メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【硝子のショコラ】15|通訳【長編恋愛小説】

    「ねぇ、君ランチはもう済んだ?
     よかったら付き合ってよ」
     
    彼は有無を言わさず私を外へ連れ出す。
     
     
    書店からそう遠くはない、こじんまりとした和食の店へ入る。
     
    高そうだな、と真っ先に価格が気になる。
     
    彼は常連らしく、店の人と気安く挨拶を交わしている。
     
    「何か苦手な食材ある?」
     
    私は特にないと伝えると、そのまま席に案内される。
     
    私は上着を脱いで畳むと、荷物の上にそっと重ねて置いた。
     
    私が食事代を払えるか心配していると
     
    「大丈夫、この前のお礼にご馳走するから
     そんなに心配しなくていいよ」
     
    と彼は笑った。


    食事はとてもおいしかった。
    人と食事する事も久しぶりだった。
     
    「あまり、人と関わるの得意じゃない?」

    不意にそう言われて、私は箸を止めた。

    「……そうですね」

    うまく笑えているだろうか、と考える。

    こういう時、何を返すのが正解なのか、私はいつも分からなくなる。

    彼は気にした様子もなく笑った。

    「君みたいな人って、あまり俺の周りにいないから」

    返事の代わりに、お茶を飲む。
     
    私は時計を見るふりをして俯く。
     
    「あの…そろそろ失礼させていただきます」
     
    書店でゆっくり過ごすはずだったのに。
    私はもう疲れ切っていた。
     
    「また誘っていいかな」

    私は答える代わりに

    「ごちそうさまでした」

    とだけ言って店を出る。

    気がつくと深呼吸をしていた。

    どうしてあの人は、あんなふうに
    人の心に侵入しようとしてくるのだろう。 

     
     
    余白のある静かなアンバランスさに惹かれています。それぞれの正しさが少しずつずれていく、その感覚を描いていきたいです。

    あなたへのおすすめ