余白ノート|走れないテラスと、自転車の記憶
あの道は、走れそうに見える。
隅田川テラス。
川沿いにまっすぐ伸びる道と、抜けのいい空。
風を受けながら走るには、
これ以上ない場所に思える。
けれど実際には、そこは自転車で“走る場所ではない”。
✽ ✽ ✽
原則として、自転車の乗り入れは禁止。
通るなら、降りて押して歩く。
しかも、テラスへ出入りするには階段が多く、
自転車を抱えて上り下りすることになる。
つまりここは、“走るための道”ではなく、“歩くための場所”として設計されている。
思い出すのは、荒川沿いを走っていた頃のことだ。
どこまでも続く道。
止められることのない流れ。
身体と風が、そのままつながっていた感覚。
あの頃の自転車は、
ただ前に進むためのものだった。
✽ ✽ ✽
一方で、両国のテラスは違う。
ここでは、立ち止まる。
歩く人の速度に合わせる。
川の流れや、街の気配を受け取る。
スピードを上げる場所ではなく、
スピードを手放す場所。
✽ ✽ ✽
考えてみれば、それも自然なことかもしれない。
街の中で、
すべての場所が“走るための空間”である必要はない。
むしろ、走らないことで見えるものがある。
✽ ✽ ✽
いまの自分は、
日常的に自転車に乗っているわけではない。
けれど、もしまた乗るなら、
その場所ごとのルールを知った上で、
走ることになるだろう。
走れる場所と、走らない場所。
その違いを、ちゃんと受け取ること。
✽ ✽ ✽
風は、どこにでも吹いている。
ただし、その風にどう関わるかは、場所によって変わる。
隅田川テラスは、風を“追う場所”ではなく、風を“感じる場所”なのだと思う。
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