
【第6話】人生の答えを探しに、ぼっち大学生が1人で挑んだオーストラリア。
古久保汐佳(ふるくぼしおか)、当時18歳。
暗黒の高校生活を終え、
第一志望の大学にまで落ちた私は
「もう人生終わった」
と本気で思っていた。
入学の日、私の心は真っ暗だった。
ここにいても、私は負け組。
希望通りの人生はもう歩めない。
この大学から出ていけない。
自分の居場所なんて見つからない。
そんな気持ちでいっぱいだった。
自信なんてかけらもない。
何も持っていなかったから、
「せめて普通の大学生でいよう」と必死だった。
しかし、
表舞台にしかいなかった私には
当時の名残が消えず、後遺症が残っていた。
課題提出や授業出席といった
みんなができる“普通のこと”が
全然できなかった。
みんなが当たり前にできることが
なぜか私にはできない。
その度に自分の社会不適応さを感じて、
欠けているものを埋めるように
毎日を過ごしていた。
パンクした車を無理やり走らせている、
そんな気分だった。
それでも友達と話していると、
胸の奥に違和感があった。
なんで私、
こんなところでうずくまってるんだろう。
なんで足止め食らってるんだろう。
本当は、ここじゃない気がしてた。
そして自分にほとほと嫌気がさした。
そんな私の大きな転換期は、
大学3年生の秋。
誰にも相談せず唐突に決めたことがあった。
しおからしい、とみんなに笑われた。
それは1年間休学して
オーストラリアへワーキングホリデーに
飛び出したことだった。
日本じゃないなら、海外に出ればいいい。
海外で働き、挑戦し、泣いて、もがいて。
周りを見れば私は
「何者なんだろう」
と自分の存在に迷い続けた。
みんなと話せるけど、どこかで“ここじゃない”という孤独が消えなかった。
大学の友達関係も決して華やかではなかった。
大学1年生の冬には母と大喧嘩をして
「もう一緒には住めない」とお互いに決断をした。
傷つけ合いたいわけじゃないのに
傷をつけてしまった事実に
心が荒れ果て、
家に帰りたくなくて、
毎日誰かとご飯に行っていた。
泣きながら親友に話を聞いてもらった夜も
たくさんあった。
そんな日々の中で
情けない私が力を振り絞って夢を見たいと願い
オーストラリア行きを決めた瞬間だった。
ーーこのままじゃダメだ。行動しなきゃ。動かなきゃ。
強くならなきゃ。
自分を奮い立たせて、
日本じゃなく海外に行こうと決めた。
高校でも大学でも
“音楽や芸能事をやっていた過去”を隠していた。
ちゃんとした結果を出せなかったことに
後ろめたさでいっぱいだった。
誰にも話さなかった。でも本当は
「私、まだやれるはずなのに」
って心の奥で叫んでた。
大学生活で気づいたこと。
「私って、意外と普通の女の子だな」
派手でぶっ飛んでるわけでも、
性格が特段悪いわけでもない。
強がりで、
不器用で、
一途で、
真面目で。
そんな素朴で普通な自分に気づいた。
何を失ったのか。
失いすぎて正直全てを思い出すことはできない。
でも得たものは
「虚無な自分を見つめ続けた時間」だった。
親と離れ、
初めて大切な人ができ、
お酒を飲んで、
寂しさを埋めようとして、
でも自分の力で生きていきたいと願った日々。
もしあの頃の私に声をかけるなら、
こう言いたい。
"過去の痛みも苦しみも悲しみも
全部そのまま受け入れてあげて。"
オーストラリアでは、
会社を立ち上げようと動いた。
名刺作り、メンバー集め、スポンサー、SNS。
でもたった1つの大きな裏切りから
誰も信用できなくなり、
一歩も外に出られない日々が1ヶ月続いた。
やっぱり、じぶんしかいない。
鏡に向かって毎日崩れそうになりながら
私は一体何者で、何がしたいのか
と泣きながら自問自答し続けた。
でも最後は、外に出た。
自分を奮い立たせた。
ライブもやった。
バンドも組んだ。
夜のバーでも歌った。
「やっぱり私は、歌うことをやめられない。」
そうして私は今も、
あの頃の自分に繋がりながら歩いている。