嫉妬を飼ってる。まだ、懐かない。
嫉妬を飼ってる。
犬ではない。猫でもない。ハムスターみたいに可愛くもない。
でも、だいたい部屋にいる。
名前はまだない。
つけたら最後、情が湧きそうで嫌だから。
こいつが家に来た日のことは、あまり覚えてない。
ペットショップで買った記憶もないし、道端で拾った記憶もない。雨の日に段ボールへ入って震えていたわけでもない。
気づいたら、部屋にいた。
最初は小さかった。
誰かだけお菓子を多くもらった日とか、
友達が自分よりいいものを持っていた日とか、
好きな人が自分以外に笑っていた日とか。
そういう時に、部屋のすみで小さく丸まってた。
まだその頃は、少し可愛かった。
「いいなぁ」くらいの顔をして、こっちを見上げてた。
今はもう、可愛くない。
だいぶ育った。
呼んでも来ない。撫でようとすると噛む。
こっちが機嫌よくしてると、わざわざ足元まで来て寝転ぶ。
邪魔だ。
ものすごく邪魔だ。
でも、蹴るほど嫌いにもなれない。
そこが一番腹立つ。
餌はあげてないつもりだった。
でも、こいつは勝手に食べる。
誰かの幸せそうな顔。誰かのうまくいっている話。誰かの余裕。誰かが自然に大事にされている空気。
そういうものを見た瞬間、嫉妬は横から顔を突っ込んで、むしゃむしゃ食べる。
やめろ。
それはお前のご飯じゃない。
そう言っても食べる。
口のまわりを汚したまま、知らん顔で座ってる。
行儀が悪い。
飼い主に似たのかもしれない。
一度、しつけ教室に連れて行ったことがある。
あまりにも言うこと聞かないから。
先生は嫉妬を見て、少し困った顔をした。
「おすわり」
座らない。
「待て」
待たない。
「伏せ」
伏せない。
「人は人」
めっちゃ吠えた。
終わってる。
特に「待て」ができない。
誰かが褒められた瞬間に飛び出す。
誰かが幸せそうにした瞬間に唸る。
誰かが自分の欲しかったものを持っていると、もうだめだ。
リードがちぎれそうになる。
先生は言った。
「この子は、興味のあるものにだけ反応しますね」
そんな可愛い言い方をするな。
嫉妬は、欲しいものにだけ吠えるのだ。
どうでもいいものには吠えない。
僕が「別にいいし」と言う前に、こいつだけが吠える。
僕が「羨ましくない」と言う前に、こいつだけが尻尾を立てる。
僕が見ないふりをした場所を、こいつだけが掘り返す。
そこには何もない。
いや、ある。
あるから吠える。
あるから掘る。
あるから腹立つ。
朝起きたら、嫉妬がいなかった。
部屋のすみに置いてあった毛布はぐちゃぐちゃになってて、水入れはひっくり返ってた。
窓が少しだけ開いてる。
床には、噛みちぎられたリードが落ちてた。
やりやがった。
嫉妬が脱走した。
脱走した嫉妬を探しに、僕は外へ出た。
どこへ行ったのかは、だいたい分かってた。
楽しそうな場所。
大事にされている人のそば。
欲しいものをちゃんと欲しいと言える人のところ。
自分が欲しかったくせに、欲しくないふりをしたものの近く。
嫉妬が行く場所なんて、だいたいそんなところだ。
しばらく歩くと、いた。
知らない誰かの幸せの前で、めっちゃ吠えてた。
相手は何も悪くない。
ただ幸せそうに笑ってただけだ。
ただ誰かに大事にされてただけだ。
ただその人の人生を、普通に生きていただけだ。
なのに、僕の嫉妬は吠えていた。
恥ずかしかった。
本当に恥ずかしかった。
「すみません」
そう言って、僕はリードをつかんだ。
嫉妬はまだ唸っていた。
やめろ。
帰るぞ。
そう言って引っ張ると、こいつは急に大人しくなった。
さっきまであんなに暴れてたくせに、帰り道では僕の足元をとぼとぼ歩いた。
なんやねん。
反省してます、みたいな顔をするな。
可愛いみたいになるな。
こっちはお前のせいで、めっちゃ嫌な顔をしたのに。
でも、少しだけわかってしまった。
こいつは、誰かを傷つけたいわけじゃないのかもしれない。
多分、僕が欲しかったものの匂いを覚えてるだけなのだ。
僕が忘れたふりをしていたもの。
僕が諦めたことにしたもの。
僕が「別にいらない」と言って、心の奥にしまったもの。
そういうものの匂いを、こいつだけが覚えている。
だから見つける。
だから吠える。
だから困る。
家に帰ってから、僕は嫉妬の水を替えた。
餌は少なめにした。
甘やかすとすぐ太るから。
爪も切った。
放っておくと、すぐ自分の内側を引っかくから。
嫉妬は、相変わらず懐かない。
撫でようとしたら噛む。
待ても下手。
トイレもたまに失敗する。
人にはあまり見せたくない。
「うちにはいませんよ」みたいな顔をしたい。
でも、いる。
普通にいる。
しかも、たまにほんの少しだけ可愛い。
落ち込んで何も言えない夜、こいつは吠えない。
慰めてもこない。
寄り添ってもこない。
ただ、少し離れたところに座ってる。
こっちを見ているような、見ていないような顔で。
その顔を見ると、少しだけむかつく。
お前、そんな顔もできるのかよ。
嫉妬を飼っている。
好きではない。
可愛がりたいわけでもない。
できれば、もう少し大人しくしていてほしい。
でも、捨てたところで帰ってくる。
押し入れに隠しても、夜中に出てくる。
外に出しても、玄関で待ってる。
しかも、少し濡れてる。
なんでこっちが悪いことしたみたいになるんだ。
腹立つ。
だから今日も、部屋のどこにいるかだけは見ている。
見ないふりをしていると、こいつは知らないうちに大きくなる。
餌をあげすぎると、手に負えなくなる。
水を替え忘れると、こっちまで喉が渇く。
嫉妬は今、部屋のすみで丸くなっている。
寝ているのかと思ったら、目だけ開いていた。
怖い。
早く寝ろよ、と思う。
たぶん寝ない。
でもさっき、小さくあくびした。
それが少しだけ可愛くて、普通にむかついた。
明日の朝も、水くらいは替えてやる。
好きではない。
飼ってるだけだ。
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