかに高級品。
    「……あの」
    俺は手を挙げた。
    「俺には?」
    老人はにこやかに微笑み。
    何も言わず去っていった。
    「男にはくれないの!?」
    叫びは、虚空に消えた。

    更に装備を整えるためカジノの街へ戻る途中。
    先ほど蹴散らした盗賊団の1人が現れた。
    「俺も連れてってくれ。」
    筋肉の塊のような男、ゴメス
    格闘家として一人前になるために旅をしていて、ここならいろんな強者と戦えると言われて盗賊団にいたとのこと。
    物足りなさを感じていた中、アースが現れ盗賊団を抜けてきたそう。

    アースは即答。
    「いいよ」
    またしても嫌な予感しかしない。
    格闘家といえば力と素早さに長けている。
    俺は……平均。
    一般人という平均の塊。

    アースは無言で陣形を決めた。
    前列:アース、ゴメス
    後列:ミア、エレン

    ……俺は?
    アースが俺を見る。
    そして、俺の装備を剥ぎ取り始めた。
    「皮の帽子」
    「布の腰巻き」
    「皮の靴」
    それらはゴメスに渡された。
    「おいおいおいおい!!お下がりすら許されないのかよ!?」
    返事はない。
    俺の装備は小さな剣と旅人の服に戻り、馬車の荷台へ押し込められた。

    馬車が進む。
    外からは戦闘の音。
    アースの剣。
    ゴメスの拳。
    ミアの魔法。
    エレンの祈り。
    笑い声すら聞こえる。

    俺は、暗い荷台で膝を抱えた。
    (……俺、なんなんだ)
    旅人A以下。
    荷物係未満。
    お下がりの連鎖から弾き出された存在。
    それでも馬車は進む。
    (……いつか)
    (いつか、俺だって……)
    馬車の揺れの中、俺は静かに誓った。
    この扱い、絶対に忘れない。

    馬車の中の置き配と、一瞬の代打

    カジノの街に戻った瞬間、アースは言った。
    「よし、ちょっとだけ待っててくれよ。」
    俺にじゃない。馬車にだ。
    俺が荷台から顔を出す頃には、4人揃って街の中へ消えていった。
    「……はいはい、留守番ですね。」
    自嘲気味につぶやき、馬の毛並みを整えながら時間を潰す。
    しばらくすると――
    「ベイク様ですね?」
    防具屋の店員が馬車の横に立っていた。
    「ゴメス様からのお下がりです。」
    差し出されたのは――皮の鎧。
    俺は受け取る。
    「……いやいや、“お届け物です”で良くない? はっきり“お下がりです”って言う?」
    と言いつつも着る。
    その直後。
    「道具屋です。」
    今度は別の店員。
    渡されたのは、高級薬の束。
    体力回復、解毒、魔力回復。
    フルセット。
    「……俺は備蓄倉庫か」

    アースたちが戻ると、北へ向かうと聞かされる。
    吹雪が続いていて、魔物の仕業ではないかという噂を聞きつけたみたいだ。
    しばらくすると、馬車の空気が冷たく変わる。
    寒冷地。外は雪。
    馬車の外から聞こえてくる声が、やけに楽しそうだった。
    「雪初めて見た!」
    「新装備、軽い!」
    「これ、速いわ!」
    「防御力、段違いだな」
    鉄のツメ。
    疾風の服。
    輝くエフェクト。
    俺は、皮の鎧を着込み、毛布にくるまる。
    寒い。
    心も、物理的にも。

    戦闘が終わると経験値が入ってくる。
    何もしてないのに。
    「……装備はお下がり。経験値はお裾分けってか。」
    そんなことを考えていると馬車が止まった。
    雪の町に着いたようだ。

    吹雪く風の音しか聞こえず、賑やかとは言えない町だった。
    アースたちは「町を見てくる」と言い、吹雪の中へ姿を消す。
    俺と馬車は入り口で待機。
    ……待機すること一晩。
    「ちょ、お前ら宿屋に泊まったよな? こっちは吹雪の中で野宿だぞ!」
    翌朝、毛皮のマントを羽織った4人が戻る。
    一つ余分に買って俺に手渡される……ことはない。

    町で得た情報によると、この吹雪は近くの洞窟から吹いてきているらしい。
    洞窟の入り口は大きく、馬車ごと突入。
    中は風もなく、冷たく澄んだ空気。
    ツルツル滑る床で壁にぶつかりながら進む。
    「こんな設計ある!?」
    滑り、落ち、ツララが降り、なんとか洞窟の最深部へ。
    恐ろしい笑い声と共に姿を現したのは――雪の女王。
    白い髪、白い肌、白いドレス。
    氷と光のエフェクトが乱舞する。
    俺は荷台から顔を出し、戦況を確認する。
    完全に観戦モード。

    ――その時。
    「ベイク、代われ!」
    アースの声。
    心臓が跳ねた。
    「ついに俺の出番か!」
    俺は武器を掴み、飛び出した。
    「よし、ミアに魔力回復薬」
    「……は?」
    言われるがまま、アイテム使用。
    ミアの魔力が回復。
    0.5秒後。
    「よし、戻れ」
    「早くない!?」
    俺は再び荷台へ放り込まれた。

    「ベイク! もう一度だ!」
    氷の刃が飛び交う中、再び馬車から飛び出す!
    敵を見る間もなく――
    「エレンに魔力回復薬!」
    エレンの魔力が回復。
    その瞬間。
    巨大な氷塊が俺に直撃。
    「いってー!!」
    体力が一瞬でレッドゾーンに。
    「か、回復……」
    「戻れ!」
    え?
    馬車(安全地帯)に押し込まれる俺。
    「エレン、ゴメスを回復!」
    「エレン、ミアを回復!」
    激しい攻防が続き、しばらくすると外が静かになった。

    戦闘が終わった。
    雪の女王は消え、洞窟の外に出ると吹雪が止んでいた。
    その中でアースがぽつりと呟いた。
    「……馬車システム、便利だな。」
    その言葉が胸に突き刺さった。
    俺は理解した。
    俺は人間じゃない。
    移動式の外付けバッテリー。
    必要な時に呼ばれ、使われ、戻される。
    それだけの存在。
    俺は冷たい荷台の中で、遠い目をした。
    (……このままでいいのか)
    その疑問だけが、 雪よりも冷たく心に残っていた。

    深海への沈没と、生臭い栄光の兜

    北の大地の町に戻ると、空気が一変していた。
    あれほど重く垂れ込めていた雲は消え、子どもたちが町の中を走り回っている。
    「雪、ほんとに止んだんだな……」
    俺が感慨に浸っていると、アースたちは町長の家へ。
    「吹雪を止めてくれた礼じゃ。船を好きに使ってくれ」
    そう言って、鍵と世界地図を差し出す町長。
    アースたちは船旅に行きたい気持ちを抑え、宿屋で疲れた体を癒す。
    俺は馬車の中で、レッドゾーンに達した体力を回復する。

    翌朝。
    アースたちが馬車に戻り、船を手に入れたことを報告してきた。
    「……昨日そんなやりとりがあったのね。宿に泊まる前に報告してくれた方が嬉しかったな……」

    ――船。
    ついに来た。
    徒歩と馬車だけだった旅に、新しい移動手段。
    だが、感動に浸る暇もなくアースは船に飛び乗った。
    「出航」
    「ちょっと待て! 次どこ行くかとか、情報集めとか!」
    俺の声を背に、船は進む。

    海は広かった。
    広すぎた。
    「……これ、どこ行ってる?」
    世界地図を見ながら、俺は首をかしげる。
    アースは無言。
    船は進む。
    一周。
    何もない。
    二周。
    何もない。
    結局、上陸できる島は見つからず、  気づけば見覚えのある海岸線。
    「……地元じゃね?」
    船は、元いた村の近くに上陸した。

    村に入ると、入り口の村人が声をかけてきた。
    「おぉ、アース! 元気か? 村長のとこ顔出していけよ。」
    アースは当然のように村長の家へ。
    「だいぶ成長したようじゃな。」
    村長は満足げに頷き、続ける。
    「船を手に入れたと?それなら海底神殿を目指すとよい。そこに“勇者の兜”がある。今のお前なら扱えるじゃろう。」
    伝説。
    勇者装備。
    盛り上がる話題だ。
    馬車に戻る一行は興奮気味。
    「みんな元気にしてたか?俺のこと何か言ってなかった?」

    一瞬、みんなの時が止まる。
    そしてアースは悪気なく言った。
    「いや、特に何も言ってなかったよ?」
    おい、ウソだろ。
    両親も噂を聞きつけて馬車に来てくれよ!俺から行けないんだから!

    「次は海底神殿だ」
    アースが言う。
    俺は慌てて口を挟んだ。
    「ま、待て! 海底神殿に行くには“バブル峡”だろ?  船を泡で包んで沈める必要があるって本で読んだ!」
    もう本で読んだ知識で役に立つしかない。
    「バブル峡はあっちだ!」

    バブル峡。
    崖に挟まれた、不気味な海域。
    船が中央に差し掛かった瞬間――
    ぶくぶくぶく。
    「泡ぁぁぁ!?」
    船が泡に包まれる。
    気づけば、海底。
    青い光。流れに身を任せる船。
    「……これ、酸素どうなってる?」
    誰も答えない。
    言い伝え通り、海流に身を任せると海底神殿に辿り着く。
    だが門は閉ざされていた。
    『入るには魚王の資格を示せ』

    魚王の洞窟は海流に乗っていれば見えてくるはず。
    本の知識だけを頼りに進むと、洞窟が見えてきた。
    中に入ると、巨大な魚の王が立派な椅子に座っている。
    「ほぉ、人間が来るとは珍しい。神殿に入りたいならチカラを示してもらおうか。」

    戦闘開始。
    アースが斬る。
    ゴメスが殴る。
    ミアが焼く。
    エレンが支える。
    俺は――船で待機。
    (小さい頃、本で読んだ魚王の話……  実物がいるのに……見たい……)
    小さく戦闘の音だけ聞こえる。
    せめて声だけでもと耳をすましていると、アースたちが戻ってきた。
    魚王に認めてもらえたらしい。

    海底神殿へ戻り、門番に魚王のしるしを見せると中へ通される。
    俺は……外で待機。
    「そうだよね、戦ってないし仕方ない」

    神殿の奥に勇者の兜。
    神々しい光。
    アースが手に取り装備する。
    メンバーからは「おぉ」という声が漏れる。
    神殿の守人が言う。
    「南の大陸に勇者の鎧があるはずだ」
    次の目的地がすんなり決定。

    アースたちが船に戻ってきた。
    めちゃくちゃかっこいい兜を被っている。
    「すごいなそれ! めちゃくちゃかっこいいじゃん!」
    アースは照れくさそうにし、鉄の兜を俺に手渡す。
    「……あ、ありがとう!」
    正直、嬉しい。でもなんかちょっと魚臭いな。
    「いよいよ、勇者装備集めか……」
    俺はこの後、新たな仲間によって 今以上に苦労することを知る由もなかった。

    メンバーの覚醒と、陽気な遊び人

    南の大陸。熱くて荒野が広がる場所。
    上陸するも、すぐ先に川があり大陸の奥に進むことができない。
    見渡しても橋がないため、一旦船に戻り大陸を一周してみるが、他に上陸できそうな場所がない。
    「進めないな。泳ぐか飛ぶか。」
    アースが言う。

    「本で読んだことあるぞ。“浮かぶ絨毯”。それさえあれば越えられるんじゃないか?」
    俺が言うと、アースは即方向転換。
    南の大陸を一周したときに見かけた隣の島へ行ってみる。
    とりあえず町を探して、南の大陸に入る方法を探すことに。
    たどり着いたのは――冒険者の街だった。

    アースたちは「話を聞いてくる」と街の中へ。
    冒険者の街というだけあって色々な冒険者が行き交い、街の外には馬車が並ぶ。
    俺は他の馬車を見て回る。
    (……俺と同じ境遇の人、いないかな)
    いない。
    どうやらパーティは3〜4人で組むのが一般的らしく、荷台には荷物しかない。
    仕方なく自分の馬車に戻ると、防具屋の店員がやって来た。
    「アース様からです。」
    安定の即時配送。
    渡されたのは――鉄の鎧。
    (……今から勇者の鎧を取りに行くのに魔法の鎧を買ったらしい。ということは、勇者の鎧が手に入ったらその魔法の鎧は……少しの辛抱か。)

    アースたちが戻ってきた。
    「神殿で転職ができる」
    「なに⁉︎ みんな転職したのか?」
    みんな頷き、新たな職業を教えてくれた。
    アース「俺は勇者になった」
    ゴメス「俺は拳王」
    ミア「私は大魔導士になれたわ」
    エレン「私は大神官でした」
    みんな上位職。

    アースはみんなを馬車で待機させ、俺を連れて神殿へ。
    久しぶりの街歩き。
    既に散策を終えたアースは寄り道することなく神殿へ向かう。
    (なんかちょっと物足りない。だが、ついに俺も……剣聖とか、魔法戦士とか……!いや、パーティのバランスを考えたら守護騎士か)
    胸が高鳴る。

    神官の前に立つとアースが
    「彼の能力に見合う職業に転職させてください。」
    神官考えている少しの間、祈りの音楽が頭の中から聞こえてくる気がした。
    「ふむふむ、そなたの職業は――鑑定士じゃ。」
    「……はい?」
    「武器や防具を買うときに、質の良い物を識別できる。あと、アイテム使用時、効果20%上昇。」

    強…くはない。というより、あると便利だよねレベル。

    「……それってつまり」
    「おめでとう。最高級の予備バッテリーだな」
    アースが即答。

    馬車に戻るなり、薬草、魔法の聖水、高級薬が俺の腕に積まれていく。
    「はい、管理」
    「はい、回復担当」
    「在庫把握よろしく」
    実務開始。
    俺の覚醒は、裏方の完成形だった。

    最後にアースが「あ、あとこれ」と言って渡してきたのは――
    民家の本棚で拾った「転職のすすめ」。
    (職業に関する情報が書かれている本。……鑑定士のスキルを活かせる上位職、書いてあってくれ)

    アースたちは俺を残し、再び街へ消えた。
    俺は荷台で在庫チェック。
    その時。
    「よっ!」
    誰かが転がり込んできた。
    「俺、遊び人のパッパ! 仲間にしてもらったよ!」
    超フレンドリー。
    「……え?」
    「浮かぶ絨毯の場所、知ってるって言ったら馬車で待っててくれって言われたんだ!」
    知識はあるらしい。
    「キミは? ここで何してんの? 職業は? 街は見た?」
    質問がやけに胸に刺さる。

    散策を終えたアースは、パッパが言っていた遺跡へ向かって移動する。
    パッパの明るいお喋りのおかげで、これまでの「孤独な荷台」が初めて賑やかになる。
    「ベイク!回復頼む!」
    「私は魔力回復を!」
    冒険がやけに忙しくなった。アイテムは俺が使うと2割増し。鑑定士として本領発揮か?

    明け方、遺跡へ到着するとアースたちは朝モヤの中へ消えていった。
    俺はパッパと二人でお互いの生い立ちについて語り合った。
    パッパは幼少のころに神殿で遊び人認定され、スキル"忍び足"で魔物に見つからずこの島を隅々まで歩き回ったそうだ。
    (子供のころから遊び人って、どんな大人になるんだろうか)

    昼頃、絨毯を発見したアースたちが戻ってくる。
    「よし!早速広げてみるか!」

    ……浮かない。
    乗ってみる。
    ……浮かない。
    パッパ「ただの絨毯だったのかなぁ?」
    アース「ベイク、鑑定できるか?」
    「鑑定!」ってどうやってするんだ?
    とりあえず持ってみる。

    すると頭の中に「空飛ぶ絨毯」という文字が浮かんだ。
    「あ、これ間違いないみたい。ただ、今は力を失ってるって。」
    「なんだ、魔力切れかぁ!」
    パッパが言う。
    「いや、だからって」
    ドボドボドボドボ。
    魔力回復薬を振りかける。

    「何してんだぁぁぁ!!」
    高価な薬が絨毯に吸われる。
    びしょ濡れ。
    当然浮かない。
    町に戻って情報収集することに。

    帰路で不思議なオアシスを発見。
    「あれ? 行きにあんなのあったっけ?」
    近づくと、何人かの人がいる。
    「この水を体に振りかけると体力が回復するんだぞ。」
    さすが隅々まで知り尽くした男。

    パッパが水を浴びる。
    体力全快。
    「マジか」
    俺も浴びる。
    全快。
    (……戦ってないけど)
    アースたちも水を浴びる。

    するとパッパが後ろで
    「このタオル硬すぎだろー」
    と言うので振り向くと、浮かぶ絨毯で髪の毛を拭いている……
    「おい!それタオルじゃないって!」
    すると、オアシスの水に濡れた絨毯が黄金の光に包まれ、ふわりと浮いた。
    「……え?」

    パッパが「すげー!」と叫び絨毯に飛び乗る。
    俺たちも一人ずつ絨毯に乗る。

    低空飛行。
    風が気持ちいい。
    馬車とは違う。
    「いい風だなベイク!」
    パッパが笑う。
    俺は風を感じながら思う。

    鑑定士。
    便利屋。
    予備バッテリー。
    なんて呼ばれようともこの旅はまだ広がっていく。
    空の向こうへ。

    南の大陸、魔物密度100%

    俺たちはそのまま南の大陸に突入した。
    渡れなかった川は越えれたが、その先にあるヤシの木に阻まれ徒歩で奥地へ行くことに。
    だが、俺は違和感を覚えた。
    「……多くない?」
    魔物の出現率が異常だ。
    進む。  ガサッ。巨大な蛾の魔物。
    進む。  ドン。虎の魔物。
    進む。  ササッ。サソリの魔物。
    「こんな高確率、終盤ダンジョンかよ!」

    俺の手から落ちた『転職のすすめ』の本。
    開いたページには――遊び人の特性。
    【特性:騒がしい声が魔物を引き寄せる】
    視線が、自然と横に向く。
    「いやぁ〜砂漠ってさぁ、夜は寒いらしいぜ! でも昼は暑くてさぁ、俺さぁ昔――」
    「お前、歩くエンカウント誘発装置かよ!」
    俺はパッパを荷台に引きずり込んだ。
    「ちょ、何すんだよ!」
    口を布で塞ぐ。
    「もごもごもご!?」
    「静かにしろ! 前に進めない!」
    本人に悪気はない。
    だが、特性が強すぎる。
    さっき浮かぶ絨毯の遺跡に向かうとき、やけに回復に呼ばれると思ったらこういうことだったのか!

    砂漠。
    灼熱。
    閉め切った荷台はもはや棺桶。
    俺の装備は鉄の兜、鉄の鎧。
    熱がこもる。
    逃げ場がない。
    いつ呼ばれるかもわからないのでむやみに脱ぐこともできない。

    「もごもご!(サボテンって食えるらしいぞ!)」
    「黙れ!」
    それでもパッパの喋りは止まらない。
    熱中症対策のアイテムを配る。
    「アース、水」
    「ゴメス、塩漬け野菜」
    「エレン、日除け布」
    完全に実務。

    そんな中、砂漠の塔を発見。
    「ここにあるのか?」
    だが扉は開かない。
    「確か、南の大地には砂漠の街があったはず。」
    一晩かけて砂漠を彷徨い、砂漠の街へ着く。

    「ここは治安が良くないみたいだから気をつけてな!」
    本で読んだ情報だが、用心するに越したことはない。
    アースたちが街に入るとパッパが「俺も行ってくるねー」と走り去る。
    「嫌な予感しかしない」

    一時間後。
    「ただいまー!」
    満面の笑み。
    「ただいまじゃねーよ!」
    馬車から顔を出すと、アースたちも一緒にいた。
    「え?みんな一緒?」
    「アースたちとはカジノで会ってね! あっという間だったな!」
    「え?」
    カジノで全財産を溶かしたらしい。
    「お前ぇぇぇぇ!」
    その隣でアースの目が泳いでいる。
    「……お前もか?」
    「情報収集だ。」
    絶対違う。
    ミアとエレンは呆れ顔。

    その後ろに見慣れない少女。
    占い師の弟子、踊り子のシャルル。
    「まだ占いは未熟ですが……」
    控えめ。

    アースが説明する。
    「占い師が勇者を待っていたらしい。シャルルが砂漠の塔の封印を解けるって」
    そこへパッパが割り込む。
    「俺、この先大道芸人になるって占いで言われたんだ! さぁ、砂漠の塔に行こう!」
    俺は馬車に押し込まれた。
    (アース……あとで俺も占い師のとこ連れてってくれよな……)

    塔へ向かう馬車の中。
    「なぁベイク、大道芸人ってどんな職業なんだ? 俺字読めないから教えてよ!」

    『転職のすすめ』によると――
    ・遊び人の進化先
    ・特性:金運上昇、仲間の能力5%上昇
    ・得意武器:ヌンチャク、ブーメラン
    ・特技:火吹き

    「これすごくない?」
    パッパ大はしゃぎ。
    「ヌンチャク似合いそうだな」
    「だろ!?」
    テンションMAX。

    一方、鑑定士はというと、上位職が見当たらない。シャルルに
    「練習ついでに俺の将来占ってみてくれない?」
    とお願いすると、シャルルは小声で言う。
    「まだ占いは未熟なので……」
    静と動。
    対照的すぎる。

    再び砂漠の塔へ。
    シャルルの踊りで扉が開いた。
    塔の中には仕掛けがあり、シャルルの踊りで解除する必要があるため、ミアは馬車で待機することに。
    その後、荷台で地獄が始まる。

    「サボテンってさぁ、トゲ抜いたら――」
    「砂漠にいるトカゲって――」
    「この塔に使われてる石の数は――」

    「……静かにして」
    ミアの声は氷のようだった。
    「ミアはどんな魔法が使えるんだい?伝説の究極魔法とか見てみたいなー」
    次の瞬間。
    「魔封じ」
    パッパの口がパクパク動くだけになる。
    音が消えた。
    砂漠の風の音だけが聞こえる。
    俺は目を閉じた。
    「……静寂って、こんなに贅沢なんだな。」
    ミアは無表情。
    容赦がない。
    だが感謝しかない。

    閉ざされた塔の中は魔物がいない……はずだった。
    だが、宝箱・壺・棚に擬態した魔物が大量。
    アースは全部開ける。
    全部割る。
    全部調べる。
    迷いなんてものはない。

    エレンが「アース、ちょっと調べてから……」と言うも無視。
    ボロボロになりながら最上階へ。
    シャルルの祈りの踊りで最後の扉が開く。
    そこには光り輝く――勇者の鎧。
    だが後ろから声。
    「おいおい、本当だったみたいだな。」
    ライオン姿の魔物。
    魔王の手下。

    「お前ら、そんなもん集めてどうするつもりだ?」
    戦闘開始。
    アースとゴメスが左右から攻撃。
    シャルルが踊りで陽動。
    エレンが後方支援。
    見事な連携で撃破。

    「お前らじゃ魔王様に傷一つ付けられんわ。」
    お決まりの捨て台詞を残して消えた。
    アースは鎧を手に入れ、馬車へ戻る。

    「無事手に入れたぞ!」
    アースが言う。
    ゴメスは笑っている。
    「扉が閉ざされてたせいか、魔物いなかったぞ。」
    エレンとシャルルは浮かない表情。
    「だが、魔王の手下ってやつが現れたから、これから気を付けないとな」

    ん?
    ゴメスの鎧。
    「……あれ? ゴメス鎧?」
    「それ、アースが着てたやつだな! めっちゃ似合ってんじゃん!」
    パッパが言う。
    え?拳王も鎧着るの?ちょっと期待してたのに。
    俺の鉄装備は続投。

    エレンが言う。
    「宝箱や壺に擬態した魔物が多くて……魔力回復薬、たくさん使ってしまいました」
    (いや、俺の鑑定使えば開ける前に分かったんだけど……)
    「いいのいいの! 経験値経験値!」
    パッパが笑う。
    (俺のスキル、いつ役に立つんだ……)

    砂漠の街に戻り、占い師の元へ。
    アースたちが占い師の家に着くと――
    「無事に手に入れたね。次、あんたたちの求めるものは“大きい湖”にあるよ。シャルルはついていきなさい。この旅で大きく成長するじゃろう。」
    シャルルが正式加入。
    馬車に戻り、湖を目指すことに。
    「湖……」
    って、どこの?
    パッパは「やったー! 水浴びだー!」と喜んでいる。
    (ヒント少なくない⁉︎)

    湖探しの迷走と、魔法の村

    湖を探す旅は、思った以上に迷走した。
    浮かぶ絨毯で南の空を彷徨い、辿り着いたのは地図の隅にある孤島。
    「なにあの建物! あそこ絶対なんかあるって!」
    パッパが馬車から顔を出して騒いだ瞬間。
    ゴゴゴゴ……。
    出てきたのは、どう見ても今の俺たちより格上の魔物。
    「しまった、コイツの特性忘れてた……」
    怒鳴る気力もない。
    命からがら逃げ、絨毯で撤退。
    西の大陸の街に転がり込んで、ようやく情報を掴んだ。
    「湖ねぇ、南の山の先にあるけど、そんなとこに行っても何もないぞ?」

    辿り着いた湖は、驚くほど静かだった。
    水面は鏡のよう。
    だが神殿は見当たらない。
    「沈んでる」
    アースが言う。
    パッパが「任して!」と湖に飛び込んだ。
    数秒後、溺れかけて引き上げられる。
    「湖、深ぇ!」
    辺りを見回すと小さな灯り。小屋だ。
    そこに住む老人が教えてくれた。
    「昔は陸にあったがな、地盤沈下で沈んだんじゃ。じゃが、海の魚が捕れるから、もしかしたらどこかで海とつながっておるのかもしれんな。」
    アースは馬車に戻りみんなに説明した。
    「ということは海中から船で行けるってこと?  ……またバブル峡か」
    (てか老人、ここで釣りしとんな)

    二度目のバブル峡。
    船を泡で包む。
    パッパは大興奮。
    「なんだこれ! すげー!」
    「これ、俺を包んだら海の中歩けるのか?」
    (いや、漂流するか、泡割れて溺れるかだろ)
    「パッパ、やめとけよ。」
    海底ルートから湖底へ。

    薄暗い中を進んでいくと神殿に到着。
    神殿内部には、なぜか空気があった。
    「便利な設計だな。」
    だが。
    「おーい! なんか響くぞー!やーっほー!!」
    パッパの声が反響。
    魔物の巣窟と化す神殿。
    戦闘。
    回復。
    補助。
    毎回やらかすなコイツ。
    なんとか一掃し、奥へ。

    神殿の奥で待ち伏せていたのはワニの魔物。
    「きたか、勇者!」
    魔王の手下だ。
    「こんなやつらに負けたとはな! 笑っちまうぜ!」
    どうやら前回のライオンの魔物のことらしい。
    「でも、こんなやつらに勇者装備を集めさせまいとしてるってことは、魔王ビビってるってことじゃない?」
    パッパが言う。
    鋭い。
    「魔王様を侮辱するなー!」
    ワニの魔物は逆上して襲いかかってきた。
    逆上しているせいか、槍と尻尾を振り回すだけの単調な攻撃。
    ゴメスが体で攻撃を受け止め
    アースが華麗な剣技で攻撃
    ミアが魔法で削り、エレンが後方支援。
    ワニは正気に戻ることなく倒れた。
    「こんなはずでは……」
    そう言って消えていった。

    大きな扉を開けると、そこには――勇者の鎧(下)。
    アースが装備する。
    勇者装備、着実に揃っていく。
    俺の装備は変わらない。
    慣れた。

    湖底から船を浮上させると、山の上に村が見えた。
    「あれ何? なんか光ってね? 行ってみるか!」
    パッパの気まぐれが発動。
    次の目的地も決まっていないので行ってみることに。

    村に近づくと、空気が違う。
    空中に小さな火の玉。
    浮かぶ水滴。
    子どもが雷を指先で弾いて遊んでいる。
    「ここ……」
    ミアが立ち止まった。
    「私の故郷。魔法使いの村」
    全員が魔法を使える、浮世離れした村。

    入り口の村人がミアに気付く。
    「ミアじゃないか!なんかだいぶ成長したんじゃないか?村長のとこに行きなさい!」
    村をひと通り荒らし(調査し)、奥の大きな家へ。
    村長だ。
    「ほぉ、勇者の装備を身につけておるのか。まさかこの目で見れるとは思わなんだ。」
    アースが尋ねる。
    「盾と剣はどこに?」
    「盾は火の中。剣は空としか知らん。この大陸の火山の中にあるのかもしれんな。」
    次の目的地は火山に決定。

    「ミアよ。そなたからは大きな魔力が溢れておる。ここに残り、究極魔法を身につけると良い。」
    ミアは反対した。
    「アースの冒険に最後までついていく。究極魔法はそれからでいい。」
    だが村長は厳しい。
    「魔王に立ち向かうには必要な力じゃ。それがなければ役に立てぬわ。」
    ゴメスは(じゃあ村長も来れば?)と思ったが黙った。
    ミアは一旦パーティから離れることを決意。
    「盾を手に入れたら戻ってきなさい。それまでには終わっておるはずじゃ。」

    ミアが離れ、俺が呼ばれる。
    状況説明もないまま、「よし、火山に行こう!」と言われ、村長の家を出ようとしたその時。

    村長と目が合った。
    「お主、転職の神殿へ行きなさい。火山はそれからじゃ。」
    アースは少し考え、
    「じゃあ、転職の神殿に行くか。また魔王の手下がいるだろうから、しっかり準備していこう。」
    (ナイス村長! 言われなかったら絶対後回しにされてた!)
    久しぶりのメインパーティ。
    転職の神殿まで遠いから、しばらく役に立てる――
    と思ったら、アイテムで転職の神殿までひとっ飛び。
    (寄り道……ゼロ……?)

    戦闘も町荒らしもなく、神官の前へ。
    「あなたは今日から錬金術師です」
    その場でスキルチェック。
    合成。
    素材を組み合わせ、上位互換を生む。
    俺は震えた。
    「……すげぇ」
    夢の職業だ。
    裏方じゃない。
    創造だ。

    だが、感動は一瞬で終わった。
    アースは道具屋へ行き、大量の回復薬を購入。
    馬車に戻った瞬間。
    ドサッ。
    大量の在庫が積まれる。
    「移動中に全部、上位互換に」
    「え?」
    「シャルル、ベイクとチェンジ」
    夢は一瞬で工場になった。

    回復薬×2=上級回復薬。
    魔石+聖水=浄化水。
    ひたすら合成。
    外では戦闘。
    パッパがアイテムを俺に渡し、俺はアイテムを握り、できたアイテムをパッパに渡す。
    流れ作業。
    「俺の定位置は馬車の中なのかな……?」
    勇者アース。
    拳王ゴメス。
    大神官エレン。呪術師(見習い)シャルル。
    そして。
    「馬車の中でひたすら合成を繰り返す錬金術師と、それをサポートする遊び人」
    火山が見えてきた。
    熱気。
    未来はまた暑そうだ。
    俺は草を握りしめながら、遠い目をした。
    「……前より忙しくないか?」
    合成音だけが、虚しく響いていた。

    灼熱の強化合宿と、終わらない内職

    火山は、理屈を超えていた。
    暑いとか熱いとか、そういうレベルじゃない。
    空気が刃物みたいに肌を刺す。
    「……ここで戦うのかよ」
    勇者アースは平然としている。
    拳王ゴメスは闘志むき出し。  
    大神官エレンは祈りを整え。
    呪術師(見習い)のシャルルは震えながらも目を逸らさない。

    するとパッパが言った。
    「鎧と水を合成してみれば?」
    ……なるほど。
    耐熱効果が付与できるかもしれない。
    「よし……やるか。」
    錬金術師として初めての本格実践。
    俺は水袋を手に取り、アースの鎧に合わせて叫ぶ。
    「合成!」
    淡い光が装備に走る。
    アースが腕を振る。
    「熱が弱まった」
    全員の装備に付与を施す。
    (……俺、役に立ってる。初めて、物理的に)

    その瞬間だった。
    「じゃあ俺、マグマ触ってみるわ!」
    「待て!」
    ジュッ。
    「やっぱ熱い!」
    全身焦げ気味で戻ってくるパッパ。
    耐熱“軽減”であって無敵じゃない。
    俺の感動は一秒で蒸発した。

    最深部に着くと、火を自在に操る魔物が待っていた。
    「お前が勇者か。手加減はしない。全て焼き尽くしてやる。」
    火を纏った体。
    近づくだけで武器が赤熱する。
    「近づけん」
    アースが眉をひそめる。
    魔物は熱波を放ち、じわじわと体力を奪っていく。

    するとパッパが言った。
    「水と水を合わせれば最強の水になるんじゃないか?」
    俺は迷った。
    だが他に手はない。
    貴重な水袋を二つ手に取り――
    「合成!」
    完成。

    「……あれ?」
    二つの水が一つに。
    量が半分になっている。
    「高純度……?」
    違う。
    ただ減っただけっぽい。
    「いやいやいや!」

    魔物に投げる。
    シュッ。
    一瞬で蒸発。
    ノーダメージ。
    俺は膝をついた。
    「水+水=減った水って何だよ……!」
    合成は夢のシステムじゃない。
    現実だ。
    厳密で、冷酷で、情け容赦ない。
    「惜しかったな!」
    惜しくねえ。

    アースたちは防戦一方。
    その時。
    「……踊ります」
    シャルルが前に出た。
    魅惑の踊り。
    炎の中で揺れる影。
    魔物の動きが止まる。
    「今だ!」
    耐熱付与された武器が振り下ろされる。
    「一気に行くぞ!」
    アースとゴメスの怒涛の攻撃。

    魔物は成す術なく消滅した。
    さらに溶岩の奥へ進むと――勇者の盾。
    アースが掲げる。
    「あとは剣か」
    エレンの脱出魔法で火山を脱出し、アイテムでミアの村へひとっ飛び。

    静かな空気。
    「ミアの様子を見てくる。その間これ頼む」
    ドサッ。
    装備の山。
    攻撃力アップ。
    素早さアップ。
    魅力アップ。
    「全部、付与しておいて」
    「……はい」
    尊敬されてるわけじゃない。
    便利だから使われている。
    それは分かっている。

    だが、分かるのと平気なのは違う。
    俺は一人、馬車の荷台で合成作業。
    「メインパーティになったはずなのに……」
    苦笑する。
    戦場に立つ時間より、こうして合成している時間の方が長い。
    でも、今日の耐熱付与は役に立った。
    水の失敗も学びだ。
    錬金術は裏切らない。
    俺が正しく扱えば。

    錬金術師の資産運用

    「鋭利、付与完了」
    アースの剣身に青い光が走る。
    「疾風、完了」
    ゴメスの足具が軽く鳴る。
    「慈愛、安定」
    エレンの法衣に柔らかな輝きが宿る。
    「魅惑、成功」
    シャルルの装飾具が淡く妖しく光る。
    そして。
    「静寂、付与」
    パッパの帽子に、最高純度の静音結晶を練り込んだ。
    完璧だ。

    「ベイク! 俺の装備はラッキーを最高まで上げる効果付けてくれよ!そしたらカジノで大勝ちだ!」
    効果がない。
    やっぱり帽子じゃダメか。口は止まらない。
    「靴に浮かぶ絨毯の糸を縫い込んでくれてもいいよ!そしたら歩くの楽になるかな?」
    それは合成じゃない、裁縫だ。

    やがてミアを連れてみんなが戻ってきた。
    「覚えてきたよ! 究極魔法」
    ミアは大魔導士の装備を一式身につけていた。究極魔法を覚えた証らしい。
    そして試しに空へ放った一撃。

    ――ドォォォン!!
    地響き。
    雲が割れ、光が地平線まで走る。
    沈黙。
    「すげぇ……」
    アースが呟く。
    ゴメスが笑う。
    エレンが目を潤ませる。
    シャルルが拍手する。
    俺は計算していた。
    (消費魔力、推定三百。 回復薬一本で三十。 三発で……)
    「……何本いるんだよ」
    パッパが言う。
    「なぁ、ゴメスもエレンもミアみたいにすごい技とか装備とかあるんじゃないの?」
    アースが答える。
    「そうだな。空の神殿への行き方もわからないし、一旦エレンの修道院に行ってみるか」
    「ちなみにゴメスの故郷はどこにあるんだい?」
    「あ、あぁ……村を出て方向も分からず適当に歩いてたから……」
    迷子かよ。

    まずはエレンの最高装備を求めて修道院へ。
    アースは院長にストレートに聞く。
    「エレンの最高装備をくれ」
    院長は困った顔で答える。
    「ここにはない。最果ての島の祠にあるという言い伝えはあるが、場所は知らん。」
    拳王の里についても同じ。
    「どこかの岩山にあると聞いたことはあるが、正確な場所はわからん。」
    ということで、ゴメスと出会った場所へ戻り、記憶を頼りに探索することに。

    途中、カジノの街が近づくと――
    アースとパッパがネオンに吸い寄せられた。
    だが以前のような博打は封印したらしく、カジノ場を一周だけして景品交換所へ。
    9999メダルだったプラチナの鎧は、誰かが手に入れたらしく消えていた。
    代わりに12000メダルの「祝福の石」。
    使うとメンバー全員の体力を全回復するという超レア品。
    アースは所持金を全てメダルに換えるが足りず、不要な持ち物を売ることに。

    そこで気づく。
    「合成したもの、高く売れるな」
    アースは装備品と素材を大量に買い、俺に手渡す。
    「全部合成して」
    安い装備を合成して高く売り、利益をメダルに換える作戦。
    プラチナ鎧のように他の冒険者に取られないためと、俺は酒場に連れられて行く。
    合成 → 売却 → メダル変換 → 合成 → 売却 → メダル変換を繰り返す。
    「……俺、冒険者だよな?」
    「錬金術師だろ」
    アースは当然のように言う。
    俺は酒場の二階でパーティから一時離脱。
    (ミアみたいに、離脱したら奥義習得できたり……しないよな)
    3食ベッド付き。
    快適な作業環境。
    (……まぁ、悪くないか)

    一方アースたちは、ゴメスの記憶を頼りに山奥へ。
    「こっちか? ん? こっちか?」
    うろ覚えの記憶で山を彷徨い、ようやく辿り着いたのは――
    拳王の里。
    筋肉。
    筋肉。
    筋肉。
    みんな薄着。
    そして村にはやけに鏡が多い。

    「ゴメスじゃないか!」
    村人が駆け寄る。
    村長に会い、奥義習得の可否を聞く。
    まずは器を試すため、村の強者と一対一の勝負。
    装備を外し、肉体だけで殴り合う。
    互角の戦い。
    だが、相手の奥義が発動し、ゴメスは吹き飛ばされる。
    目を覚ますと村長が言った。
    「よくぞここまで強くなった。奥義習得の修行を許可する。」

    奥義は先ほどの一撃。
    滝行で開眼できるらしい。
    ゴメスは滝へ向かう。
    「アース、どれくらいで習得できるかわからないから、その間エレンの装備を探してきてくれ。すぐ追いかける!」
    アースは言う。
    「いや、迎えに来る。」
    パッパが言う。
    「ゴメス方向音痴だからね」
    そしてゴメス、一時離脱。

    アースたちは俺の様子を見に来た。
    「ベイク、どうだ?」
    「まだまだ。メダルにするの1日500枚が限界かも。今やっと2000枚」
    「じゃあエレンの装備探しに行ってくる。10日後にまた」
    (ん?景品は12000枚。今2000枚で、あと10000枚。10日後ということは――)
    (1日1000枚……?24時間働けってこと……?そういうこと……?)

    アースたちは街を出ると、パッパが言う。
    「そういえば、船でフラフラしてるときに行った島に祠あったよな?」
    あった。強い魔物が出て逃げ帰った島。
    「行くか」
    島に上陸すると、早速魔物が襲ってくる。
    だが今は戦える。
    なんとか倒し、祠へ。
    「ここにあるのか?」
    アースが呟いた瞬間――

    「ここに来ると思ってたぞ! 勇者ども!」
    祠の上から、カラフルな鳥の魔物が急降下。
    アースが盾で受け止め、ミアが魔法を放つがかわされる。
    上空から火の息。
    攻撃が当たらない。
    「アース! シャルルと交代させてくれ!」
    パッパが飛び出す。
    「火を吹いてる間、あいつ動かないから、その隙にパチンコで撃ち落とす!」
    だが火の息で弾は溶ける。
    「ドングリじゃダメか!」

    「火の息出してるとき動かないなら私がやる!」
    ミアが奥義を発動。
    鳥の魔物は一瞬で消滅。
    「もう少し考えてからやりなさい。」
    ミアに怒られるパッパ。

    祠に入ると声が響く。
    『ここには認められし者しか入れぬ。祈りを捧げよ』
    エレンが祈る。
    祠が光り、ローブが出現。
    「大神官に相応しい者よ。これを身につけよ。」
    エレンは全状態異常を治す魔法を習得した。

    「じゃあ、ゴメスのところに行ってみよう。」
    拳王の里へ戻る。
    ゴメスはまだ滝の中で瞑想していた。
    アースたちは宿屋で休むことに。
    すると真夜中、大きな地響きで飛び起きる。
    滝へ向かうとゴメスが出てきた。
    奥義習得完了。

    翌朝、村長の家へ。
    「よくぞ習得した。行くが良い。そして魔王を倒し、拳王ゴメスの名を世に轟かせるのじゃ。」

    ……

    一瞬、変な間。
    アースたちは期待していた。
    (拳王の装備……もらえるのでは……?)
    だが村長は何度話しかけても同じことしか言わない。
    周りの村人も「行ってこい!」しか言わない。
    どうやら拳王の装備は存在しないらしい。
    (確かにみんな薄着だしな……そりゃそうか)
    肩を落としながら馬車へ戻る一行。
    次は――ベイクの様子を見に行くことに。
    (……俺、まだ生きてるかな)

    空の神殿と、招かれざる「経営者」

    合成、合成、また合成。
    カジノの街の酒場の一室は、もはや俺の私設工房と化していた。
    アースたちと別れて五日。
    俺は一睡もせず、目の前に積まれた剣や鎧に「付与」の光を叩き込み続けていた。
    「よし……合成完了!」
    最後の一振りを仕上げ、毒を吐くような溜息をついた瞬間――
    バタン!
    「ベイク! 息してるか!」
    アースたちが飛び込んできた。
    予定より五日も早い。
    「あれ? 早かったな。修行とかエレンの装備とか、そんなすぐ終わったのか?」
    俺が問い返すと、アースは口を開けたまま部屋の外を指差した。
    「全部済んだ! けどそれどころじゃない。なんだ、あの酒場の外まで続いてる大行列は!」
    ああ、あれか。
    俺は肩をすくめた。

    事の起こりは二日目だ。
    手持ちの素材を合成して売りに行ったら、たまたま居合わせた冒険者に 「俺の剣も強化してくれ」 と頼まれた。
    適当な端材で研ぎ澄ませてやったら、その噂が街中に広まり――
    三日目には大陸中から冒険者が押し寄せてきた。
    酒場の外には大行列。
    そして俺は気づいた。
    ……転売より受託合成の方が儲かる。
    「四日目には『祝福の石』のノルマを達成した。ついでに景品に追加された『覇王の爪』も狙ってたところだ。」
    呆れるアースに、俺は勝ち誇った顔で『祝福の石』を投げ渡した。
    これで冒険再開だ。
    俺たちはカジノでゴメス用の『覇王の爪』を交換し、意気揚々と街を出た。

    「どうやって行くんだ?」とゴメス。
    「合成しに来た冒険者たちの噂だと、気球とか、帆船が風に流されて辿り着くとか……」
    共通しているのは「風に乗る」こと。
    とりあえず絨毯に乗り込み、海へ。
    三日間彷徨っても何も起きない。
    全員が考え込む中、俺とパッパは絨毯の上で地図を広げた。
    「こういうのってさぁ、大体地図の真ん中にあるんじゃないの?」
    パッパがあくびしながら指差したのは、何もない海域のど真ん中。
    アースは半信半疑でそこへ向かう。
    数時間後。
    「……何も起きないな」
    「こういうのって、決まった時間だけ風が吹くんじゃないの?」
    またしてもパッパの適当な一言。
    だが、さらに半日待つと――
    海面が波立ち、横風が上昇気流へと変わった。
    絨毯がふわりと浮き上がり、そのまま垂直に雲を突き抜ける。
    「うわあああああ!」
    パッパの叫び声と共に視界が真っ白になり――
    次の瞬間。
    白亜の神殿が空に浮かんでいた。
    (……こいつの直感、世界のバグだろ)

    神殿の前に立つと、羽の生えた馬の魔物が降臨した。
    「ひ弱なニンゲンども。ここから先は通さん。」
    「魔王の手下か!」
    火と氷の息を交互に吐き、巨大な羽で暴風を巻き起こす。
    足場は雲。
    下は奈落。
    怖すぎる

    ミアが杖を構え究極魔法の詠唱に入るが、暴風で近づけない。

    その時。
    「雲を合成して壁作ろうぜ!」
    パッパが言った。
    嫌な予感しかしない。
    「やめとけ!」
    「やれるって!」
    パッパが雲の塊を馬車に放り込んできた。
    「氷の息のタイミングで投げれば凍る! そしたら火の息も防げる防壁になるぞ!」
    本気か?
    だが勢いに押され、俺は反射的に手をかざした。
    「ご、合成!」

    シュゴオオオオオ!
    合成された雲が爆発的に膨れ上がり、神殿前を真っ白な霧が覆い尽くした。
    「……何も見えん!」
    「敵はどこだ! ベイク、何をした!」
    「大丈夫! 見えないのは敵も同じだ!」
    パッパが叫ぶが、敵は視界に関係なく氷の息を撒き散らす。
    「うわっ、冷てえ! こっちか!?」
    「仲間を斬りそうで動けない!」
    「集中してるから静かにして!」
    「私は大丈夫です。ゴメスどこですか?」

    大混乱。

    俺とパッパは祝福の石をそっとかざして全員を回復させると、無言で馬車の奥へ隠れた。

    霧が晴れた瞬間――
    ミアの究極魔法が直撃。
    魔物は墜落し、ゴメスの奥義がトドメを刺した。
    「……ベイク。あとで話がある」
    ミアの冷たい視線に射抜かれながら、俺たちは神殿内部へ進んだ。

    神殿の奥。
    ついにそれはあった。
    勇者の剣。
    アースが柄を握り、ゆっくりと引き抜く。
    黄金の光が溢れ、勇者装備がすべて揃った。

    その時――
    神殿全体を揺るがす不快な笑い声。
    『よくぞ我が手下を倒したな。だが、そんな装備を手にしたところで、我に敵うとでも思っているのか。』
    黒い霧が神殿を包む。
    立っていられないほどの震動。
    『その剣が守っていたこの神殿、我らの拠点として相応しい。 今ここで塗り替えてやろう。』

    霧が晴れた時――
    白亜だった神殿は、邪悪な紫と黒に染まり、巨大な――
    「……魔王城に、変わったのか!?」
    空の上に、魔王の本拠地が降臨した。
    俺は鉄兜を震わせながら、目の前の絶望を見上げた。

    魔王の慈悲と、巻き戻るエンディング

    紫色に染まった不気味な魔王城を前に、アースが移動アイテムを取り出した。
    「よし、戻って来れるな。」
    行き先に“魔王城”が追加されているのを確認し、故郷の村へひとっ飛び。
    「アース? 何かやり残しか?」
    いや、無料回復だ。
    最後まで徹底して節約する姿勢に逆に感心する。

    夜が明け、馬車に戻ってきたメンバーの手には大量の荷物。
    魔王戦に向けたアイテム補充だと理解し、荷台に積むのを手伝う。
    「アース、それにしてもよくこんなに買ったな!」
    「あぁ、最終決戦だからよろしく!」
    「へ?」
    「合成。最上級にしておいてほしい」
    2つ合成して上級魔力回復薬。
    上級2つで最上級魔力回復薬。
    俺にできる最大の貢献。
    シャルルがアイテムを手渡し、俺が合成し、パッパが荷台に積む。
    俺たちの連携も無駄がなくなってきた。
    そして再び移動アイテムで魔王城へ。

    魔王城の前に立ったとき、俺はようやく思った。
    (……ああ、終わるんだ)
    長かった旅も、荷台生活も、内職地獄も。
    ついにラスボスだ。ここを越えればエンディング。スタッフロール。解放。
    そう信じていた。
    このときまでは。

    「よし、突入するぞ」
    魔王城の扉が開く。
    暗い廊下。紫の炎。重い空気。
    完璧な最終ダンジョンだ。

    だが三分後。
    「魔力半分。帰るぞ」
    「え?」
    気づけば故郷の村。
    宿屋の前。
    見慣れた看板。見慣れた空。
    村人が言う。
    「元気そうだね!」
    元気そうだね、じゃない。
    俺たち魔王城から頻繁に帰ってきてるんだけど。 しかも無料宿泊。
    そしてまた魔王城へ。
    三分後。
    「魔力半分。帰るぞ」
    また村。
    「元気そうだね!」
    心が削れる。
    魔王より先にメンタルが削れる。
    (魔王、絶対待ってるよな……  部屋の前で腕組んで「遅くない?」って思ってるよな……)
    俺たち、最終決戦を日帰り感覚でやってる。

    地道に魔王城攻略(隅々までお宝探し)を進めていくと、城の奥で回復ポイントを見つけた。
    紫に光る魔法陣。
    触れると全回復。
    最高。
    「ここでレベル上げだ」

    魔物が現れる。倒す。回復。倒す。回復。
    無限ループ。

    俺は気づいてしまった。
    「ここ、魔物の休憩所じゃない?」
    疲れた魔物が帰ってきて、
    「はぁ〜今日も疲れた。」
    って言った瞬間、俺たちが襲う。
    最悪の悪役じゃないか。
    倫理が死んでいる。
    だが経験値は美味しい。
    葛藤しながら倒し続けた。

    そんなことを何十回、何百回と繰り返した後、アースの目つきが変わった。
    魔王の部屋に向かうと
    「準備はいいか?」
    アースの問いに全員がうなずく。

    扉が開くと王座に鎮座する魔王。
    威圧感。
    音楽が変わる。
    魔王戦だ。

    第一形態は順調。
    体型は俺たちと変わらない大きさで杖を持ち、魔法主体で攻撃してくる。
    エレンが魔法攻撃を弱める結界を張り、ミアはその中から魔法で応戦。
    アースとゴメスは隙を見て結界から飛び出し攻撃を当てる。
    俺はいつでも援護できるように祝福の石と魔力回復薬を手に待機。
    シャルルは祈り、パッパは何やら道具袋をあさっている。

    第二形態。
    「なかなかやるではないか」と言うと魔王の周りを黒い煙が囲う。
    煙が消えるとそこには筋肉質な魔王が立っていた。
    魔法に加え、強力な直接攻撃を放つ。
    強い。硬い。痛い。

    「ベイク!これ合成しよう!」
    パッパが持ってきたのは…水と硬い実?

    「これを合成してみんなにかければ、硬くなって防御力上げられるかも!」
    それを聞いた俺は、「なるほど!」というよりも過去の苦い経験が先に頭をよぎる。
    「パッパ、それはみんなが困ったときにしよう!」
    試してもいないものを前線の仲間に使うのは危険すぎる。
    だかパッパは諦めない。
    「困ってからじゃ遅いだろ!とりあえず合成しよう!」
    確かにピンチになってからじゃ遅いかもしれない。けど、どうも効果が信用できない。

    シャルルを見ると視線が合った。
    「とりあえず合成だけしておきます?合成だけ。」
    「わかった。合成だけしておこう。けどパッパ、すぐ使うなよ!」
    「わかってるって〜」
    「合成!」
    得体の知れない水が完成。

    「よし!俺が持っとく!」
    とパッパが手を出すが、その手を制し
    「いや、シャルルに持っていてもらおう」
    と、シャルルに手渡そうとした瞬間、魔王の攻撃による衝撃で馬車が揺れ、液体がパッパの足にかかってしまった。
    「うわっ!」と尻もちをつくパッパ。
    「大丈夫か?」と聞くと
    「うん!」
    「あれ?立てない。」
    「なんか足が固まって動けなくなっちゃった!魔王め、よくもー!」
    魔王の攻撃ではなく、絶対あの液体のせいだ。
    もしこれを前線に投げていたらと思うと鳥肌がたった。

    するとアースが交代の指示を出す。
    「シャルル出てきてくれ!みんなを鼓舞するダンスを頼む!」
    「はい!」
    「パッパも出てきてくれ!パチンコで遠距離から援護して欲しい!」

    なんていうタイミングだ。
    「パッパは今戦闘不能だ!」と叫び、馬車から顔を出すと祝福の石を掲げて顔を引っ込める。
    シャルルの代わりに馬車へ来たエレンは動けないパッパを見て「大丈夫?」と言って状態回復魔法を掛けるが治らない。
    「くそー、強力な状態異常魔法にかかったか!」
    いや、それたぶん乾けば治るから。

    シャルルの鼓舞が終わり、俺が呼ばれる。
    「今のターンで全体攻撃を受けたから祝福の石を頼む!」
    アースの指示に従って石をかざそうとしたその時、魔王の一撃が飛んでくる。顔面直撃し吹き飛ばされる。
    意識が遠のく前に祝福の石で回復。
    ダメージは消えても痛みはちょっと残る。
    運良く(?)馬車の前に飛ばされたので、そのままエレンと交代。
    殴られたところを押さえて馬車に戻るとパッパがまた何か道具をあさっている。。。懲りてないのか?
    「ベイク!あいつの直接攻撃痛かっただろ?鏡と光る石を合成して光爆弾作ってくれよ!これで目眩ししてやろうぜ!」
    わかる。やりたいことはすごいわかる。
    「これ投げたらみんな目がくらむんじゃないか?」
    「投げる前に"目を閉じろ!"って言えば大丈夫だって!」
    いや、そしたら魔王にバレるだろ。
    シャルルに目をやると、困りながらもうなずく。
    「パッパ。頼むぞ?」
    「おう!」
    (下手なことするなよって意味だけどわかってるのか?)
    「合成!」
    ガラスが散りばめられ、キラキラ光る石が完成。
    パッパはそれを受け取り、落とさないようにしっかり握る。
    その時アースがパッパを呼ぶ。
    「パッパ!魔王を混乱させられないか?」
    撃ち合ってても埒があかない!状態異常にできるか試したい!
    「任せろ!」
    と言ってゴメスとチェンジ。

    パッパは馬車を出た瞬間
    「みんな目を閉じろ!」と叫び石を投げる。
    「おい!待て!!そうじゃない!」と叫ぶも手遅れ。
    ピカッと頭の奥まで響くような光を発し、暗黒な魔王城が一瞬真っ白に輝いた。
    全員驚くこともできず目の前が真っ白になった。
    魔王は目がくらんだ
    アースは目がくらんだ
    パッパは目がくらんだ
    ミアは目がくらんだ
    エレンは目がくらんだ
    ゴメスは目がくらんだ
    シャルルは目がくらんだ
    ベイクは目がくらんだ
    頭の中にメッセージが流れた気がした。

    すかさずアースが「おい!何した?」
    ミア「何も見えない!え!?」
    エレン「これを治す魔法。。。あったっけ」
    パッパ「効果ばつぐん!」
    魔王「一面焼き尽くしてくれるわ!」
    アース「全員防御!!」
    またやっちまった。

    「パッパ!俺と交代!」祝福の石で回復しないと。
    「ベイク?どっちだ?見えるようになるまで待ってくれ!」
    いやいやいや、待てんだろ。
    3ターンほど魔王の火の息に耐えたところでようやくみんなの視界が戻り始める。
    パッパが戻り、俺が祝福の石で回復し、ゴメスと入れ替わる。
    「入れ替わる連携はめちゃくちゃ上手くなったな!」とパッパが陽気に笑ってるが、ミアの鋭い視線に目を合わせられない。

    アースたちは次第に魔王の攻撃パターンに慣れ、主導権を握っていく。
    そしてついにこの時がやってきた。
    大きな叫び声と共に魔王が倒れると、暗黒に染まった神殿が輝きを取り戻す。

    「やった!」

    地上に平和が戻ると、夢を見ているかのような回想シーンが始まる。

    各地を巡り仲間はそれぞれの故郷へと帰っていく。
    ミアは村に帰り、魔法を子供たちに教え
    エレンは修道院で人々を助け
    ゴメスは拳王の里で肉体を磨き
    パッパは大道芸人になるためカジノのステージに立ち
    シャルルは呪術師としての実践を開始。

    俺とアースは故郷の村へと辿り着き、村長に報告するとその夜、アースが家にやってきた。
    「俺はゆっくり世界を見てみたい。一緒に行かないか?」
    と誘ってくれたが俺はそれを断り、カジノの街で鍛冶師としてやっていくことを決意したところで暗転。エンディング。

    。。。エンディング??

    壮大な音楽が鳴り止み、気がつくと魔王の部屋の前に立っている。

    「あれ?」
    みんないる。
    天空の城はまた暗くなっている。
    「ベイク、どうした?」パッパが言った。
    「魔王は?」
    「これから魔王の部屋にいくんじゃないかな?」

    戻った。

    するとアースは魔王のいる扉に背を向け魔王城を後にする。
    「おい!アース!」呼んでも返事もなく進む。
    みんなは強制的にアースの後ろをついて行くだけ。なにも疑問に思っていないようだ。

    魔王城を出ると故郷の村へアイテムで移動する。
    夜、馬車でパッパが急に「ニンジンと帰還の羽を合成してよ!」と言い出した。
    「夢でみたんだけど、これを合成して馬車の馬に食べさせると空を飛べるみたいだぜ!」
    夢で見たことを実際にやるなんて正気か?
    馬に何かあったらどうするつもりだろうか。
    だが、頭の中に「合成しますか?」というメッセージが何度も出てくる。
    やらない!と思っても何度も。
    もう合成するしかないみたいだ。
    諦めて合成すると、ニンジンの葉っぱの部分が白い羽根に変わった。
    するとアースが馬車に乗り込んでくる。
    合成したニンジンを手に取ると、迷いなく馬に食べさせる。
    馬が白く光り輝きペガサスへと変身。
    「。。。」言葉がでない。
    アースは当然のようにみんなを馬車に入れ、馬を飛ばせる。
    まさか、裏ボス?!
    空を見上げながら、俺は絶望した。

    鍛冶師として独り立ち。
    酒場の娘と結婚。
    幸せで安定した生活。
    朝はパンとスープ。
    昼は鍛冶場の熱気。
    夜は家族の笑顔。
    ――そんな未来を、ほんの一瞬だけ夢見た。
    だが。
    「ベイク、次の合成頼む」
    アースの声が背中に落ちる。
    振り返ると、パッパがニンジンを掲げている。
    「なぁベイク!これと羽、もっと強くできないかな!」
    シャルルは新しい呪符を差し出し、 エレンは「回復薬の在庫、あとで確認しておいてくださいね。」と微笑む。
    そしてペガサスは、俺の方を見て嘶いた。

    ――逃がす気、ゼロ。

    俺は深く息を吸い、空を見上げた。
    青い。 どこまでも広い。 どこまでも遠い。
    「……まぁ、いいか」
    旅は終わらない。 終わらせてもらえない。
    でも。
    誰かの役に立てるなら。 誰かが前に進むための力になれるなら。
    それも悪くない。
    「よし、次の合成いくぞ!」
    俺は荷台に戻り、草と石を握りしめた。
    ――勇者の幼馴染の物語は、まだまだ続く。


     
     

    ojyuki

     
     
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