見出し画像

おっさん瞑想中(お金の話)

私は55歳の無職です。私は昨年の4月に会社を辞めました。色々な1年でしたが、私のお金事情、資産についてなんですが約1100万ほどの投資資産をニーサなどで運用しております。投資というものを初めて5年と半年が経ちました。私が投資を始めるきっかけは下の子供が大学を卒業する1年前ちょうど50歳にさしかかる頃、いよいよ自分たちの(嫁と二人)老後の事を考えれる余裕が出来て何気なく手に取った雑紙との出会いだった。話題の老後2000万円問題について書かれておりました。私は当時、本当に老後は年金さえ有れば生活できると考えており、私の計画は40歳頃から始めた年金保険を60歳まで掛けてサラリーマンを卒業するつもりでした。60歳からはアルバイトなどの収入と年金保険で60歳から70歳まで毎月70000円を10年間受け取り、それからは死ぬまで年金で生きる予定でした。しかし、それではダメなんだとその記事には書かれており、初めて自分の将来の見通しがこれではダメだと気付いてしまったのです。
私の資産は貯金などほとんど無く、子供の大学費用などでの借金が250万、家のローンが残り14年残債が1000万というマイナス資産状態でした。老後には2000万最低でも必要だと、そして読み進めると全く当時の私がほとんど聞き慣れない単語の連続で、ニーサやiDeCoなど投資をしていかなければダメという内容でした。金融リテラシーの必要性、株式投資や投資信託それまでの私にはまったく無縁の世界でした。私はそれを一生懸命読み解きました。運用利回りとは何ぞや、まずは私が加入していた年金保険の利回りを計算すると1.7%位でした。悪くても利回りが4%以上の金融資産でなければダメだと言うことを初めてその時理解したのです。本当に読めば読むほど焦りました。無知でした50歳に差し掛かってまさかの事実にどうしたらの言葉しか見つからず私はそれから3ヶ月ほどユーチューブなどで自分なりに金融リテラシーを高めようと学習して保険などの固定費の見直し、一つの大きな決断をしたのです。まず楽天証券の口座を申し込み口座が出来たらiDeCoを先に節税効果の高い事を期待し満額。まだ下の子の学生生活が半年間ありましたのでの小額でしたがニーサを始めたのです。 それでも翌年の春からは、とにかく毎月10万と決めて一般の口座も開設し全世界株、S&P500に連動した投資信託をドルコスト平均法という形で始めたのです。
またその春には年金保険を思い切って解約しました、トータル15万ほどのマイナスでした。正直この決断には半年ほど時間がかかりましたがその資金を日本株、そしてアメリカの株を買うために200万円を当時ドル円が110円の頃にドルに両替をして購入したのです。社会人の長男にはそれは投資ではなく投機と揶揄され最初こそ増えたり減ったり、仕事中スマホの画面に張り付いて取引、本当にこれは何かの啓示、という位今までの自分自身のお金に対しての考え方を180度変えるような行いでした。
結果は最初こそ100万を超えるには時間がかかりました。それでも年金保険ではありえない利回りで複利の力がどんどん働いているのを感じました。とにかく毎月しっかり積立をして4年が過ぎた頃ニーサiDeCo含み益はなんとトータル250万ほどで資産は650万に膨れ上がりました。
しかしそれとは対照的に個別株の方は最初1年こそ調子が良かったのですが翌年はさえず結局4年間でトータル300万の個別株での資産運用結果は日本株で何万円かの利益とアメリカ株では50万の利益とドル円が155円だったタイミングで終了しました。トータル100万ほどの含み益でした。 本当に4年間で保険の解約での損失は十分補填され60歳で予定していた70歳までで貰える年金保険の金額をはるかに超えたのです。あの時、あの雑誌に、出会わなければこのような未来を手にすることは無かったでしょう。
そして私の金融資産が1000万になりかけた頃の54歳の秋には60歳まで働くつもりの会社を辞める決意をしたのです。これはFIREではなく、無謀です。2000万の半分にも届かずなのに、、、、
あれから1年がたち、現状はあまりよろしくないのですが、家のローンも途中何回かの繰り越し返済などで残り60歳で完済。5年後の12月まで月々の支払いは66000円になり残債は400万ほどになりました。
トータルの資産はブラス700万です。
これは決して多いとは思っておりませんが、とにかく私はこれから嫁と2人で年金がもらえる60歳まであと5年をどう働くか、どう生きるかを瞑想する55歳のおっさんという事です。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー