「ありがとう」と受け取ってみた日
仕事中、エアコンの影響で身体が冷えてしまい、体調が悪くなった。
先週も同じような状況があり、その後、風邪をひいた。
今日も午後から同じような状態になったけれど、なかなか相談できずにいた。
「また言ったら迷惑かな」
「仕事だから、もう少し頑張らないと」
そんな気持ちもあった。
でも今回は、相談した人から「早退したらいい」と勧めてもらったこともあり、今までなら断っていたことを、素直に受け取ってみることにした。
そして、早退した。
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今までの私なら
昔の私は、身体がつらくても、限界になるまでやり続けていたと思う。
「仕事だから」
「みんな頑張っているから」
「私だけ帰るわけにはいかない」
そうやって、自分の身体よりも「頑張ること」を優先していた。
だから、今日早退したことに対しても、当然のように罪悪感が出てきた。
「早退してしまった」
「迷惑をかけたかな」
「何かお詫びをしなければ」
そして、ふと頭をよぎった。
「来週、菓子折りでも持って行ったほうがいいのかな」
これも、今までの私なら、そのまま行動していたかもしれない。
でも今回は、相談しやすい別のリーダーに聞いてみた。
すると、
「何もしなくていいよ」
と言ってもらえた。
だから今回は、菓子折りではなく、言葉で「ありがとうございました」と伝えてみようと思う。
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罪悪感を消そうとしなかった
今回、自分でも少し驚いたことがある。
罪悪感が出ても、そこまで落ち込まなかった。
罪悪感を「なくそう」ともしなかった。
ただ、
「あ、罪悪感が出てきたな」
と気づいて、それを横に置いてみた。
すぐに「なかったこと」にして楽になろうとするのではなく、
その気持ちがあるまま、状況に委ねてみた。
すると、
「今回は、受け取ってみよう」
と思えた。
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他人の優しさを「ありがとう」と受け取る
今日、私ができたこと。
それは、
他人の優しさに、素直に「ありがとう」と受け取ってみること。
「甘えてもいい」と、まだ100%思えるわけではない。
「早退してよかった」と、何の迷いもなく思えるわけでもない。
それでも、今日はやってみた。
そして、何も大変なことは起こらなかった。
むしろ、
「受け取っても、大丈夫だった」
という体験が残った。
これは、頭で理解することとは違う。
「自分を大切にしましょう」
「人に頼ってもいい」
「優しさを受け取っていい」
そんな言葉を知識として知っていることと、
実際に自分がその場面で行動してみることは違う。
今日は、理論ではなく体験になった。
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昔の私とは違う
昔の私なら、身体を壊すまでやり続けていた。
でも今日は、身体が「もうつらい」と教えてくれたところで止まることができた。
誰かに相談して、
助言をもらって、
その優しさを受け取って、
早退することができた。
そして、罪悪感が出ても、その罪悪感に従って「埋め合わせ」をしなくてもいいのかもしれない、と少し思えた。
これは私にとって、小さいようで大きな行動だったと思う。
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「私は、すぐに帳消しにしなくても大丈夫。」
「人の優しさを、ありがとうと受け取っても大丈夫。」
まだ100点満点ではない。
でも、今日は確かに一歩進んだ。
「知っている」ではなく、
「やってみた」
そして、
「大丈夫だった」
この体験を、忘れないでおきたい。
