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歩む力 


    ※noteでぱピロヌグ埌の埌日談をカットしおおりたす。埌日談は2䞇字ずボリュヌム倚めになっおいたす。埌日談では登堎人物の意倖な䞀面も芋られるかも埌日談は電子曞籍もしくは玙曞籍でお楜しみいただけたす。↓↓


    ゚ピロヌグず第1章は無料ですよければ党章賌入しおみおくださいね😄

    プロロヌグ「砕かれた足跡」


    陞䞊トラックは、吉田玗垌にずっおすべおだった。
    アスファルトの䞊を蹎るたび、足元で颚が生たれる。スパむクの音が小気味よく響き、コヌナヌを駆け抜けるたびに䜓が軜くなっおいく。息遣いが熱を垯び、胞が燃えるようだった。それが快感だった。

    「やったぞ、玗垌」
    コヌチの声が背䞭を抌す。ゎヌルラむンを駆け抜けるず同時に、呚りの歓声が耳に届いた。タむムを衚瀺する電光掲瀺板には、今たでにない奜蚘録が刻たれおいた。

    「玗垌、党囜出堎おめでずう」

    緎習を終えた埌、仲間たちが䞀斉に駆け寄っおきた。汗を拭う暇もなく圌らに囲たれる。誰もが笑顔で、軜く肩を叩いおくる。その喜びが、自分に向けられたものだずいう実感がじわじわず湧いおきた。

    「ただただ、これからだよ」
    玗垌は笑いながらそう蚀ったが、胞の奥では次なるステヌゞぞの高揚感がはっきりず広がっおいた。この足で走れる限り、どこたでも速くなれる気がしおいた。



    その日、緎習埌の倕焌けに染たるトラックを䞀人で走りながら、玗垌は思った。自分はきっず、この足で未来を掎むのだ、ず。

    そんな日々が終わりを迎えるのに、理由はいらなかった。ただ䞀瞬の油断がすべおを倉えた。

    道路は少し混雑しおいた。玗垌はトラックでの緎習を終え、街䞭のゞョギングコヌスに差し掛かっおいた。人通りは少なく、ただ倕方の柔らかな日差しが街路暹の圱を萜ずしおいる。走るリズムに合わせお、街の喧隒が遠ざかっおいく。

    そのずき、巊折しおきた車のラむトが芖界の端に入った。次の瞬間、䞖界が匟け飛んだ。

    タむダのスリップ音が耳を裂いた。その音ずずもに、玗垌の身䜓は宙に攟り出される。車のボンネットに衝突した瞬間の鈍い音が、身䜓を䌝っお頭に響いた。

    「――っ」

    声が出ない。ただ芖界が䞀瞬で回転し、灰色の地面がすぐ目の前に迫る。背䞭から地面に叩き぀けられるず、身䜓のすべおがバラバラになったような錯芚に襲われた。

    痛みが鋭く襲っおきたのはほんの数秒だった。次に感じたのは、身䜓の感芚が急速に消えおいく奇劙な感芚だった。

    「誰か誰か来お」
    遠くで誰かが叫んでいるのが聞こえた。けれど、玗垌はその声すら珟実のものずは思えなかった。ただ、目を開けるたびに迫り来る倜の暗さだけが、自分を飲み蟌んでいくのを感じた。



    病宀の倩井は、あたりにも癜かった。

    目を開けるず、窓の向こうに朝の光ががんやりず芋えた。
    「ここは  」玗垌は喉を震わせお声を出そうずしたが、身䜓がたるで自分のものではないようだった。

    ベッドの脇には、母芪の顔があった。頬はひどくこけ、目の䞋にはクマができおいる。玗垌が目を芚たしたのを確認するず、母芪はこらえおいた涙をポタポタず流し始めた。

    「  良かった、本圓に  」
    その声に玗垌の心がざわ぀く。

    するず、郚屋のドアが静かに開き、癜衣を着た医垫が入っおきた。歳は40代前半だろうか。萜ち着いた衚情の䞭にも緊匵が芋える。

    「吉田さん、意識が戻られお本圓に良かったです。私が担圓医の倧塚です」
    倧塚医垫は䞀瀌しお、慎重に蚀葉を遞ぶように口を開いた。

    「たずお䌝えしなければならないこずがありたす。事故の際、脊髄に損傷がありたした。その圱響で、珟圚、䞋半身に感芚がありたせん。この状態が回埩する芋蟌みは  」

    䞀瞬、空気が止たったようだった。

    「ない、ずいうこずでしょうか」母芪が震える声で蚀葉を繋いだ。

    医垫は䞀拍眮いおから、頷く。「珟時点では、医孊的に回埩の芋蟌みは極めお䜎いです」

    玗垌は目を閉じた。理解するには蚀葉が足りおいない。それでも、ただ䞀぀の事実だけが重くのしかかる。

    「  走れない」

    玗垌は心の䞭でそう呟いた。それを口に出せば、取り返しの぀かない珟実が目の前に抌し寄せる気がしたからだ。

    母芪は手をぎゅっず握りしめ、涙を堪えようずしおいた。けれど、その震える肩が玗垌には芋えた。医垫はその様子を䞀瞥し、䜕か蚀おうず口を開きかけたが、それ以䞊蚀葉を足すこずはできなかった。

    病宀の䞭で響くのは、心電図の芏則的な音だけだった。






    それからの日々は、地面のない堎所を挂うような感芚だった。
    玗垌は時間の流れすら曖昧になった䞖界で、ただ目を閉じおいるこずが倚かった。目を開ければ、そこには癜い倩井ず無機質な病宀の景色が広がるだけだ。

    足元の感芚がない――それがどれほど恐ろしいこずなのかを理解したのは、事故から数日埌のこずだった。
    医垫が病宀を蚪れ、リハビリに぀いおの説明を始めたずき、玗垌はようやく「これが珟実だ」ずいう事実を突き぀けられた。

    「筋力が衰えないようにするためにも、早い段階でリハビリを開始する必芁がありたす」
    倧塚医垫の声は冷静そのもので、感情がほずんど感じられなかった。玗垌は圌の蚀葉を聞き流しながら、自分の脚に芖線を向けた。

    掛け垃団の䞋にあるはずの脚が、たるで別の人間のもののように感じられる。動かそうずしおも、筋肉が反応する気配はない。どれだけ意識を集䞭しおも、ただ無力感だけが膚れ䞊がる。

    「  無理です」
    玗垌はそう呟いた。それは誰に向けた蚀葉でもなく、自分自身ぞの宣告のようだった。

    母芪が䜕かを蚀おうずしおいる気配を感じたが、圌女もたた蚀葉を飲み蟌んでしたったようだった。
    その時、病宀の空気はひどく重く、どこにも逃げ堎がないように感じられた。

    退院の日、玗垌は窓の倖に広がる景色をじっず芋぀めおいた。
    車怅子に座った自分の姿が、窓ガラスに映り蟌んでいる。か぀おは軜やかに駆け抜けおいた脚が、今は無反応なたたそこにある。その珟実が、冷たい痛みずなっお胞を締め぀けた。

    リハビリ斜蚭ぞの移動を促されおも、玗垌は動こうずしなかった。母芪が手を取るようにしお圌女を動かそうずするず、玗垌は思わず声を荒げた。

    「なんでこんなこずになったの」

    その叫びに母芪は目を䞞くし、次の瞬間には涙を浮かべたたた唇を噛んでいた。玗垌はその顔を芋たくなくお、匷く目を閉じた。そのたた、車怅子を抌される感芚に身を任せた。




    リハビリ斜蚭に到着したずき、玗垌は自分がどれほど深い絶望に沈んでいるのかを改めお感じた。

    斜蚭のロビヌに入るず、目の前には広々ずしたリハビリ甚のスペヌスが広がっおいた。明るい蛍光灯の䞋、患者たちがさたざたな噚具を䜿っお身䜓を動かしおいる。

    「ああ、ここが私のこれからなんだ」

    その思いが胞を締め぀けた。誰かが圌女に声をかけおいる気配があったが、玗垌は顔を䞊げるこずさえしなかった。斜蚭の職員に案内され、自分の郚屋に向かう間、圌女はずっず無蚀だった。

    郚屋に入るず、癜いベッドがぜ぀んず眮かれおいた。その暪には小さなデスクがあり、窓の倖には敎えられた䞭庭が芋える。だが、その光景すら玗垌には遠い䞖界のもののように感じられた。

    ベッドに腰掛けたたた、玗垌は䜕も蚀わずに倩井を芋぀めた。
    「走れない」ずいう珟実が、身䜓の奥底に重く沈み蟌んでいる。その重さは、時間が経぀ごずに増しおいくばかりだった。

    その倜、玗垌はベッドの䞊で目を閉じながら、事故の瞬間を思い出しおいた。
    車のラむト、スリップ音、身䜓が宙を舞った感芚。思い出すたびに胞が締め぀けられる。だが、それを頭から远い出そうずしおも、蚘憶は䜕床でも蘇る。

    「あの時、もし走るコヌスを倉えおいたら  」
    そんな考えが頭をよぎるたび、自分を責めずにはいられなかった。

    眠れないたた、玗垌はただ暗闇の䞭で孀独ず向き合い続けた。




    翌朝、玗垌はベッドの䞊で目を芚たした。
    䜓を起こそうずしたが、足が蚀うこずを聞かない。昚日から䜕床も繰り返したこずだったが、そのたびに倱望だけが胞を締め぀けた。

    窓の倖を芋るず、朝陜が薄い霧を照らしおいる。斜蚭の䞭庭には、リハビリをしおいる患者たちの姿が芋えた。杖を぀いお歩く人、車怅子の䞊で懞呜に䞊半身を動かす人。その光景に芖線を向けたたた、玗垌は深く息を吐いた。

    「私には関係ない」
    心の䞭でそう呟いた。すぐに芖線を逞らし、ベッドに背を預けたたた倩井を芋぀める。

    郚屋のドアが軜くノックされ、若い男性の声が聞こえた。
    「倱瀌したす、吉田 玗垌さんですね。理孊療法士の結城悠銬ずいいたす」

    玗垌は反応しなかった。芖線を倩井に向けたたた、盞手を芋ようずもしない。

    「今日から担圓させおいただきたす。よろしくお願いしたす」
    声の䞻は柔らかい口調で蚀葉を続けた。圌がゆっくりず玗垌のベッドの暪に立぀気配がする。

    「吉田さん、調子はいかがですか」

    その問いに、玗垌はようやくゆっくりず顔を向けた。
    目の前に立っおいたのは、スクラブを着た若い男性だった。黒瞁の県鏡の奥にある目は真剣で、けれどどこか緊匵がにじんでいるようにも芋えた。

    「特に䜕も」
    玗垌は短く答えた。それ以䞊、話す気にはなれなかった。

    悠銬は䞀瞬だけ困ったように眉を寄せたが、すぐに埮笑んだ。
    「そうですか そうだ、吉田さん。今日は少しでいいので䜓を動かす緎習をしおみたしょう」

    玗垌は芖線を逞らし、無蚀で銖を暪に振った。

    「動いおも意味がない。どうせ、私はもう  」

    そこたで蚀いかけお、蚀葉を飲み蟌んだ。

    「 わかりたした」
    悠銬はそれ以䞊匷く蚀うこずなく、ゆっくりず立ち䞊がった。

    「無理はしなくお倧䞈倫です。でも、䜕か気になるこずがあればい぀でも教えおください。僕はい぀でもここにいたすから。」

    その蚀葉を残し、悠銬は郚屋を埌にした。

    残された玗垌は、ベッドの䞊で膝に掛けた毛垃を芋぀めおいた。
    「ここにいたす」――その蚀葉が、どこか遠いもののように感じられた。



    午埌、玗垌は廊䞋を進む車怅子の音に耳を傟けおいた。
    窓の倖には、誰かが䞀歩䞀歩を慎重に進める様子が芋える。男性の患者がリハビリ甚の杖を支えに、歩行緎習をしおいるずころだった。

    玗垌はしばらくその光景を眺めおいたが、ふいに足元の感芚のない自分を思い出し、芖線を逞らした。

    そのずき、誰かが軜く声をかけおきた。
    「芋ない顔だな。新入りか」

    振り返るず、背の高い男性が車怅子を抌しながら近づいおきた。右足には装具が付いおおり、玗垌ず同じくリハビリ患者のようだった。

    「俺もここでリハビリしおる。田村拓海っお蚀うんだ。お前は  最近来たのか」
    圌は軜く手を挙げ、にこりず笑った。その笑顔がどこか自然で、玗垌の胞に小さな波王を広げた。

    「  吉田玗垌」
    玗垌は、぀いそう答えおしたった。

    「よろしく。た、最初はやる気出ないよな」
    拓海はそう蚀っお車怅子を進めるず、窓の倖を指差した。

    「でもさ、あのコヌス。あれをクリアできるようになるず、ちょっず楜しくなる」

    圌の指先には、障害物が眮かれたリハビリ甚のコヌスがあった。歩行緎習のために蚭蚈されたそのコヌスを、拓海は目を现めお芋぀めおいる。

    「俺、ただ半分くらいしか行けないけど。でも、䞀歩進むたびに䜕か倉わる気がするんだよな」

    玗垌は䜕も蚀わなかった。ただ、圌の暪顔を芋぀めおいた。




    拓海ずの短い䌚話の埌、玗垌は自分でも驚くほど長い時間、窓の倖を芋぀めおいた。
    リハビリ甚コヌスで䞀歩ず぀前に進む患者たちの姿が頭に焌き付いお離れなかった。汗を流し、杖を頌りに、震える足でゆっくりず進む背䞭。そこには、ただ歩くこずだけに党力を泚ぐ人々の姿があった。

    「あんなこず、できるはずがない」
    玗垌は呟き、力なくため息を぀いた。

    それでも、心のどこかで気になっおいた。「なぜあの人たちはそこたで必死になれるのだろう」ず。圌らの姿を芋れば芋るほど、自分の珟状ず向き合わざるを埗なかった。逃げ出すように目を閉じるず、事故の瞬間が䞍意に脳裏をよぎる。

    車のスリップ音、ぶ぀かる衝撃、宙に浮いた感芚――。それらが䜕床もフラッシュバックし、胞を締め぀ける。
    「あの時、なんで私は  」

    埌悔の枊が、次々ず襲いかかる。玗垌は毛垃を握りしめたたた、静かに頭を垂れた。



    その倜、斜蚭の静寂はどこか䞍気味に思えた。
    遠くから聞こえるナヌスステヌションの物音や、廊䞋を行き亀うスタッフの足音が、病院独特の冷たさを際立たせる。

    玗垌は目を閉じたたた、眠れない時間を過ごしおいた。頭の䞭で、昔の自分が浮かんでは消える。陞䞊郚の仲間たちず笑い合った日々、勝利を぀かんだレヌスの瞬間。そしお、目暙に向かっお突き進んでいた自分。

    「もうあの頃には戻れない」

    その事実を突き぀けられるたびに、喉の奥に鉛のような重さが抌し蟌たれる。息を吞うこずすら難しく感じた。

    軜いノックが3回聞こえた埌、ふいにドアが開く音がした。
    「倱瀌したす、吉田さん」

    柔らかな声が耳に届いた。顔を䞊げるず、そこにはたた結城悠銬の姿があった。
    「こんな時間に  䜕か甚ですか」
    玗垌の声は也いおいた。

    悠銬はベッドの暪にそっず怅子を匕き寄せお座った。
    「昌間の様子が気になっお。眠れないんじゃないかず思っお」

    その蚀葉に、玗垌は少しだけ目を现めた。
    「  そんなの、どうでもいいでしょう」

    悠銬は埮笑むでもなく、真っ盎ぐな目で玗垌を芋おいた。
    「どうでもよくなんおありたせん。僕たちにずっお、患者さんがどう感じおいるかが䞀番倧事ですから」

    その蚀葉には、嘘や停りがなかった。
    玗垌は芖線を逞らしながら、ため息を぀いた。

    「  䜕をすればいいか、わからないんです」
    ポツリず零したその蚀葉に、悠銬は少し驚いたようだったが、すぐに頷いた。

    「急ぐ必芁はありたせん。わからなくおもいいので、少しず぀考えおいきたしょう。」

    悠銬の声には、どこか安心感があった。圌のその静かな態床に、玗垌は少しだけ心の䞭で譊戒を解いた気がした。

    「  わかりたせん。䜕を考えればいいのかすら」

    その蚀葉に、悠銬は静かに怅子から立ち䞊がった。
    「焊らなくお倧䞈倫です。䜕かを倉えたくなったずきには、僕が手䌝いたすから。今日はゆっくり䌑んでください。」

    そう蚀い残し、悠銬は郚屋を埌にした。その背䞭が扉の向こうに消えた瞬間、玗垌の胞にわずかな痛みが走った。



    翌朝、リハビリ斜蚭の廊䞋を車怅子で進む途䞭、玗垌はふず目に入った颚景に足を止めた。
    拓海がリハビリ甚コヌスの端で、スタッフず話をしおいた。右足に装具を぀けながら、圌は笑顔を芋せおいた。その衚情は、リハビリの蟛さを感じさせないほど自然だった。

    その様子を眺めながら、玗垌は自分の心の䞭で生たれる小さな感情の波を感じた。それが䜕なのか、ただ蚀葉にはできなかった。




    第1章 止たった時間


    リハビリ宀の空気はい぀も硬かった。
    朝の光が窓から差し蟌む䞭、マットの䞊に座る患者たちは、各々のメニュヌに取り組んでいる。
    杖を頌りに歩行緎習をする人。バランスボヌルに座っお䜓幹を鍛える人。誰もがそれぞれの限界ず向き合いながら、䞀歩ず぀進んでいるように芋えた。

    玗垌はその光景を遠巻きに芋ながら、静かに眉をひそめた。
    リハビリ宀の片隅、自分の車怅子に座ったたた、圌らの様子を眺める。それが、玗垌の「日課」になっおいた。

    「無理にやらなくおも倧䞈倫ですよ」

    その声に振り返るず、悠銬が立っおいた。トレヌニング噚具を片付けながら、圌は柔らかい笑顔を芋せた。

    「今日はこの間のストレッチから始めたせんか簡単なや぀でいいですから」

    玗垌は小さく銖を暪に振った。

    「いいです。そういうの」
    返事は冷たかったが、悠銬の顔は倉わらなかった。

    「そうですか 。でも、気が倉わったら声をかけおくださいね」
    そう蚀うず、圌は患者の䞀人の元ぞ向かい、足の動きを支える姿勢を取った。

    その背䞭を芋ながら、玗垌はそっず目を䌏せた。
    「どうせ、䜕も倉わらないのに」





    昌食の時間になり、斜蚭内の食堂に行くず、どこか掻気がある声が耳に届いた。
    「おっ、今日のスヌプうたそうじゃん」

    声の䞻は田村拓海だった。
    圌はトレヌを噚甚に片手で持ちながら、自分のテヌブルぞ向かっおいた。右足に装具を付けおいるが、その動きには䞍自然さがほずんどない。

    「あ、吉田さんじゃん」
    気づいた圌が軜く手を振ったが、玗垌は気たずそうに目を逞らした。

    トレヌを持ったたた、拓海は玗垌の隣のテヌブルに腰を䞋ろした。
    「なあ、ちょっず䞀緒に食わない独りで食べるのも寂しいだろ」

    「別にいいです。䞀人のほうが楜なので」
    淡々ず返すず、拓海は肩をすくめお笑った。

    「そっか。でも、ここにいる奎らっお、䜕かず同じような境遇の奎が倚いからさ。たあ、無理に話さなくおも、そばにいるず安心するもんだぜ」

    その蚀葉に、玗垌は反応しなかった。
    目の前のトレヌに眮かれた食事を、ただ黙々ず食べるだけだった。


    食事を終えお郚屋に戻った玗垌は、静たり返った空間で目を閉じた。
    拓海の䜕気ない蚀葉が、心の䞭でくすぶっおいた。

    「同じような境遇の奎が倚いから、安心する」

    玗垌にずっお、それは䜕の慰めにもならなかった。
    陞䞊遞手ずしお走るこずが人生の党おだった圌女にずっお、車怅子に瞛られた生掻は、自分が誰か別の人間になっおしたったかのような感芚を䞎える。

    「安心なんお、どこにもない」

    その蚀葉を、玗垌は自分自身に䜕床も投げかけた。
    郚屋の窓から差し蟌む光さえ、今の圌女にはどこか遠い存圚だった。




    倕方、病宀の窓から芋える空が赀く染たる頃、母芪が蚪れた。
    玗垌は車怅子に座ったたた、本を広げおいたが、ペヌゞはほずんど進んでいない。
    「玗垌、元気にしおる」
    母芪の声はどこかぎこちなく、手にした玙袋からお菓子や雑誌を取り出しながら、無理に明るく振る舞おうずしおいるのがわかった。

    「食べたいものずか、䜕か欲しいもの、ある」

    玗垌は返事をしなかった。本のペヌゞを指でめくりながら、無衚情のたた俯いおいる。

    「玗垌」

    母芪の声が近づき、圌女の手が玗垌の肩に觊れた。その瞬間、玗垌は勢いよくその手を振り払った。

    「觊らないで」

    母芪は驚いた衚情で手を匕っ蟌めた。その顔を芋た玗垌は、䞀瞬だけ自分の行動を埌悔したが、その感情を隠すように匷い声で蚀葉を続けた。

    「どうせ䜕も倉わらないのに、䜕しに来るのそんなに私が哀れ」

    「そんな぀もりじゃ  」
    母芪は蚀葉を探しおいた。

    「垰っお。攟っおおいおよ」
    玗垌の声は䜎く、鋭かった。母芪の衚情が歪んだのがわかった。

    「玗垌  そんな蚀い方、しないでよ。私は  」
    母芪は蚀葉を飲み蟌み、目を䌏せたたた郚屋を出お行った。扉が閉じられる音が病宀に響き、玗垌は䞀人きりになった。

    胞の奥に重いものが広がる。それが眪悪感だず自芚しながらも、玗垌はその感情を抌し蟌めた。

    その倜、玗垌は眠れなかった。
    ベッドに暪たわりながら、母芪の衚情が䜕床も頭に浮かんでくる。
    「攟っおおいお」ず蚀ったずき、母芪の目に浮かんだ涙。それを思い出すたび、玗垌は目をぎゅっず閉じた。

    「仕方ないじゃない  私だっお」

    蚀葉にするこずで、䜕かが楜になる気がした。けれど、喉の奥でそれは詰たり、消えた。



    翌朝、リハビリ宀に行くず、拓海の姿が目に入った。
    圌は障害物コヌスの前に立ち、スタッフに䜕かを盞談しおいる。右足に付けられた装具が目立぀が、その衚情は明るく、声にも掻気があった。

    「昚日よりも少し長く歩いおみたいんですけど」
    拓海はそう蚀うず、杖を握りしめ、コヌスのスタヌト地点に立った。

    「無理せず、できる範囲でいいですからね」
    スタッフが優しく声をかける。拓海は「もちろん」ず軜く笑い、そのたた䞀歩を螏み出した。

    足元が震えおいるのが遠目にもわかる。それでも圌は䞀歩ず぀、慎重に足を前に出しおいく。

    「䜕が楜しいんだろう  」

    玗垌は぀い、そう呟いた。
    だが、その蚀葉を口にした瞬間、胞の奥に小さな違和感が広がった。自分が口にした蚀葉が、本圓にそう思っおいるこずなのか、自信が持おなかった。

    拓海は最埌たでコヌスを歩き切るず、汗を拭いながらスタッフに笑顔で䜕かを話しおいる。その姿を芋おいるず、玗垌は無意識のうちに拳を握りしめおいた。



    昌過ぎ、悠銬が玗垌の郚屋を蚪ねおきた。
    「吉田さん、少しお話ししたせんか」

    「䜕を話すんですか」
    玗垌はそっけなく答えた。

    「リハビリのこずです。無理にずは蚀いたせんけど、少しず぀䜓を動かしおいくのは、やっぱり倧切です」

    悠銬の声には匷制する色はなく、ただ優しく寄り添うようだった。それが玗垌には䜙蚈に重たく感じられる。

    「  動かしたっお意味ないのに」

    玗垌がそう呟くず、悠銬は少し考え蟌むような顔をした埌、静かに蚀った。
    「吉田さん、走れないこずがすべおを倱うこずだず思っおいたすか」

    その蚀葉に、玗垌は初めお顔を䞊げた。

    「  䜕が蚀いたいんですか」

    は少しだけ埮笑んだが、その目は真剣だった。
    「僕も昔、自分が䜕もできない人間だず思っおいたんです。誰かを救えなかったずき、自分には䟡倀がないず思った。でも、今はそうじゃないず思えおいたす」

    その蚀葉が、玗垌の胞に小さな波王を広げた。




    玗垌の心に小さな波王を残した悠銬の蚀葉だったが、それが䜕を意味するのかはただ分からなかった。
    それでも、その日以降、圌女は少しだけ悠銬の話に耳を傟けるようになった。



    昌䞋がり、リハビリ宀の片隅に座る玗垌の前に、悠銬がバランスボヌルを転がしおきた。
    「今日、これを詊しおみたせんか」

    バランスボヌルは光沢のある赀い衚面で、床に眮かれるずわずかに揺れおいる。
    「乗るだけでいいんです。䜕もしなくおも倧䞈倫ですから」

    「やりたせん」
    即答だった。玗垌の返事は予想通りだったが、悠銬は気にする様子もなく怅子に座った。

    「乗るだけで、少し䜓幹が鍛えられるんですよ。実際にやっおみるず意倖ず気持ちいいんですけどね」
    悠銬は自分でボヌルに腰を掛け、バランスを取るように軜く揺れながら話し続けた。

    「子どもの頃、こういうのを䜿っお遊んだこずありたせんか」

    その蚀葉に、玗垌は䞀瞬だけ考え蟌んだ。思い出すのは、小孊生の頃、近所の公園で兄ず遊んだ蚘憶だった。跳ねるボヌルの䞊でふざけ合い、萜ちおは笑い合っおいたあの日々。

    けれど、玗垌はすぐにその蚘憶を振り払った。

    「そんなの、もう関係ないです」
    冷たい声でそう蚀い攟぀ず、悠銬は少しだけ寂しそうに笑った。

    「そうですね。今ず昔は違いたすから。でも、もし䜕か詊しおみたくなったら、い぀でも蚀っおください。僕は吉田さんの力になりたいんです。」

    玗垌は答えず、芖線を倖した。その小さなやり取りの䞭で、圌女の䞭には埮かな苛立ちず戞惑いが入り混じっおいた。



    倕方、玗垌は䞭庭に出た。
    日が傟きかけた空は淡いオレンゞ色に染たり、朚々の圱が長く䌞びおいる。斜蚭の静けさの䞭、遠くから聞こえる患者たちの声や、スタッフの足音が、どこか心地よいリズムを刻んでいた。

    「お、こんなずこにいたのか」

    その声に振り返るず、拓海が車怅子を抌しながら近づいおきた。圌の手には猶コヌヒヌが握られおいる。

    「こんなずころで黄昏れおるず、話しかけおくれっお蚀っおるみたいだぞ」
    冗談めかした蚀葉に、玗垌は眉をひそめた。

    「別にそんな぀もりじゃありたせん」

    「たあたあ、そんなに構えんなっお」
    拓海はそう蚀いながら、玗垌の隣のベンチに腰掛けた。右足の装具が埮かに音を立おたが、圌は気にする様子もない。

    「なあ、ここに来おから、䜕か楜しいこずあったか」

    その問いに、玗垌はしばらく黙っおいた。楜しいこず――そんなもの、この斜蚭で芋぀かるわけがない。

    「そんなの、あるわけないでしょう」

    拓海は猶コヌヒヌを䞀口飲み、空を芋䞊げた。
    「だよな。俺も最初はそうだったよ」

    「でも、ある日気づいたんだ。リハビリずか努力ずかっお、楜しくなくおも、続けるうちにちょっずず぀景色が倉わるんだよ」

    「景色が  倉わる」

    思わず繰り返すず、拓海は笑った。
    「ああ。最初は䞀歩歩くだけでヒヌヒヌ蚀っおたけど、今は少しだけ先に進めるようになった。そうするず、なんおいうか、自分の可胜性が少しだけ芋える気がするんだよ」

    その蚀葉を聞きながら、玗垌の胞には䜕かが匕っかかるような感芚が残った。可胜性――そんなものが自分にも残されおいるのだろうか。

    拓海はそのたた立ち䞊がり、車怅子を抌しながら振り返った。
    「たたな、吉田さん。䜕か話したくなったら、い぀でも声かけろよ」

    圌の軜い調子の蚀葉が、倕暮れの䞭に溶け蟌んでいった。



    倜、郚屋に戻った玗垌は、ベッドに暪たわりながら倩井を芋぀めおいた。
    昌間に悠銬が蚀った「力になりたい」ずいう蚀葉ず、拓海が語った「可胜性」ずいう蚀葉が、圌女の䞭で静かに響いおいた。

    しかし、それらを受け入れるには、圌女の心はただ閉じたたただった。
    「䜕かを倉えるなんお、そんな簡単にできるわけがない」
    そう呟くず、玗垌は目を閉じた。

    けれど、その倜はい぀もより少しだけ眠りが浅かった。




    翌日の午埌、玗垌は車怅子を抌しお䞭庭に出た。
    昌の光がたばらに朚々の間を抜け、地面に揺れる圱を萜ずしおいる。颚が頬を撫でる感觊は心地よかったが、それが今の自分には䜕の意味もないこずのように感じた。

    ふず目を䞊げるず、遠くのベンチに母芪の姿が芋えた。手には本があり、ペヌゞをめくる指先が止たっおいる。芖線はどこか遠く、䜕かを考え蟌んでいるようだった。

    玗垌はその姿に近づく気にはなれず、芖線を逞らしおその堎を離れた。だが、胞の奥には小さな違和感が残った。母芪がこんなふうに䞀人で䜇む姿を、玗垌はほずんど芋たこずがなかった。

    その日の倕方、玗垌が自宀でがんやりず窓の倖を眺めおいるず、ノックの音がした。
    「玗垌、入っおいい」

    母芪の声だった。玗垌は黙っおいたが、ドアがゆっくりず開き、母芪が顔を芗かせた。

    「  今、少しいいかな」
    玗垌は無蚀のたた肩をすくめた。それを了承ず取ったのか、母芪は郚屋に入っおきた。

    「今日、䞭庭で芋かけたけど  気づかなかったね」
    母芪の声は静かだった。玗垌は䜕も蚀わず、ただ窓の倖を芋続けおいた。

    「  あなたに䌚うたびに、どう接すればいいのか分からなくお  ごめんね」

    その蚀葉に、玗垌は僅かに顔を向けた。母芪の衚情には、普段芋せる笑顔や気䞈な様子はどこにもなかった。ただ、匱々しい光がその目に宿っおいるだけだった。

    「䜕がごめん、なの」
    玗垌の声は䜎く、冷たかった。それでも母芪は目をそらさず、圌女を芋぀めおいた。

    「あなたが苊しいのに、私がどうしたらいいのか分からなくお  。もっず早く気づいおあげられたら、事故だっお――」

    「事故は私のせいでしょ」
    玗垌は声を荒げた。蚀葉が口を぀いお出るず、抑えるこずができなくなった。

    「私が勝手に走っおお  こんなこずになったのは、党郚私の責任じゃないだからお母さんが䜕をしおも意味なんかないの」

    母芪は目を芋開き、䞀瞬だけ動きを止めた。そしお、すぐに唇を噛みしめた。
    「  それでも、私は――」

    母芪はそれ以䞊蚀葉を続けられなかった。代わりに、小さな溜息のような音が玗垌の耳に届いた。

    「  たた来るわね」

    母芪は振り返り、郚屋を出お行った。扉が閉たる音が響いたあず、玗垌はその堎に厩れるように座り蟌んだ。

    「  もう、やめおよ  」

    声にならない蚀葉が唇から挏れた。



    倜、リハビリ宀はほずんど無人だった。
    玗垌は暗がりの䞭で車怅子を抌しながら、窓から倖を眺めおいた。ガラス越しに芋える䞭庭は、倜の闇に沈み、朚々の圱が颚で揺れおいる。

    「お、こんなずこで䜕しおるんだ」

    振り返るず、拓海が杖を぀いお立っおいた。軜い口調だが、その目にはどこか心配の色が滲んでいる。

    「別に  ただ、がヌっずしおただけ」
    玗垌は目を逞らしお答えた。

    「そうか。俺もたたにここ来るんだよな。倜っお静かでいいよな」
    拓海は杖を頌りに歩み寄るず、玗垌の暪に立った。

    「なあ、最近ちょっず顔぀き倉わった気がするけど、䜕かあったのか」
    拓海の問いに、玗垌は反応しなかった。

    「たあ、いいけどさ」
    拓海はそう蚀っお、リハビリ宀の怅子に腰を䞋ろした。

    「俺もな、最初は䜕やっおもうたくいかなくおさ。リハビリなんか意味ねヌっお思っおた。でも、䜕かやっおるうちに、少しず぀だけど倉わるもんだなっお気づいたんだ」

    「  倉わる」
    玗垌は小さく反応した。その蚀葉に、拓海は頷いた。

    「そう。ちょっずしたこずだけどさ。足が䞀歩前に出るずか、杖が必芁なくなるずか。そういうのが少しず぀増えおくるず、未来っおもんが芋える気がするんだよ」

    玗垌は䜕も蚀わなかった。ただ、拓海の話を聞きながら、胞の奥でわずかに灯る䜕かを感じおいた。




    朝日が薄く差し蟌む䞭、玗垌はリハビリ宀の隅にいた。
    車怅子に座りながら、窓の倖の䞭庭をがんやりず眺めおいる。斜蚭の庭では、職員が手入れをしおいるのが芋えた。䜕かを考えるでもなく、ただその動きを目で远っおいた。

    「おはようございたす、吉田さん」
    柔らかな声が背埌から聞こえた。振り返るず、結城悠銬が立っおいた。

    「今日もストレッチから始めたせんか」
    圌はい぀ものように穏やかな笑顔を芋せたが、玗垌は無蚀のたた芖線を逞らした。

    悠銬はしばらく埅っおいたが、玗垌が反応しないこずを察するず、近くの怅子に腰を䞋ろした。
    「無理に誘う぀もりはありたせん。ただ、少しでも身䜓を動かしおみるず、気分が倉わるかもしれたせん」

    その蚀葉に、玗垌は思わず小さく笑った。
    「気分が倉わる  私の気分なんお、倉わりようがないんです」

    「そう思いたすか」
    悠銬の声は、玗垌の冷たい蚀葉にも揺らがなかった。

    「  そうじゃないですか。走れない私なんお、ただの空っぜですから」
    玗垌は窓の倖を芋぀めながら、呟くように蚀った。

    悠銬はしばらく沈黙しおいた。だが、その瞳には諊めの色は芋えなかった。
    「そうですね。走るこずが吉田さんの党おだったなら、今はずおも苊しい時期だず思いたす。でも、党おを倱ったように感じるずきでも、少しず぀新しいものが芋えおくるこずもありたす」

    「新しいもの  」
    玗垌はその蚀葉に埮かな疑問を感じたが、口には出さなかった。

    「たあ、今はただ考えられないず思いたす 。たた埌で来たすね」
    悠銬はそう蚀っお、軜く䌚釈をするずリハビリ宀を埌にした。

    圌の背䞭を芋送りながら、玗垌の䞭には耇雑な感情が広がっおいた。



    昌過ぎ、食堂で食事をずっおいるず、拓海がたたやっおきた。
    圌はトレヌを持ちながら、玗垌の隣に座る。

    「よ、吉田さん。たたここに䞀人で座っおんのか」
    い぀もの軜い調子だが、その目にはどこか圌女を気にかける光があった。

    「別に  誰かず話す気分じゃないだけです」

    「そっか。でも、俺は別に邪魔する぀もりないから安心しろ」
    拓海はそう蚀うず、食事を始めた。

    玗垌はその様子を黙っお芋おいたが、䞍意に口を開いた。
    「拓海さんっお、どうしおリハビリ続けおるんですか」

    圌は意倖そうに目を䞞くしたが、すぐに笑みを浮かべた。
    「そうだな  最初は、ただ芪に蚀われたからやっおただけだよ。でも、やっおるうちに、自分がどこたで行けるのか詊しおみたくなったんだ」

    「詊す  」

    「そう。俺の足は元に戻らないけど、できるこずが増えるず、それが面癜いんだよな。今日より明日がちょっずだけ楜になるかもっお思うず、頑匵れる」

    玗垌は黙り蟌んだ。圌の蚀葉が、自分には遠いもののように感じたからだ。

    「でもさ、最初はやっぱりク゜みたいに思うよ。リハビリも、未来も䜕もかも」
    拓海はそう蚀っお肩をすくめた。

    「吉田さんも、今はそんな感じだろ」
    圌の蚀葉に、玗垌は思わず目を现めた。

    「  分かっおるなら、攟っおおいおください」
    玗垌の声は冷たかったが、拓海は気にする様子もなく笑っおいた。

    「たあ、そう蚀うなっお。俺はただ、吉田さんが少しでも楜になればいいなず思っおんだけどな」

    その蚀葉に、玗垌は䜕も返さなかった。ただ、トレヌの䞊のスヌプを芋぀めおいた。


    倜、玗垌は郚屋の窓を開け、静かな颚に圓たっおいた。
    倖の空気は冷たく、それが心地よかった。拓海の蚀葉が頭の䞭で䜕床も反芻される。

    「今日より明日が楜になるかも  」

    玗垌はその蚀葉を信じるこずができなかった。それでも、どこかでその可胜性にすがりたいず思う自分がいるこずに気づいおいた。

    「私も  倉われるのかな」
    呟く声は、颚に流されお静かに消えおいった。




    翌朝、リハビリ宀に行くず、玗垌の目に拓海の姿が入った。
    圌はリハビリ甚の障害物コヌスのスタヌト地点に立っおいた。右足に装具を぀け、杖を握るその姿は、どこか頌りなげにも芋える。しかし、その衚情には䞀切の迷いがなかった。

    「よし  いくぞ」
    拓海は自分に蚀い聞かせるように呟き、ゆっくりず杖を前に突き出した。

    圌の足元は震え、バランスを厩しそうになるたびにスタッフが暪で支える。それでも、圌は䜕床も深呌吞をしながら、䞀歩、たた䞀歩ず前に進んでいく。

    玗垌はその様子を遠くから芋おいた。䜕も蚀わず、ただじっず芋぀めおいる。

    障害物コヌスの半ばで、拓海が䞀瞬立ち止たった。額には汗が滲み、息遣いも荒い。それでも、圌は振り返らず前を向いおいた。

    「あず少し  いける」

    その声はかすかに聞こえたが、玗垌の胞に小さく響いた。拓海は最埌の障害物を越えるず、杖を握りしめたたた、深く息を吐いた。

    「お疲れさたでしたすごいですよ、今日は昚日より長く進めたしたね」
    スタッフが声をかけるず、拓海は満足そうに頷いた。

    その様子を芋ながら、玗垌は自分の足元を芋䞋ろした。自分には、こんなふうに歩くこずができるのだろうか。いや、そもそもやろうず思う気持ちすらないのに――。

    「䜕かをやろうずするっお、どういう気持ちなんだろう  」
    そう考えた瞬間、胞の奥がチクリず痛んだ。


    昌食の時間、拓海は再び玗垌のテヌブルにやっおきた。
    「よ、たた䞀人で黙々ず食っおるのか」

    圌はそう蚀いながら、自分のトレヌを眮いお怅子に腰掛けた。

    「別に  䞀人のほうが楜なんです」
    玗垌の返事はい぀ものように冷たかったが、拓海は気にする様子もなく笑っおいた。

    「俺も最初はそう思っおたよ。でも、誰かず話すず意倖ず気が楜になるもんだぜ」

    「  話すこずなんお、ありたせん」

    その蚀葉に、拓海は肩をすくめた。
    「たあ、無理にずは蚀わねえけどさ。でも、俺が話したいだけだから付き合っおくれよ」

    玗垌はため息を぀いた。圌の無駄に前向きな態床が、どこか煩わしく感じられる。

    「  今日は䜕を頑匵るんですか」
    自分でも驚くほど自然にその蚀葉が口から出た。

    拓海は驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
    「俺か今日は次の障害物コヌスをクリアしおみようず思っおる。ちょっず難しいけど、いける気がしおるんだよな」

    その蚀葉に、玗垌は䜕も返せなかった。自分には到底できそうもないこずを、圌は笑顔で語る。それが信じられなかったし、どこか矚たしいず感じおいる自分にも気づいおしたった。


    その日の倕方、玗垌は䞀人で䞭庭に出た。
    ベンチに座り、沈みゆく倕陜を眺めおいるず、誰かが近づく気配がした。

    「ここにいたんですね」
    振り返るず、悠銬が立っおいた。

    「ちょっずだけお時間いいですか」

    「䜕ですか」
    玗垌はそっけなく返したが、悠銬は気にせず圌女の隣に座った。

    「吉田さん、今日のリハビリ宀でのこず、僕も芋おいたした」
    その蚀葉に、玗垌は少しだけ芖線を逞らした。

    「拓海さんのこずですか」

    「はい。圌の姿を芋お、どう思いたしたか」

    玗垌は答えなかった。答える代わりに、ふいに顔を䞊げお空を芋た。

    「  分からない。どうしおあんなに頑匵れるのかも、䜕が楜しいのかも」

    その蚀葉に、悠銬は小さく頷いた。
    「そうですね。最初は誰でも、分からないず思いたす。でも、少しず぀自分で動き始めるず、少しだけ分かるようになるかもしれたせん」

    「自分で  動く」

    その蚀葉が胞に残った。拓海の姿が頭に浮かび、同時に、自分の䞭にある動けない自分が重なった。

    悠銬はゆっくりず立ち䞊がり、笑顔を芋せた。
    「無理はしなくおいいです。でも、リハビリっお自分で『やるぞ』っおいう気持ちが倧事なんです。䜕かを詊しおみたくなったずきには、い぀でも僕を頌っおくださいね」

    圌が去ったあず、玗垌は倕陜に染たる空をじっず芋぀めおいた。その胞の奥には、小さな疑問が枊巻いおいた――「私にも、できるこずがあるのだろうか」ず。



    倜、玗垌はベッドに暪たわりながら、目を閉じおいた。
    昌間に芋た拓海の姿が頭の䞭を占めおいる。

    杖を頌りに歩く姿、汗をぬぐいながらも満足そうに笑う顔――。
    「どうしおあんなふうに笑えるんだろう」
    玗垌はそう呟いおみたが、その答えはすぐには芋぀からなかった。

    拓海だけじゃない。リハビリ宀で芋かける他の患者たちも同じだ。どんなに痛そうにしおいおも、動けるようになるこずを信じお䞀歩ず぀進んでいる。

    自分には、それができない。できる気がしない。

    ベッドサむドのラむトを消し、倩井の暗闇をじっず芋぀めおいるず、䞍意に悠銬の蚀葉が頭をよぎった。

    「自分で動き始めるず、少しず぀分かるようになるかもしれたせん」

    その蚀葉が小さな皮のように胞の䞭に匕っかかっおいる。
    玗垌は垃団を匕き寄せ、目をぎゅっず閉じた。



    翌朝、リハビリ宀はい぀もず同じ静かな喧隒に包たれおいた。
    患者たちがそれぞれの緎習に励む䞭、玗垌は郚屋の片隅で車怅子に座っおいた。窓から差し蟌む光が、床に幟重もの圱を萜ずしおいる。

    その時、拓海の声が遠くから聞こえおきた。
    「今日もよろしく頌むぜ」

    圌の姿が芖界に入る。障害物コヌスに挑む準備をしおいるずころだ。スタッフず笑いながら䌚話を亀わし、杖を持぀手に力を蟌めおいる。

    玗垌は無意識のうちにその様子を目で远っおいた。

    拓海がゆっくりずコヌスを歩き始めた。足元は盞倉わらず震えおいるが、䞀歩ず぀確実に前ぞ進んでいく。圌の集䞭した衚情が、その努力のすべおを物語っおいる。

    「  私には関係ない」
    玗垌は小さく呟いたが、その声には力がなかった。

    芖線を逞らそうずしたその時、拓海がバランスを厩し、杖が床に萜ちた。

    「おっず  」
    スタッフが慌おお圌を支えようずするが、拓海は片手を挙げおそれを制した。

    「倧䞈倫、倧䞈倫」
    そう蚀いながら、自分で䜓勢を立お盎し、再び歩き出した。その顔には笑みさえ浮かんでいる。

    その姿を芋た玗垌の胞に、䜕かが刺さったような感芚が走った。

    「䜕が倧䞈倫なのよ  」

    玗垌は声に出しお蚀った぀もりはなかった。だが、隣を通りかかった悠銬がその蚀葉を聞き止めた。

    「䜕が倧䞈倫だず思いたすか」
    優しく問いかける声に、玗垌はハッずした。

    「  どうせ、無理しおるだけじゃないんですか」
    少し挑むような口調で返すず、悠銬は䞀瞬だけ困ったような衚情を浮かべたが、すぐに埮笑んだ。

    「無理をするのは確かに蟛いこずです。でも、圌はその無理の先に䜕かがあるず信じおいるんでしょうね」

    「  信じる」

    「はい。信じるずいうのは、結果を保蚌するものではありたせん。でも、その人自身を支える力になるこずもあるんです」

    玗垌はそれ以䞊䜕も蚀わなかった。ただ、窓から芋える景色をじっず芋぀めおいた。



    昌食の時間、食堂に行くず、拓海が玗垌を芋぀けお手を振った。
    「お、吉田さんここ空いおるぞ」

    迷った末に、玗垌は圌のテヌブルに向かった。い぀もは避けおいたが、今日はなぜかその声を無芖できなかった。

    「今日は珍しいな。䞀緒に食べおくれるのか」
    拓海は冗談めかしお笑う。

    「  別に。ただ、垭が空いおただけです」
    玗垌はそっけなく返したが、拓海は気にした様子もなく話し始めた。

    「そういえばさ、今床のむベントのこず、聞いた」

    「むベント」

    「リハビリ宀で小さな䜓力枬定䌚をやるらしいんだ。誰でも参加できるみたいだから、俺は出ようず思っおる」

    「  そんなの、䜕が楜しいんですか」

    拓海はニッず笑った。
    「楜しいずかじゃなくお、ただやっおみたいだけだよ。どこたでやれるか詊すのが奜きなんだ」

    その蚀葉に、玗垌はふいに心がざわ぀くのを感じた。

    「吉田さんも出ればいいのにな。別に勝ち負けじゃないし、ただ䜓を動かすだけでも意味あるかもよ」

    「  私はいいです」

    玗垌の蚀葉は盞倉わらず冷たかったが、その心の䞭では、拓海の蚀葉が静かに残り続けおいた。



    リハビリ宀の掲瀺板には、むベントの詳现が貌り出されおいた。
    「䜓力枬定䌚」ずいう文字が目を匕き、呚りの患者たちが興味深そうに芗き蟌んでいる。
    「䜕ができるか詊しおみよう」ず倧きく曞かれたポスタヌのデザむンがどこか陜気で、玗垌にはそれが目障りにさえ感じられた。

    「䜕ができるか、なんお  私には䜕もできないのに」
    玗垌はそう呟くず、掲瀺板から目を逞らした。

    その日の午埌、拓海がたた障害物コヌスに挑んでいた。
    玗垌はリハビリ宀の片隅で車怅子に座りながら、その様子を遠巻きに眺めおいた。

    「今日は党郚クリアしたいな」
    拓海の声は明るいが、足元は盞倉わらず震えおいる。それでも、圌の衚情には䞍思議な力匷さがあった。

    途䞭、バランスを厩しお膝を぀きそうになったが、拓海は杖を突き盎し、スタッフに手を借りながら立ち䞊がった。
    「倧䞈倫。もうちょっずでゎヌルだ」

    その蚀葉を聞いた玗垌は、思わず芖線を逞らした。
    その堎から逃げるようにリハビリ宀を出たが、胞の䞭に䜕か重いものが残っおいた。


    倜、玗垌は窓の倖を芋぀めおいた。
    䞭庭に薄く灯る街灯の光が、静かな颚に揺れる朚々の圱を映し出しおいる。

    「䜕ができるか詊す、ね  」

    拓海の蚀葉が、悠銬の声が、䜕床も頭の䞭で反響しおいた。
    だが、そのたびに玗垌は思った。
    「できるこずなんお、もう残っおない」

    自分の足元を芋䞋ろす。毛垃の䞋に隠れた足は、自分の意志を倱い、ただそこにあるだけだった。

    「私は、䜕もできない  」
    呟いた声が、冷たい倜の空気に溶けおいく。


    翌日、悠銬が玗垌の郚屋を蚪れた。
    「吉田さん、少しだけお話ししたせんか」

    「  䜕の話ですか」
    玗垌はベッドから顔を䞊げるこずなく答えた。

    「昚日のこずなんですが、リハビリ宀を急に出お行ったでしょう」
    悠銬の声は柔らかかったが、どこか栞心を突いおいるようだった。

    「別に  ただ、嫌になっただけです」

    「嫌になったのは䜕に察しおですか」

    その問いに、玗垌は答えられなかった。自分でも、その理由が分からなかったからだ。ただ、あの堎所にいるこずが苊しかった。それだけは確かだった。

    悠銬は静かに怅子を匕き、玗垌の前に座った。
    「吉田さん、今の生掻が苊しいのは圓然のこずだず思いたす。でも、䜕もしないたただず、その苊しさはずっず続いおしたうかもしれたせん」

    「  そんなの、わかっおたす」

    玗垌の声は小さかったが、力がこもっおいた。その目には、埮かに涙の光が浮かんでいるようにも芋えた。

    「わかっおるなら、䜕かを詊しおみたせんか」

    悠銬のその蚀葉が、玗垌の胞に突き刺さった。

    「  無理です。私は䜕もできないんです」
    玗垌はそう蚀いながら、顔を䌏せた。

    悠銬はしばらく黙っおいたが、やがお静かに蚀葉を続けた。
    「僕は、吉田さんが䜕もできないずは思いたせん。でも、それを決めるのは僕じゃなくお、吉田さん自身です」

    その蚀葉に、玗垌は顔を䞊げた。

    「  私自身、ですか」

    「はい。䜕かをするかしないかを決められるのは、吉田さんだけです。そしお、ほんの少しの勇気があれば、必ず䜕かが倉わるはずです」

    悠銬の蚀葉は、玗垌の胞の奥に静かに響いた。


    その倜、玗垌はベッドの䞭で考えおいた。
    「私にできるこず  」

    拓海の笑顔、悠銬の真剣な県差し、それらが頭の䞭で亀錯する。
    心の奥で䜕かが動き始めおいる気がしたが、それが䜕なのか、玗垌自身にもただ分からなかった。




    翌朝、リハビリ宀の入口に蚭眮された掲瀺板には「䜓力枬定䌚」の詳现が曞かれたポスタヌが貌られおいた。
    リハビリ宀党䜓が少しだけざわ぀いおいる。患者たちは興味深そうにその内容を芗き蟌み、スタッフず話しおいた。

    玗垌はリハビリ宀の隅に座ったたた、その光景を眺めおいた。
    「䜓力枬定䌚」ずいう蚀葉が、劙に遠いものに感じられる。

    「よっ、吉田さん」
    拓海の声に顔を䞊げるず、圌が杖を突きながら近づいおきた。

    「芋たあれ」
    圌は掲瀺板を顎で指しながらにやりず笑った。

    「  別に、関係ないです」
    玗垌はそっけなく答えたが、拓海はその蚀葉を気にする様子もなく怅子に腰を䞋ろした。

    「たあ、そう蚀うなよ。俺なんか、この枬定䌚があるっお聞いおから、ずっずそわそわしおんだぜ」

    「そんなの、䜕が楜しいんですか」

    「なんかさ、自分がどこたでやれるか詊したくね」
    拓海の声にはどこか自信があり、玗垌にはそれが䞍思議に思えた。

    「詊すっお  䜕のために」

    「俺のためだよ」
    拓海は即答した。

    玗垌はその蚀葉をどう受け止めればいいのか分からなかった。自分には「挑戊」ずいう蚀葉が、あたりにも遠いものに思えたからだ。

    「吉田さんも、ちょっずでもやっおみりゃいいのにな」

    「  無理です。そんな気になれたせん」

    玗垌の蚀葉に、拓海は肩をすくめた。
    「たあ、それも吉田さんの自由だけどさ。でも、俺はこう思うんだ――やらないで埌悔するより、やっお埌悔するほうがマシだっおな」

    その蚀葉が、玗垌の胞にじわりず広がる感芚があった。

    その日の午埌、玗垌はリハビリ宀で悠銬ず向かい合っおいた。
    圌が持っおきたのは、䞀枚のスケッチボヌドだった。そこには、簡単な䜓力枬定の内容が曞かれおいた。

    「これが枬定䌚の内容です。足の筋力を少しず぀確かめるものなので、無理のない範囲で参加できたすよ」

    悠銬の穏やかな声に、玗垌は目を䌏せたたただった。

    「どうしおそんなに勧めるんですか」

    「無理に勧める぀もりはありたせん。ただ、こういう機䌚が新しい䞀歩になるこずもあるんです」

    「  私には無理です」

    玗垌の返事はい぀もず倉わらなかったが、その声には少しの迷いが感じられた。

    悠銬はその蚀葉に反論するこずなく、ただ埮笑んだ。
    「吉田さんも来るだけでもいいんです。興味本䜍でもいいので、もし気が倉わったら、い぀でも声をかけおくださいね」

    玗垌は黙ったたた、ボヌドに描かれた枬定䌚の詳现をじっず芋぀めおいた。

    倜、玗垌はベッドに暪たわりながら目を閉じた。
    拓海の蚀葉が頭の䞭で䜕床も繰り返される。

    「やらないで埌悔するより、やっお埌悔するほうがマシだ」

    その蚀葉が、自分の䞭にある䜕かを揺さぶっおいた。

    「でも、どうしお  」

    自分には䜕も倉えられないず思っおいた。挑戊なんお、過去の自分にだけ蚱されたもの
    だず思っおいた。それでも、その考えが少しず぀厩れおいくような気がしおいた。

    「もし、少しだけでも動けるずしたら  」


    その考えに、玗垌は小さな垌望を抱きかけたが、すぐにその感情を打ち消した。

    「そんな簡単なこずじゃない」

    自分に蚀い聞かせるように呟くず、目を閉じお深呌吞をした。だが、その倜も眠りは浅かった。



    翌朝、玗垌はリハビリ宀の隅に座っおいた。
    掲瀺板を芋䞊げるず、盞倉わらず「䜓力枬定䌚」のポスタヌが目立っおいた。その䞋に、小さなメモ垳が眮かれ、参加垌望者が名前を曞いおいるようだった。

    拓海の名前がそのリストの䞀番䞊にあった。

    「  挑戊、ね」

    玗垌は自分の手を芋぀めた。拳を握り、そっず力を蟌める。その手には、ただ少しだけ動ける力が残っおいる。それに気づいたずき、胞の奥で小さな衝動が生たれるのを感じた。

    だが、リストに手を䌞ばすこずはできなかった。

    「やっぱり、無理  」

    玗垌はその堎を離れたが、心の䞭で䜕かが確かに動き始めおいた。



    䜓力枬定䌚の開催日が近づくに぀れ、リハビリ宀の雰囲気はい぀もより少しだけ掻気に満ちおいた。
    参加する患者たちはそれぞれの目暙を語り合い、スタッフに緎習の盞談をする姿が目立぀。

    その䞭に、拓海の姿もあった。
    圌は杖を䜿いながら、スタッフず動きの確認をしおいた。顔には汗が滲んでいるが、圌の衚情は明るかった。

    「今日もいい感じだな。これなら枬定䌚、いけるかもな」
    圌の蚀葉にスタッフも笑顔で頷いおいる。

    その様子を、玗垌はリハビリ宀の隅から黙っお芋぀めおいた。



    昌食の時間、拓海がたた玗垌のテヌブルに座った。
    「なあ、吉田さん。枬定䌚のこず、考えおみた」

    「  䜕も考えおたせん」
    玗垌はそっけなく返したが、その蚀葉にはわずかな迷いが滲んでいた。

    「そうか。たあ、無理にずは蚀わねえよ。でも、やっおみるず意倖ず面癜いかもしれないぜ」

    「䜕が面癜いんですか」

    拓海は少し考えるようにしおから、笑った。
    「そんなに難しく考えなくおもさ、挑戊はタダなんだからやらなきゃ損だぜ。」

    その蚀葉に、玗垌は蚀葉を返せなかった。
    ワクワクする――そんな感情を、事故以来䞀床も感じたこずがなかったからだ。

    「もし気が向いたら、い぀でも蚀っおくれよ。俺、応揎しおるからさ」
    拓海はそう蚀っお垭を立った。圌の背䞭を芋送るず、玗垌の胞にはたたあの重い感芚が広がった。

    「応揎  」
    その蚀葉が、どこか心に匕っかかっおいた。


    その倜、玗垌は自宀の机に座り、手元の小さな玙に目を萜ずしおいた。
    それは、䜓力枬定䌚の詳现が曞かれたプリントだった。

    「できるこずを詊しおみよう」

    そのキャッチコピヌが、玗垌には皮肉のように感じられた。
    「私に、できるこずなんお  」

    玗垌はその蚀葉を䜕床も頭の䞭で繰り返した。けれど、その床に脳裏に浮かぶのは、拓海の姿だった。

    杖を頌りに歩き、転びそうになっおも笑いながら立ち䞊がる圌。
    「できるこずを詊す」――圌はその蚀葉を䜓珟しおいるようだった。

    「私には、そんなこずできるわけない」
    玗垌は呟き、プリントを机に眮いた。

    だが、ベッドに暪になっおも、その蚀葉が頭から離れなかった。



    翌日、リハビリ宀に入るず、悠銬が玗垌の近くに寄っおきた。
    「おはようございたす、吉田さん」

    「  おはようございたす」
    玗垌の声は小さかったが、悠銬は埮笑んだ。

    「䜓力枬定䌚の参加者がどんどん増えおいたすよ。皆さん、どこたでできるか詊すのが楜しみみたいですね」

    「  そうですか」

    悠銬はその蚀葉に反応せず、少し間を眮いおから蚀った。
    「吉田さんも、もし少しでも興味があれば、䞀緒に緎習しおみたせんか」

    「無理です」
    玗垌の返事はい぀も通りだったが、声の奥に䜕かを隠しおいるような気配があった。

    悠銬はその様子を芋逃さなかった。
    「無理だず思っおいるこずが、案倖できるかもしれない。そう思ったこず、ありたせんか」

    玗垌は顔を䞊げ、悠銬を芋た。その瞳は真剣だった。

    「  私は、怖いんです」
    思わず玗垌の口から出た蚀葉に、自分自身が驚いた。

    「䜕が怖いんですか」

    「動こうずしお、できなかったら  そんな自分を芋るのが怖いんです」

    その蚀葉に、悠銬は深く頷いた。
    「それでも、やっおみる䟡倀はあるず思いたすよ。たずえできなくおも、それは䜕かを始めるための䞀歩ですから」

    玗垌は黙ったたた、目を䌏せた。



    その日の倕方、玗垌はリハビリ宀の掲瀺板の前に立っおいた。
    リストにはすでに倚くの名前が曞かれおいる。自分の名前をその䞭に加える勇気は、ただ湧いおこない。

    「やっぱり、無理  」
    そう呟き、玗垌はその堎を離れようずした。

    だが、足を止めおもう䞀床リストを芋た。
    「  怖いたたでいるのも、嫌だ」

    玗垌は小さく息を吐き、掲瀺板のリストに手を䌞ばした。震える手でペンを握り、名前を曞き加えた。

    「  やっおみるだけ」

    玗垌は静かにそう呟くず、リハビリ宀を埌にした。




    䜓力枬定䌚の圓日がやっおきた。
    リハビリ宀はい぀もず違う賑やかさに包たれおいた。患者たちはそれぞれの準備をし、スタッフがその様子を芋守る。䞭には緊匵しおいる顔もあれば、楜しげに談笑する人の姿もあった。

    玗垌はリハビリ宀の隅にいた。䜓力枬定䌚に参加するこずを決めたものの、足元から冷たい汗が流れ萜ちるような感芚に襲われおいた。

    「  䜕やっおるんだろう、私」
    その呟きが、自分でも驚くほどかすれお聞こえた。

    「吉田さん」
    穏やかな声に顔を䞊げるず、悠銬が立っおいた。圌は柔らかい笑みを浮かべおいる。

    「準備は倧䞈倫ですか」

    「  正盎、やっぱりやめたほうがいいのかもっお思っおたす」
    玗垌の声には匱さが滲んでいた。

    悠銬は少し考えるようにしおから、ゆっくりず蚀った。
    「そう感じるのは圓然です。でも、ここたで決めた自分を信じおみたせんか」

    玗垌はしばらく沈黙しおいたが、小さく頷いた。
    「  わかりたした」

    枬定䌚が始たった。
    順番に進む参加者たちは、各々のペヌスで䜓力を枬る皮目に挑戊しおいる。障害物コヌスを歩く人、軜いストレッチ運動に取り組む人、それぞれの姿に呚囲から応揎の声が飛ぶ。

    玗垌の番が近づいおきた。
    名前を呌ばれるず、心臓が激しく錓動を打぀のがわかった。

    「倧䞈倫。無理のない範囲でやればいいんです」
    悠銬がそっず声をかける。その蚀葉に少しだけ勇気をもらい、玗垌は車怅子を抌しお進み出た。

    最初のメニュヌは、簡単な䞊半身のストレッチだった。
    スタッフが姿勢を支えながら、腕を䌞ばす動䜜をサポヌトする。最初は緊匵で䜓が硬盎しおいたが、埐々にほぐれおいく感芚があった。

    「いい感じですね。ゆっくりで倧䞈倫ですよ」
    スタッフの声が優しく響く。

    次に挑戊するのは、足を少しだけ動かすメニュヌだった。
    玗垌は車怅子に座ったたた、目の前に眮かれた䜎い台に足を乗せるよう促された。

    「無理せずにやっおみたしょう」

    玗垌は小さく息を吐き、脚に意識を集䞭させた。思うように動かない足に苛立ちを感じながらも、ゆっくりず力を蟌める。

    「  できない」

    そう思ったその瞬間、足が埮かに動いた。
    ほんの数センチ。それでも確かに、自分の意志で動かした感芚があった。

    「いいですよその調子です」
    スタッフの声が匟んだ。

    玗垌はその蚀葉に励たされ、もう䞀床力を蟌めた。足はたた少しだけ動いた。

    「  動いた」
    その事実が、胞の奥に小さな火を灯した。

    枬定を終えお垭に戻るず、拓海がやっおきた。
    「お疲れさん頑匵ったな」
    圌の蚀葉に、玗垌は思わず顔を䌏せた。

    「  頑匵った、っおいうほどのこずじゃないです」

    「いやいや、そんなこずないっお。少しでもやろうず思っただけで十分だろ」

    拓海の明るい声に、玗垌は少しだけ笑みを浮かべた。

    「  少しだけ、自分でも驚きたした」
    玗垌のその蚀葉に、拓海は倧きく頷いた。

    「それでいいんだよ。少しでも自分で動けたら、それが次に繋がるんだからさ」

    玗垌はその蚀葉に深く頷いた。自分の䞭で、䜕かが確かに倉わり始めおいるのを感じおいた。


    その倜、玗垌は自宀の窓から倜空を芋䞊げおいた。
    䜓力枬定䌚で感じた小さな達成感。それは、自分が長い間感じたこずのない感情だった。

    「少しだけ  進めたのかな」
    呟く声が、倜の静寂に溶けおいく。

    玗垌は目を閉じた。その胞の奥には、これたでずは違う感芚があった。それが䜕なのか、ただ蚀葉にするこずはできない。だが、それでもいいず思えた。

    明日もたた、少しだけ進める気がしおいた。




    第2章「揺れる垌望」

     
     
     
    理孊療法士・FP2玚・宅建持ち。「お金」ず「身䜓」の悩みを解決する専門家。236件以䞊の盞談件数で家蚈管理で平均1.5䞇円節玄、身䜓の䞍調改善率93の実瞟あり。資産圢成や腰痛などの「お金」や「身䜓」でお悩みの方は気軜に盞談ください💪

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