
【硝子のショコラ】38|通訳|最終話【長編恋愛小説】
エピローグ
しばらく歩いていくと、
見慣れた店の灯りが見えてきた。
ガラス越しに、
夫がこちらに気づく。
扉を開けると、
甘いカカオの香りがした。
「早かったね、寒かったでしょ」
静かだけど、確かな声。
ショコラトリーは温度が高すぎず
低すぎないように調整されていて、
一年中ほぼ同じ温度が保たれている。
それも夫のこだわりだった。
冬は外より少しだけ暖かいぐらいの
温度になっている。
「カフェの方があったかいよ
もう閉店するから
コーヒーでも飲んで待ってて」
夫はそう言うと、私にコーヒーを
サーブして、硝子の向こうの
アトリエへ戻る。
一口コーヒーを飲むと、
少し心の感覚を取り戻す。
さっき買ったばかりの本を
バッグから出して、読み始める。
私の好きなフランス人作家の新刊だ。
少し前から話題になっていた本で、
夢中でページをめくる。
「お待たせ」
はっと現実に引き戻される。
「お疲れさま」
「うん」
夫は微笑む。
「何?その本おもしろいの?
ずいぶん夢中で読んでたね」
「うん、まだちょっとしか読んでないけど期待できそう
フランスではベストセラーだったみたい」
ニコニコと私の話を聞いていた
夫がふと真顔になる。
「ねぇ、何かあった?」
私は彼に隠し事はできない。
微かなノイズも彼は必ず拾ってくれる。
私は作家と偶然すれ違って
少しだけ言葉を交わしたことを話す。
夫の眉間に皺が寄る。
「家に帰ろう」
彼は私にマフラーをそっと巻く。
完
最後までお読みいただき、ありがとうございました。