ムーミンの登場人物㉓ティーティ・ウー|名前がついた瞬間、世界が変わる
今回は、ティーティ・ウーについて書いてみたいと思います。
ティーティ・ウーは、小説「ムーミン谷の仲間たち」に収められている短編「春の調べ」に登場する“はい虫”です。彼はとても小さく、そしてスナフキンに憧れています。
もともと、ティーティ・ウーには名前がありませんでした。けれど、崇拝していたスナフキンに名前をつけてもらうことで、一個人として新たな人生を歩き始めます。
ムーミンの物語では、「名前」がしばしば重要な意味を持っています。
私にもサクラミルという名前があるし、本名もあります。部屋を見渡せば、ほとんどのものに名前がついています。
では、名前とはいったい何なのでしょう。
ぼんやり存在していたものが、名前を与えられた瞬間、急に輪郭を持ちはじめる。
立体的になり、「それ」として世界に現れる。
名前には、ときに現実の見え方さえ変えてしまう力があります。
一方で、小さな生き物であるティーティ・ウーは、世界に存在していても名前を持っていません。
名前がなくなると、いったいどんな感じがするんでしょうね。
ちょっと想像がつかないのですが、それはそれで、とても素敵なことのようにも思えます。
すべてに名前をつけてしまうと、私たちはどうしても思考で世界を扱い始めます。
分類し、理解し、頭の中で組み立ててしまう。
もし、名前のない世界で生きていたら、世界はもっと感性のままに触れられるのかもしれません。
境界のない、すべてがゆるやかにつながった、カオスのような世界。
そこでは多分、感覚だけが頼りです。
そんな生き方も、ちょっと試してみたい気がします。
でも、名前をもらったティーティ・ウーを見ていると、やはり一個人として自分の人格を持ち、世界に存在できるということは、かけがえのないことのように思えてきます。
お話の中で、彼はこんなことを言っています。
「ところがいまは、ぼく、一個の人格なんです。だから、できごとはすべて、なにかの意味をもつんです。だって、それはだれかにおこるんじゃなくて、ぼく、ティーティ・ウーにおこるんですからね。そして、ティーティ・ウーであるぼくが、それについてあれこれと考えるわけですからね。」
自分という自覚を持つことは、時に面倒なこともあります。
悩んだり、立ちどまったり、悲しんだりもする。
それでも、自分という輪郭を持って生きることには、きっと特別な意味があるのでしょう。
私自身、普段は全然意識もしてないし、ダラダラと生きていますが(笑)ティーティ・ウーのことばのように、一個の人格を感じながら、精一杯生きていくのもいいな、と思います。
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このシリーズは、私自身がムーミンの登場人物の一人として物語の中に入り込み、長い時間をともに過ごした友人たちを見つめるような気持ちで書いています。
気になるキャラクターから、自由にのぞいてみてくださいね。
