
サッカーを失った人間が、もう一度人生を賭ける話 第10話(最終話)
※ 本作は、実在の競技『ロケットリーグ』からインスピレーションを得て執筆した創作小説です。
作中に登場する競技名、団体名、人物名はすべてフィクションであり、実在のメーカーやプレイヤーとは一切関係ありません。
第10話「夢の終わり」
世界最強を決める戦いは、もはやボールと共に地上を駆け回るサッカーとは、比較にならなかった。
それはまさにドッグファイト、戦闘機同士が飛び交うように、空中でボールを奪う戦いが繰り広げられた。
その中で世界最強の少年、ジョージの車だけが、まるで精密なドローンのようだった。
試合中盤、敵と味方が同時にぶつかったボールが、持ち主を失い宙に待った。
敵の1人がボールに向かって空をかける。
次の瞬間、ジョージが飛んだ。
決して、ジョージの元にボールが飛んだわけではない、なのに彼は、未来を見据えたかのように飛び出したのだ。
何か来る…!
次の瞬間、敵からジョージへの的確なパスが放たれた。
だがシンジは、直感を信じてジョージが空中をドリブルするルートの前に立ち塞がった。
シンジ「絶対に通さない…!」
次の瞬間だった。
ジョージの車がボールの下に潜り込む。
それはまるで、高級な料理を運ぶように。
あるいは、溢れそうに注がれたワインを溢さないように。
そんな繊細なタッチでボールを4つのタイヤで支え、僅かに浮かび上がらせたのだ。

紫の車体とボールの隙間に僅かにできた、虚空。
止めようとしたシンジの車が、虚空を突き抜ける。
ブロックを最小限の動きで避けたジョージは、
そのままガラ空きのゴールを奪ってしまった。
瞬間、会場が熱狂に包まれる。
司会「ここでzeroトラップが決まったぁ!先制点を奪ったのはアメリカチームだぁ!」
シンジが歯を食いしばった。
マコトがチームの雰囲気を引き締める。
ジョージ「シンジ、この程度なの...?」
熱狂の中でも、ジョージの声が聞こえたような気がした。
シンジは今までの戦いを、ジョージの試合を何度も見返したあの日々を、思い出していた。
あいつのトラップの前の動きを、車体の旋回を、ブーストの強さを。全てをイメージしろ。
次のボールは絶対に奪ってみせる。
次のボールがコートの中央にセットされる。
シンジは気合を入れ直して、また走り出した。
1点を追う展開、シンジ達は流れるような連携で空中からのシュートを行く度も放つ。
だがアメリカチームは完璧な統率で防いでいた。
残された時間が減っていく。
シンジの元に、敵が弾いたボールが来る。
その瞬間、呼ばれる前に、マコトの名前を呼んだ。
見なくても音だけで分かる。あいつは、俺の隣に来ている!
シンジはゴールにカメラを向けるのをやめた。
ボールを持ったまま、ハーフライン上を縦断しだした俺の前に、マコトの車体が現れる。
次の瞬間、2つの車体が挟み込んだボールは反発し、
凄まじい勢いで相手のコートを貫く!

あまりにも無謀とも言える挑戦に、会場がどよめく。
司会「ここでいきなりのピンチショット!日本チームが喰らい付いてきたぁ!」
およそ綺麗とは言い難いゴールだった。
それでも1点を取り返したのだ。
マコトと拳を合わせたシンジ。
それを見ていたジョージの顔には、少しだけ笑みが見えたような気がした。
世界大会の、最後の10秒が、終わろうとしていた。
マコトが打ち上げたボールに、シンジとミヅキが同時に飛び出し、日本チームが最後の攻勢に出る。
ジョージが反応して飛び出す。
シンジは、ジョージの動きを思い出す。
俺には、あいつのボールは捕まえられない。
だけど、あいつ自身なら...!
シンジはシュートを打つチャンスを、自ら手放した。
そのカメラはジョージだけを、捉えていた。
シンジはボールを置き去りにしたままジョージに突撃する!

車体が衝突した瞬間、大きな爆発が発生する。
シンジとジョージの画面が暗転する中で、彼らは確かにお互いの想いを感じたように思えた。
暗闇の中で、彼らは対話していた。
シンジ「やっと追いついたぞ、ジョージ。」
ジョージ「まさか、最初から相打ちのつもりとはね...」
ジョージ「どうして、そこまでして僕に追いつこうとするの?」
シンジ「...お前が、昔の自分みたいに見えたんだ。」
シンジ「まるで俺が失ったサッカーの楽しみや、情熱を、全て持ってるみたいだった。」
ジョージ「僕が?僕はただ、父親の作ったビジネスの中で勝つために戦っていただけだよ。」
シンジ「いや、違う。お前はまだ、諦めていなかった。どれだけお金が絡んでも、どれだけ責任が重くても、お前は、心の底で、ただの少年としてあろうとしていた。」
ジョージが息を呑む
シンジ「だから全てを戻しにきたんだ。どんな手を使っても、お前に追いつきたかったんだ。」
その瞬間、ジョージの心の奥の、冷たく凍りついた感情が音を立てて砕け散った。
忘れていた。コントローラーを持って、友達と遊んでいたような、あの頃の事。
いつから、ゲームが仕事になったんだろう?
いつから、笑うのを忘れたんだろう?
ジョージは少しの沈黙の後、ふっと微笑んだ。
暗闇が消えていく、時間の感覚が戻ってくる。
ジョージとシンジが爆発で一時退場した次の瞬間、
ミヅキが、世界大会の最後のゴールを決めたのだった。
ブザーと共に、歓声が鳴り響く。
実況「決まったぁぁぁぁ!! 残り0秒、世界をひっくり返したのは日本のBlueStreakだぁぁぁ!!」
ヘッドセットを外したシンジは、隣で放心状態のミヅキと、不敵に笑って親指を立てるマコトの姿を見た。
ステージの反対側。
VIP席で顔を真っ青にして立ち尽くす父親の姿を一瞥もせず、ジョージがこちらに歩いてくるのが見えた。
その顔には、深夜のダイナーで見せたあの死んだ魚のような目は、もうどこにもなかった。
ジョージはシンジの前に立つと、右手を差し出した。
ジョージ「最高の10秒間だったよ、シンジ。……僕の負けだ」
シンジはその手を、強く握り返した。
数日後、シンジは日本に帰ってきた。
初めての海外遠征に心配していた母親と、久しぶりの対面を果たした。
帰ってきたシンジの元気な様子に、母親は安堵したようだった。
母はただ、「おかえり、シンジ。」
と、いつものように、ただ確かに、子を出迎えた。
エピローグ
そして、数年が過ぎた。
シンジは、プロとしての勧誘を断り、社会人としての人生を歩んでいた。全ての情熱をかけて戦ったシンジは、失ったサッカーを悔やむ事は、もうない。
その瞳は、新しい生活への希望に満ちていた。
マコトは、BlueStreakの世界制覇によって得た莫大な利益と宣伝効果をあっさりと次の事業へ投資し、再び次の熱量を探しに、旅立ったのだった。
ミヅキは世界大会の後、その実績で大手のeスポーツチームとプロ契約を結んだ。彼女はもう自分の姿を隠す必要もない。堂々とした声で、世界中のファンの前で立ち回るようになった。
そしてニューヨークシティ。
ジョージは、ネットカフェの片隅にいた。
彼は全てのスポンサー、そして父親のビジネスから降りて1人の少年として歩き始めた。
もうすぐ、今度は自分の意志で、ただの「一人の挑戦者」としてあの戦場へ帰ってくるだろう。
PC画面には、シンジとのチャットボックスが開かれている。
ジョージ『シンジ。久しぶりに、ただのサッカーをしようぜ』