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ヌ ゜りルメむトず私 ヌ



2026幎5月珟圚、私は䞘の䞊の公園に立っおいる。

目をゆっくり閉じお深呌吞をするず、
遠い過去から吹いおきた颚が、静かに私の心に届いた。

゜りルメむトずいう蚀葉を、私は長いあいだ、少し遠いもののように感じおいた。

どこか神秘的で、
どこか運呜的で、
どこか、物語の䞭だけにある蚀葉のように思っおいた。

生たれる前から決たっおいた人。
出䌚った瞬間に分かる人。
魂が震える人。

そんなふうに語られるこずもある。

けれど、人生をある皋床歩いおくるず、
少しず぀分かっおくるこずがある。

本圓に深い瞁は、
最初から劇的な顔をしお珟れるわけではない。

雷に打たれるように出䌚うこずもあれば、
誰かの玹介の䞭に、䜕気なく玛れおいるこずもある。

䞀目で分かるこずもあれば、
䜕幎も経っおから、

「ああ、あの出䌚いは、そういう意味だったのか」

ず、静かに胞の奥でほどけおいくこずもある。

私にずっお、
ねもずたこずの出䌚いは、
たさにそういうものだった。

それは、恋愛ずいう抂念ではない。

仕事仲間ずいう蚀葉でも足りない。

創䜜パヌトナヌずいう衚珟でも、ただ浅い。

もっず深いずころで、
互いの人生にあった傷や孀独や圹割が、
長い時間をかけお、ひず぀の物語ぞず結び盎されおいくような出䌚いだった。

゜りルメむトずは、
䌌おいる人のこずではないのかもしれない。

同じ性栌の人でも、
同じ考え方の人でも、
い぀も同じ方向だけを芋おいる人でもない。

むしろ、
自分ずはたったく違う方法で、
同じ光を芋おいる人。

自分にはできない圹割を、
たるで昔から決たっおいたかのように、
自然に匕き受けおくれる人。

そしお、
こちらが扉を開けた時、
その向こう偎に眮くべきぬくもりを、
そっず手枡しおくれる人。

それが、私にずっおの゜りルメむトなのだず思う。

  

私は、倖ぞ出おいく人間だった。

扉を叩く。
名刺を差し出す。
初察面の盞手に話しかける。
ただ誰も芋おいない可胜性を芋぀け、
それを仕事に倉えおいく。

若い頃から、
私はそうやっお生きおきた。

けれど私は、
最初から扉を叩ける人間だったわけではない。

むしろ、私の人生の始たりは、
扉の内偎に安心がなかったずころから始たっおいる。

私がただ幌い頃だった。

䞉歳くらいの時だったず思う。

父は酒に酔い、
家の䞭で荒れ狂い、
母に暎力を振るうこずがあった。

私はそのたびに、
小さな足で亀番ぞ走った。

䜕床か、そういう蚘憶がある。

幌い子どもにずっお、
家ずは本来、守られる堎所であるはずだ。

泣いおもいい堎所。
眠っおもいい堎所。
安心しお戻れる堎所。

けれど、私の人生の最初の蚘憶の䞭で、
家は、時に嵐のような堎所だった。

そしお私は、
その嵐の䞭から倖ぞ走った。

助けを求めるために。
母を守るために。
自分がどうすればいいのかも分からないたた、
ただ走った。

いた振り返るず、
あの時からすでに、
私の人生は「扉の倖」ぞ向かっおいたのかもしれない。

やがお父は家を出お行った。

時蚈の針だけが、なすすべもなく進んでいった。

ある日、母は私ず兄を連れお、
近くの海ぞ行った。

母は悲しそうに、
私たちの手を握っおいた。

あの時、母は䜕を考えおいたのだろう。

このたた生きおいおも。
いっそのこず、虹の向こうぞ行こうか。

そんな蚀葉にならない気配が、
幌い私の䞭に、今も残っおいる。

人生には、
あずになっおから意味が立ち䞊がっおくる蚘憶がある。

その時には分からない。

けれど䜕十幎も経っお、
静かな歎史のように振り返るず、
そこには人生の謎がいく぀も隠されおいるこずに気づく。

私は、幌い頃から、
母の仕事垰りを埅ちながら颚呂を焚いおいた。

束がっくりず朚の枝を拟いに行き、
火を぀け、
炭を入れる。

毎日を生き延びるために必芁な日課だった。

でも、䞍思議なこずに、
それは少しず぀楜しい日課にもなっおいった。

火が぀く。
煙が立぀。
湯が枩たる。
母が垰っおくる。

母が少しでもほっずできるように。

幌い私は、
自分にできるこずを探しおいたのだず思う。

次の仕事は、矜釜でご飯を炊くこずだった。

噎き䞊がる湯気。
蓋を䞊げるタむミング。
炊き加枛によっおできるおこげ。

最初は難しかった。

でも、少しず぀分かっおくる。

今だ。
ここだ。
この瞬間だ。

おこげがうたくできるず、
それが楜しみになった。

さらに私は、
キャベツを切るようになった。

プラスチックの皿に入れる日課。

最初はうたく切れなかった。
包䞁で手を切ったこずもある。

それでも、だんだん䞊手くなっおいった。

母の笑顔を芋るために、
私は毎日頑匵った。

思えば、
私の原点にはい぀も、
「誰かのために敎える」
ずいう感芚があった。

颚呂を焚く。
ご飯を炊く。
キャベツを切る。

それは、
幌い子どもの家事だったかもしれない。

けれど私にずっおは、
誰かが今日を生き延びるための小さなプロデュヌスだった。

火を扱い、
時間を読み、
堎を敎え、
盞手の垰りを埅぀。

営業や䌁画や挔出の前に、
私はすでに、
誰かのために堎を敎えるこずを芚えおいたのだず思う。

そんな日々の䞭で、
音楜が私に䞎えられた。

ある日、東京から来た叔母が、
私が玙の鍵盀を匟いおいる姿を芋お、

「月謝を出すからピアノを習ったらどうかな」

ず蚀っおくれた。

そしお、毎週朚曜日のレッスンが、
私にずっおキラキラした日に倉わった。

家の䞭の䞍安ずは違う茝かしい䞖界。

音がある䞖界。
秩序がある䞖界。
自分の指先から矎しいものが生たれる䞖界。

音楜は、
私にずっお最初の救いだった。

十歳の時、
私は地元の音楜コンクヌルで、
ベヌトヌベンの『運呜』を匟き、
最優秀賞をいただいた。

今思えば、
あの曲を遞んだこず自䜓が、
どこか象城的だったのかもしれない。

運呜。

人生に抌し寄せおくるもの。
自分では遞べないもの。
けれど、それに飲み蟌たれるのではなく、
自分の音で向き合っおいくもの。

私はただ子どもだった。

けれど、指先はきっず、
私の䞭にあった蚀葉にならない感情を知っおいた。

䞭孊に入るず、吹奏楜でトランペットを吹いた。

高校でも、噂を聞いた先生や先茩たちに匷く誘われ、
六幎間、トランペッタヌずしお青春時代を過ごした。

トランペットは、
息を吹き蟌たなければ音が出ない。

ただ觊れるだけでは鳎らない。

胞の奥から息を出し、
唇を震わせ、
空気を音に倉える。

私は、そこにも人生を孊んだ。

苊しさを音に倉えるこず。
息を止めずに前ぞ出すこず。
自分の内偎にあるものを、
倖の䞖界ぞ響かせるこず。

それは埌の私の営業にも、
創䜜にも、
講話にも぀ながっおいった。

私は、蚀葉で営業しおいるように芋えお、
本圓はずっず、息を吹き蟌んできたのかもしれない。

盞手の前に立ち、
ただ圢のない未来に、
音を䞎えるように。

倧孊生になっおからは、
アルバむト䞉昧だった。

卒業前には、
生たれ育ったトタン屋根のボロ屋を買い取った。

普通なら、
もっず楜な道もあったのかもしれない。

けれど私は、
自分の人生を自分の手で立お盎したかった。

その家は、
貧しさや痛みの蚘憶でもあった。

けれど同時に、
母ず兄ず自分が生き延びおきた蚌でもあった。

卒業埌は倧手䌁業に勀務が決たり、
残業続きの毎日が始たった。

私は猪突猛進だった。

やるず決めたら止たらない。

癟名いる営業所の環境を倧きく倉えたこずもあった。

今思えば、
若さゆえの匷さもあったし、
未熟さもあった。

けれど私は、
止たっおいる空気を動かしたかった。

淀んでいるものを倉えたかった。

誰かが倉えおくれるのを埅぀のではなく、
自分で動かしたかった。

圚職䞉幎目、
海倖ぞの䞀人旅が人生芳を倉えた。

䞖界は広い。

自分の芋おいる珟実だけがすべおではない。

知らない囜があり、
知らない䟡倀芳があり、
知らない生き方がある。

その旅のあず、
私は少しず぀、
自分の人生の垆の向きを倉えおいくこずになる。

䞉幎埌、家を建お替え、
䌚瀟を退職した。

そしお子ども向けの英䌚話スクヌルに入り、
倏の党囜セヌルスコンテストで䞀䜍を取った。

私は、本栌的な営業ずいう䞖界に出䌚った。

営業は、ただ売る仕事ではない。

人ず出䌚い、
䞍安を聞き、
未来を芋せ、
盞手が䞀歩を螏み出せるようにする仕事。

もちろん、
最初からそう分かっおいたわけではない。

断られた。
䜕床も断られた。
冷たくされた。
必芁ないず蚀われた。
名刺を受け取っおもらえないこずもあった。

けれど、私はどこかで知っおいた。

扉は、最初から開いおいるわけではない。

家の䞭に安心がなかった幌い頃、
私は亀番ぞ走った。

母のために颚呂を焚いた。
ご飯を炊いた。
キャベツを切った。
音楜で自分を保った。
トランペットで息を音に倉えた。

だから私は、
閉じおいる扉の前で止たるこずができなかった。

扉の向こうに、
誰かの䞍安があるかもしれない。

誰かの垌望があるかもしれない。

誰かがただ気づいおいない未来があるかもしれない。

そう思うず、
もう䞀床、ノックしたくなった。

それから私は、
゜ングバヌドコヌポレヌションを蚭立した。

南は沖瞄から北は青森たで、
党囜の婚瀌䌁業を飛び蟌みで開拓しおいった。

アポむントがない日が殆どだった。
緊匵する日もあった。
疲れ果おる日もあった。
垰りの道で、ひずり肩を萜ずす日もあった。

けれど、
人の心が動く瞬間を芋おしたった私は、
もう営業をただの販売ずは思えなかった。

披露宎䌚堎で光が灯る。
音楜が流れる。
堎の空気が倉わる。
人々が静かになり、
やがお拍手が起こる。

あの瞬間、
私は思った。

事業は、契玄曞から始たるのではない。

誰かの心が震えた瞬間から始たる。

私の人生は、
火を焚くこずから始たり、
音を鳎らすこずを芚え、
扉を叩く人になり、
やがお誰かの未来に光を眮く仕事ぞず぀ながっおいった。

  

そしお、そんな私の人生の先に、
ねもずたこが珟れる。

たこは、私ずは真逆の人だった。

私は倖ぞ向かう。
たこは内偎ぞ向かう。

私は動く。
たこは描く。

私は扉を叩く。
たこは心の䞭に小さな郚屋を぀くる。

私は蚀葉で未来を芋せる。
たこは絵で安心を灯す。

たこは、犏岡県宗像垂で生たれた。

幌い頃から絵を描くこずが奜きで、
けれど人前に出るのが埗意だったわけではない。

小孊校時代は極床の匕っ蟌み思案で、
授業䞭に先生にあおられるのではないかず、
い぀もびくびくしおいた。

友達も少なく、
隅っこで䞀人物静かに過ごしおいた。

䞭孊、高校ず、
圌女の䞭には蚀葉にならない孀独があった。

自分を奜きになれない時間。
孊校ぞ行きたくない日。
自分には䜕もできないのではないかず思う心。

けれど圌女は、絵を描くこずだけは手攟さなかった。

高校卒業間近、
ダむレクトメヌルを倧手スヌパヌに送り、
専属POPアヌティストずしお採甚された。

朝から閉店たで、
䜕枚もの売り出しPOPを描く日々。

それでも、
圌女の心の奥には、
POP描きではなく、
むラストレヌタヌずしお生きたいずいう願いがあった。

スヌパヌを蟞め、
フリヌで掻動しようずした。

でも実瞟もない。
営業もできない。
営業の方法も分からない。

印刷䌚瀟、デザむン事務所、花屋。

生掻のために働きながら、
なかなか思うようには進たなかった。

花屋で䞀生懞呜に花を挿した時、
先茩が無蚀でそれを抜き取り、
やり盎したこずがあった。

その時、たこはきっず思った。

ああ、私っお䜕をやっおもだめなのかな。

そういう感芚を知っおいる人の絵は、
人を責めない。

傷぀いたこずがある人の絵は、
傷぀いた人のそばに座るこずができる。

たこの絵は、
たさにそうだった。

圌女が描いた仲間たちには、
「はヌずっず」ずいう名前が぀いた。

Heart がホッずする Hot な仲間たち。

この名前を聞くだけで、
圌女の祈りが分かる。

倧きな成功を叫ぶ絵ではない。

誰かを勝たせる絵でもない。

疲れた人が、
ほんの少し息を぀ける絵。

自分を責めおいる人が、
ほんの少し自分を蚱せる絵。

心の䞭で泣いおいる人が、
涙を拭く前に、泣いおもいいんだよず思える絵。

たこは、
そんな絵を描いおいた。

博倚駅で䜜品展を開いた。

圌女の絵を芋た出版瀟の瀟長が、

「い぀か䜜品集を出版したいですね」

ず蚀っおくれた。

宮地嶜神瀟で圌女の絵を芋た倧井さんは、
鳥肌が立぀ほど感動し、
絵を賌入したいず連絡しおきた。

倧井さんは、
たこにずっお倧切な友ずなった。

実は倧井さんは、
私が以前、ずある意識探求の研修で出䌚った受講生でもあった。

その研修は、
『死埌䜓隓』などの著䜜で知られる坂本政道氏ず仕事をした際に、
阿蘇で開かれたものだった。

人生には、
その時は意味が分からなくおも、
あずから静かに圹割を持ち始める出䌚いがある。

倧井さんずの出䌚いも、
たさにそうだった。

阿蘇で出䌚った䞀人の女性が、
時を経お、
たこの絵ず私を぀なぐ橋になった。

私はそのこずを思うたび、
瞁ずいうものは、
盎線ではなく、
遠回りをしながら必芁な堎所ぞ戻っおくるのだず感じる。

たこが、

「人は䜕のために生きおいるんですかね」

ず問いかけた時、
倧井さんは蚀った。

人は、魂を成長させるために生きおいる。
愛を孊ぶためには、悲しいこず、蟛いこずも必芁なのよ。
意味のないこずなんお䞀぀もないのよ。
みんな、みんな、愛の存圚なの。

たこは、その蚀葉に深くうなずいた。

圌女の絵が、
少しず぀人に届き始めおいた。

けれど、ただ倧きく倖ぞ出るには、
䜕かが必芁だった。

そこに、私が珟れる。

私は圓時、
犏岡垂内の結婚匏堎で、
新しいペヌパヌアむテムを導入したいず考えおいた。

婚瀌ずいう䞖界に、
もっず枩かいむラストを入れたかった。

結婚匏は、
ただ華やかであればいいわけではない。

新郎新婊の人生があり、
家族の想いがあり、
友人ずの蚘憶があり、
これたでの歩みず、これからの未来がある。

そこに必芁なのは、
単なるデザむンではなかった。

枩床だった。

招埅状や垭次衚を手にした時、
その人たちの物語がにじむこず。

受け取った人の心が、
ふっずやわらぐこず。

その小さな玙が、
人生の節目の蚘憶になるこず。

そういうものを探しおいた。

久しぶりに再䌚した倧井さんに、
私は尋ねた。

「身近に、可愛いむラストを描ける方はいたせんか」

倧井さんは、
たこのポストカヌドを芋せおくれた。

私はそれを芋た瞬間、
思わず蚀った。

「うわっ、可愛いですね」

それは、ただ可愛いずいう意味ではなかった。

やさしい。
枩かい。
抌し぀けない。
急がせない。
人の心を責めおいない。

この絵なら、
結婚匏の堎に合う。

新郎新婊の人生の門出に、
そっず寄り添える。

そう感じた。

  

そしお、2007幎の倏。

倧井さんの玹介で、
私はたこず出䌚った。

「レンさん、むラストレヌタヌのたこちゃんです」

「はじめたしお、たこず申したす」

目の前にいたたこは、
ずおも控えめだった。

䌁業や営業の䞖界に慣れおいるようには芋えなかった。

自分を倧きく芋せる人ではない。
売り蟌む人でもない。

ただ、自分の絵を倧切に抱え、
少し緊匵しながらそこにいる人だった。

私は尋ねた。

「このむラストは䜕で描いおいるんですか」

「絵具ずパステルで描いおいたす」

なるほど、ず思った。

だから枩かいのだ。

線が匷すぎない。
色が抌し぀けない。
䜙癜に呌吞がある。

私はすぐに話した。

「匊瀟が取り匕きしおいるホテルオヌクラや、いろんな結婚匏堎に、
案内状や垭次衚のむラストずしお、たこさんの絵を採甚したいず思っおいたす」

たこは、ずおも喜んだ。

でもその喜び方も、
掟手ではなかった。

胞の䞭に小さな灯りがずもったような、
そんな喜び方だった。

倧井さんは蚀った。

「たこちゃんの絵はね、ずっおも癒されお可愛いし、
新郎新婊さんに受けるず思うわ」

その蚀葉を聞きながら、
私は思っおいた。

これは単なる商品䌁画ではない。

この人の絵は、
必芁ずしおいる堎所ぞ届けば、
必ず誰かの心をほどく。

その時はただ、
私もたこも分かっおいなかった。

この出䌚いが、
その埌どれほど長く続く共創の始たりになるのかを。

たこにずっお、
私ずの出䌚いは、
少し䞍思議だったかもしれない。

私は、圌女ずはたったく違う皮類の人間だった。

よく話す。
すぐ動く。
䌁画を立おる。
人に䌚う。
扉を叩く。
可胜性を芋぀けるず、もう走り出しおいる。

たこは慎重で、
䞍安を感じやすく、
自分の䜜品を匷く売り蟌むこずが苊手だった。

圌女は、描く人だった。

私は、届ける人だった。

圌女は、心の内偎に䞖界を持っおいた。

私は、その䞖界ぞ人が入っおこられるように、
倖偎に道を぀くる人だった。

性栌は、真逆だった。

けれど、
目指しおいるものは同じだった。

誰かを笑顔にしたい。
誰かの心を軜くしたい。
自分たちの衚珟で、
誰かの人生に小さな光を眮きたい。

この䞀点だけは、
䞍思議なほど同じだった。

だからこそ、二人は組み合わさったのだず思う。

䌌おいるからではない。

真逆だからこそ、
䞀぀の圢になった。

私は扉を開ける。

たこは、その向こう偎に絵を灯す。

たこの絵が結婚匏堎の垭次衚や案内状に䜿われるようになるず、
お客様から喜びの声が届くようになった。

「すごくかわいいです」
「圌ず二人でニダニダしおいたす」
「このネコが倧奜きです」
「銎れ初めの絵本を䜜っおほしい」

たこは、その声を聞くたびに、
幜かな未来ぞの垌望を感じおいた。

自分の絵が、
誰かの結婚匏に䜿われおいる。

自分の描いたキャラクタヌが、
新郎新婊の物語を圩っおいる。

誰かの人生の節目に、
自分の絵がそっず眮かれおいる。

それは、圌女にずっお、
どれほど倧きな励たしだっただろう。

私にずっおも、
それは嬉しいこずだった。

なぜなら私は、
良い䜜品があるだけでは瀟䌚に届かないこずを知っおいたからだ。

どれほど枩かい絵でも、
それを必芁な堎所ぞ運ぶ人がいなければ、
誰にも芋぀けおもらえないこずがある。

逆に、
営業力だけでは人の心は満たせない。

どれほど䞊手に扉を開いおも、
その先に眮くべき本物のぬくもりがなければ、
関係は長く続かない。

だから、
私は扉を開ける。

たこは、その先にやさしい絵を眮く。

この圹割分担は、
誰かに決められたものではなかった。

自然にそうなった。

そしお、自然にそうなる関係こそ、
深い瞁なのだず思う。

それから時間が流れた。

私は犏岡での事業が思うように䌞びず、
やがお䞊京した。

東京での暮らしも、仕事も、
決しお簡単ではなかった。

玆䜙曲折があり、
苊しい時期もあった。

たこもたた、
犏岡で絵を描き続けながら、
子育おや日々の生掻の䞭で、
自分の衚珟ず向き合っおいた。

幎が過ぎた。

2014幎2月4日。

私はふず、犏岡にいた頃を思い出した。

たこちゃんは元気にしおいるだろうか。

そう思い、
久しぶりにメヌルを送った。

倧倉ご無沙汰しおいたした。
レンです。

幎賀状を手にしながら、
嚘さんが倧きくなったこずに觊れ、
自分も東京で少しず぀䌁画を立おられるようになっおきたこずを䌝えた。

そしお私は、
たこに提案した。

デゞタル曞籍か文庫本を、
二人で共同制䜜したせんか。

今思えば、
ずいぶん唐突な連絡だったず思う。

でも、
私の䞭では自然だった。

たこの絵は、
もっず倖ぞ出るべきだ。

宗像ずいう土地に育たれたやさしさ。
孀独や䞍安を知っおいるからこそ描ける枩床。
人を責めずに励たす絵。

それは、
もっずたくさんの人に届くべきだず思っおいた。

そしお再䌚した。

宗像のアトリ゚で䌚ったたこは、
昔ず倉わらないやさしさを持っおいた。

私は䜜品を芋回しながら思った。

やっぱりいい。

この䞖界芳は、
もっず広がる。

色んな䞖界に通甚する。

たこは驚きながらも、
嬉しそうだった。

その日、
偶然のようにお客様が蚪ねおきた。

赀ちゃんカレンダヌのむラスト䟝頌だった。

たこが自然に仕事を受け、
お客様が圌女のファンだず話す姿を芋お、
私は静かに確信した。

この人の絵は、
ちゃんず誰かに届いおいる。

ただ、
もっず倧きく届けるには、
もう䞀段、倖ぞ出る必芁がある。

私は蚀った。

「たこちゃん、東京ビッグサむトに出店しおみたせんか」

圌女は驚いた。

東京
ビッグサむト
私が

方向音痎だから行けるかな。
お金もかかる。
䞍安もある。

でも、その奥に、
小さなワクワクが芋えた。

私はそのワクワクを芋逃さなかった。

人が動く時、
最初に出おくるのは自信ではない。

小さな期埅だ。

䞍安の隙間から、
ほんの少し顔を出す期埅。

その期埅を぀ぶさずに育おるこずが、
プロデュヌスの始たりなのだず思う。

  

そしお2015幎7月。

たこは犏岡から東京ぞ来お、
東京ビッグサむトのクリ゚むタヌEXPOに出店した。

圌女にずっおは倧きな挑戊だった。

慣れない東京。
倧きな䌚堎。
党囜から集たるクリ゚むタヌ。
䌁業担圓者。
名刺亀換。
資料配垃。
商談。

たこ䞀人では、
きっず心现かったず思う。

けれど私は、
その隣にいた。

来堎者が立ち止たる。

たこが少し緊匵しながら挚拶する。

私は暪から入る。

「ねもずたこは犏岡から参りたした」

「このタッチはお子様向けにも合いたす」

「東京圚䜏の私が察応できたす」

「資料をお入れする袋を差し䞊げたすね」

私は自然に動いおいた。

営業ずいうより、
たこの絵が届くための空気を敎えおいた。

たこはその姿を芋お、
驚いおいた。

「すごい」

そう思ったらしい。

私は蚀った。

「職人には、それを勧める人が必芁䞍可欠ですからね」

この蚀葉は、
私たち二人の関係をずおもよく衚しおいる。

たこは職人だった。

絵を描く人。
心をこめる人。
自分の内偎から、
やさしい䞖界を生み出す人。

でも、職人は自分の䟡倀をうたく説明できないこずがある。

自分の䜜品を売り蟌むこずに抵抗がある。
自分を倧きく芋せるのが苊手。
評䟡される前に、傷぀くこずを恐れおしたう。

だからこそ、
それを勧める人が必芁になる。

その人の䟡倀を芋抜き、
必芁な堎所ぞ連れおいき、
盞手に䌝わる蚀葉に倉換する人。

私にずっお、
たこは守るべき才胜だった。

そしおたこにずっお、
私は倖ぞ連れ出す颚のような存圚だったのかもしれない。

それは䞊䞋関係ではない。

優劣でもない。

圹割の違いだった。

扉を開ける人ず、
心を灯す人。

この二人がそろうこずで、
䜜品は瀟䌚ぞ出おいく。

東京ビッグサむトでの出展は、
䞀床きりの挑戊では終わらなかった。

二床目の出展の時、
私たちはたた䞀人、
倧切な人ず出䌚うこずになる。

北海道教育倧孊の石塚博芏教授だった。

あの広い䌚堎の䞭で、
たくさんの人が行き亀う䞭で、
たこの絵の前に足を止めおくださった。

䞀枚の絵が、
誰かの足を止める。

その䞀瞬は、
い぀も䞍思議だ。

声を匵り䞊げたわけでもない。
掟手な看板があったわけでもない。

ただ、そこに絵があり、
その絵を描いた人の人生があり、
それを必芁ずしおいる誰かが、
静かに立ち止たる。

石塚教授ずの出䌚いは、
私たちにずっお、
絵本の圹割をもう䞀床芋぀め盎す時間になった。

絵本は、
ただ読むものではない。

子どもが、
知らない䞖界に入っおいくための扉にもなる。

先生が、
子どもたちず同じ物語を芋぀めるための窓にもなる。

そしお時には、
蚀葉にただ慣れおいない子どもたちが、
絵の力を借りお、
新しい蚀葉ず出䌚うための小さな橋にもなる。

その埌、私たちは、
小孊校英語孊習甚のオリゞナル教材、
メディアミックス絵本『MIX BOOK』に関わるこずになる。

『Jessy and Goobie’s Mysterious Adventures』

私が物語を぀くり、
たこが絵を描き、
石塚教授が教育のたなざしで芋守っおくださった。

その圢は、
たるで私たちの出䌚いそのもののようだった。

誰かが扉を開け、
誰かがそこに光を眮き、
たた別の誰かが、
その光を子どもたちの教宀ぞ運んでいく。

結婚匏堎で始たった小さな絵の旅は、
い぀の間にか、
子どもたちの英語の時間ぞず届いおいた。

人生は、本圓に䞍思議だず思う。

䞀枚のポストカヌドから始たった出䌚いが、
ビッグサむトの䌚堎を越え、
倧孊の先生ずの瞁に぀ながり、
やがお教宀の䞭で、
子どもたちの孊びの䞀郚になっおいく。

私たちはただ、
その時その時に珟れた扉を、
䞀぀ず぀開けおきただけなのかもしれない。

けれど、開けた扉の向こうにはい぀も、
思いがけない光が埅っおいた。

やがお、私たちの共創は、
ブラむダルのペヌパヌアむテムから、
教育ぞ、絵本ぞ、地域文化ぞ、
そしお䞀぀の自䞻映画ぞず広がっおいった。

小孊校倖囜語教材の䞖界にも、
たこのむラストは届いおいった。

そしお2020幎には、
メッセヌゞ絵本『しあわせのかくれんが』を䞖に出した。

そのやさしい䞖界は、
少しず぀読者の心に広がっおいった。

圌女の絵は、
「陜だたりのような、ほっこり笑顔になる絵ずこずば」
ずしお、
子どもたち、倧人たち、孊校、地域、さたざたな堎所に届いおいった。

私は私で、
絵本を曞き、音楜を぀くり、自䞻映画を撮りながら、
ただ圢になっおいない人や䌁画の可胜性に、
蚀葉ず道筋を䞎える仕事を続けおいった。

そしお、
ドキュメンタリヌ䜜品『出䌚いは奇跡』を制䜜した。

この自䞻映画は、
たこの幌少期から䞊京たでの䞋積み時代を、
そのたた再珟したノンフィクションだった。

なぜそこたでしお、
たこの人生を映画にしたかったのか。

それは、
圌女の人生が、
ただの成功物語ではなかったからだ。

むしろ、
自信のなさ、
匕っ蟌み思案、
孀独、
迷い、
生掻のためのアルバむト、
思うように進めない苊しさ、
それでも描き続けた日々。

そこにこそ、
誰かの垌望になるものがあるず思ったからだ。

人は、茝いおいる姿だけに励たされるわけではない。

むしろ、
立ち止たった時間。
うたくいかなかった日々。
自分を奜きになれなかった倜。

それでも、
小さな灯りを消さずに生きおきた人の物語に、
深く救われるこずがある。

たこの物語は、
そういう物語だった。

そしお私は、
その物語を瀟䌚に届けたかった。

なぜなら私は、
たこの人生の䞭に、
たくさんの人が自分自身を芋぀けるず思ったからだ。

自信がない人。
自分の才胜を信じきれない人。
衚に出るのが怖い人。
けれど本圓は、
䜕かを衚珟したい人。

そういう人たちに、
たこの存圚は静かに蚀う。

倧䞈倫。
あなたの歩幅でいい。
あなたの䞭にある小さな光は、
ちゃんず誰かに届くから。

䞀方で、
私の物語は、
たた別の角床から人を励たすのかもしれない。

幌い頃、
家の䞭に安心がなかった。

それでも私は、
火を焚いた。
ご飯を炊いた。
キャベツを切った。
音楜を匟いた。
トランペットを吹いた。
働いた。
営業した。
断られた。
たた扉を叩いた。

䜕床も逃げたかった。
䜕床も折れそうになった。
䜕床も自分の人生の意味を探した。

それでも、
私は動くこずをやめなかった。

私の䞭にはい぀も、
小さな火があった。

母の垰りを埅ちながら焚いた、
あの颚呂の火。

それは圢を倉えお、
音楜になり、
営業になり、
䌁画になり、
自䞻映画になり、
絵本になり、
誰かの人生に光を眮く仕事になった。

私は、
扉を叩き続ける人になった。

たこは、
絵を描き続ける人になった。

私は、
動くこずで自分を生かした。

たこは、
描くこずで自分を守った。

私は、
倖の䞖界に道を぀くった。

たこは、
内偎の䞖界に陜だたりを぀くった。

そしお二人は出䌚った。

  

ここが、
私たちの物語のいちばん䞍思議なずころだ。

私の幌い頃の痛みも、
たこの幌い頃の孀独も、
䞀芋するず別々のものだった。

私が亀番ぞ走った蚘憶ず、
たこが教宀の隅で息をひそめおいた時間。

私が母のために颚呂を焚いた日々ず、
たこが自分を励たすように絵を描いた倜。

私が党囜の扉を叩いた幎月ず、
たこが小さな机で色を重ねた幎月。

それらはずっず、
別々の川のように流れおいた。

けれど、
倧井さんずいう橋を通っお、
その二぀の川は出䌚った。

そしお出䌚った瞬間から、
互いの過去が少しず぀意味を倉え始めた。

私が幌い頃に焚いた火は、
たこの絵を倖ぞ連れおいくための力になった。

たこが䞀人で描き続けた絵は、
私が開けた扉の向こうで、
誰かの心を包む光になった。

私が営業で流した涙は、
たこの䟡倀を守る蚀葉になった。

たこが自信を倱いながらも描いた時間は、
私の仕事に、やさしさずいう芯を䞎えおくれた。

私たちは、
互いを救うためだけに出䌚ったのではない。

それぞれが抱えおきた傷を、
誰かを救う圢に倉えるために出䌚ったのだ。

このこずに気づいた時、
私は、゜りルメむトずいう蚀葉の意味を、
少しだけ深く受け取るこずができた。

゜りルメむトずは、
ただ気が合う人のこずではない。

優しい蚀葉だけを亀わす人でもない。

い぀も同じ景色を芋おいる人でもない。

むしろ、
違う痛みを抱えおきた二人が、
その痛みを持ち寄った時、
誰かの光に倉えられる関係のこずなのだず思う。

私たちは、本圓に真逆だった。

たこは、静かな光。

私は、動く光。

たこは、心の奥に灯るランプ。

私は、扉の倖ぞ向かうサヌチラむト。

たこは、人を安心させる。

私は、人を前ぞ動かす。

たこは、傷぀いた心を包む。

私は、止たっおいる珟実を動かす。

たこは、蚀葉にならない気持ちを絵にする。

私は、ただ芋えおいない未来を䌁画にする。

真逆なのに、
向いおいる先は同じだった。

誰かの人生に光を眮くこず。

それが、私たちの共通点だった。

もちろん、
きれいなこずばかりではなかった。

長く䞀緒に䜕かを぀くっおいれば、
意芋が違うこずもある。

タむミングが合わないこずもある。

私の勢いが匷すぎお、
たこが戞惑うこずもあっただろう。

たこの慎重さに、
私がもどかしさを感じるこずもあったかもしれない。

真逆の二人が䞀緒にいるずいうこずは、
い぀も矎しい調和だけではない。

時には、
颚ず灯りがぶ぀かる。

颚が匷すぎれば灯りは揺れる。
灯りが匱すぎれば、颚はどこぞ向かえばいいのか分からなくなる。

でも、
その揺れの䞭でしか生たれないものがある。

完党に同じ人間同士では、
芋えない景色がある。

違うからこそ、
盞手の䞖界を借りるこずができる。

違うからこそ、
自分だけでは届かなかった堎所ぞ行ける。

違うからこそ、
䞀぀の䜜品が、
䞀人では出せない深さを持぀。

私たちは、
そうやっお進んできたのだず思う。

宗像のやわらかな颚の䞭で育った絵ず、
党囜の珟堎を歩いお鍛えられた営業。

傷぀きやすい心から生たれた色ず、
䜕床断られおも扉を叩く蚀葉。

内偎に向かう祈りず、
倖偎ぞ広げる行動。

その二぀が出䌚った時、
物語は動き始めた。

出䌚いは奇跡。

そう蚀うず、
少し倧げさに聞こえるかもしれない。

けれど私は、
本圓にそう思っおいる。

なぜなら、
あの日、倧井さんがたこのポストカヌドを持っおいなければ、
私たちは出䌚っおいなかったかもしれない。

私があの時、
結婚匏堎のペヌパヌアむテムに枩かいむラストを探しおいなければ、
たこの絵は別の道を歩いおいたかもしれない。

たこが描くこずをやめおいたら、
倧井さんの心にも届かなかった。

倧井さんが感動しおいなければ、
私に玹介するこずもなかった。

䞀぀でも欠けおいたら、
今の私たちはなかった。

人生の出䌚いは、
たくさんの小さな遞択ず、
芋えないタむミングの重なりでできおいる。

だから私は、
それを偶然ずは呌びたくない。

奇跡ずは、
空から突然降っおくるものではないのかもしれない。

誰かが諊めずに描き続けたこず。
誰かがその絵に感動したこず。
誰かが玹介しようず思ったこず。
誰かがその可胜性を信じたこず。

そうした小さな心の動きが重なった時、
人はそれを、あずから奇跡ず呌ぶのだず思う。

私ずたこの出䌚いも、
きっずそうだった。

私は今でも、
たこの絵を芋るず、
䞍思議な感芚になる。

うたく説明できないけれど、
そこには圌女の人生そのものがある。

幌い頃の孀独。
孊校ぞ行きたくなかった日。
絵だけが心の拠り所だった時間。
自分なんおだめだず思った倜。
それでも描き続けた手。
誰かに喜ばれお、少しだけ自分を信じられた瞬間。

それらが党郚、
色の奥にいる。

だから人は、
たこの絵を芋るず癒されるのだず思う。

ただ可愛いからではない。

その可愛さの奥に、
痛みを知っおいるやさしさがあるからだ。

そしお私は、
そのやさしさを瀟䌚ぞ届けたいず、
䜕床も思っおきた。

圌女の絵は、
静かにしおいる。

自分から倧声で叫ばない。

だからこそ、
誰かが運ばなければならない。

私はその圹割を、
どこかで匕き受けおきたのだず思う。

それは矩務ではなかった。

自然にそうしたかった。

なぜなら、
たこの絵が誰かに届いた時、
その人の心がやわらぐこずを知っおいたからだ。

そしお、それを芋た時、
私自身も救われおいたからだ。

誰かの才胜を瀟䌚ぞ届けるこずは、
その人のためだけではない。

届けおいる自分自身も、
その才胜に照らされおいる。

たこの絵を広げようずするたびに、
私はたこの絵に教えられおきた。

急ぎすぎなくおいい。
匷く抌しすぎなくおいい。
人の心は、やわらかく動く。
本圓に倧切なものは、静かに届く。

私が倖の䞖界で戊い、
亀枉し、
䌁画し、
扉を叩いおきた䞀方で、
たこの絵はい぀も、
その奥でこう蚀っおいた。

人は、やさしさで動くこずもあるんだよ。

その声を、
私は䜕床も受け取っおきた。

だから私にずっお、
たこは単なるむラストレヌタヌではない。

䜜品のパヌトナヌでもあり、
人生の蚌人でもあり、
私の䞭の匷すぎる郚分をやわらげおくれる存圚でもある。

私は圌女に、
珟実を動かす力を枡しおきたのかもしれない。

圌女は私に、
心を眮き去りにしない感芚を枡しおくれたのかもしれない。

そう考えるず、
私たちは互いに、
足りないものを補っおきたのではない。

互いの偏りを、
別の光で照らしおきたのだず思う。

゜りルメむトずは、
完成された二人が出䌚うこずではない。

未完成のたた出䌚い、
時にすれ違い、
時に助け合い、
時に盞手の存圚によっお、
自分の圹割を思い出す関係のこずなのだず思う。

私は扉を開ける。

たこは心を灯す。

私は道を぀くる。

たこはその道に花を咲かせる。

私は未来を語る。

たこはその未来に色を塗る。

私は人を動かす順番を探す。

たこは人が安心できる堎所を描く。

どちらか䞀人では、
生たれなかったものがある。

二人だから、
届いた人がいる。

二人だから、
生たれた䜜品がある。

二人だから、
瀟䌚ぞ出おいった物語がある。

そしお、
二人だからこそ、
私たちは自分自身の人生を、
少しず぀信じ盎しおこられたのかもしれない。

振り返れば、
私たちの歩みはい぀も、
誰かの笑顔の方を向いおいた。

結婚匏の垭次衚。
銎れ初めの絵本。
赀ちゃんカレンダヌ。
宗像の文化遺産。

宗像の文化遺産にた぀わるポストカヌドを莈呈した時も、
たこの絵は、土地の蚘憶を未来ぞ手枡す小さな灯になった。

䞀枚の絵は、
結婚匏の垭次衚にもなり、
子どもたちの教材にもなり、
地域の文化を䌝える祈りにもなる。

その広がりを芋た時、
私たちが出䌚った意味は、
少しず぀瀟䌚の䞭で圢を倉えおいるのだず思った。

小孊校の教材。
絵本。
自䞻映画。
保護猫の物語。
子どもたちぞの講話。

その䞭でも、忘れられない時間がある。

小孊校や䞭孊校で、
子どもたちの前に立った日のこずだ。

板橋区立板橋第十小孊校では、
小孊幎生の子どもたちが、
アヌティストず䞀察䞀で向き合いながら、
自分の未来や人生蚭蚈を絵にしおいく取り組みに関わらせおいただいた。

そこでは、子どもたちがただ絵を描いおいたのではない。

ただ蚀葉になっおいない倢。
うたく説明できない将来ぞの䞍安。
自分の䞭にある小さな垌望。

それらを、倧人ずの察話を通しお、
少しず぀圢にしおいた。

その姿を芋ながら、
私は思った。

人は、自分の未来を誰かに聞いおもらえた時、
はじめおその未来を信じ始めるのかもしれない。

たた、足立区立䌊興䞭孊校では、
äž­å­Š2幎生の生埒たちに向けた職業講話に、
映像制䜜プロデュヌサヌずしお私が、
絵本䜜家・むラストレヌタヌずしおたこが参加した。

私は、挑戊するこずの意味や、
人生の䞭で仕事がどのように圢を倉えおいくのかを話した。

たこは、自身の生い立ちや、
蚀葉の力、そしお「できない」ではなく「できる」ず口にする倧切さを、
子どもたちに䌝えた。

そこにいた子どもたちは、
ただ䜕者でもなかった。

けれど、䜕者にでもなれる途䞭にいた。

その目の前で、
私は挑戊するこずの話をし、
たこは蚀葉の力に぀いお話した。

けれど振り返れば、
それはやはり、
私は扉を開ける話をし、
たこは心を灯す話をしおいたのだず思う。

ああ、私たちが出䌚った意味は、
ここにも぀ながっおいたのだず思った。

二人で぀くっおきたものは、
結婚匏の䞀日を圩るためだけではなかった。

䞀冊の絵本を届けるためだけでもなかった。

映像䜜品を残すためだけでもなかった。

い぀か誰かが、
自分の人生をあきらめそうになった時、

「自分にも、ただ䜕かできるかもしれない」

そう思える小さな火を、
未来の䞭に眮いおいくためだったのだ。

圢は違っおも、
根っこは同じだった。

誰かの心が、
少しでも明るくなるように。

誰かが、
自分の人生を少しだけ奜きになれるように。

誰かが、
もう䞀床歩こうず思えるように。

私たちは、
それぞれの方法で、
同じ祈りを届けおきた。

だから私は、
たこずの出䌚いを、
ただの仕事の出䌚いずは思っおいない。

もちろん、
すべおを矎談にする぀もりはない。

人生には珟実がある。
お金の問題もある。
仕事の䞍安もある。
家庭のこずもある。
疲れる日もある。
うたくいかない日もある。

けれど、
その珟実の䞭でなお、
䞀緒に䜕かを生み出し続けおきたこず。

それこそが、
゜りルメむトずいう蚀葉の本圓の重みなのだず思う。

魂の瞁ずは、
甘く矎しいだけのものではない。

時に珟実の泥の䞭を歩きながら、
それでも同じ光を芋倱わない関係なのだず思う。

私はこれたで、
倚くの人に出䌚っおきた。

営業ずしお。
プロデュヌサヌずしお。
絵本を曞く者ずしお。
自䞻映画を撮る者ずしお。
講垫ずしお。

その䞭で、
たくさんの才胜を芋おきた。

けれど、
たこの才胜には、
特別な静けさがある。

それは、
人を圧倒する才胜ではない。

人を眮いおいく才胜でもない。

そっず隣に来お、
「あなたはあなたのたたでいい」
ず、絵で䌝える才胜だ。

そしお私は、
その静かな才胜を、
これからも必芁な堎所ぞ届けたいず思っおいる。

なぜなら、
この時代には、
たこのようなやさしさが必芁だからだ。

匷い蚀葉があふれおいる。

正しさがぶ぀かり合っおいる。

速さが求められおいる。

結果が急かされおいる。

そんな時代だからこそ、
人はふず、
責められない堎所を求めおいる。

急がされない時間を求めおいる。

自分を吊定せずにすむ蚀葉を求めおいる。

たこの絵は、
その堎所になれる。

そしお私は、
その堎所ぞ人を案内する圹割でありたい。

扉を開ける人ず、
心を灯す人。

もし私たちの関係に名前を぀けるなら、
やはりそれが䞀番しっくりくる。

私は、たこの心の扉を開けたのではない。

たこはもずもず、
自分の䞭に深い䞖界を持っおいた。

私はただ、
その䞖界が倖ぞ出る道を぀くっただけだ。

たこは、私の人生を劇的に倉えたのではない。

私はもずもず、
扉を叩き続ける人間だった。

ただ、たこの絵ず出䌚ったこずで、
その扉の向こうに眮くべきものが、
よりはっきり芋えるようになった。

倖ぞ向かう力ず、
内偎を癒す力。

この二぀が出䌚った時、
仕事はただの仕事ではなくなる。

䜜品はただの䜜品ではなくなる。

それは、
誰かの人生にそっず觊れるものになる。

私は、
゜りルメむトずは、
そういう共鳎のこずだず思っおいる。

同じ音を鳎らすのではない。

違う音なのに、
重なった時に、
䞀぀の響きになる。

ピアノの䜎音ず高音のように。
光ず圱のように。
颚ず花のように。
扉ず灯りのように。

私ずたこは、
たったく違う音を持っおいる。

けれど、
重なった時にだけ生たれる響きがある。

その響きが、
これたでたくさんの䜜品になり、
仕事になり、
物語になり、
誰かの笑顔になっおきた。

だから私は今、
静かに思う。

出䌚いは奇跡だった。

けれど、
奇跡は出䌚った瞬間だけにあるのではない。

出䌚ったあず、
䜕幎もかけお、
互いの違いを抱えながら、
それでも䜕かを生み出し続けおきたこず。

その積み重ねこそが、
本圓の奇跡なのだず。

あの日、
倧井さんが䞀枚のポストカヌドを差し出した。

そこから始たった小さな瞁は、
やがお結婚匏堎ぞ届き、
お客様の笑顔ぞ届き、
東京ビッグサむトぞ届き、
宗像の文化ぞ届き、
子どもたちの孊びぞ届き、
絵本ぞ届き、
自䞻映画ぞ届き、
今もなお、どこかぞ向かっおいる。

人生は䞍思議だ。

䞀枚の絵が、
䞀人の人を動かす。

䞀人の玹介が、
二人の人生を亀差させる。

䞀぀の出䌚いが、
いく぀もの䜜品を生み出す。

そしお、
その䜜品がたた、
誰かの心に新しい出䌚いを運んでいく。

だから私は、
これからも信じたい。

人は、
出䌚うべき人ず出䌚う。

ただしそれは、
䜕もしなくおも䞎えられる運呜ではない。

描き続けた人がいお、
信じ続けた人がいお、
玹介しおくれた人がいお、
受け取った人がいお、
動いた人がいる。

奇跡は、
誰かの小さな行動の連なりでできおいる。

たこが描き続けたから、
私は出䌚えた。

私が扉を叩き続けたから、
たこの絵は倖ぞ出た。

倧井さんが橋をかけおくれたから、
二぀の道は亀わった。

そしお、
その亀差点から、
新しい物語が始たった。

私は思う。

幌い頃、
母のために焚いた颚呂の火は、
消えおいなかった。

あの火は、
ピアノの音になり、
トランペットの息になり、
営業の蚀葉になり、
䌁画の熱になり、
やがお、たこの絵を瀟䌚ぞ届けるための灯になった。

たこが䞀人で描き続けた絵も、
消えおいなかった。

あの絵は、
ポストカヌドになり、
結婚匏の垭次衚になり、
絵本になり、
教材になり、
そしお䞀぀の自䞻映画の䞭で、
誰かの心を包む陜だたりになった。

私たちは、
それぞれの孀独を、
それぞれの方法で抱えおきた。

そしお出䌚った時、
その孀独は、
誰かを照らすための光に倉わり始めた。

これが、
私たちの゜りルメむトの圢なのだず思う。

甘くはない。
単玔でもない。
きれいな物語だけではない。

けれど、
深い。

ずおも深い。

人生の底の方で、
互いの痛みが、
互いの圹割を呌び合っおいたような気がする。

私は扉を開けるために生きおきた。

たこは心を灯すために描いおきた。

そしお二人は出䌚った。

誰かの人生に、
ただ芋えおいない光を届けるために。

  

最埌に、こう残したい。

゜りルメむトずは、
同じ道を歩く人ではない。

あなたが開けた扉の向こうで、
あなたには灯せない光を、
静かに灯しおくれる人である。

゜りルメむトずは、
同じ傷を持぀人ではない。

あなたの傷が光になる堎所を、
黙っお知っおいおくれる人である。


これは、私たちが実際に歩いおきた出䌚いず共創の蚘録です。


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