
右にしか曲がれない自転車から学んだこと
「この自転車使う? ママチャリより全然速いよ」
ある日、兄が言った。
20歳を過ぎた頃、私は兄と二人暮らしを始め、自転車で15分ほどの場所へアルバイトに通っていた。
マンションの駐輪場に置かれていたのは、細くて白い、スマートなビアンキのクロスバイク。
こんなおしゃれなものを貸してくれると言うのだ。
いい兄を持ったものである。
「私でも乗れるかな?」
「自転車乗れる人なら余裕でしょ」
そう言われて翌朝、私は新しい相棒に跨り、ウキウキしながらペダルを漕ぎ出した。
そして開始5秒後。
「えっ!!!!! 何これめっちゃむずっ!!!!!」
思っていたのと全然違う。
まず、まっすぐ走るのが難しい。
ブレーキレバーはなぜか絶望的に遠い。
極めつけはカーブだった。
右には曲がれる。
だが、左にだけ曲がれない。
左へハンドルを切ろうとすると、なぜか途中でガツンと止まる。
なぜだ。
「簡単って言ったじゃん……」
兄への不信感が最高潮に達したその時。
足元で、
「ガチャン!!!!!!」
と嫌な音が響いた。
チェーンが外れた。
借りて数分の出来事である。
初めましてのビアンキさんを、私は秒で故障させてしまった。
冷や汗を流しながら、自転車屋さんへと押していく。
「まぁ、プロに修理してもらえば、本来の性能を発揮してくれるだろう」
そう期待しながら待った。
しかし。
戻ってきたビアンキさんは、相変わらず乗りづらかった。
ブレーキは遠い。
左には曲がれない。
なんなら普段のママチャリより時間がかかる。
「これはチェーンの問題じゃない。きっと上級者向けの特殊な乗り物なんだ」
私にはまだ早かったのだ。
そう結論づけた私は、全身を緊張させながら命からがらアルバイト先へ辿り着いた。
帰宅後、私は兄に抗議した。
「ねぇ、自転車めちゃくちゃ難しいんだけど」
「は?」
「左に曲がれないし」
「は?」
「ブレーキも超かけづらい」
「……壊れてる?」
話が噛み合わない。
兄は半ば呆れながら、私を連れて駐輪場へ向かった。
白い車体を見つめる兄。
数秒の沈黙。
そして。
「お前さ……」
「なによ」
「これ……」
さらに沈黙。
「ハンドル180度、逆……」
「……へ?」
私はその瞬間、ちびまる子ちゃんがショックを受けた時みたいな顔をしていたと思う。
きっと今、これを読んでいるあなたも頭の中でハンドルをぐるっと回してみただろう。
そう。
その状態である。
「……逆?」
「逆」
「ハンドルが?」
「ハンドルが」
どおりで左に曲がれないわけだ。
どおりでブレーキが握りづらいわけだ。
どおりでチェーンも外れるわけだ。
全部、私だった。
……いや、全部ではなかった。
問題は、私ではなかった。
ハンドルの向きだったのである。
だが、私にはひとつだけ納得できないことがあった。
自転車屋さんである。
チェーンを直してくれたあのお兄さんは、
ハンドルが180度逆の自転車を見て、
一体何を思ったのだろう。
いや。
何も思わなかったのだろうか。
そしてなぜ。
私に逆のまま渡したのですか……?
あの日、街ですれ違った人たちはきっと、
「なんであの人、ハンドル逆で必死に走ってるんだ……」
と思っていたに違いない。
恥ずかしい。
恥ずかしすぎる。
往復1時間。
私は一度も、その異常事態に疑問を抱かなかった。
穴があったら入りたいとは、こういうことを言うのだろう。
だが、この出来事を思い出すたびに、私は笑いながらも考えてしまう。
私たちも人生で、同じことをしてはいないだろうか。
うまくいかないとき。
まず疑うのは、自分である。
努力が足りない。
根性がない。
意思が弱い。
もっと頑張れば変われるはずだ、と。
だからさらに力を入れる。
もっと頑張る。
もっと我慢する。
もっと自分を追い込む。
しかし、前に進まない。
それどころか、ますます苦しくなっていく。
当然である。
原因が違うのだから。
私も長い間、自分を責め続けてきた。
眠いのは怠けているから。
イライラするのは性格だから。
甘いものがやめられないのは意志が弱いから。
そして、子どもがぐずるのも、私の育て方が悪いからだと思っていた。
だから、頑張った。
運動もした。
身体も整えた。
食事も勉強した。
育児書も読んだ。
それでも、何かがおかしかった。
あとになって分かった。
悪かったのは、私ではなかった。
子どもでもなかった。
ただ、原因を見る方向が違っていただけだったのである。
私の場合、ずっと見落としていたハンドルの向きが、血糖値だったのである。
体のエネルギーが乱れると、脳は安心して働くことができない。
その結果として、集中できないことも、イライラすることも、甘いものが欲しくなることもある。
子どもだって同じだった。
わがままだと思っていた行動が、実は「もうエネルギーが足りないよ」という体からのサインだったことも少なくなかった。
もちろん、世の中のすべての不調が血糖値で説明できるわけではない。
人の体はもっと複雑で、原因は一つではない。
でも私は、原因を知らないまま自分を責め続ける人を、一人でも減らしたいと思っている。
右にしか曲がれない自転車で、
「もっと上手に乗れ」
と言われ続けるような苦しさ。
私は、その苦しさを知っている。
もし今、あなたが、
「どうして私は変われないんだろう」
そう思っているなら、一度だけ立ち止まってほしい。
本当に変えるべきなのは、あなたなのだろうか。
もしかすると、変えるべきなのは、あなたではない。
あなたが、ずっと正しいと思ってきた「原因」の方なのかもしれない。