メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【硝子のショコラ】20|作家【長編恋愛小説】

    それから時々あの通訳の子のことを思い出した。

    名前より先に、空気を思い出す。

    静かで、温度が低くて、
    でも妙に印象に残る。


    本を書く時、俺はよく人の話し方を
    思い出す。

    どこで息を継ぐか。

    どんな言葉を選ぶか。

    沈黙を怖がるか。

    彼女はその全部が少し変わっていた。



    だからなのか、書いている途中で
    何度か彼女を思い出した。

    別に意識したつもりはない。

    でもたぶん、どこか影響は受けていた。


    本が形になった頃、ふと思い出した。

    そういえば、送るって約束したな、と。


    俺は編集部から献本を一冊持ち帰る。

    メッセージカードを書くほどのことでも
    ない気がして、付箋に短く書いた。

    ——約束したから

    我ながら愛想がない。



    でも彼女には、そのくらいの温度の方が
    いい気がした。


    届いているはずだけれど、反応がない。

    気になって、メッセージを送ってみた。

    ——どうだった?感想ほしい

    既読はついた。

    でも返事はなかなか来なかった。



    たぶん、面倒くさがられてる。

    まあ、そんな気はしていた。



    しばらくして、ようやく返信が来る。

    ——比喩が少し多すぎると思います

    思わず笑ってしまった。

    編集者でも、評論家でも、
    そんな返しはあまりしない。

    ——そんなこと、初めて言われたよ

    すぐ返す。

    すると、

    ——好みの問題ですから

    と返ってきた。



    冷たい。

    でも、ちょっとおもしろい。



    ——君らしい感想

    ——また近いうちに取材手伝ってくれないかな

    返信はない。 

    彼女が必要以上に人と
    繋がりたくないのはわかった。

    メッセージのデジタルな文字からも、
    それが、何となくだけど、伝わってくる。


    でも不思議と、嫌な感じはしなかった。

    むしろ、だから気になる。


    あの子は、人を拒絶しているというより、
    人との関わり方を最初から
    諦めているように見えた。

    次の本のテーマの輪郭が見えた。

     
     
    余白のある静かなアンバランスさに惹かれています。それぞれの正しさが少しずつずれていく、その感覚を描いていきたいです。

    あなたへのおすすめ