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短編小説 「プラカノンの浮遊心臓」

     俺はただただグラウンドを駆けていた。頬を撫でる風は清々しく、空は遥か彼方を見つめているようで、どこか遠い。

    「14分15」

     顧問の先生の声で足を緩める。儀礼的に手首に親指を添えるが、何の反応もなく、身体の冷たさが染みるだけだった。

     俺は生まれつき心臓がなかった。生後の身体検査で、何度計っても心拍の値は0で、心エコーも黒い空洞が映るだけだったらしい。だが、身体には何の異常もない為、現在も経過観察になっている。そう、物心ついた頃、母親に聞かされた。

     そして、俺は心臓がないせいで、どれだけ走っても疲労というものが来ない。50mでも10㎞でも全く同じスピードで走ることができるし、どれだけ練習しても動けなくなる事はない。別に、心臓がないことで、困っていることはないし、何ならそのお陰で長距離走は得意だ。

     だけど、どこか渇望している。何か物足りない。満たされない。抜いて抜かされる大接戦を制しても何も感じない。敗北に悔しさを滲ませる人。些細な一言に大笑いする人。感情を激しく昂らせる人間を目にすると、途端に羨ましく、劣等感に駆られる。

    「なあ、この前、タイの都市伝説特集の番組があったんだけど、光る心臓が空に浮いてるらしいよ。怖えよな」

    丁度走り終えた同級生が水筒を咥えながら、話しかけてきた。

    「そうだな」

     心臓が空に浮いている遠い国の現象よりも、心臓がない人間がこの場で生きている事の方がよほど怖いだろうに、こいつらは俺がそんな怪物だという事を知らない。知られたところで侮蔑の目を向けられるだけだから、言うつもりもないが。

     そう、この会話すら、右耳から左耳へ、風のように通り過ぎていく無駄で、ありふれたものの筈だった。

     だけど、家に帰ってからも、その話が耳から離れなかった。くだらない授業を受けている間も、部活で走っている間も、思考が暇になると、ずっとそのことを考えてしまう。

     その心臓はいったい何故、空を放浪しているのか。なぜ、光を放つのか。もし、俺がその心臓に会ったら、何か得られるんじゃないか。勝負に勝っても負けても、何も思えないこの寂寥が変わるんじゃないか。誰かに暗示を掛けられているように忘れようとしても、抜け出せない。もしかしたら。いや、そんなもの、もうとっくに諦めていたし、そこに行ったところで何か得られる確証がある訳じゃない。

     そんな不毛な自問自答を繰り返す。

    「タイ 心臓が浮く 都市伝説」

     布団に寝そべったまま、俺はいつの間にか検索をかけていた。触れたスマホ画面から不気味な目撃写真や検証記事が飛び出してくる。漆黒の夜空にくっきりと浮かぶ群青の心臓。その中から、一つの記事をタップした。

    「浮遊心臓」 SNSではそう呼ばれているらしい。

     星が浮かぶ場所よりも低い成層圏に、何かが浮かんでいるというタイの、特にプラカノン区で相次いでいる、その報告。

     その物体は赤い光を放ち、まるで鼓動のように一定リズムで点滅する。「確かに心臓の形をしていた」という証言も多数存在。そして、特段奇妙なのは、どれだけ低空を漂っても、決して地面に落ちないという点。まるで重力の影響を受けていないかのように、ゆっくりと着実にどこかへ向かって移動していく。

    その時、ある一つのツイートが目に止まった。

    「もちろん心臓に顔はないんだけど、どこか寂しそうに見えた」

     その心臓の本体、それはこの身体かもしれない。もしかしたら。その僅かな希望の断片が強くなるのを感じた。

     銀行に預金してあるお金も含めると、俺の所持金は約20万。小学生から必需品以外で使っていないお陰で、5泊くらいはできるだろう。他にはパスポートだが、それも去年の台湾旅行で作成したものを使えばいい。何も問題はない。


     両親から留守番を頼まれた翌週の土曜日、俺は家を出た。持ち物は、僅かな食糧と全財産、衣服、パスポートのみ。それを部活動で使っているリュックに無理矢理、押し込んだ。

     背中にずっしりと寄り掛かる鞄に重心をぶらされながら、必死に自転車を漕ぐ。ただの石ころが白く瞬いた。ただの雑草の花が緋色に揺れた。花火のように四方八方に弾ける光の先を稜線が迎えた。心臓が逸る。恐怖なのか、興奮なのか。自分でも分からないまま、何かに縋るように自転車を走らせる。

     昨日も通った駅舎の柱の窪みには、茶色の錆がくっきりとへばりついていた。忙しなく過ぎていく社会人の列に逆らって、自転車をゆっくりと路上に止めて降りる。駅舎の屋根と同じ高さにゆらりと惑う雲。自転車置き場の1列目に強引に押し込んだ手からは、血のような、むせ返る匂いがした。

     人目につかないようにフードを深く被りながら、改札を抜けていく。黒光りするローファーの光が目先に集まって、息苦しい。列の最後尾で電車に乗って、ドアの前に立った。電車丸ごと、薄い透明な膜に覆われているかのように外の景色は色褪せていて、もう戻れない何かが伝わってくる。

    社会人の足が自信に満ちて見えた。物怖じせず、ずっしりと構えて我を見ている。何もかも、悟ったような顔をしていた自分が途端にみすぼらしく見えてくる。

     過ぎていく田園、青い海、マンション街。その風景は、俺を横切るごとに恐怖を薙ぐ。人々の波に押し出されるように、俺は電車から降りた。綺麗に舗装された構内。大人の影に隠れながら、着実に搭乗口へ進んでいく。

    「ご搭乗のお客様にご案内いたします。○○便はゲートA8にて搭乗を開始いたします」

    アナウンスが聞こえて、再び重たいリュックを肩に羽織った。係員に軽く会釈をしながら、スマホ画面を見せた手がカタカタと音を立てる。

    「どうぞ」

     拍子抜けするほど簡単に搭乗口へ促されて、予約していた席に座り込んだ。肩の隙間から空の断片が見える程度で、ほぼ満席状態。仕方なく、身を縮めて、眠りについた。


    身動き一つとれない苦痛な時間がやっと終わり、タイの空港に降り立つ。

     デパートみたいな光沢のある床が光を反射して、家の最寄り駅よりよっぽど清潔に映った。スマートフォンを開くと、3時間ほど前に母から3本の着信履歴が表示されていた。心配をかけることくらい、もともと分かっていた。足が少し重くなったが、見なかったふりをして地図アプリを起動した。

    テント素材のお店に、見たこともないカラフルな果実。街歩く人はほぼサンダルで、ラフな服装。全てが入り混じったような少し湿った空気の匂い。日本の道より不衛生ではあるが、特段汚いという訳ではない。

    コンクリートで舗装された道に薄汚れた点字ブロック。空港から15分ほど歩いたところで、やっと親近感が湧く建物が見えてきた。鏡のような窓が全体につけられた大型ショッピングモール。しかし、店の看板も色とりどりの知らない言葉で埋め尽くされていて、やはりここが海外という浮足立った感覚は拭えない。

    「ぐぅ~」

    丁度、その時まるで計ったように腹の虫が鳴った。仕方ない。ここで食べていくか。音符を逆さまにしたような文字からは何も読み取れないが、赤い汁に詰め込まれた麺と具材の写真を見るに、飲食店であることは間違いないだろう。

    「すみません」

    通じるはずもないのに、つい日本語で扉を開けた。

    「สวัสดี มีกี่คน?」

    ふわっとしていて、どこか歌のフレーズのような言葉。至急、地図アプリを開いていたスマホを翻訳機に切り替えて、タイ語をタップする。

    「こんにちは。何名様ですか?」

    日本語が画面に表示されて、安堵の息を零した。

    「1人です」

    ハンドサインと共に、スマホ画面を向けると、混み合ったカウンター席に促された。隣の人はがっしりとした体つきで、見るからに辛そうなラーメンを、汁を飛び散らせながら啜っている。早速、手渡されたメニュー表を開いてみるが、真っ赤な麺類ばかりで、やはり、違いがよく分からない。

    『すみません。これ、お願いします』

    スマホを通して、言葉を発すると、店員さんは柔らかい笑顔で頷いた。

    昼下がりの食堂は、扇風機の羽が回る音だけが一定のリズムを刻む。外の光が差し込み、テーブルの上の調味料セットが淡く照らされる。どれも真っ赤で、辛そうな見た目。注文した商品が運ばれてくると、隣のガタイのいい青年がふっと笑った。

    『辛いの、大丈夫?』

    スマホ画面に文字が表示されて、「あんまり」と返す。

     すると、どんぶりに唐辛子を山のように入れ始めた。湯気がふわりと立ち上り、スープの香りが混ざり合って、店内の空気が少しだけ濃くなる。その汁の中にスプーンを差し込むと、赤い油の滴が浮かび上がった。口に放り込むと共に、舌が熱されたように熱くなった。

    「この辺に、心臓が空に浮かぶ都市伝説があるって聞いたんですけど、知りませんか?」

     その青年にスマホを傾けると、僅かに首を傾げて、派手なロゴTシャツを着た店員さんに話しかけ始めた。二人の中で猛スピードにやり取りがされていることは分かるが、翻訳機が追い付かず、内容は分からない。

    『この店の右奥の本屋の店主さんが見たことがあるってさ』

     店員さんがフライパンを再び握り始めたところで、スマホに向けて優しく教えてくれた。食べ終わったら、そこに行ってみようか。軽く会釈をして、互いに自分のどんぶりへ視線を戻す。

     料金を払って、店を出ると、白く強い光が突き刺さった。エスカレーターの横の屋外時計は午後3時を指している。

     お母さんに手を握られて、おもちゃ屋まで走る子供。喧嘩をして、店内に怒号を響かせるカップル。ゲームセンターの格闘ゲームに真剣に向き合う老人。多くの人が行き交って、笑いが零れている。その姿はやはり遠く、俺はずっと乾いた淡い感情を浮かべるだけ。存在しない心臓がギュッと潰されるような閉塞感。胸の奥に小さな羨望が沈んでいく。

     店員さんに紹介された本屋はとても開放的だった。日本語で書かれた本もあり、日本でもメジャーなミステリー作家である「東野圭吾」の名もあった。

     だが、本来の目的はこっちではない。棚に戻して、杖を突いて歩く店員さんの下に向かった。

    「ラーメン店の店員さんから、空を浮く心臓を見たことがあると窺ったのですが、お話を聞かせて頂けませんか」

     スマホを傾けると、「んー」と頷いて、そのお爺さんは会計の横にあった椅子にゆっくりと腰かけた。

    『何が聞きたいんだね』

     しわがれた声が寂れた室内に響き、翻訳機が迅速に日本語に直していく。

    「どこで見たんですか?」

    『このショッピングモールからまっすぐ行ったところにある寺院で、だよ』

     そのお爺さんによると、その心臓は青色以外の灰色や青緑色の光を放つこともあるらしく、十数年前から出現している有名な都市伝説なのだそう。そして、その心臓は感情の集合体なのかもしれない。そう、ぶつぶつと、宗教的な難しい事も語っていた。

     そして、最後にお爺さんはこう言った。

    「この世界はどうせ謎だらけだよ」

    去り際の、その最後の言葉だけは、はっきりとした日本語だった。


    「コープクン・クラップ」

     タイ語でぎこちなく、一晩、お世話になったホテルに感謝を告げる。

     コンクリートが日光を反射し、熱気が肌に重く纏わりついた。今日は本屋のお爺さんに教えてもらった寺院に行って、あの心臓を探すつもりだ。

     多くの一軒家の合間を縫うように、頭一つ飛び抜けた建物。真白の漆喰で、細かな模様が施されていて、まさにこの街のシンボルという感じだ。しかし、空には淡い筋雲が浮かぶだけで、心臓が彷徨う気配は一つもない。

    「อยากไปสักการะไหม?」

    袖のない服を着た白髪の御婆さんが道に軽く座り込み始めた俺の肩を叩いた。

    「すみません。もう一回いいですか?」

    咄嗟で、翻訳機を向けられず、聞き取れなかった。

    『この寺院、参拝して行くかい?』

    そうか、ここにいると、参拝客の邪魔になるのか。ならば、心臓が現れるまで参拝で時間を潰すのもアリかもしれない。行き違いになったら嫌だと、俺はどうせ、ここからは動かないつもりだし、何もしなければ、暇を持て余すだけ。それに、海外での参拝の機会は貴重だ。

    「お願いします」

    重たいリュックを再び、肩に背負って、その御婆さんの後について行く。藍色の幾何学模様に埋め尽くされた床。靴を脱いで、一歩踏み出すとともに、足の裏が凍てついた。一番安いお参りセットを買って、長々と手を合わせる人々の後ろに並ぶ。皺が引き延ばされたシャツがゆったりと進んでいく。僅かに息が詰まる高潔な空気。

     前の人が抜けていくと、これでもかというほど金箔が施された何体もの仏像が目の前に立ちはだかった。目の奥の光が煌めき、問い詰めるような鋭い眼光。焦点が合い、魔窟に迷い込んだような閉塞感に絞められる。きっちりと皺と皺まで合わせた手が微塵も動かない。吸い寄せられるように、視点を移したくても移せない。

    「คุณสบายดีไหม?」

     隣で手を合わせていた御婆さんの声でやっと我に返った。恐怖が貼り付いている訳でもないのに、わなわなと震えてしまう。

    「コープクン・クラップ」

    軽くお辞儀をして、空を見上げると、黄色がかった鱗雲の上にあの心臓が脈を打っていた。場違いな空に自分を誇示するかのように冷たい炎を滾らせる。気にしていなければ見逃すほど、当たり前にあっさりと浮かんでいた。

    複雑に絡み合った血管が藍色の表面を塞いで、真っ赤に揺れ出した。血の色。寝る前になってから些細なミスが強烈に気になりだす、喉に詰まった骨。

     心臓に目なんかないのに、じっと見つめられているような威圧感を感じる。まるで、自分とその心臓以外の時が止まったかのよう。身体が静寂に包まれていく。風が頬を薙ぐが、空に浮かぶ心臓は微塵も揺らがず、青い海を漕ぐ。

    「待って」

     声が掠れた。

     このまま、逃がしてしまったら、俺は一生得られない。でも、何を得られないのか。それは上手く言語化できない。だけど、ただ駄目だと思った。何の根拠もない予感。

     悠々と空を飛んでいく心臓に向かって足を繰り出した。

     潰れるほど掌を握りしめて、振り回す。親指の先端が痛い。緩めればいいのに。でも、どこかその痛みを離したくなくて、馬鹿みたいに潰れるほど必死に握り返す。

     コンクリートが敷き詰められた地面が柔い足裏を叩いた。鞭のような痛み。でも、止まれない。黄土色の枯れ草が風に揺れて、足の間の布が擦れる。その音だけが耳に響いて、どよめきを飛ばす通行者がスローモーションにさえ見えてくる。

     それでも走った。

     腹巻きをつけたような温かさ。身体の芯からじわじわと体温が膨れ上がり、耳の奥まで熱さが沁み出してくる。口から解ける白い息。真っ白く高潔な寺院を越えて、進んでいく。

     高い。美しい。綺麗。胸をぶち上げる興奮のせいで、馬鹿らしく拙い言葉しか出てこない。でも、それでもよかった。今までにないほどに、強烈に熱くて、楽しい。

     煉瓦道を越えて、赤信号を越えて。昼空に浮かぶ一点の蘇芳を、追う。強烈に眩しいそれに、きっと、俺じゃ届かない。分かってるけど、足は止まられない。

     心臓は残酷なほど、俺に無関心に空を漂う。俺のだろ。ずっと、お前だって探してたんだろ。お前も、俺と同じように寂しいんだろ。叫んでるのに、ずっと声はガサガサで、地面の灰色のタイルにすら届かない。

     足が痛い。

     でも、痛いだけで、どんなに祈っても、羨ましがっても、疲労は来てくれない。来てくれよ。息、あがれよ。

     風は頬を打ち、空はゆっくりと茜色に染まっていった。川のせせらぎのように雲は細長く、網目を縫い、空を漂う。柿茶色の煉瓦階段がカタカタと音を立てた。頭と感情が相反して、走るべきじゃないのに、足が止められない。面倒臭くて、複雑。

     でも、不思議と嫌な感じはしなくて、ただこの風が気持ちいい。快感だけに浸っている。このまま、何からも逃げてしまいたい。ずっと、走っていたい。ああ。分かんねえ。怖え。自分が何を考えてるのかも、何を欲しがってるのかも、どうするべきなのかも、どうでもいい。完璧な現実逃避。

     ずっと、空の一点だけを見上げて、我武者羅に意味もなく、走る。掻き回す。耳にヘッドフォンを付けているかのように、世界は無音で、風の音と心臓が燃える幻想音しか聞こえない。

    「カツ カツ」

     ああ、もうどうでもいい。靴紐が解けた左足を剥ぎ取って、そこらへんに投げ捨てた。少しの湿気と汗臭さが人差し指の先端に付着している。

     ああ。もう、邪魔だ。こっちも投げてしまえ。

     何の不備もないのに、右足の靴までも、取り上げて、空に浮かぶ周防、めがけて、投げた。届くはずもないのに。

     靴は心臓から光を受け取って、白い線を引く。茶色の古びたその靴は、俺の頭上に覆い被さって、真紅の心臓を隠した。

     やべ。頭に当たる。

     その時、衝撃音が身を震わせた。

     空に恍惚と浮かんでいた心臓が爆ぜた。

     赤色の光が弾けて、その中から金色の光が姿を現す。世界中の全ての電球をかき集めたような眩さ。まるで、威光。大輪の花を咲かせ、火花を地面に落とす。

     一つ一つが閃き、羽ばたく。目の裏の残像。真っ赤な緋銅色の中で、一点を追いかけ回して、離さない金色の点。

     目を開けると、空を赤く染めていた心臓は姿を消して、金色の雨粒だけが原っぱに落ちていた。

     ジャスミンの花弁と同じくらいの小ささの点が集まって、萌黄色の丘を金色に染めていく。跪いた足先にオヒシバが囁いた。常盤色の三つ編みが風に揺れる。空では、透明な膜に覆われて、茜色が揺れていた。夕陽が赤く稜線を震わせる。

     心臓が揺れていた。

     ドクン。

     ドクン。

     一定のスピードで、身体に揺れが来る。横隔膜の下に溜まった高揚感が胸を突き上げる。なぜか、涙まで溢れてきた。理由も言語化できない。だけど、ただ。服に小さな無数の水溜りが宿っていく。頬を伝う冷たい感覚。分からないのに、心が震えてる。おいおいと、小さな子供みたく、声を上げて、咽び泣く。地面にその滴が落ちて、金色の滴は薄まっていく。

    「คุณสบายดีไหม?」

    知らない女の子に、ハンカチを向けられた。白いお花模様が描かれたピンク色のハンカチ。干からびた喉を舌で舐めた。

    「コ、コープクン・クラップ」

    その女の子の頬が紅梅色に弾け出す。ハンカチを紅に染めて、流れ出る雫を拭う。感情の揺れに酔いしれるように、長らく俺は、その場から動けなかった。

     

     

     空はやはり遠い。そして、俺は、また変わらず、グラウンドを駆けている。あれから、手首に親指を添えると、「トク トク トク」と鼓動を感じ、疲労がずんと身体にくるようになった。風がオオバコの粒状のタワーを揺らしている。寂寥感を断ち切るように、手を振り上げて、俺はゴールテープを切った。



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    ちよあせか 高校1年生。  数週間遅れで、1日1篇の描写練習を投稿しています。(20:00くらい) 加えて、水土曜日20:00には5万字ほどの長編小説を投稿していきます。 https://kakuyomu.jp/users/minorisanada

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