
【硝子のショコラ】5|通訳【長編恋愛小説】
一人で生きて行くために、私はかなり細かく人生設計をした。
一旦、一般企業に就職し、しばらく働いてからフリーランスに転向した。
人と一緒に何かをすることが苦痛でしかなかったので、フリーになってほっとした。
その頃には自分一人でなんとか生きていけるぐらいの収入を得ていた。
そうして少し経った頃、私は今の夫と出会った。
当時、夫はパリから戻ったばかりで、こちらでショコラティエとして働き始めたばかりだった。
私がたまたまイベントで彼の店のブースに通訳として入ったのが出会いだった。
彼はいつも幸せそうに、ショコラを作っていた。
当時、ショコラティエという職業が脚光を浴び始めていて、彼も若手の職人として注目されていた。
それでも浮かれることなく、淡々とショコラを作っている姿を、私は時々遠くから眺めていた。
イベントは盛況で、彼のショコラは毎日完売御礼だった。
来日していたフランス人ショコラティエも彼の仕事ぶりを絶賛していた。
イベント最終日、仕事を終えて帰り支度をしていると、
彼が私の方へ歩いてきた。
「いろいろ助かりました、ありがとうございました」
突然声をかけられたものの、
咄嗟に答えられず狼狽えていると、
紙袋を差し出された。
「よろしかったら、これ召し上がってください」
彼の作ったショコラだった。
お給料はきちんともらっているし、
こういうのは受け取れないというと、
「ちょっと失敗しちゃって…
売れないし、捨てるしかないんです
あ、品質には問題ないです
見た目がイマイチなだけで」
とほぼ無理に紙袋を私に押し付けて
“Bonne dégustation “(ゆっくり味わって)
と小声で囁いた。
——失敗?
と思ったけど、捨てるのなら、と気を取り直し、
遠慮なくいただくことにした。
帰宅してさっそく箱を開けてみると、どこが失敗なのか理解できないほど、美しいショコラが六粒並んでいた。
紙袋の底にメッセージカードが入っている。
——また通訳のお手伝いお願いできるとありがたいです。
ショコラ、気に入っていただけますように。
と、彼の連絡先が入っていた。
仕事の話なら、と私は彼にさっそくメッセージを送信する。
——いつでもお手伝いいたします。今後ともよろしくお願い申し上げます。
ショコラごちそうさまでした。
甘くてほろ苦いガナッシュの香りが、口内いっぱいに広がる。