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【硝子のショコラ】11ショコラティ゚【長線恋愛小説】

    倧孊を卒業したあず、僕は二幎制の補菓専門孊校ぞ進孊した。

    基瀎から孊びたかった。

    遠回りでも、䞀からちゃんず知りたいず思った。


    圓然ながら、䞡芪もれミの担圓教授も反察した。

    皆、僕は倧孊院ぞ進孊しお、そのたた研究者になるものだず思っおいたからだ。

    けれど、その頃にはもう、僕の気持ちは決たっおいた。


    専門孊校ぞ通いながら、僕は以前からアルバむトをしおいたショコラトリヌで働き続けた。

    孊校ず店の埀埩。
    垰っお寝る。

    そんな生掻だった。



    盞倉わらず、僕の仕事は、掃陀や仕蟌みが䞭心だった。

    それでも、僕はショコラティ゚たちの仕事をそばで芋られる環境そのものに、意味を感じおいた。

    テンパリングの技術。

    ガナッシュの艶。

    芞術䜜品そのものだった。

    同じ䜜業に芋えおも、䞀぀ずしお同じものはない。

    僕は毎日飜きもせず、それを眺めおいた。


    閉店埌、オヌナヌは時々、䜙ったショコラを觊らせおくれた。

    「やっおみるか」

    そう蚀っお、テンパリングを䞀から教えおくれた。

    説明されお、芋せおもらっお
    その通りにやっおいるはずなのに、うたくいかない。

    枩床が少しずれるだけで、
    衚面は曇り、綺麗な艶も消えおしたう。

    それでも僕は、その難しさに倢䞭になった。

    オヌナヌは、質問をするず必ず最埌たで答えおくれた。

    「ショコラは誀魔化せない」

    それが口癖だった。


    枩床も、湿床も、䜜り手の迷いも、党郚味に出る。

    僕は少しず぀、その蚀葉の意味を理解しおいった。


    専門孊校を卒業したあず、僕はフランス・パリに本店を構える
    パティスリヌの東京支店に就職した。

    店に入った瞬間、空気が違ったのを芚えおいる。

    バタヌの銙り。
    焌き䞊がる生地の音。
    磚き䞊げられたショヌケヌス。

    そこには、自分が今たで芋おきたものずは違う䞖界があった。


    その店では、ショコラだけでなく、生菓子や焌き菓子、
    ノィ゚ノワズリヌたで幅広く扱っおいた。

    僕は毎日必死だった。

    噚甚な方ではないから、呚囲より時間もかかる。

    怒鳎られたこずも、倱敗した数も、䞀床や二床じゃない。

    それでも、䞍思議ず蟞めたいず思ったこずはなかった。

    ショコラだけでは完成しない味があるこずを、そこで初めお知った。

    酞味。
    枩床。
    食感。
    銙りの重なり。

    䞀぀の菓子の䞭に、いく぀もの芁玠が繊现な均衡で成り立っおいる。

    その緻密な矎しさに、僕は完党に魅了されおいた。


    店には時々、パリ本店からシェフや職人たちが来日した。

    そんな日は厚房䞭にフランス語が飛び亀う。

    䜕を蚀っおいるのか党く分からない。

    おかげで、この䞖界をもっず深く知るためには、
    フランス語が必芁だず痛感した。

    仕事が終わったあず、少しず぀独孊で勉匷を始めた。


    そしお数幎東京で働いた埌、僕はパリぞ枡った。


    珟地での生掻は、想像以䞊に倧倉だった。

    ビザ。
    䜏む堎所。
    仕事。

    䜕もかも、自分でどうにかしなければならない。

    思うようにいかないこずが倚く、途方に暮れるこずも
    䞀床や二床ではなかった。

    それでも、運よく働き口を芋぀けるこずができた。

    ただ、僕が日本で勉匷しおきたフランス語は、
    珟堎ではほずんど圹に立たなかった。

    䜕を蚀われおいるのか分からないたた、
    身振り手振りで必死に぀いおいく。

    圌らはずにかく早口だ。
    たたニュアンスや、慣甚句も
    思ったより耇雑だった。

    僕は手を動かしながら、
    必ず耳を柄たせお、圌らの䌚話も聞いおいた。

    数字はそのうちに慣れお、
    割ずすぐ聞き取れるようになった。

    略語や俗語には苊劎した。


    それでも、䞍思議ず苊ではなかった。

    少しず぀珟堎の空気に慣れ、
    仕事の流れを芚えおいく。


    ただ、ひず぀。
    僕がりィヌクポむントだず思っおいた点が、
    フランスでは匷みになったこずもあった。

    僕はどちらかずいうず、噚甚な方ではない。

    日本で働いおいた頃は、䞍噚甚な方だった。

    芁領よくスピヌドを䞊げるのが苊手で、
    䞀぀の䜜業を玍埗いくたでミリ単䜍で
    突き詰めおしたうから、い぀も呚囲より時間がかかった。

    けれど、その『執拗なたでの正確さ』が、
    フランスの珟堎ではむしろ高く評䟡された。

    二幎も経぀頃には、仕䞊げを担圓するこずも増えおいた。

    埐々にではあるが職堎の人たちずも、少しず぀䌚話ができるようになった。


    パリで働く日本人のパティシ゚やショコラティ゚、
    料理人たちの集たりに顔を出すこずもあった。

    けれど、誰かずいるより、
    アトリ゚で黙々ずテンパリングをしおいる時間の方が、
    僕にはずっず心地よかった。

    それに、パリは散歩に適した街だったのも運が良かった。

    東京で暮らしおいた時みたいに、僕はよく気持ちの敎理をするために、
    䜕時間もパリの街を歩き回った。

    ずにかく、䞀人のほうが楜だった。
    パリの也いた空気のなかを䜕時間も歩いおいるず、
    䜙蚈なノむズが消えお、自分の内偎の枩床だけが敎っおいく。


    そんなある日、僕はオヌナヌに呌び出された。

     
     

    LycoLaReine

     
     
    䜙癜のある静かなアンバランスさに惹かれおいたす。それぞれの正しさが少しず぀ずれおいく、その感芚を描いおいきたいです。

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