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白雪姫にフラれた夜

何十年という時間は、人を変える。
だが、変わらない記憶というものもある。

学生時代の友人に会う機会に恵まれた。
何十年ぶりだろうか……。
私には少々気まずい想い出があり、
正直あまり会いたくはなかった。
 
「元気にしてた?久しぶりね。
最近どう? ……。
1杯付き合ってくれないかしら?」 

琥珀色の照明が落ちるバーのカウンター
磨き上げられた木目にグラスの輪が淡く映る

「……なんとか息だけはしてるよ。
君は相変わらず元気そうだ、
気は進まないが、1杯だけなら付き合うよ」

「気が進まない?
おばさんだからなの?
それとも、私がもう結婚してるから?」
彼女は悪戯っぽく微笑んだ。

「ねぇ覚えてる?
あの時は貴方の方から、お酒を誘ったのよ」

やはり、覚えていた……。
私にとって、想い出すだけで耳の後ろが
熱くなるような、苦い想い出。

「貴方はカクテルのウンチクを得意げに話し
ながら、私がお手洗いに行ってる隙に、
マスターに素敵なカクテルを作ってくれる
ように頼んで。フフ、懐かしいわ」

「……もう大昔の事だ。覚えてないよ」

「顔に嘘って書いてあるわよ。
カクテル名、"白雪姫のリンゴ"だったよね。
あの時のマスター、洒落てたわね。
わざわざ私に"レディキラー"だって分かる
名前を付けてくれるなんて」

「あの後、悪いことしようと思ってたのが
バレバレ。ねぇ、あのカクテルね、
実はマスターが私のことを心配して、
ノンアルコールで作ってくれていたのよ」

「まいったな…下心は見透かされてたか」

「ほら、やっぱり覚えてる。
今だから言えるけど、その下心
少し嬉しかったのにな…なんてね…」

彼女の無邪気な笑顔の前で、
私はグラスを見つめたまま、
力なく苦笑いするしかなかった。
どうりで、あの夜の彼女は最後まで足元が
しっかりしていたわけだ。
私はただの、道化(ピエロ)だった。

「若い頃って、 
女性の方が精神年齢が高いのよ。
それに、女の勘を甘く見たらダメよ」

そのやり取りを、カウンターの向こうで
聞いていたバーテンダーが、
静かに目元を和ませる。
私はかつての敗北を少しでも取り返そうと
彼女に"王子のキッス"を
イメージしたオリジナルカクテルを頼んだ。

「王子のキッス?
白雪姫は眠ってないわよ?
フフ、相変わらず、
口先だけは上手なんだから」

「うん、"王子のキッス"美味しい
しっかりアルコールも入ってる」

「お客様、ベースはウォッカを使いました
レディキラー仕上げでございます」
そう言って、バーテンダーが微笑む

「聞いたー?『レディキラー仕上げ』ですって、
今度こそ眠り姫になるかもよ」

「フッ、あんまりからかうなよ…」

彼女の呆れたような、
けれどどこか楽しそうな声を聞きながら、
私は葉巻を注文した。
バーテンダーが流れるような手つきで
シザーを入れ、吸い口を切って差し出して
くれる。

差し出された火を移し、
紫煙をゆっくりと燻(くゆ)らせる。
いつもより、その香りは心なしか少し苦く、
そしてほんのりと甘かった。

今夜も白雪姫の方が、1枚上手だな。
白雪姫にフラれた夜は、今も苦くて甘い。


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