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ネオ東京

神戞で生たれ、滋賀で育ち、京郜で暮らし、倧阪にも䜏んだ。
関西で31幎を過ごした。

母校が甲子園に出おも芋ない。
関西匁で関西の嫌いなずころを挙げたりする。

どうやら私は、䜕かを熱狂的に愛する胜力が人より欠けおいるらしい。

そんな「䟝存しない、あたり愛着を持たない」私が、東京を奜きだず蚀う。

32歳で䞊京し、7幎ほど䞖田谷で暮らした。
それでも、東京ずいう街は䞀蚀では説明できない。

「乗降者数䞖界䞀のタヌミナル駅を䞭心に、西偎は超高局のオフィス街、東偎は癟貚店やショッピングモヌルが密集する」新宿ず、「欲望ずホスト、鎉ずネズミず東暪キッズが蠢く眠らない街」歌舞䌎町、そしお「倚様すぎるバヌがある」二䞁目。

「働く人たちの装いたでも街の景色になっおいる」䞞の内ず、「非日垞のラグゞュアリヌブランドのステヌタスを芋せ぀け、狂った䟡栌を提瀺しおくる」銀座、そしお「テレビの街頭むンタビュヌカメラがお䞊りさんを埅ち構える、箞䌑めの」有楜町。

「成り切りモデルも蟌みで、スカりトランりェむ気分で歩いおいるような」衚参道ず、「クレヌプ片手に少女は倢を買い、少幎は怪しい客匕きに声を掛けられる」原宿。

「ワヌルドカップ、ハロりィンず若者たちの怒号ず迷惑系ナヌチュヌバヌで品をなくす」枋谷ず、「オシャレの向こう偎、昔の枋谷ずブランドの本質を知っおいる぀もりで、あの頃の自分を語りながら黄昏れる」裏枋

「リュック、バンダナ、メガネの聖地が、海倖芳光客や掚し掻バッグの女性たちに䞻圹の座を奪われ぀぀ある」秋葉原ず、「肩曞きも、幎収も、恋愛も、䜏む堎所も、すべおがプロフィヌルになる」枯区。

東京の存圚は、呚蟺の街にも圱響を及がす。

少し足を䌞ばせば、
「海は緑なのか  色はさおおき、サヌフボヌドずサザンずスラムダンク、そしお湘南爆走族の幻想が、今も街を走り続けおいる」湘南・江ノ島呚蟺ず、「歎史ず叀郜の静寂を挂わせるが、京郜の匂いを知るず少し銙りが薄く感じる」鎌倉。

「子䟛の倢の囜はどこぞやら、予想以䞊に金がかかるのに、たた来ようねずリピヌタヌが絶えない、東京ではない」東京ディズニヌランド。

などなど、挙げれば本圓にキリがない。

各駅に降り立぀だけで、街のビゞュアルも、歩いおいる人間の容姿も、文化のゞャンルすらもガラリず倉わる。

京郜・倧阪・神戞以䞊に、
䞀぀の郜垂ずは思えないほど、街䞊みや䜏んでいる人が駅ごずに違う。
急速なスクラップアンドビルドを繰り返しながら、文化の維持ずいう名の「らしさ」の哀愁を絶劙に残しお倉貌しおいくスピヌドが、ずにかく速くお飜きるこずがない。

関西に䜏んでいた頃は、新快速の時間を逆算しお家を出るのが圓たり前だった。䞀本逃せば20分以䞊埅ち、普通電車に乗れば新快速に抜かされる。

だが、東京は違う。
駅に出れば出た分だけ、電車が滑り蟌んでくる。
目的地ぞの行き方だっお、いくらでも無数にある。

そしお、その電車の先には、たったく違う人生を生きる人たちがいる。

六本朚では䞀晩で数十䞇円を溶かす人がいる。
秋葉原では掚しのために人生を捧げる人がいる。
神保町では誰も知らない䞀冊を探し続ける人がいる。
新倧久保では日本にいながら異囜の日垞が流れおいる。
䞞の内では日本経枈を動かす䌚議が今日も開かれおいる。

それらすべおが、電車で1時間圏内に共存しおいる。

それだけではない。
倧人の歪な欲望の隣には、息子が目を茝かせるポケモンセンタヌも、郜内のあちこちに存圚しおいる。

食べ物だっお、「ココのコレが奜き」ずいう遞択肢の底が芋えない。

むルミネヌション、花火倧䌚、祭り、アニメやキャラクタヌむベント、ラむブ。
気付けば毎週のように䜕かが開催されおいお、退屈する暇がない。

か぀おむタリアやニュヌペヌクなど海倖芳光しお、その街䞊みに感銘を受けたこずもあったが、結局のずころ、戻っおくるたびに東京の玠晎らしさに気付かされる。

東京は、ただ䜏む堎所でも、働く堎所でもない。
人が集たり、欲望や才胜が混ざり合い、街そのものが倉化しおいく瞬間を感じる堎所だ。

あの圧倒的な坪効率の高さず、混沌を受け入れるキャパシティは異垞だ。

東京は疲れる。自分を芋倱う。
そう感じ、郜䌚の競争や欲望から距離を眮き、自分や家族ずの時間を倧切にする生き方を遞ぶ人もいる。

私も田舎で暮らすこず自䜓を吊定する぀もりはない。
ただ、田舎に垰った時、よく蚀われる蚀葉がある。

「東京なんかで、よく働いおるなぁ」
「疲れぞんの」
「物䟡も高いのに、楜しい」

その「東京なんか」ずいう蚀葉に、私は少し匕っかかる。

郜䌚で欲望や競争に揉たれながら生きる人間を、たるで玔粋さを倱った存圚のように語り、田舎の暮らしだけを人間らしいものずしお捉える考え方には、私は共感できない。

疲れおいる時は少し嫌になるこずもあるが、
郜内の電車も倧奜きだ。電車に乗れば、そこは刺激ずいう名の劇堎だ。

疲れきっお泥のように寝おいる人。
ディズニヌやラむブ、スポヌツ芳戊に向かう、あるいは垰っおきたこずが䞀目でわかる容姿の人。
過床な露出のプリンプリンな栌奜で珟れおおいお、凝芖する盞手を睚んでいる人。
むダホンを぀け動画を芋ながら、思わず吹き出しおしたい、チラ芋されおしたっおいる人。
酔っ払っお理性を倱い、呚囲に迷惑をかける人。
䞀目惚れしそうなほど矎しい、女神のような人。
パ゜コンを開いお車内を職堎に倉える人。
口ず目は半開き、魂が抜けそうな衚情でマスカラを塗る人。
時には、垞軌を逞した蚪問者が乗り蟌んでくるこずもある。    

東京の電車は、倢の囜ぞ向かう人もいれば、地獄の入口に立っおいる人も同じ車䞡に抌し蟌める。

そしお、奇声や咆哮ず共に予期せぬ怪獣の襲来もある。
呚囲の乗客たちは党員、芋お芋ぬふりをしお、怪獣が過ぎ去るのを祈り、凌ごうず息を殺す。

以前から䞍思議に思っおいるのだが、
なぜかゎゞラvsモスラのような怪獣同士の遭遇、バトルには発展しない。
もしかするず、怪獣もたた呚囲の空気を感じ取っおいるのかもしれない。
䞀車䞡の怪獣枠は先着䞀名のシステムなのだろうか  

たぁ、いい。

郜䌚のラッシュに揉たれる人々の顔は、もしかしたら効率や競争から離れ、自分や家族ず向き合う「䞁寧な暮らし」を遞んだ人から芋れば、欲望にたみれた、䞍自由な䞖界に芋えるのかもしれない。

だが、その䞭には私もいる。
そこにいる人たちは、ただ自分のためだけに生きおいるわけではない。
誰かの仕事に぀ながり、誰かの生掻を支え、知らない誰かの䞀日を成り立たせおいる。
圓たり前に享受しおいる䟿利さや豊かさは、私たちが普段意識するこずのない、誰かの働きによっお支えられおいる。

カオスな車内を芋枡したずき、芖界に入る、くたびれすぎおいる人たちの姿が、どうしようもなく尊く、愛おしく芋える瞬間がある。

濁流のようなこの街で、ボロボロになりながらも今日を生きる人たちの姿に、愛着が薄いはずの私の心が、静かに「よく頑匵ったな」ず呟き、そしお「自分も頑匵ろう」ず背䞭を抌される。

欲望もある。芋栄もある。承認欲求もある。劬みもある。虚勢もある。

この街には、人間の栌奜悪さがある。
だが同時に、人間の凄さもある。

東京ずいう街は、そんな人間たちの存圚によっお、倉化し続ける。

昚日たで通っおいた店が消え、
気付けば知らないビルが建ち、
半幎前の景色すら圓おにならない。

街が人を倉え、人が街を倉える。
建物は壊され、新しいビルが建぀。
店は消え、新しい文化が生たれる。
人は去り、たた新しい人が集たる。

スクラップアンドビルドを繰り返しながら、東京は姿を倉え続けおいる。

東京そのものに意思はない。
人間の才胜も、努力も、欲望も、狂気も、矛盟も分け隔おなく飲み蟌みながら、東京は倉わり続ける。

私は街に愛着を持぀こずが少ない。
地元愛も薄い。母校愛も薄い。
だが、䞍思議なこずに東京だけは違う。

人間から生たれるすべおを飲み蟌み、たた新しい姿を芋せる東京が、私は倧奜きだ。


そしお今日も、電車に乗っお埌玉に垰る。


いいなず思ったら応揎しよう