
HOTDOGGERS -厚生労働省医政課特殊外来生物防衛執行班- 第4話:Dirty Work
あらすじ
1950年、戦後復興期の地球に飛来し、人類に受け入れられた地球外生命体「ヴィジター」。彼らは特殊な力である「ソルト」を有していた。 それから約80年後の現代、2026年。平和であったはずの共同社会は崩壊の危機に直面する。
ヴィジターが突如凶暴化する奇病「狂人病」が蔓延。事態の収拾のため、政府は厚生労働省の下に特別組織「特防」を設立する。しかし、「ソルト」によく似た異能力を持ち、ヴィジターを対処する彼らは知っていた。「病」など存在しないことを。己の記憶を代償に汚れ仕事をこなす彼らの前に、正義に燃える新米刑事が介入してくる。偽りの共存社会の裏で、決して交わるはずのなかった彼らが直面する「世界で最も古い秘密」とは….
晴れの日よりも曇りの日の方がいい。カーテンから差し込む日光のせいで、アラームが鳴る前に目が覚めることはないから。それになんか朝から急かされてる気がする。曇りってのは気持ちのいいもんだ。なんかこう、晴れよりもずっと現実を生きてるって感じがする。それに涼しいし、土のいい香りがする。でも、雨はやりすぎだ。濡れたくないし。うるさいし。
能天気な青空は、人を健康的にするように見えて、あれは実際のところジャンクフードみたいなものだ。あんなのを毎日、食らってたら長生きできるもんも出来ねぇよ。まぁ、長生きなんかしたくねぇけど。
独り言を呟いているのか、スイに愚痴を垂れているのか、その曖昧で破綻したコミュニケーションから、リュウの1日は始まる。うがいをして顔を洗って、寝癖を治して、朝飯の支度をする。フライパンが温まる間に、スイをベッドから引きずり押し、洗面所に軟禁する。目玉焼きが焼き上がり、ベーコンと一緒に皿に盛られる前にはスイはテーブルに座る。
寝起きの顔ではないものの、半ば悪夢を忘れるかのように、鋭い顔つきのスイは座ると、なんの予備動作も無しに、悶々と湯気のたつ味噌汁に口をつける。
朝食が終われば皿を洗い、歯を磨き、着替えて、GC8に乗りこんで出勤する。快晴だろうが、曇天だろうが、雹が降ろうが、この習慣が乱れることはない。至って普通の、至って当たり前の、匿名のモーニングルーティンだ。ただ、至って普通でない所を上げるとすれば、部屋の雑多さである。
DVD、CD、レコード、漫画、小説、ゲームソフト、もはやミニマリストとは対極の生活空間がここにはあった。二人とも、フィジカルであることにこだわりを持っていた。能力の行使による副作用、記憶焼失。もし、全てをシェイプレスなもので揃えていれば、彼らはもっと機械的だったのかもしれない。ユーモアを失い、合理性のみで全てを判断するような、無機質な存在に。
形こそ、存在を担保してくれる。また、CDをプレーヤーに入れる、DVDをデッキに入れる、レコードに針を載せる。これらの儀式が物と人をつなぎ、やがてそれは記憶の場所となって、いずれはそこは帰るべき場所になるのである。そのおかげで人は思い出したり、忘れたりすることを自由に繰り返せるのだ。ただでさえ、無形である記憶の生死を握られている彼らにとって、こうした即物的な性癖に傾倒してしまうのは、必然であったという他に説明のしようがなかった。
永田町、そして大手町。高層ビル群が立ち並び、日本の中枢とも呼ばれる場所。厚生労働省の庁舎は霞ヶ関にある。そして、医政課・特殊外来生物防衛執行班の表札は、その庁舎の一角にあった。
権力の化身どもに、吠える黒いインプレッサもまた、この東京の機関部を走り抜ける。が、向かうのは庁舎などではない。東京駅の高架下から、隠された搬入ゲートを通って、関係者以外立ち入り禁止の専用駐車場に車を停める。そして、エレベーターに乗りさらに地下へ。丸の内から八重洲にかけて広がる、デパートよりもさらに下。そこに、リュウ、スイが属する特防の専用機関はある。庁舎にあるのはいわば表向きの特防であって、その中身は空。本当の住所は、修学旅行生たちの喧騒も、ご夫人たちの財布事情も届かない、東京駅のずっと深いところにあった。
生体認証でゲートを越えると、コンクリートに囲まれ、色々なパイプや排気口がその姿をあらわにしている廊下を歩く。ガラス張りのオフィスルーム。すでに、他の班のメンバーはデスクに着いていた。
「はざーす」
クタクタのジャケットにも劣らない、リュウの挨拶に続いて、「あぁあー」というスイのうがいのような母音の羅列がこだまする。
四つの班を構成するそメンバーがたちが、入ってきた二人に視線をむけて、それぞれが自分なりのあいさつの言葉を手向けた。ただシロウを除いて。
「よう。シロウ。」
「…..ふん」
「おうおうメガネ。テメェ、あいさつもなしかよ。えぇ?」
開口一番、スイはさっそく、パソコンに向き合うシロウに噛みついた。
「今回の仕事はウチらに先越されたなぁ?えぇ?ちったぁ、敬意ってのを見せたらどうよ?」
「吠えるだけの犬に敬意を示すバカがこの世にいるか」
「あ?」
シロウはスイに視線すら向けずに、その作業の片手間感覚であしらう。
「そもそも問題ばかり起こしている、”お前”なんかに仕事をされたところで、いつも尻拭いをさせられている俺らの割には到底合わない。」
スイの眉間が反射的に、一度痙攣を起こした。
「んだとこら!?あんまちょーしこいてっと、その胡散くせぇレンズ割るぞ?」
「望むところだ。お前のそのよく喋る舌を引き抜いてやる…!」
「はいはい。お二人ともそこまで。ほんっと仲良いんですね。スイちゃんおはよう」
歪みあう二人の空気に、カエデの香水の爽やかな匂いが流れ込んできた。これに、「うわっ、くせ」っとスイは鼻を抑えた。
「調子のいい奴だ。お前が捜査中に、カフェなんか寄りたいと駄々こねたせいで、こいつが思い上がるハメになったんだぞ」
「だって、あそこのかき氷今、女の子の間でバズってるんですよー?僕みたいなモテ男が行かないわけにはねぇ…?」
「全く。くだらない。」
「それじゃ、先輩モテませんよー?」
「へっ。こいつがモテるわけねーや。こんなウマズラメガネ」
このスイの嘲笑には流石に、シロウの手が止まった。そして、シルバーフレームのレンズ越しに、高まる殺意をあらわにした。
「おい。そこまでだ、スイ」
リュウがスイの首を掴んで、自分の隣のデスクに座らせる。
「色々上から言ってるが、お前もお前もだからな。獲物の首を刎ねやがって。あんな派手にやっちまったせいで、始末書書かされるハメになったんだぞ。」
「へいへい。わーったよ」
スイはそう言って拗ねると、机の引き出しからラムネを取り出して、口の中に投げ入れた。シロウのキーボードはまた音を鳴らし始める。
「若者は朝早くから元気でいいねぇ。俺みたいなじーさんは、こうして話聞いてるだけで、胃もたれしてくる気がする。」
デスクに足を乗せて座る、50も半ばを過ぎたベテラン、サブロウがぼやく。
「フナサカ、お前さんはどうだ?そろそろジジィの気持ちがわかってきたんじゃないか?」
同じ1班のバディである、フナサカに言葉をかけると、「えぇ。まぁぼちぼち」と、紙媒体の資料に目を通しながら、答えた。
「リュウー。ググとガガは?」
スイが退屈そうにリュウに尋ねた。
「あ?あー、あの二人まだメンテ明けてないんじゃなかったか。多分、今週中にはくると思うけど」
「そっかぁ….」
机に突っ伏して、睡魔の残り香に誘われながら、スイはウトウトし始めていた。
その時、「みんな、おはよう」と爽やかな挨拶が響くと、一人の男がオフィスに入ってきた。赤島祐二。特防のチーフである。彼がデスクにつくと、メンバーは、相変わらず各々の挨拶を交わした。
「よし、早速だけど、ミーティングを始めようか。みんな揃ってる?」
赤島はそう言いながら、オフィスの中を見渡した。
「あれ、マリアちゃんは?」
その名前を追うように、メンバーが部屋を見渡す。しかし、その持ち主はどこにもいなかった。
「また、遅刻かぁ….」
赤島は深いため息を着いて、机上に手をついた時、扉が勢いよく開き、騒がしい足音が入ってきた。
「おはざーす」
ジャラジャラとカバンにつけた大量のキーホルダーを鳴らしながら、赤島の前のデスクに腰を落ち着けた。急いできたように見えるが、にしては呼吸が乱れておらず、化粧もいつも通りバッチリだった。
「マリちゃん。遅刻だよ。どうしたの?」
赤島が聞いた。
「あー、ちょっとコミケの準備で忙しくて。今年は何のコスで出るーみたいな感じで、夜中まで友達と喋り散らかしてたら、アラームつけ忘れて、やべってなって。ってか、この話昨日もしたと思いますけど。」
そう言いながら、マリアの関心はスマホの内カメに映る自分のことに向いている。少し乱れた、暗くしたばかりの髪に櫛を入れている。
「コミケの話は初耳だよ。まぁ、昨日は忙しかったからね。」
「まじか。焼き切れたか」
「一応君は僕の秘書なんだから。もうちょっとさ…まぁいいや。」
赤島は諦めると、机にある資料をいくつかまとめて、「じゃ、会議室に行こうか」と言うと、ガタガタと椅子が動く音があちこちで鳴った。
「キャプテン。今日の会議ってのはあれかい。最近多発する例の狂人病絡みかい?」
立ち上がって腰を伸ばすサブロウが聞いた。
「うん。流石に、上の連中も焦ってるみたい。色々とこれからは忙しくなるかもね。」
「そいつは、じーさんにはきついねぇ…」
そうぼやきながら、他のメンバーに続いて、サブロウは部屋を出ていった。
付録:データ閲覧
[SYSTEM_LOG: OFFICIAL_DOCUMENT_ACCESS]
[ACCESS_TIME: 2026.07.08_01:00:00]
[AUTHORIZATION: LEVEL_3_CLERICAL_CLEARANCE]
[DOCUMENT_ID: 88-TH-2026-V-BASE_OP]
【内部資料:特殊外来種防衛執行班(特防)運用規定および施設概要】
■ 捜査・執行システム(Operational System)
基本運用: 実戦部隊は「班」単位で構成され、原則として2名1組(ツーマンセル)での行動を基本とする。各班には独立した裁量権が与えられており、担当事案に対して独自の判断で「処理」を実行することが認可されている。
統合運用(非常時): 大規模なヴィジター暴走事案、あるいはインクレイヴ(居住区)での組織的な叛乱兆候が確認された場合は、班の垣根を越えた「特防全体での協力・殲滅体制」へ移行する。この際、全指揮権は統括指揮官(赤島祐二)に集約される。
■ 本部施設概要(Facility Overview)
所在地: 東京都千代田区 丸の内・東京駅地下深層セクター(旧防空壕および地下鉄未成線を改修した特A級極秘施設)。一般の都市開発図面には一切記載されていない。
主要設備:
指令オフィス: 各班のデスクおよび情報解析サーバーが集約されたメインエリア。
総合戦術射撃場: 実弾射撃だけでなく、「フラグメント」の出力を測定・訓練するための特殊防壁を備えた訓練施設。
兵装開発・メンテナンスユニット: エージェントの専用武器の調整、および能力行使によって破損した彼らの「身体・記憶のリカバリー(メンテンナンス)」を行う医療・開発複合棟。
特記: 当施設は厚生労働省管轄でありながら、実態は内閣官房直轄の「処刑人の檻」である。エージェントの地上への無許可外出は、生体認証ゲートによって厳重に管理されている。
[SYSTEM_NOTE: 本記録は閲覧後、システム上で自動廃棄されます。これ以上の開示は許可されていません。]
作者の溢れ言
こっからが面白い!