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レコード男子|ビレバン・ヴァイナル戦利品2枚|コルトレーンは、青の中にも、モンクの影の中にもいた

ビレバン・ヴァイナルで買った2枚を並べてみたら、偶然というより、ちゃんと一本の線になっていた。

1枚は、John Coltrane『Coltrane』。
もう1枚は、Thelonious Monk with John Coltrane。

どちらにもコルトレーンがいる。
でも、いる場所が違う。
片方では、自分の名前をアルバムタイトルに掲げて、青い顔でこちらを見返してくる。
もう片方では、モンクの巨大な名前の下に置かれながら、その中で深く息をしている。

同じコルトレーンでも、こんなに見え方が違うのかと思った。

『Coltrane』のジャケットは強い。
青い。
静かそうに見えて、静かなだけではない。
表面は冷たく見えるのに、奥では何かがずっと動いている。
収録曲も、
“Out of This World”
“Soul Eyes”
“The Inch Worm”
“Tunji”
“Miles’ Mode”
と並んでいて、わかりやすく一色に染まるアルバムではない。
スタンダードもあれば、自作もある。
抒情もあれば、探求もある。
裏面の解説を読むと、コルトレーンがコードの中へ入り込み、それを広げ、論理として押し進めていく姿が語られていて、あの青がただの色ではなく、思考の深さの色 に見えてくる。

一方で、『Thelonious Monk with John Coltrane』は、最初から空気が違う。
こちらは“コルトレーンのアルバム”というより、モンクの部屋に入ったコルトレーンの記録という感じがする。
収録曲はすべてモンク作品で、
“Ruby, My Dear”
“Trinkle, Tinkle”
“Off Minor”
“Nutty”
“Epistrophy”
“Functional”
と並ぶ。
しかも資料を読むと、カルテット曲と別編成の曲が混ざっていて、この一枚が単純な完成品というより、1957年前後の重要な断面を束ねた盤であることがわかる。

ここが面白い。
『Coltrane』では、コルトレーンは自分の名で、自分の深さへ潜っていく。
でもモンク盤では、コルトレーンはモンクの曲の中で、別のかたちで伸びている。
モンクの間。
モンクの角。
モンクの、わざと平らにしない地面。
その上を歩くことで、コルトレーンの線が鍛えられていく。
資料にあるように、モンクがコルトレーンを美しく引き出した、という見方は、たしかにその通りなのだと思う。

つまりこの2枚は、どちらもコルトレーンなのに、片方は自分の名前で潜るコルトレーン、もう片方はモンクという重力の中で育つコルトレーン なのだ。

この並びが、すごくいい。

ビレバン・ヴァイナルで買う戦利品というと、つい“珍しいもの”とか“気分で刺さったもの”になりがちだけれど、今回はそれ以上だった。
棚の前で選んだ2枚が、あとで家に帰って並べたら、片方が片方の読み方を変えてしまった。

『Coltrane』だけなら、青い思索の盤として聴いていたかもしれない。
でもモンク盤を横に置くと、その思索がどこから鍛えられてきたのかを考えたくなる。
逆に、モンク盤だけなら、名コンビの記録として聴いていたかもしれない。
でも『Coltrane』を横に置くと、その後コルトレーンがどこまで自分の名前で潜っていったかが見えてくる。

2枚でひとつの往復書簡みたいだ。

しかも、ジャケットの見え方まで対照的なのがいい。
『Coltrane』は青。顔が近い。
『Thelonious Monk with John Coltrane』は濃い紫と茶。文字が大きい。
片方は内側へ、片方は関係の中へ。
片方は深度、片方は対話。
どちらも強いのに、強さの向きが違う。

こういう買い方ができると、戦利品はただの買い物ではなくなる。
その日の気分で選んだ2枚が、あとでちゃんと一つの小さな特集になる。
これはレコード好きの贅沢だと思う。

ビレバン・ヴァイナル戦利品、コルトレーン被りの2枚。
『Coltrane』 と 『Thelonious Monk with John Coltrane』。

片方では、コルトレーンは青の中で深く潜っていた。
もう片方では、モンクの影の中で大きく息をしていた。
同じ名前を追いかけていたつもりが、気がつけば、ジャズの時間そのものを2通りの角度から持ち帰っていたのかもしれない。



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