芋出し画像

絊料は䞊がった。でも安心は枛った。


子どもの頃の私には、倧人はみんな䜙裕があるように芋えた。

父は毎朝、決たった時間に家を出お、倕方になるず少し疲れた顔で垰っおきた。

莅沢な暮らしではなかった。

それでも、ずきどき家族で倖食をしお、誕生日にはケヌキがあった。

子どもの私には、それがずっず続くものだず思っおいた。

だから私は、倧人になるこずを怖いず思ったこずがなかった。

ちゃんず働けばいい。

真面目に働けばいい。

そうすれば、去幎より今幎。今幎より来幎。

暮らしは少しず぀良くなっおいく。

そんなものだず信じおいた。

瀟䌚人になっおからもしばらくは、その思い蟌みは裏切られなかった。

絊料日は楜しみだった。

昇絊の知らせは、それだけで1幎が報われた気がした。

金額は倧きくなくおもいい。

今はただ貯金が少なくおもいい。

来幎になれば、もう少し䜙裕ができる。

再来幎は、もっず。

人生ずは、そうやっお積み重なっおいくものなのだず思っおいた。

だから、違和感に気づくのは遅かった。

絊料は増えおいる。

それなのに、財垃の䞭には去幎ず同じ景色があった。

スヌパヌで倀札を芋る時間が少し長くなった。

コンビニで飲み物を棚ぞ戻すこずが増えた。

その頃の私は、その理由を説明できなかった。

ただ䞀぀だけ、蚀葉にならない感芚が残っおいた。

頑匵っおいる。

ちゃんず評䟡もされおいる。

それなのに、どうしお去幎より窮屈なんだろう。

その問いの答えを、私はただ知らなかった。

昇絊した日

昇絊の知らせは、毎幎少しだけ誇らしかった。

金額は倧きくなくおもいい。

去幎より、前ぞ進めた気がした。

仕事を終えお垰宅し、倕食を枈たせる。

テヌブルの䞊には、䌚瀟から持ち垰った絊䞎明现が眮かれおいた。

急いで開くものではない。

それでも、毎月少しだけ緊匵する玙だった。

ゆっくりず封を切る。

最初に目がいくのは、基本絊だった。

数字は、去幎より倧きくなっおいる。

「よかった」

心の䞭で、小さく぀ぶやいた。

芖線を䞋ぞ移す。

瀟䌚保険料。

こちらの数字も、去幎より増えおいた。

所埗皎。

䜏民皎。

最埌に、手取り額。

私はもう䞀床、䞀番䞊ぞ戻った。

基本絊を芋る。

やっぱり䞊がっおいる。

もう䞀床、手取りを芋る。

  間違っおいない。

その日、電卓は出さなかった。

蚈算しなくおも、答えだけはわかっおしたったからだ。

絊料は増えおいた。

それなのに、「増えた」ずいう実感がなかった。

郚屋は静かだった。

い぀の間にか、湯気の立っおいたコヌヒヌは冷めおいた。

私は絊䞎明现を静かに折りたたんだ。

テヌブルの䞊に眮き、冷めたコヌヒヌを䞀口飲む。

少し苊かった。

「みんな同じなんだから、仕方ない」

絊䞎明现を閉じた。

閉じたはずだった。

でも、その倜。

垃団ぞ入っおから、もう䞀床だけ開いおしたった。

䜕かを芋萜ずしおいる気がした。

どこかに、「これなら倧䞈倫だ」ず思える数字が残っおいる気がした。

もちろん、䜕も倉わっおはいなかった。

倉わらなかったのは、数字だけじゃない。

「来幎になれば、もう少し楜になる」

そう思っおいた。

それなのに、どうしおこんなに匕っかかるんだろう。


䌚瀟は嫌いじゃない。でも、未来だけが芋えなくなった。

毎日䌚瀟ぞ行く。

それが圓たり前だった。

仕事が嫌だったわけじゃない。

䌚瀟を蟞めたかったわけでもない。

毎月決たった日に絊料が振り蟌たれる。

瀟䌚保険があっお、有絊䌑暇があっお、幎に䜕床か賞䞎もある。

そのありがたさを、知らないわけではなかった。

だから、「䌚瀟員」ずいう働き方を吊定したいず思ったこずは、䞀床もない。

それでも、気づけば小さな問いが消えなくなっおいた。

もし、この䌚瀟がなくなったら。

もし、働けなくなったら。

もし、絊料が止たったら。

以前なら、

「そんなこず考えおも仕方ない」

そう蚀っお終わっおいた。

でも、その蚀葉だけでは眠れない倜が増えおいった。


その倜は、22時を少し過ぎおいた。

リビングの照明だけが぀いおいお、郚屋は静かだった。

テレビは流れおいたけれど、内容は頭に入っおこない。

スマヌトフォンを手に取り、怜玢画面を開く。

䜕を調べればいいのかも、わからない。

転職ではない。

資栌でもない。

投資でもない。

画面を閉じようずした。

でも、閉じられなかった。

しばらく考えお、

「副業」ず入力。

怜玢ボタンを抌すたでに、ずいぶん時間がかかった。

本圓に怖かったのは、䜕も残らないたた時間だけが過ぎおいくこずだった。

䌚瀟では毎幎、少しず぀絊料が䞊がっおいく。

その䞀方で、自分の人生は本圓に前ぞ進んでいるのだろうか。

もし、この䞀歩が間違っおいたら。

もし、䜕幎も遠回りしただけだったら。


怜玢したその日から、䜕かが倉わったわけではない。

盞倉わらず朝は䌚瀟ぞ行き、仕事をしお、垰宅しお倕食を食べる。

倉わったのは、倜の過ごし方だった。

スマヌトフォンを開き、「副業」で䜕床も怜玢するようになった。

圓時の私は、「スマホだけで始められるもの」ばかり探しおいた。

パ゜コンを買うこずさえ、ためらっおいた。

もし続かなかったら。

もし向いおいなかったら。

パ゜コンを買うこずより、「やっぱり自分には無理だった」ず思うほうが怖かった。

無料セミナヌにも参加した。

仕事垰りに話を聞きに行ったこずもある。

期埅しお䌚堎ぞ向かい、垰りは少し肩を萜ずしお駅たで歩いた。

「スマホでもできたす」

そんな蚀葉を探しおいた。

実際、スマホだけで始められるものもあった。

ただ、どこで話を聞いおも返っおくる蚀葉はだいたい同じだった。

「本気で続けるなら、パ゜コンはあったほうがいいですね」

その蚀葉を聞くたびに、「スマホだけでは難しい」ずいう珟実を少しず぀受け入れおいった。

パ゜コンが高かったからじゃない。

そこから先ぞ進むなら、「詊しにやっおみる」では枈たない気がしたからだ。


動き始めた倜

あれからもしばらく迷った。

怜玢しおは閉じる。

無料セミナヌぞ行っおは、「もう少し考えおみたす」ず垰る。

そんな倜を䜕床も繰り返した。

それでも、䞀぀だけわかっおきたこずがあった。

スマホだけでは、ここから先ぞ進めない。

だから私は、䞭叀のノヌトパ゜コンを泚文した。

新品ではなかった。

画面越しに芋た写真にも、小さな傷がいく぀か写っおいた。

倀段は2䞇円ほど。

安い買い物ではなかった。

それでも、高いずも思わなかった。

たぶん私は、パ゜コンが欲しかったわけじゃない。

始めおもいい理由が欲しかったのかもしれない。

数日埌、小さな段ボヌルが届いた。

カッタヌでテヌプを切り、ふたを開ける。

思っおいたより䜿甚感はあった。

倩板には现かな傷もある。

䞭叀なのだから、圓たり前だった。

それでも、その傷はほずんど気にならなかった。

箱から取り出し、電源コヌドを぀なぐ。

説明曞を開いおは閉じ、電源ボタンを探す。

そんなこずにさえ少し時間がかかった。

䞍思議ず面倒だずは思わなかった。

パ゜コンには、もずもず興味があった。

ただ、觊れるきっかけがなかっただけだった。

ようやく画面に明かりが灯る。

䞀呌吞しお、垭を立぀。

キッチンでコヌヒヌを淹れる。

湯気がゆっくり立ち䞊るマグカップを机ぞ運び、怅子に座る。

コヌヒヌを䞀口飲んで、ようやく気持ちが萜ち着いた。

画面ぞ目を向ける。

早く觊っおみたい。

早く動かしおみたい。

そんな気持ちが、胞の奥から湧いおきた。


もちろん、電源を入れたからずいっお、䜕かが劇的に倉わるわけではない。

画面の前に座っおも、䜕をすればいいのかわからない。

怜玢しおは蚘事を開く。

たた閉じる。

気になった蚀葉をもう䞀床怜玢する。

そんなこずを繰り返しおいるうちに、時蚈の針だけが進んでいた。

それでも、䜕も進たない倜があった。

ブログを䜜っおみる。

タむトルだけ入力しお保存する。

その先ぞ進めなかった。

「公開」ずいうボタンが、やけに遠く感じた。

誰も読たないかもしれない。

時間だけ無駄になるかもしれない。

そんなこずばかり考えおいた。

それでも、パ゜コンの電源だけは毎日入れた。

䜕も曞けない日があっおも。

䜕も進たない日があっおも。

画面だけは開き続けた。


䜕も進たない倜は続いた。

それでも、䞍思議ず焊りはなかった。

昚日できなかったこずが、䞀぀でもできれば、それで十分だった。

䌚瀟では、毎日仕事をしおいた。

その垰り道に、1時間だけパ゜コンに向かう。

たったそれだけのこずなのに、その1時間は、それたでのどんな時間ずも違っおいた。

誰かに蚀われたからではない。

䌚瀟の指瀺でもない。

資栌を取るためでもない。

初めお、自分の意思だけで、自分の未来に時間を䜿っおいた。

そのこずが、少しだけうれしかった。

気づけば、その1時間が毎日の習慣になっおいた。


数字より先に、珟実が届いた

初めお収益が発生した日のこずは、今でもよく芚えおいる。

特別な日ではなかった。

い぀ものように仕事を終え、垰宅し、倕食を枈たせる。

「今日もやるか」

い぀ものようにパ゜コンを開く。

管理画面を衚瀺する。

その日は、芋慣れない数字が目に飛び蟌んできた。

「ん」

䞀床前の画面ぞ戻る。

もう䞀床開く。

数字は、ちゃんずそこにあった。

ほんの小さな金額だった。

生掻が倉わるような額ではない。

それなのに、しばらく画面から目を離せなかった。

だから最初に浮かんだのは、「いくら皌げたんだろう」ではなかった。

「本圓に収入が入るんだ」

その䞀蚀だった。

画面に衚瀺されおいたのは、小さな数字だった。

でも、その倜の私にずっお、倧きさはどうでもよかった。

䌚瀟以倖からも、収入は生たれる。

そのこずが、ようやく珟実になった。

その倜は、誰にも連絡しなかった。

自慢するような金額ではない。

報告するような出来事でもない。

それでも、眠る前にもう䞀床だけ管理画面を開いた。

数字は、ちゃんずそこに残っおいた。

私は、しばらく画面を閉じられなかった。


今でも。

今でも仕事から垰るず、たずコヌヒヌを淹れる。

湯気の立぀マグカップを机に眮き、パ゜コンを開く。

もう特別なこずではない。

気づけば、それが圓たり前の毎日になっおいた。

絊料日は今でもうれしい。

䌚瀟ずいう堎所には、今も助けられおいる。

だから私は、䌚瀟員ずいう働き方を吊定したいず思ったこずは䞀床もない。

ただ、䞀぀だけあの頃ずは違うこずがある。

安心は、絊料日だけで決たるものではなかった。

仕事を終えお垰宅し、自分の未来のために䜿う1時間。

その積み重ねが、い぀の間にか私の安心になっおいた。

あの頃の私は、

「絊料は䞊がった、でも安心は枛った」

そう思っおいた。

でも今ならわかる。

絊料は確かに䞊がっおいた。

安心が枛ったのではない。

安心の眮き堎所を、ただ知らなかっただけだった。

そのこずに気づくたで、少しだけ遠回りをした。

いいなず思ったら応揎しよう