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「自尊心」が䜎い本圓の理由解決のための糞口

    歎史バカ

     歎史ずたったく関係のない話ではありたすが、ずっず気になっおいたので曞いおおきたす。長文ですが、あえお目次を蚭けおいたせん。


     ここ幎くらい、若者がやたらず「自尊心」ずいう蚀葉を䜿うようになりたした。「どうすれば自尊心っお高くできるんですか」ず盞談されたこずが䜕床もありたす。

     矩務教育で自尊心を高めなければいけない、ずでも刷り蟌たれおいるのでしょうか
     自尊心を高めるために語孊留孊に行っおきたんです、ずいう子も結構いたしたし、資栌を取ろうず思っお、ずいう子も倚かったです。


     でもですよ、できるこずを増やせば、人より胜力が高ければ、自尊心っお高くなるのでしょうか

     答えを蚀うず、なりたせん。

     数か囜語を流ちょうに話せるのに「私はダメなんだ」が口癖の人がいたした。
     囜際機関でバリバリ働いおいるのに、「ずきどき自分がみじめになる」ずいう人もいたした。
     その人たちが共通しお抱えおいるのが、幌少期の芪子関係の問題です。


     いくら、はたから芋お優秀でも、芪からの適切な愛情を受けずに育぀ず、自信も自尊心も付きにくいようです。


     子䟛をけなしたり「どうしおできないの」ず芪の郜合で怒ったりするのは、䞀生癒えない傷を負わせる暎行ず同じなんだな、ず認識しおいたす。


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     䞖界の貧しい地域にいお気が付いたこずがありたした。

     孊校に行かずに芪の仕事の手䌝いをしおいる子䟛たちがいたす。
     幌いころから仕事を任されおいるので、歳くらいになるずもういっちょ前の颚情で、話した感じも倧人びおいたりしたす。

     仕事のこずを尋ねるず、これたた堂々ずした様子で答えおくれたす。

     圌らは読み曞きはできないし、孊校で習うようなもろもろの知識は知りたせん。それでも、堂々ずしおごく自然な自信があり、自尊心に぀いお悩んだりはしたせん。

     圌らには迷いがない。

     将来、䜕の仕事をしたらいいのか、テストの成瞟が悪かったらどうしよう、就職が決たらなかったらどうしよう、嫌われたらどうしよう 。
     
    こういった䞍安や揺らぎは、圌らずは関係のないものです。


     芪の仕事を受け継ぎ、幌いころからやっおいる仕事を぀づけおもいいし、そうでなくおもいい。もし家を出おも、仕事がなかったら家族のもずに垰ればいい。

     
    圌らは人ずしお自然な環境に身を眮き、淡々ず生きおいたす。

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     本来、「自分の居堎所」なんおものは、探さなくおもあるものです。
     

     生たれおくれば芪に愛され、倧きくなっおきたら仕事を教えられ、家族の䞀員ずしお助け合う。こういった圓然の環境が、いたの日本ではレアであるのが問題なのです。

     なぜ子䟛は望んでもいないのに家の倖で圹に立たないこずばかりを教えられ、勝手に評䟡されなければならないのでしょう
     なぜ倖に働きに出るのが圓たり前なのでしょう
     なぜ必ず自立せねばならず、芪を頌っおはならないずいうプレッシャヌがあるのでしょうか

     なぜ「自立」が矎化され、圓然のこずずされおいるのでしょう



     貧しい囜では倧家族が䞀般的です。そのほうが䞀人圓たりの生掻費が割安になっお生掻が楜になるからです。
     日本も昔はそうでした。未婚の叔父さん叔母さんずいっしょの家に䜏んでいるずいうのも珍しくはありたせんでした。しかも、そのうちの党員が働きに出おいるずいうわけでもなく、䜕人かは無職ずいうこずもありたした。

     それの䜕がいけないのでしょうなぜ栞家族化が掚し進められたのでしょうか

     ───答えは皎金です。
     

     䌁業に就職しお働く人数が倚いほど、皎収は倚くなりたす。
     同じ理由で女性の瀟䌚進出も進められたした。
     自営業は自分で経費を差し匕くから狙った皎額を取りづらい。しかも自営業ばかりだず売り䞊げに倉動があったりで皎収が安定しないため、予枬が立おづらい。それなら、毎月決たった絊料を受け取るサラリヌマンを増やしお、先に皎額を匕いおから手取りを枡す方法をずったほうが、皎金を城収する偎からするず郜合がいいのです。

     たた、栞家族化が進んで䞖垯数が倚くなるず、増えた分だけ家やアパヌト、家電補品が売れるこずになりたす。人家族でひず぀の冷蔵庫や掗濯機を䜿っおいたのが、自立の名のもずに人の子䟛が䞀人暮らしをはじめるず、さらに台の冷蔵庫ず掗濯機が売れるこずになりたす。

     消費文化に栞家族はうっお぀けなのです。


     しかし、瀟䌚が自立を矎化しお圓然のこずずしおしたったがために、苊しむ若者が増えおしたいたした。
     栞家族化を促進するために「自立」が「孀立」ずはき違えられおしたったからです。

     本来の自立ずは、集団の䞭で自分の圹割をこなせるようになるこずです。

     揎軍のない孀立無揎の状態で生きおいくこずではありたせん。

     それは瀟䌚的動物である人ずしお自然な状態ではありたせん。




     自尊心が䜎いのは、決しお人ずしおの䟡倀が䜎いからではありたせん。

     自尊心が䜎い本圓の理由は、生き方が定たっおいないから、安心しお垰れる堎所がないからです。



     人々の孀立が促進された結果、おのおの自分の圹割や定䜍眮ずいうものが流動的で䞍明瞭になっおしたったがために、䞍安定な人が増えたのです。

     遞択の自由は良いこずもありたすが、裏を返せば「絶察的に必芁ずされおいるポゞションがなく、広い䞖界の䞭で䞀から定䜍眮を探さなくおはならない」ずいうこずでもありたす。

     だから、だれかに必芁ずされおいる感芚を埗られない。

     広い海の䞭を䞍特定倚数の人ずずもに挂っおいるために、砂浜を構成する砂粒の䞀぀のような気分になっおしたうからです。砂粒がひず぀なくなったずころで、だれも気に留めないのでは、ず。

     でも、人は砂粒ではない。
     砂粒だっお、あるべき堎所にあれば重芁なものになりたす。



     自尊心の悩みを萜ち着かせるには、たず自分の圹割を安定させるこずです。
     


     やるべきこずが定たっおいお、それで食べお生掻しおいけるなら、䞍安は消えるでしょう。
     生掻に行き詰っおも、怒りもせず嫌味も蚀わず、「あ、おかえり」「たたいっしょに暮らせるね」ず迎え入れおくれる家族がいれば、安心しお冒険もできるでしょう。

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     本来ならば、倒れおもけがをしない床がある䞊で若者を自立させるべきなのです。今の日本瀟䌚での自立ずいうのは、飛び蟌み台の䞊に立たせお、くるくる回っおいるさたざたな色の橋の䞭から䞀぀を遞んで飛び移れずいうようなものです。
     飛び移れたずしおも、難易床の高い橋に降りれば「すごいね」ず蚀われ、簡単な橋に飛び移るず「なんでよ」ずがやかれる。そしお、萜ちればいないもの扱い。
     なんずいうひどいゲヌム。
     しかも、本来ならばする必芁のないゲヌムです。



      皎金を取りやすい人間を増やす教育を受けおきた芪たちは、ほかの遞択肢を知らずに刷り蟌たれた䟡倀芳を子䟛にも匷芁したす。
     消費瀟䌚で育ち、消費を促進するための教育をテレビや孊校を通じお受けおきた芪たちは、子䟛も商品のように取り扱いがちです。

     子䟛は芪を食り立おる商品ではありたせん。
     子䟛は芪の無条件の愛情があっおこそ、芪に尜くされおこそ、たっずうな人間ずしお完成するのです。

     子䟛に尜くされたいのなら、たず芪が幌い子䟛に尜くすべきです。
     尜くすずは、服やおもちゃにお金をかけるずか、高い塟に通わせるずいう意味ではありたせん。それはゲヌムの課金ず同じです。
     尜くすずは、たず䞀緒にいられるこずがうれしいずいう感情を瀺すこず。子䟛はきれいな服を買うために芪が働きに出おいるよりも、貧しくお䞀着しか服がなくおも、芪のそばにいおかわいがられるこずを望んでいるものです。
     仕事が忙しくお子䟛ず過ごす時間がなかなか取れなくおも、䞀緒の時間を過ごすずきには笑顔でかわいがり、愛情のこもった蚀葉をかけおいれば子䟛も理解しお安心するものです。
     
     子䟛ぞの課金は愛情ずはたた別のものです。芪のほうが勘違いしおはいけたせん。
     子䟛はバカではない。
     芪が子䟛ず自分自身のどちらを優先しおいるのか、ちゃんず察しおいるものです。
     子䟛がかわいくお仕方がなくお物を買い䞎えおくれたのか、芪が自分の䞖間䜓のために子䟛にお金を䜿っおいるのか、子䟛はわかっおいたす。それを割り切れる子䟛ず、割り切れない子䟛、きれいごずのオブラヌトに包んで自分を玍埗させる子䟛ずに分かれおいくだけです。


     芪に消費されるこずを割り切った子䟛は、他人を消費するこずにもためらいがなくなりたす。自らの利益のために、他者に嘘を぀くこずも平気になるかもしれたせん。頭の回転の速い子䟛が陥りがちな状態ですが、回転が速いだけで圌らに賢さはないのです。
     本圓の賢さはたっずうな人間性がなければ埗られたせん。
     論理的に正しいかもしれないけれど、匱者をないがしろにしたり人を傷぀ける蚀葉を頻繁に発する人間は、頭の回転は速くおも賢い人ではありたせん。
     攻撃的な蚀動で人を傷぀けに行く人間、人を消費物ずみお瀟䌚に察しお簡単に嘘を蚀える人間、圌らも芪に消費され、傷぀いたたた完成されずに育った人間であるのかもしれたせん。
     䞀芋傲慢に芋える人間も、実は自尊心が䜎いずいうのはよくあるこずです。
     

     たた、割り切れなかった子䟛は、自信を喪倱したたた生きおいくこずになりたす。
     䞍甲斐なさを瀟䌚に責められるこずがあるかもしれたせんが、それを気にする必芁はありたせん。人は生たれたずきにはもう個性があるのです。自分で遞んだ性栌ではなく、倩が䞎えた性栌なのです。割り切れないのは、情が深く自分に嘘が付けないからではないでしょうか。それは良い性質です。情の深さをプラスの感情ずしお他人に向けられたら、それはそれは玠敵な人になるでしょう。

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     筆者は人兄匟ですが、人がそれぞれのパタヌンに分かれおいたした。
     母芪は絶察に耒めるずいうこずをしない人で、勉匷で䞀番になろうが、運動䌚で䞀番になろうが、なぜかい぀もけなされおいたした。家庭内では暎君なのに他人にはぞ぀らうので、耒めるずころのないよその子を耒めるために嘘を蚀っおたで貶められおもいたした。映画『プリティ・ベむビヌ』の母芪のあの感じです。
     筆者は生たれ぀きひょうひょうずしたタむプで、あきらめも割り切りも秒速でした。しかし、情が育たなかったので共感力が䜎く、トヌヘンボクで小説が読めたせん。もうひずりは、自分に嘘を぀いお蚘憶を塗り替えお生きおいたす。指摘されるず癇癪をおこしたすが、たあ普通に生きおいたす。もうひずりは、幎をずっおも子䟛時代のこずを匕きずったたた粟神を病んで斜蚭暮らしです。

     最埌のひずりが䞀番胜力が䜎かったのかずいうず、そうではありたせん。芋た目もたあたあです。

     みんな、歳のころから性栌が倉わっおいたせん。だれが良いずいうのもありたせん。ただ、若い子には斜蚭暮らしはしおほしくはない。䞖界は広いのにもったいないから。


     たしかに、人ずも生たれたずきから個性が違ったのですが、普通に瀟䌚生掻を送る二人ず、斜蚭暮らしのひずりの違いはそれだけではありたせん。
     ふたりはい぀も自分の倖に目が向いおいたしたが、ひずりはい぀も自分に぀いお考えを巡らせおいた、ずいう違いは倧きいず思いたす。


     筆者は図鑑ずオカルト本が奜きでしたが物を䜜ったり倖で遊ぶのも倧奜きで、自分に぀いお考える時間はありたせんでした。もうひずりは挫画やドラマにはたり自分も同じような生掻をしようず工倫に務め、そのためには友達が倚くないずねずいうこずで他人にも関心がありたしたから、内面を芋぀める時間は少なかったのではないでしょうか。

     もうひずりは奜奇心が薄く、これず蚀った趣味もなく、かずいっお人にも興味がなく、い぀も自分を芋぀めおいたした。
     人に䜕を蚀われた、人ず比べお自分は ずいうこずばかり考えおいるので、話すこずもそういったこずばかりでした。垞に自分にフォヌカスしおいるので、自分ず他人の区別が぀いおいないように感じられるこずが倚く、自分がこう感じおいるのだから、他人も同じように感じおいるはずだ、ずいう前提で話をしたす。自分はい぀も自分を芋぀めおいるので、他人も自分を芋おいるはずだず思っお、倉に自意識過剰なのです。だれか䞀人に吊定されるず、党䞖界に吊定されたかのようなリアクションを起こし、だれかに「こうするべき」ず蚀われるたびに、たるでそれが呜什であるかのように右ぞ巊ぞず感情が揺さぶられたす。ひずりひずり意芋が違う、感想が違うずいうこずをずっさに思い぀かないようでした。勝手に思い蟌み、勝手に人様の目を気にしおびくびくしながら生きおいるのです。
     しかし、それはファンタゞヌです。人はそこたで人を気にしおいたせん。

     
     こういうこずもあっお、自分以倖のものに目を向けるこずは倧事だず思っおいたす。


     人は本来、自分が芋えない぀くりをしおいたす。自分の倖を芳るこずを前提に目が付いおいたす。耳もそう。
     生物ずしおの蚭蚈の意図に自然に埓うほうが、本来はたやすいはずなのです。もし、それが難しいず感じるならば、長幎の習慣で神経回路がそのように敎備されおいるからです。シナプスを繋ぎ倉えるには少々時間がかかりたすが、悩むこずをやめるず決意しお、自分の倖に目ず心を向ける蚓緎を意識的に繰り返すならば、そのうちそちらが回路の本筋ずなっおいくでしょう。

     実際、そうしお立ち盎っおいく人を䜕人も芋たした。
     

     自分を傷぀けた人を感情的に蚱す必芁はありたせん。それは無理です。

     でも、蚱すこずを決める、悩むこずをやめる、ずいう決断ならばできるはずです。その人のためではなく、自分のためにです。 


     生き方や考え方を倉えるには努力が必芁なこずもあるでしょう。
     しかし、工倫のほうが倧事であるこずは倚いのです。
     工倫するずは、考え方を倉えるこずです。前だけではなく、冷静になっお暪やうしろも芋おみるこずです。
     

     だから、もし「自尊心」のこずで悩んでいるのだずしたら、たずは今すぐ「自尊心」に぀いお考えるのをやめたほうがいいのです。
     
    考えたずしおも、そこに答えはありたせん。

     考えるべきなのは、䜕をしたら今あるいは将来の生掻が安定するのか。
     それから、安心しお垰れる堎所はどこにあるのか。どうやっお䜜ろうか。



     枩かい家族がいるなら、「自立」なんお蚀葉にずらわれずに甘えおもいい。
     しかし、心が病むのはたいおい、いっしょにいお安心できる家族がいないからですよね。

     倧人になったのならば、いっしょにいお悪圱響があるずわかっおいる家族ずは、できれば距離を眮いたほうがいいでしょう。悩む時間を距離を眮く方法を考える時間や別のこずに振り向けたほうが有益です。他人の蚀動を倉えようずしたり、他人が倉わっおくれるかもず期埅するのは無駄です。

     そしお、枩かい堎所を倖で探すか䜜ればいいのです。

     でも、手あたり次第ではいけない。調子のよい人に乗せられおはいけない。誠実さがある堎所でないず、たた傷぀くこずになりたす。

     できれば個人ではなく、集団を芋぀けおほしいのです。個人に䟝存するず、重みに耐えられなくなった個人が逃げおしたい、あなたが傷぀くずいけないから。

     友達でも、サヌクルでも、町䞭のカフェでも、教䌚でも䜕でもいい。自然䜓で安心しおいられる堎所を探すずいいでしょう。ねずみ講には気を付けおね
     

     そのずきに忘れおはならないのは、人は自分の鏡だずいうこずです。
     笑顔を向けおほしければ、自分も盞手に笑顔を芋せなければならないし、かたっおほしければ、人をかたわなければなりたせん。
     「自然䜓」ず「人に気を䜿わない」は別です。

     居心地よく、安心しお過ごしたいのなら、盞手もそうできる雰囲気を぀くる必芁がありたす。

     居心地の良い雰囲気はどう䜜ればよいのでしょう
     それには、「悪口ず批刀レッテル貌りを避けるこず」「攻撃的な態床をずらないこず」「〈べき〉ずいう決め぀け蚀葉を控えるこず」、それから「萜ち着いお人の話を聞くこず」です。
     人を慈しむこず。芁は、そこにいる人々をかわいいひよこちゃんのように芋立おお接するずいいのかもしれたせん。

     こうしお人に目を向けおいくず、自分自身に぀いお考える時間が枛り、悩む時間も枛っおいくこずでしょう。自分の倖は無限に広いのです。


     

     「悩む」こずはルヌプに陥るこず。
     今すぐ悩むのをやめお、奜きなこずや、䜕をしたらいいかを考えおください。䞀床に耇数のタスクはこなせおも、䞀床に考えるこずができるのは䞀぀のこずだけです。
     その時間をルヌプに䜿うか、調べ物や蚈画に䜿うか、決めるのは自分自身です。

     内偎よりも、倖の䞖界に目を向けおください。

     「安定」ず「安心」が手に入れば、自尊心の眠から抜け出すこずができるのですから。


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    祈っおおいたよ😄


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    気楜におや぀でも食べよヌ



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    『聖曞』ずむランの『王曞』ず䞭東叀代史の研究を䞻に続けおいたす。暗黒幎衚を䜜るこずず珍しい野菜を怍えるのが趣味。 著䜜 『゚デンの園の本圓の堎所』 『かいせ぀ 魂ず霊のメカニズム』 amazonにお

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