メインコンテンツへスキップ
見出し画像

朝、鳥たちのお話会と静寂

    大抵の朝は鳥たちの声で目が覚める。
    姿は殆ど見えないし、鳥の種類に詳しいわけでもないからどんな鳥が鳴いてるのか1〜2種類しか分からないが、かなりの鳥たちが朝から騒がしくしている。
    さながら、鳥たちの住処に暮らしているようだ。
    いや、ひょっとすると実際そうなのかもしれない。
    と言うのも、私が住む地区はかなりの田舎だ。
    田舎あるあるだが、敷地がとにかく広く、庭は県を跨ぐほどの広大な山と地続きだ。
    民家も多少はあるが、畑や田んぼの方が多いほど日中は静かな場所だ。
    そう、日中は。

    前述の通り、朝は鳥たちの盛大なおしゃべり会が催され、夜は季節にもよるが、鳴り止まぬカエルたちのオーケストラやオケラの大熱唱、その他良く分からない虫たちの大宴会が続く。

    この家に住み始めて2年目を迎えるが、最初の年はそんな事に気付きもしなかった。

    最初の年には鳥や虫はそこに居らず、私たちが越してきてから鳥や虫達も引っ越してきたのだろうか?

    いや、そんなはずはない。そんなことある訳もない。

    私がとても豊かな環境に恵まれていることに気付くまで一年以上かかってしまっただけの話。

    私が今の家に越してきた時、仕事の環境が大きく変わり、まさに一つの転換を迎えていた時だった。
    稼ぎ方も生き方も変えなくちゃならない。
    生活環境もガラッと変わった。
    私は「これからどうするか」にばかり意識を傾けて「今この瞬間」を生きていなかったのだ。

    当時の私はものづくりのお店を夫婦で運営していて、製作や店舗維持に必死で努めていたが、店舗の老朽化や発展の難しさに直面しており、引っ越しを機に店舗を閉店して、自宅での製作と販売に切り替えたばかりだった。

    一切の余白が無く、周りに意識を向ける余裕のない一年ちょっとを過ごしてきた訳だが、焦りから生まれる行動では結果は伴わず、どれもが自分に無理を強いる作業の連続で体調を頻繁に崩す事が多くなった。
    もう無理だった。

    廃業の話を切り出したのは私から。
    でも、妻も同じ心境だったようで、20年かけて築いたキャリアだったが、恐ろしく早く話はまとまった。

    そして私たちは廃業を決断する。

    そこからの動きはとても軽やかで、でも最後に向けて悔いのない幕引きをしたいと2人で決めた。
    そこからの創作スピードやアイデアは「とにかく出し切ろう」という感覚でやっていたから、これまで以上に全力で取り組んだ。
    終わりが見えているからか、不思議と疲れはあまり感じなかったのもまた面白さがある。

    好き、得意で始めたものづくりの仕事だが、いつの間にか「売り上げ」「生活のため」と面白くない事にすり替わっていったことに改めて気付く。
    廃業、という一区切りを付け、そして次のステージに向かおう、そう思わなければ消耗しきっていたと思う。

    廃業し、お金だけを追い求めそして家族との大切な時間、自分を生きるという尊い時間を置き去りにしてきた日々をふと思いながら庭の見える縁側に座る。

    風に揺れる竹の音や鳥たちの声。
    そこには賑やかだけど、静かで豊かな環境があった。
    家の中に意識を向けると、子どもがYouTubeを見て歌ったり、遊ぶ声、猫の鳴く声もそこにはある。

    いろんな音が声がそこにはあり、それは豊かさであり、恵み。

    豊かさと幸せは最初から私のそばにあったんだな、と感じ取る事ができた瞬間だった。

    今では朝起きたらまず、猫と共に縁側に座り、家中の窓を開けて空気を入れ替える。
    一晩経って、どこか淀んだ家の中の空気がすっと爽やかになるのを肌で感じる。

    忘れていた季節の匂いや温度の変化を感じる。

    そうだった。
    田舎は季節の変化をダイレクトに感じ取れたんだという事を思い出す。

    今朝も鳥たちのお話会は止まらないようだ。


    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
     
    20年続けてきたものづくりの仕事を廃業という形で一区切り付け、焦り続ける人生から降りました。 庭を眺めたり、鳥の声を聞いたり。 暮らしの中で見つけた小さな気づきを、エッセイとして書いています。 人と競わず穏やかな生き方をしたい方へ。

    あなたへのおすすめ