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最弱の薬師、魔王を調剤する

    第十四章「差分」

    ---朝だった。何度目かは、数えていなかった。---瓶を並べた。乳鉢を出した。帳面を開いた。いつもと同じ順番だった。---作業は正確だった。分量に誤差はなかった。温度も、手順も、記録通りだった。---完成した。前回と同じだった。---リナは瓶を二つ並べた。今回のものと、城で使った残りの一滴。色は同じだった。粘度も同じだった。---指先で触れた。温度は、同じだった。---そのはずだった。---リナは手を止めた。---帳面を見た。すべて合っていた。数値は正しかった。手順は正しかった。しかし——同じではなかった。---リナは荷袋を開けた。丘から持ち帰った白い花の小瓶を取り出した。残りは少なかった。三輪分の抽出液。---瓶を光に透かした。液体がかすかに揺れた。---リナは記録を読み返した。丘で採取した時の記述。花の状態。気温。時刻。全部書いてあった。しかし——書いていないことがあった。*その時、石があった。摩耗した、古い石。誰かが長い時間触れ続けた跡のある石。*リナは帳面を置いた。---もう一度、試作九号を作った。今度は、丘の花を使う前に——石のことを考えながら作った。意味はなかった。科学的な根拠はなかった。ただ、考えた。誰かがそこにいた。長い時間。同じ場所に、繰り返し来た人間がいた。その温度が、花に残ったかもしれない。---完成した薬を、指で触れた。---少し、違った。前回より。気のせいかもしれなかった。測定できなかった。でも——---リナは帳面を開いた。書いた。*差分:検出不能。感覚:一致しない。仮説:数値にならない記録が、素材に宿る可能性。*---ペンを止めた。もう一行、書いた。*条件:誰かが触れたこと。*---荒唐無稽だった。証明できなかった。しかし——リナには、もう一つ思い当たることがあった。城の扉。あの時、試作九号を垂らした瞬間——リナの頭に何かがあった。意識していなかった。でも確かにあった。*やっと、という声を聞いた直後だった。*---リナは立ち上がった。窓から外を見た。遠くに、丘の稜線が見えた。---「ソル」ソルが振り返った。「もう一度、丘へ行きます」「理由は」「確かめたいことがあります」ソルは少し間を置いた。「……また石か」リナは答えなかった。答えの代わりに、帳面を閉じた。荷袋に、空の小瓶を入れた。---**第十四章・了**---




    #創作大賞2026 #ファンタジー小説部門

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    触れてはいけない花がある。 一万年前から、丘の上に咲き続けている。 理由を知る者は、沈黙を守る。 静かなファンタジーを書いています。 フォローすると、続きを読めます。

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