
『湖畔』の彼女に恋をして
高校時代。私はある絵画作品に一目ぼれしました。
出会い

1897年、カンバス・油彩、69×84.7cm、東京国立博物館(黒田記念館)蔵
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/KU-a117)
日本史の資料集に掲載されていたこの作品を、先生の話もしっかり聞きつつ、暇さえあればずっと眺めていました。涼しげな場所で何かを見つめる女性が妙に色っぽくて。
今思えば女性の表情に惹かれていたんですが、当時はどうしてこんなに気になるのか分からぬまま、ただ「好きだなぁ」と感じていました。
本の中でしか会えないマドンナに、本当に恋をしていたんだと思います。
ご対面
大学入学に伴って上京したものの、「何を学びたいか」が分からなくなり、2年次から授業をほぼすっぽ抜かしてサークルにだけ通う生活を過ごしていました。
そんな中でこの絵の実物を見られる展覧会があると知り、絶対行こうと人生初の特別展を見に行くことを決めました。
大学には全然行かないくせに、それ以外の外出は嬉々として楽しんでおりました。東京国立博物館、トーハクに行くのはこれが初めて。「教科書に載ってる資料がめっちゃあるとこ」という地方出身の憧れを抱えつつ、緊張しながら展示会場へ。



展示会場前で音声ガイドを見つけ、ただ見るより情報を聞きながらの方が理解が深まるかもと機器をレンタル。いざ、と番号を押して、ガイドを聞きながら作品やキャプションを読み進めていきます。
何も分からん。
知らない単語と人名が飛び交い、頭の中で整理しようにも全部分からないので、そもそも整理のしようがない。
世界史の古代ローマでカタカナ偉人に振り回された頃を思い出しました。
黒田清輝の師であるラファエル・コランの描いた作品に5分ほど見惚れ、ガイドを聞くうちに「外光派」と「印象派」が重要なキーワードねと理解し、ついに本命とご対面。
焦がれたこと、おおよそ4年。とてつもなく胸が高鳴りました。
描かれた女性は、のちに黒田の妻となる方。避暑に訪れた箱根・芦ノ湖のほとりで涼む姿に黒田が心を奪われ、その勢いで作品制作を開始。約1ヶ月で完成させたと知りました。
このエピソードを知った時、「なんだ私と同じような感覚じゃないですか~」と急激に親近感をもった覚えがあります。向こうからしたら絶対知ったこっちゃないことではありますが。
生きた時代が違っても、解説やガイドが分からなくても、作品と女性は変わらず美しい。
行ってよかったと満足しながら、2時間ほどかけて展示を巡りました。
扉を開く
あろうことか私は、アンケートに「音声ガイドが分かりにくかった」と書きました。どう考えても己の知識不足のせいなのに、不躾。
ですがそれがきっかけで「黒田清輝をもっときちんと知りたい」と思い、「黒田清輝」「外光派」で検索して出てきたページを片っ端から読みました。特にWikipediaは、学び始めの人間には最高の読み物だと思うんです。気になった単語が出るたびにリンクを開いて読む。それを何度したことか。芋づる式、楽しい。
そして「外光派」について詳しく調べていくうちに、「印象派」を知るのが絶対条件なんだなと気づき、そっちに舵を切り始めます。
そうして出会ったクロード・モネ。そして『睡蓮』。

1916年、油彩・カンヴァス、200.5 x 201、国立西洋美術館蔵
出典:国立美術館所蔵作品総合目録検索システム
(https://search.artmuseums.go.jp/records.php?sakuhin=100292)
え、好き。
印象派は日本人からの人気が高いと知った時も「わかる~」となりました。
色づかいとか雰囲気が、なんか魂に馴染む。
そして印象派を知るために、「それまでの美術の流れを知る必要があるな」とまた調べ始めます。
こんにちは、西洋美術史。長い付き合いが始まりました。
そうしてネットでの独学に限界を感じ始め、どうにかもっと勉強する方法はないかと考え始めます。
「そうだ、大学に行こう」
ものすごい遠回りをして、1番身近にある教育施設に帰ってきました。
大学図書館は宝の山だし、その道のプロである先生からしっかり教わることもできる。しかも学生でいる間は基本無料。
なんて最高の環境なんだと、見えるものがガラッと変わりました。
そしてそんな頃、なんとも素敵なテレビ番組を偶然見つけました。
『ぶらぶら美術・博物館』(放送終了)
様々なジャンルの美術を、学芸員さんと五郎さんの解説付きで見れるというとんでもなく贅沢な内容でした。
この番組で私は歌川国芳を知り、そこから国芳の武者絵にめり込み、卒論のテーマに選びました。
進路選択で、大学を卒業するという形は取りませんでした。ですが、都立中央図書館で図録を漁ったり、海外の図録を英訳したりと資料収集に全力を注いだのはめっちゃ楽しかったです。さらには、卒論で取り上げて推しになった浮世絵を飾るに至ってます。

国芳の武者絵は、いいぞ。いつか別記事で書きたいです。
これからも
今も気になる展示があれば足を運び、ガイドを借りて鑑賞し、図録とグッズを買って堪能しています。
あの日以降『湖畔』を見てませんが、黒田記念館では黒田清輝の代表作品をゆっくり鑑賞できる特別室での展示を年に3度行っているとのこと。
今年の初回は10/27~11/8。せっかくなので、見に行けたらなと考えています。
あの時「現物をこの目で見る」と決めていなければ、今の私は存在していません。当時も今も、あの日が人生の転機だったと感じています。
あなたのおかげで、一生ものの出会いをしました。
これからもずっと、好きでいさせてくださいね。