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Photo byrakuha

鹿児島に移住したことは、人生の転機でした。

    「人が住む土地を変える。」

    それはとても大きなことです。進学、就職、転職、など色々な理由があるかと思いますが、住む土地が変わるといくら同じ日本国内であっても、異世界に感じると思います。

    ましてや、縁もゆかりのない土地への移住。
    それなりの覚悟が必要かと思います。
    私には、そこまでの覚悟がなく運命の様なものを感じました。

    ●なぜ鹿児島? ~運命の導きです~

    10人出会ったら10人聞かれる質問です。

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    その理由を説明するためには2011年3月11日まで戻ります。
    その日、誰もが知る未曾有の災害「東日本大震災」です。

    当時、銀座の飲食店で店長をしていました。ビルの9階にあり、その日は、ポカポカ陽気でお店で仮眠していました。
    すると、突然地響きがなりビルがぐらぐらと揺れ始めたのです。固定されたテーブルにあった食器、カスターセット等は全て落ち、棚にあったのもほとんど落ちました。

    大変だったのはそれ以降です。
    エレベーターは止まっていましたが、営業することになり、非常階段からの入店でした。
    ビルの9階であったため、お客様はこないだろうと思いました。
    また従業員は当日15人来る予定でしたが、交通機関が麻痺していた為誰一人来れず、自分と社員とパートの三人のみの営業でした。
    その時、帰宅難民が急増したこと知らず、非常階段からどんどんお客様が来られ、満席。

    お客様のご理解を得ながらの営業でしたが、暖がとれて安心されているような感じで避難所みたいな空間になりました。
    それから営業をなんとか乗り切り、次の営業の日までお店で疲れ倒れていました。

    次の日から営業は空気が一変。

    自粛ムードが高まり、お店の売上は当然が厳しい状況になりました。

    ●独立することを断念する出来事

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    その年9月から独立する予定で準備をしていました。働くスタッフ、お店の場所も決まっていました。

    準備としては順調でしたが、どこかで地震以降からしっくりいかない自分がいました。
    どこかでわかっていたのかもしれません。
    それでも強引に進めようとした時事件がおきました。

    突然自分が意識不明の重体で発見されたのです。

    その原因は、深夜まで仕事をしお酒を飲んでお店のお座敷に寝て帰ろうと思いました。
    そこからの記憶が断片的です。
    朝おきて帰ろうと思ったのですが、気持ち悪くて、帰らずに近くのサウナホテルに直行しました。
    そこでサウナに入らず、休憩室に横になり、一日以上寝ていたそうです。

    上司が自分に何度も電話をかけ、当然自分は気づきませんでしたが、ホテルの従業員が気づき発見されたそうです。
    すぐに救急車を呼び緊急搬送されたそうです。

    その時、上司は不思議と絶対助かると思ったそうです。
    CTスキャンをとったら脳に血液がたまっているのでこのままだと助からないということで、本来であれば家族が保証人になるのですが、急遽上司がサインして緊急手術を行いました。おかげさまで運よく助かりました。

    起きた時に、母親と上司など知らない人達もいたのでびっくりしました。
    まるでドラマのワンシーンを見ているようでした。
    名医であったのとタイミングがよかったのか、二週間ぐらいで退院でき、後遺症は最初ありましたが、徐々に落ち着き1カ後には仕事復帰しました。

    しかし独立する話がなくなり、社員として働く日々になりました。

    結果は残念な内容でありますが、どこかでほっとしている自分がありました。
    間違った道に進もうとしていた時に神様に頭からがつんと叩かれたように思いました。

    ●「桜島」に出会うために

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    桜島

    それからしばらく働いていましたが、やはり勤め人は向いてないと感じてました。
    そんな時に、以前東京でお世話になっている人と久しぶりに会う機会がありました。

    自分の現状および心情を語っていた時に「こっちにきたら」という何気ない会話が妙に引っかかりました。
    その人は、旦那さんと一緒に鹿児島に引っ越しをされていたのです。

    縁もゆかりもない鹿児島。

    ただ思い出したのです。
    震災後お店で寝泊まりした時にふと大きな山をみました。
    みたことない山でしたが、漠然と「桜島」であること直観で感じていました。
    ただその時はたまたまと思っていたのですが、自分の中でつながったのです。

    ●いよいよ鹿児島へ

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    お弁当屋さんで独立

    それからの行動は早かったです。震災の次の年8月には鹿児島に移住し、さらに翌年には独立をしていました。

    鹿児島の印象としては、外ものは弾かれる印象でした。
    受け入れてもらうのに苦労した思い出があります。
    理由の一つとして土地の力が強いです。
    まずは氏神様を敬うこと求められました。
    だんだんと敬う気持ちが伝わり始めると逆に加護の強い場所です。
    お陰様で自分の覚醒への道につながったと思います。

    震災の年に、世界中で大きく流れが変わったと思います。
    実際これを転機に人生をシフトチェンジされた方は多かったと思います。
    自分もその中の一人でした。

    スピリットに生きることの大切さを学んだ体験でした。

    あなたの心に炎は灯りましたか。

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