見えているものの中から
式場の照明が落ち、
スポットライトだけが
高砂の二人と、
会場の端に立つ両親を照らしている。
新婦が、
両親へ向けて感謝の言葉を読み始める。
最初は笑顔だった。
幼い頃の話を、
少し照れながら語り始める。
けれどその声が、
ふっと途切れる。
唇が震え、
涙がこぼれる。
新郎の手が、
そっとハンカチを差し出す。
最初は笑顔で見つめていた父親の目が、
少しずつ潤んでくる。
流れる涙を拭おうともせず、
口元を震わせたまま、
ただ新婦を見つめている。
母親も、
こぼれる涙を押さえながら、
それでも娘から目を離さない。
スポットライトは、
ただそこを照らしているだけだ。
けれどその光の中に、
今日までの長い時間が
全部入っているように見える。
ファインダー越しにその顔を追いながら、
私はいつも、
見えているもの以上のものを見ている。
その眼差しの中に、
もう戻れない時間まで
入っているように感じるからだ。
幼かった頃の姿。
ここまで育ててきた年月。
家の中で積み重なってきた何気ない時間。
言葉にできなかった苦労や、
言えなかった感謝。
今日という日までの、
長い長い流れ。
そのすべてが、
あの一瞬の眼差しの中に重なっている。
見えているのは
目の前の人たちの姿なのに、
見えていないものまで立ち上がってくる。
長く写真を撮ってきたから、
その感覚は身体に染み込んでいる。
目に見えているものを
撮っているはずなのに、
そこには見えていない時間まで
入ってしまう。
写真だけではない。
言葉の中にも、同じことが起きる。
noteで他の人の記事を読んでいると、
書かれていること以上のものが
残ることがある。
子どもたちと先生のやりとりを書いた記事を読んでいるのに、
その教室の空気まで伝わってくる。
無邪気に距離を縮めてくる子どもの声や、
それに笑いながら応えている先生の顔が
見えてくる。
書かれているのはほんの一場面なのに、
その子どもがいつかここを卒業していくという時間まで、静かに滲んでいる。
それは、
にぎやかな場面だけではない。
好きな曲について書いた記事を読んでいるのに、
その人が夜ひとりで
その曲を聴いていた部屋の静けさまで
伝わってくる。
書かれているのは
涙がこぼれた一瞬なのに、
その曲とともに過ごしてきた長い時間まで、そこに重なって見えてくる。
ただ文章を読んでいるはずなのに、
その向こうに、
その人の暮らしの気配まで伝わってくる。
そういう記事は、
特別なことを書いているわけではない。
ただ、
そこにあるものを、
そのまま書いている。
それだけなのに、
見えていないものまで立ち上がってくる。
私は、
そういう瞬間が好きなのだと思う。
見えているものの中から、
見えていないものまで立ち上がってくる。
目の前にあるものの中に、
見えていないものが重なっている。
私はただ、
その奥へ触れようとしている。
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