
【硝子のショコラ】13|通訳【長編恋愛小説】
私がその作家と出会ったのは、とある仕事がきっかけだった。
次回作のために、東京のフランス人にインタビューをするという仕事で、
その通訳を頼まれた。
私はさまざまな事情で、東京に住んでいるフランス人に会い、
話を聞いた。
彼らの殆どは好きで来日している人が多かったので、
割と穏やかに話す事ができた。
中には、もう嫌だ早く帰りたい、と途中から愚痴という名の、
辛辣な批判を始める人もいた。
来る前と住んでからでは、印象が全く変わったという人もいれば、
本当にさまざまで、誰一人として、同じことを答える人はいなかった。
フランス人の国民性のようなものだろうか。
彼らは大変正直だ。
感情を隠さない。
怒りも悲しみも、喜びも動揺も
何もかもを外に向ける。
周りに合わせようとは、あまりしない。
自分がその時に、どう思っているかが
彼らにとっては一番重要だから。
人からどう思われようと、
機嫌が悪ければ隠さないし、
いい事があればそれも隠さない。
わかりやすい反面、疲れることもある。
二週間、延べ十名のインタビューを終えて、作家はとても満足していた。
それとは逆に、私はかなり疲弊していた。
「フランス人て、奥が深いんだね」
そういう言い方もできなくはない。
「君は、フランス人が苦手?」
突然そう聞かれて、私は少し考えた。
「苦手というより……疲れるんです」
「どうして?」
「感情を隠さないからです」
作家は、なるほど、と小さく笑った。
「でも君も、結構わかりやすいけどね」
私は思わず彼を見た。
からかわれたのかと思った。
けれど彼は、別に面白がっている様子でもない。
「疲れると、声が少し平坦になる」
観察するみたいに、彼は言った。
「あと、今はたぶん早く帰りたいと思ってる」
図星だった。
私は返事に困って、曖昧に笑った。
こういう人は苦手だ。
人との距離感が近いわけではないのに、
無意識に核心を突いてくる。
私は曖昧な笑顔を浮かべたまま、
荷物をまとめ帰り支度を始めた。
「君、すごくたくさん本読んでるよね?」
——この人、なに?
「ええ、まぁ…」
正直にいうと、彼の本も読んだ事があった。
「今回はいろいろありがとう。
本当に助かった。
形になったら、送るね」
そう、本も書いたはいいけれど必ず出版されるとは限らない。
私は働いた分だけきちんと対価を得られればそれで十分なので、
また曖昧に頷くと会議室を後にした。
部屋を出る前に彼は言った。
「あのさ、君は一体何から逃げているの?」
「お疲れ様でした」
私はその問いには答えず、ドアを閉める。