レコード男子|セロニアス・モンク with ジョン・コルトレーン|その並びだけで、もう一晩ぶんの意味がある
ビレバン・ヴァイナル戦利品その2は、
『Thelonious Monk with John Coltrane』。
これはもう、タイトルの並びだけで強い。
セロニアス・モンク。
ジョン・コルトレーン。
どちらも単独で棚の空気を変える名前なのに、それが一枚の中で隣り合っている。
それだけで、レコードというより、ある時期のジャズそのものを手に持っている感じがする。
ジャケットもいい。
濃い紫から茶色へ落ちていくような深い色の上に、巨大な白文字。
THELONIOUS MONK。
そしてその下に、黄に近い強い文字で with JOHN COLTRANE。
説明しているようで、ぜんぜん説明していない。
でも、それで十分なのだと思う。
この一枚に必要なのは、余計な装飾ではなく、この名前の圧そのものなのだろう。
裏面を読むと、この盤がただの顔合わせではなく、
1957年のモンクとコルトレーンの重要な接点を今に持ってきたものであることがよくわかる。
収録曲は、
Ruby, My Dear
Trinkle, Tinkle
Off Minor
Nutty
Epistrophy
Functional
すべてモンクの曲。
つまりこの盤は、コルトレーン名義の客演盤というより、モンクの言語にコルトレーンが深く入っていく記録として聴くほうがしっくりくる。
しかも資料を読むと、その面白さがさらに見えてくる。
最初の三曲、
“Ruby, My Dear” “Trinkle, Tinkle” “Nutty” には、
ジョン・コルトレーン、モンク、ウィルバー・ウェア、シャドウ・ウィルソン。
ここにはカルテットとしてのまとまりがある。
一方で、“Off Minor” と “Epistrophy” には、コールマン・ホーキンス、レイ・コープランド、ジジ・グライス、アート・ブレイキーまで加わる。
そして最後の “Functional” はモンクのピアノ・ソロ。
つまりこのアルバムは、一つの固定メンバーの完成品というより、
モンクとコルトレーンの時期を中心に、いくつかの録音の重心をまとめた一枚 なのだ。
それが、かえって面白い。
一枚の中に“決定版らしさ”と“記録らしさ”が同居している。
整いすぎていないぶん、逆に1957年前後の現場の熱が残っているように思える。
とくに印象的なのは、資料の中で語られている
モンクがコルトレーンを美しく引き出した という見方だ。
そこで触れられているのが、いわゆる “sheets of sound” の萌芽。
コルトレーンが一音ずつではなく、音の群れで考え始めたこと。
そして、モンクの“間”や“置き方”が、その動きを逆に支えたこと。
これはすごく面白い話だと思う。
モンクのピアノは、ときに角ばっていて、突き放していて、簡単には寄り添わないようにも聴こえる。
でも実際には、その独特の空白や配置があるからこそ、コルトレーンはその中で自分の線を伸ばせたのかもしれない。
言い換えるなら、
モンクは道を平らに整える人ではない。
石を置く。段差をつくる。急に曲げる。
でも、だからこそ歩き方が変わる。
コルトレーンは、その変わった地面の上で、自分の呼吸を鍛えた。
この盤には、そんな感じがある。
“Ruby, My Dear” は、その意味でとても象徴的だ。
モンクの曲の持つ、やさしさと不穏さの混じった輪郭の中で、コルトレーンの音はまっすぐに伸びる。
甘さに流れず、でも冷たくもならない。
これはたぶん、モンクの曲だから出る抒情であり、コルトレーンだから出る緊張だ。
“Trinkle, Tinkle” になると、もっと骨組みが見えてくる。
複雑なメロディ。
それを吹き切るだけでも大変そうなのに、そこにコルトレーンの前進力が入る。
モンクの曲の“難しさ”が、ここでは単なる知的パズルではなく、演奏の推進力になっているのがおもしろい。
“Off Minor” や “Epistrophy” はまた別の顔を見せる。
資料にもある通り、編成が変わることで、モンク作品の別テイク、別角度としての面白さが立ち上がる。
この盤の良さは、名演だけをきれいに並べたことではなく、モンクの曲がどう違う場面で鳴るか まで含めて聴かせてくれるところにあるのだと思う。
そして最後の “Functional”。
ピアノ・ソロ。
この終わり方がまた、いい。
コルトレーンとの名を冠した盤なのに、最後はモンク一人で終わる。
少し不思議で、でも妙に納得する。
このアルバムは結局、モンクとコルトレーンの友情や邂逅を描きながら、最後にはちゃんとモンクの世界へ戻っていく。
そこに、この一枚の芯がある気がする。
ビレバンでこういう盤に出会うと、うれしい。
単に有名だからではなく、
ジャズの時間そのものが封じ込められている感じ があるからだ。
しかも、コルトレーンの巨大な歩みの途中を、モンクの部屋から見ているような感覚まである。
この一枚は、完成された名盤というより、
重要な時間の断面をそのまま持ち帰ってきた盤 だと思う。
だからこそ、レコード棚にあるだけで意味があるし、針を落とすたびに少しずつ違う顔を見せる。
ビレバン・ヴァイナル戦利品その2。
『Thelonious Monk with John Coltrane』。
この並びだけで、もう一晩ぶんの意味がある。
そして聴けば、その意味はちゃんと音になって返ってくる。
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