
宇宙のはなくそ、だからこそ踊らされに行け
宇宙のはなくそ
誰かの役に立っている間だけ、
自分に価値がある気がしていた。
役割を外れた瞬間、空っぽになることを知っているから、
また何かを背負う。
代わりのきく何かを。
でも、ふと思った。
——私って、なんなんだろう。
宇宙から見たら、
ただの“はなくそ”みたいな存在じゃないか。
目の前のあの人も、
優秀に見えるあの人も、
みんな同じだ。
ちっぽけだ。
モブとしての役割
「あなた、モブですよね?」
そう言われて、今イラッとしたなら、
もう自分で自分を“その他大勢”として見ている証拠だ。
でも、モブってなんだろう。
例えば、誰かの誕生日。
レストランでケーキが運ばれてきて、
みんなで拍手する。
その瞬間、あなたは“モブ”だ。
でも、誰もそれを不幸だとは思っていない。
むしろ、その場を成立させる大事な役割を、
ちゃんと引き受けている。
私たちは常に、役割を演じている。
会社でも、社会でも、
代わりのきく役割を、
まるで自分そのもののように抱え込んでいる。
そして比較する。
あの人より上か、下か。
価値があるか、ないか。
でもその比較は、終わらない。
上に行けば、また上がいる。
下を見れば、安心するだけ。
どちらも、ただの消耗だ。
比べるなら、昨日の自分だ。
越えるべき相手は、
他人じゃない。
自分しかいない。
一億人いれば、一億通り。
どんなに羨ましくても、
その人にはなれないし、
なれたとしても、
きっと一日で音を上げる。
その人の人生は、
その人にしか背負えない重さでできている。
ならば、自分というものを謳歌した方が後悔がないのではないか。
世界は矛盾でできている。
俯瞰しろと言いながら、
感情に飲まれろとも言ってくる。
安定を求めながら、
刺激も求める。
それでいい。
それが人間だ。
そろそろ気付いてもいいんじゃないか
どれだけ苦しんでも、
宇宙から見れば、
全部“はなくそ”みたいなものだ。
そろそろ気付けばいい。
誰かと比べて、
自分の価値を測り続けることに、
意味なんてないってことに。
だからこそ、
どうせちっぽけなら、
どうせ一瞬なら、
俯瞰しながら
あえて振り回されに行け。
本気で誰かを愛してみろ。
本気で何かに夢中になってみろ。
無条件に愛すること。
無条件に、自分を認めること。
それ以外は全部、条件だ。
外に求め続ける限り、
一生満たされない。
でも、自分で自分を認めた瞬間、
世界は変わる。
許可が出る。
視野が広がる。
人生が動き出す。
宇宙のはなくそ。
それでいいんじゃない?
だからこそ、
踊らされに行け。
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