
人はなぜ、動けない自分を責めてしまうのか
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Day25|人はなぜ、動けない自分を責めてしまうのか
人は、
動けないときほど、
自分に厳しくなる。
「なんで自分はできないんだろう」
「みんなは前に進んでいるのに」
「覚悟が足りないんじゃないか」
外では何も起きていないのに、
内側でだけ、
裁判が始まる。
被告人も、
検事も、
裁判官も、
すべて自分。
ここで一つ、
とても大事なことがある。
人は、動けないとき、
“止まっている”のではない。
多くの場合、
内側で何かを処理している。
失ったもの。
諦めきれなかった期待。
変わることで壊れそうな関係。
もう戻れないかもしれない過去。
それらを、
誰にも見せず、
一人で抱えている。
でも、
外から見えるのは
「動いていない姿」だけ。
だから人は、
結果の見えない時間を
「無価値」だと勘違いする。
ここで、
自己責任という言葉が
顔を出す。
「やらないのは、自分の問題だ」
「決めないのは、甘えだ」
確かに、
人生に責任は伴う。
でも、
責任と自己否定は、別物だ。
動けない時間は、
失敗ではない。
怠慢でもない。
準備が、
まだ水面下で進んでいるだけだ。
にもかかわらず、
人は自分を責める。
なぜか。
それは、
「動いている自分」だけが
価値ある存在だと、
いつの間にか教えられてきたから。
成果。
成長。
変化。
それらが見えない時間は、
意味がないものだと
刷り込まれてきた。
だから、
止まっている自分を見ると、
怖くなる。
価値が消えてしまったようで。
でも本当は、
動けない時間ほど、
人は深く、人間になっている。
引き受ける準備をしている。
失うものを見つめている。
自分の限界を、
正確に測っている。
それは、
誰にも拍手されない仕事だ。
だからこそ、
自分で自分を
殴ってしまう。
もし今、
動けない自分を責めているなら。
その責め声は、
前に進めという声ではない。
怖さの裏返しだ。
この連載は、
「早く動け」と言わない。
代わりに、
こう伝えたい。
動けない時間にしか、
引き受けられない人生がある。
その時間を
敵にしないでほしい。
格言
動けない時間は、価値が止まっているのではない。
深さが増している。
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※2026年3月1日から、
「人が動く理由」という連載を始めます。
正しさよりも、
人の心がどう動くのかを見つめる場所になる予定です。
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