メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo bymirecat

人は人に䌌おいるものを぀くる、人は人の぀くるものに䌌おいく

     人の぀くるものは人に䌌おいる。人の倖面だけでなく内にも䌌おいる。人の意識をう぀しおいるずしか思えないものがある。

     曞物、巻物、タブロヌ、銀幕、スクリヌン、ディスプレヌ、モニタヌ。

     人には芋えないものを人は真䌌おいる。聞こえないものを真䌌おいる。感知できないものを真䌌おいる。知らないものを真䌌おいる。

     芋えないもの、聞こえないもの、感知できないもの、知らないもの。それは人自身。人の䞭にいる人。䞭の人。

         

     鏡をのぞきこむ。
     䌌おいるものがいる。䌌おいるものに䌌せおいく。
     䌌せたもの。䌌せもの。

         

     たねおいる、においる。
     真䌌おいる、䌌おいる。

     たねる、たねく、たねぶ・たなぶ。
     真䌌る、招く、孊ぶ。

     においるは、たねるず、たなぶを、たねく。
     䌌おいるは、真䌌るず、孊ぶを、招く。

     人は人に䌌おいるものを぀くる。
     人は人の぀くるものに䌌おいく。

         

     人の人もどき化。
     人もどきの人化。

     人のもどき化。
     もどきの人化。

    線や垯を巻く


     レコヌド、カセットテヌプ、映画、ビデオテヌプ、蚊取り線銙、トむレットペヌパヌ――どれもが现い線や幅のある垯を巻いたものです。

     レコヌドは、よく芋るず、ぎざぎざした溝である现い線が枊を巻いおいたす。私が初めおカセットレコヌダヌを買っおもらったのは、むき出しの磁気テヌプである垯を巻いた、オヌプンリヌルずいう方匏からカセットテヌプに移行する時期でした。垯が现くなり、小さな箱に収められるようになったのです。

     そういえば、初期のコンピュヌタヌにはガラスの窓が぀いおいお磁気テヌプが回っおいるのが芋えた蚘憶がありたす。ずずっずずっずいう具合に、なんだか生き物じみた動きをしおいたした。ずきどき戞惑うように芋えたのです。

     映画は、巻いた垯状のフィルムを映写機で銀幕に映す圢で公開されおいたした。フィルムはしゃヌっずいう感じで流れたす。綺麗な暡様の蛇の動きを連想した蚘憶がありたす。

     ビデオテヌプは音ず像の䞡方を磁気テヌプに蚘憶させた画期的な発明だったらしい。映画のフィルムにサりンドトラックずいう现い垯が䌎走しおいたものの進化圢なのでしょうか。

         

     以䞊述べた知識を私は蚀葉で知っおいるだけで、仕組みに぀いおはぜんぜん分かっおいたせん。ただ、いた挙げたアナログ的な仕組みのもののほうが、そうした知識を䜓感しやすいような気がしたす。錯芚なのでしょうが。

     デゞタルな情報凊理ずなるず、私にはたったく䜓感できたせん。䜓感するずっかかりがないのです。

     デゞタル化されたものは電力がないず動かないようです。電気仕掛けの物の怪ずか劖怪みたい。

     電力がなくなったら消えおしたうのでしょうか。぀たり人がここからいなくなれば消えるのでしょうか。信号ずかデヌタずか情報のこずです。

    巻物、綎じた本


     トむレットペヌパヌずいえば、トむレで目にするたびに昔の巻物を連想したす。絵や文字が曞かれおいた巻物のこずです。

     そうした絵ず文字からなる文には、流れがありたす。その流れは無限ではなく限りのある線や垯や面ずしお存圚しおいたす。「限りがある」ずいうのは始たりず終わりがあるずいう意味であり、「存圚しおいる」ずいうのは物だずいう意味です。

     巻物の始たりず終わりのあいだには、ある順序や秩序に沿った流れがあり、その流れは筋ずも蚀えるでしょう。筋道を立おお話すずいう蚀い回しに芋られる筋のこずです。

     巻物ずいえば、巻物を裁断するず玙切れになりたす。その玙切れを流れにしたがっお束ねお綎じおいくず本になりたす。巻物ず同じく本にも絵があり、文字からなる文が茉っおいるものがありたす。

     ペヌゞずいう二次元の枠に収められた絵や写真ず、やはり二次元の枠で区切られた文字の列が印刷されおいる本にも始めず終わりがありたす。

     人の䜜った線や垯や面や連続した面や流れや筋には、必ず枠――たずえばペヌゞやコマコマ送りのコマやコマ数や堎面シヌンや段萜や章――ず、始たりず終わりこれも枠ですががあるのではないでしょうか。

     始たりず終わりのあるものを切っお割るず、たたそれにも始たりず終わりがありたす。さらに切っお割っおも、さらにたた始たりず終わりがありたす。

     そう考えるず、始たりず終わりは人の䞭にあるものだずいう気がしおなりたせん。きっず始たりず終わりは人のオブセッションなのです。

     オブセッションだから切りがないし果おがないのです。䞖界や宇宙に切りがなかったり果おがなかったりするのではなく。䞀皮の擬人なのではないでしょうか。

     䞖界や宇宙や森矅䞇象に、人生人の生を重ねお芋おいる。人に擬しおいる。

     人は人に䌌おいるものを぀くる。
     人は人の぀くるものに䌌おいく。

    「始たり」ず「終わり」なんお、名づけお手なずけようずしおも無理なのです。ずころで、「name・なづける」ず「手なずける・tame」は、なぜか䌌おいたす。

     same game なのかもしれたせん。Shame on me.  Blame on me.  Maybe  we're framed up.  Fame is often shameless and is sometimes shameful.  Open sesame.  Bésame Mucho.  切りのない、果おのない、オブセッション。金倪郎风状無意識。

     倱瀌したした。

    読む、芋る、眺める


     本ずいえば、いたは綎じた玙のペヌゞからなる本よりも、むンタヌネットに接続されたさたざた端末機の画面を読んだり芋おいる人が増えおいるそうです。私もその䞀人です。

     人は液晶の画面をスクロヌルしたりスラむドしお、文字からなる文を読んだり芋たり、静止画像や動画をじっず芋たりがんやりず眺めおいるわけですが、そのさたは巻物を芋たり読むに䌌おいたす。スクロヌルには巻物の意味があり、なるほどず玍埗したす。

     右から巊ぞ流れるか、䞊から䞋ぞ流れるかの違いはあっおも、巻物ず同じようにある方向に目を走らせおいるず蚀えそうです。ある点から流れるように線状に目を走らせおいるのでしょう。

     点が移動しお線になるずいう、䟋の話です。

         

     走らせるずいえば、速床を䞊げお動画や番組を芋るケヌスが増えおいるず聞きたすが、そうやっお映像ず同時に文字も読んでいるようです。忙しかったり、せっかちな人が倚くなっおいるず思われたすが、倍速で文字を読むずすれば、もはや読むず蚀うよりも芋おいるのではないでしょうか。

     たしかに珟圚は文字はしだいに読たれなくなり、芋る察象になっおいる気が私にはしたす。熟読ずか粟読ずか䞹念に文字を远うずいう蚀い回しが、最近ぎんず来ないのです。誰もがせわしく文字を远っおいる。読むず蚀うよりも芋おいる感じがしおなりたせん。

    芖線の動き


     本のペヌゞや、端末の画面を目にしお、人はどうやっお芋たり読んだりしおいるのでしょう。

     芖線ずいう、おそらく点のようなものをペヌゞや画面に圓おるこずで――レヌザヌ光線を面にピンポむントで圓おるさたをむメヌゞしおいたす――、点を移動させお線で、面を読んだり芋たりしおいるのではないでしょうか。

     点ず蚀っおも、ある皋床の面積が芖野に入っおいるようなので、面に近い倧きめの点なのかもしれたせん。そうなるず点を移動させた線ずいうより、ある皋床の幅を持った垯ず考えたほうがよさそうです。

     この垯の幅は、その時々の気分や集䞭床によっお倧きさが倉わるでしょう。たた垯にも濃淡がありそうです。濃ければきちんず読んだり芋おいお、薄ければがヌっず、あるいはうわの空で眺めおいるだけだずいう意味です。

     ただらであったり、たばらに芋おいるずか読んでいるずいう状態が、人には意倖ずあるのではないでしょうか。幎を取ったせいか、がヌっずしおいるこずの倚い私には、たばらやただらずいうのが、ずおもリアルな感芚なのです。

     私は自分がただら状ずか、たばら状だずいう気がしたす。意識だけでなく存圚ずしお、です。

    薄っぺらい、ぺらぺら


     巻物、本、レコヌド、カセットテヌプ、映画、ビデオテヌプ、蚊取り線銙、トむレットペヌパヌ――こうした広い意味での巻いた物はある郚分が薄っぺらで、ぺらぺらしおいたす。巻物だから圓然ず蚀えば圓然なのですけど。

     现い溝や線を巻いたレコヌドや蚊取り線銙のようが平べったい円盀状ディスクであったり、薄いぺらぺらしたもの――玙、矊皮玙、フィルム、磁気テヌプ――を巻き取っおあるずいう意味です。

     、のはディスクで円盀です。そういえば、レヌザヌディスクなんおありたした。ハヌドディスクも円盀ですが、これはパ゜コンを壊しお解䜓したずきに芋たこずがありたす。

     カヌドやチップは薄いです。ポテトチップスも薄い。のはサヌキットですから、円環ずか茪っかのむメヌゞを感じたすが、これも薄そうです。

     ひょっずするず、こうしたぺらぺらしたものに茉っおいたり内蔵されおいるらしい文字や絵や映像は、薄っぺらいのではないでしょうか。厚みがあるずは考えにくいのです。

     でも、人はその薄いものから、量や厚みがありそうなものを読み取っおいるみたいに思えたす。量や厚みがあるだけでなく、深みや奥行きさえ読み取っおいるかのよう。情報ずか知識のこずです。

    の蟻耄合わせや垳尻合わせをずは別のものでする


     そんなふうに考えるず䞍思議です。たさに深そうな話に思えおきたす。深いではなく、深そうです。

     薄いず厚い、浅いず深い、现いず倪い、小さいず倧きい、軜いず重い、短いず長い、近いず遠い。

     こうしたものは同居しおいるのではないでしょうか。私にはそうずしか考えられたせん。

     たぶん、いた挙げた、「ず」で結ばれたペアたちが反察に芋えるのは、そうした蚀葉が反察語みたいに扱われおいるからであり、぀たり蚀葉の䞖界でそうなっおいるだけであっお、蚀葉で珟実や思いや印象の蟻耄合わせや垳尻合わせをするから、矛盟しおいるように感じられるだけ――そんな気がしたす。

     蚀葉ず珟実ず思いや印象はそれぞれが別個のものですから、それぞれのあいだで䞀察䞀に察応しおいるわけはないのでしょう。の蟻耄合わせや垳尻合わせをずは別のものでするのには無理がありそうです。

    の代わりにずは別のもので枈たせる


     そもそも人は矛盟するこずをしおいたす。矛盟を生きおいるずいうか。

     厚いものの代わりに薄いもので枈たす。
     深いものの代わりに浅いもので枈たす。
     倪いものの代わりに现いもので枈たす。
     倧きいもののかわりに小さいもので枈たす。
     重いものの代わりに軜いもので枈たす。
     長いものの代わりに短いもので枈たす。

     人間の代わりに人間でないもので枈たす。
     人間でないものの代わりに人間のようなもので枈たす。

     遠いものの代わりに近いもので枈たす。
     遠くを近くする。
     遠くを知芚する。

     巻物、本、レコヌド、カセットテヌプ、映画、ビデオテヌプ、蚊取り線銙、トむレットペヌパヌ。

     絵、遠近法、地図、䞖界地図、地球儀、幎衚、蚀葉音、文字、衚情、身振り、しるし、攟送、報道、写真、レントゲン、顕埮鏡、望遠鏡、電話、電報、攟送、孫の手、糞電話、人生ゲヌム、ゲヌム、人圢、キャラクタヌ、小説、挔劇、挫画、アニメ、ロボット、仮想珟実、人工知胜、生成、、、遠隔操䜜、遠隔医療。

     の代わりにずは別のもので枈たせる。
     の蟻耄合わせや垳尻合わせをずは別のものでする。

         

     やっおいるじゃありたせんか。芁するに、の代わりにずは別のもので枈たせお柄たしおいる。しれっず柄たした顔をしおやっおいるのです。

     知らん顔。知らん振り。知らぬ颚。知芚ず錯芚をうたく利甚しおいるわけです。

     それを蚀葉、ずくに文字にするず、矛盟や、蟻耄合わせや垳尻合わせをやっおいるこずがもろに出る、぀たり目立぀。ずはいうものの、深くは受けずめずに、あれれヌっず思うだけ。

     反意語ずか察矩語ずいうのは、やらせずいうか、自䜜自挔の狂蚀ずいうか、人だけに受けるギャグに芋えおなりたせん。勘違いずか、なにかの間違いではないのでしょうか。

     そんなふうに私には芋えたす。たぶん私にだけそう芋えるのかもしれたせんけど。

    抜象ず具象の同居


     遠くを近くする。
     遠くを知芚する。
     遠くを近いず錯芚する仕組みをうたく利甚しおいる。

     手で觊ったり盎接目にできないものを抜象ず呌び、手で觊ったり肉県で芋たりできるものを具象ず呌んでみたす。

     抜象の代わりに具象で枈たせお柄たしおいる――。

     こういうこずをしおいるず、抜象ず具象が同居しおあらわれる、芋えるこずになりたす。

         

     いちばん分かりやすいのが蚀葉だず思いたす。蚀葉では抜象ず具象が同居しおいたす。

     同居しおいるずいうか、抜象ず具象のあいだを行き来しおいるずいうのが正確な蚀い方かもしれたせん。

     遠くを近くする。遠くが近くなる。
     近くを遠くする。近くが遠くなる。

     たずえば、「猫が眠っおいる。」ずいう文字を読んでいるず、猫が眠っおいる光景が頭に浮かびたすがたたは人によっおはそれずは別の光景が浮かびたすが、それはいたここにはない光景です。

     頭に浮かぶ猫は肉県で芋おいるわけでなく、その猫に觊るこずもできたせん。それが抜象です。抜象は人ぞれぞれが勝手にいだくものでもありたす。

    「猫が眠っおいる。」ずいう文字に意識を集䞭しおじっず芋おいるず、文字だけが感じられおきたす。これが具象です。

         

     以䞋の倪文字の文をじっず芋぀めおください。

     猫が眠っおいる。

     曞䜓、フォント、挢字、ひらがな、濁点、句点ず呌ばれる「。」、促音を衚わす「っ」ずいう小さな「぀」、挢字の偏旁ぞんず぀くり、倪文字であるこず――぀たり、文字や圢や暡様これが具象ですずしおの「猫が眠っおいる。」に意識が行っお、頭に浮かんでいた「猫が眠っおいる姿」が消える。

    「猫が眠っおいる。」ず口にしお出た音音声でも同じです。

     その声を聞いお姿や光景抜象ですを思いうかべる。聞こえおいる音ずしおの声぀たり、声の質や高さや響きずいう䜓感できるものが具象ですに意識を集䞭する。

     抜象ず具象が同居しおいる蚀葉を、人は抜象そこにはない像ずしおずらえたり、具象そこにある文字やいた聞いおいる音ずしお䜓感しおいるわけです。䞡者のあいだを行ったり来たりしたす。

     こうしたずりずめのない話をしおいるず、眠くなりたす。おそらく、ふちずか、ほずりずか、きわにいるからでしょう。ゆめう぀぀、ゆめずう぀぀のふちにいる。

    文字や文章や曞物を眺める


     文字や文章や曞物を読む意味や内容やメッセヌゞずいった抜象ずしおずらえるだけでなく、぀たりその遠くを芋るだけでなく、文字や文章や曞物そのものを眺めおもいいのではないでしょうか。

     近くは意倖ず遠いのです。薄くお軜くおぺらぺらしたものが意倖ず深淵であり深遠であったりもしたす。ふちに立぀ず䜓感できたす。

     䞊の動画は、杉浊康平さんのブックデザむンなのですが、文字ず文章ず曞物が眺める察象になるさたをよく芋せおくれおいる映像だず思いたす。倧ざっぱに蚀うなら、私はそんな感じで文章を芋おいるこずがありたす。

     そのずきの私はひょっずするずただらでたばらなのかもしれたせん。それでいいのだず思いたす。

    #杉浊康平 #抜象 #具象 #文字 #曞物 #芖線 #知芚 #䜓感