
大自然と命を感じたモンゴル旅で、軽率に人生が変わってしまった話
「いやいや、40代になって、”人生が突然変わっちゃった!”とか、さすがに軽率すぎません?」
って思いますよね?
いや、自分でもそう思う。
でも、ある日、私は思い立ってモンゴルに行き、気づいたら心がスコーンと軽くなっていた。そして、なんか人生変わってしまった。
「あああ、人生ってなんて自由なんだ!」
そう心から思えたのだ。
東京で働く、40代。独身。
そもそも私は、わりとずっと“いい人”だった。
タスク、時間、成果、評価、人の気持ち。
ちゃんとして、空気読んで、できれば評価もされたい。
東京で働く社会人として、ある程度の経験はしてきた。
まあまあ順調にがんばっていたつもりだ。
だけど、なんかこう…
心の奥底にずっとずっとじんわりとモヤモヤを抱えて生きてきた。

そんなある日、私はふと思った。
「モンゴルに…いきたい!」
さらっと書いたけど、近所のカフェじゃあるまい。
「ふっ」と思っていくような場所では決してない。
なんで?って自分でも思った。
ただの衝動である。見ようによっては、やべえ奴である。
「モンゴル」ってなんなん?
それでも。
いや、ほんとに行きたい。
どうしても行きたい。
縁もゆかりもないモンゴルに。

社会的にも満たされ、家族や友人関係も良好。仕事も充実している。
私の人生に、明確な不足などないのに、これ以上何を望むんだろう?
ずっとずっと私は何年も、うっすらと、でも確かに、もがき続けていた。
そんな年月を経て、アラフォーはついにある日、半ヤケクソになった。
「もう、これ以上考えても、わかんない!
ぐちぐち考えてる私、まじつまんないわ!
やめた!モンゴル行くわ!」
モンゴル。
今一度言おう。
なぜモンゴル?本当に、理由がない。
スーホの白い馬。馬頭琴。草原。相撲。
こんな情報くらいしか、わからなかった。
しってました?日本でガイドブックすら売ってないんですよ。(天下の地球の歩き方さんだけ)
よくわからない、未知の国。
無謀にも感じたけど、心のどこかで、確信めいたものもあった。
「未知の国で、圧倒的な、見たことのない世界に触れたら、なんかすこーーんって人生観変わっちゃうかもしれない」
(ここまで書いといてなんだけど、私は、そういう”見えちゃう系”の能力は一切ない)
「仕事はどうするの?」
「お金はどうするの?」
「そんなところに行ってる場合?」
そんな頭のおしゃべりも、えいやっと日本においていこう。
「モンゴルに呼ばれた」といったら、友人知人からはおおむね、「意味がわからない」という微妙な反応をされた。
母親は「スーホの白い馬だね。それにしてもあんたのことはよくわからないよ」といった。
でももう、思いついちゃった私は止まらない。
気がついたらチケットを取っていた。
40代で初めての、海外女ひとり旅。

そんな、未知の国モンゴルに着いちゃったものの、
最初は「いつもの私」が残っていた。
「日本に帰ったら、またやるべきことがたくさんだなあ」
「仕事はこうして、ボランティア活動はこうして…」
「そうだ、そろそろあのプロジェクトを開始しなくちゃ」
あれもやんなきゃ。これもやんなきゃ、こうしなきゃ…
モンゴルに降り立ってまで、
うっすらそんな未来のことを、ずっと頭に巡らせていた。

でもね。2日目の日。
その日、800キロの陸路を、12時間かけて車で進んでいた。
その間、私はずっと窓を開けていた。
うわあああ、なんて世界はでっかいんだ!
車の後部座席で揺られながら、ただただ、目の前に広がる壮大な景色を感じていた。
とにかく、ものすごい勢いの風だった。
バリバリバリバリ顔をぶん殴るみたいな風を浴び続けた結果、
思考が物理的に吹っ飛んだっぽい。
そして、ふと浮かんだ問い。
——「で?あなたのほんとの望みは?」
ん?私の望み……?
ふといつものように「いや、人の役にたって…こんな仕事をして…」と、いい子の回答的な頭のおしゃべりが始まった時、それは瞬時に遮られた。
——「だから、本当の望みは?」
う…うーんと…
うーんとね…本当はめちゃくちゃダラダラしたいんだよなあ。
ライブにいって、良質な音楽を浴びまくりたい。
犬とか動物にめちゃくちゃもふもふ触りたい。
美味しいご飯たくさん食べたい。
自然に触れてぼーっとしたい。
正直集団は苦手だし、毎日飲み会とか疲れちゃうから、さっさと家に帰って1人でぼーっとしたい。
note書きたい!
どんどんどんどん、無邪気に溢れ出てくる。
…てかさ、めっちゃ好きな彼氏ほしい!
死ぬほど優しくて、大切にしてくれて、かわいいって毎日言ってくれる人!
光がファーーーッと地平線に差し込んだ(マジ)。
心も頭もスーーッと軽くなった。
心の声が溢れ出た。
あーーっ!人生謳歌したい!!!
そうじゃん。
私、人生を謳歌したいだけじゃん。
わたし、なにを追いかけてたんだっけ?
社会的に立派に見える自分?
かっこよくて、意味のあることしてる私?
「生きる喜び」って、
もっともっと素朴で、あたたかくて、
五感で感じるものでいいんじゃないの?
もっとシンプルに、生きる喜びを感じたい!
なんか、嘘みたいに、いきなり悟っちゃったんだ。
モンゴルの大地で思考が吹っ飛ばされて、
私の五感がめいいっぱい開放されちゃったのかもしれない。

それからの数日間も、モンゴルでの冒険は続いた。
約2億3000万年前、恐竜達が暮らした、果てしないゴビ砂漠。
800年前、チンギス・ハン率いる世界最強の騎馬民族が巨大な帝国を築いた、どこまでも続く草原。
そして今も国土のほとんどに人がいず、人の邪念を一切感じない大自然。
大自然では、スマホも圏外。
SNSからも日常からも隔離された世界がある。
生き生きと草原を駆け巡る動物達。
草や風の匂い。
素足に伝わる草のちくちくとした感触。
夜になると、星がこぼれ落ちそうなほど輝いていた。
え、動物のうんちってこんなに乾燥するの?
え、これ燃やすの?
その辺に動物の骨、落ちてるけど?
え、待って。オオカミ出るの?
ラクダ、もっふもふ!
せせらぎの音、最高やん。
すっごい眺めがいいけど、え、ここから落ちたら死ぬよね?
子どもみたいに、はしゃぎまくった。

結果:めっちゃ心が整った。
モンゴルの大地で、
ずっとほこりをかぶっていた「私の心の声」が、静かに響きはじめたのだ。
彼に出会ったのは、その時。
圧倒的に広い大地で生きてきた、自然みたいに器がでっかくて、あたたかい笑顔の人。
静かな安心感をくれる人。
「恋」って言ってしまえば簡単だけど、
それよりも、「あ、見つけた」っていう出会いだったといった方がしっくりくる。
一緒にいて、ただ“私”でいられる感覚。
それはとてつもなく、自由な時間だった。
大自然と命をただただ感じた数日間。

私はモンゴルに行ってから、
「いい人」であることをいったんやめてしまった。
それよりも、「感じる人」でありたいと思った。
もっと素直に、今の気持ちを感じて、味わって、生きていたい。
私はもっと、頭で考えて生きていたと思うよ。
帰国してから軽率に「人生変わっちゃったよ!」って言ってるけど、
冗談抜きでそれくらいの変化が起きている感じ。
とはいえ、特別な場所じゃなくても、モンゴルに行かなくても、
あのとき私にふってきた問いを、今の場所で自分に投げかけることはできると思う。
「いま、なにを感じてる?」
このやさしい問いを、ちょっと自分にかけてあげること。
できれば自然の近くで。
たったそれだけで、世界はほんの少しやわらかく動きはじめる。
少なくとも、私はそうだった。
私の冒険は、たぶん、今、始まったばかりだ。