
バケツの水を 奪い合う
庭先に置いて、雨水を溜めているバケツの水は、意外と減らない!
時々 新しい雨☔️が 追加される。
時々 ねこが飲みたそうにしてる。
それを眺めて思うこと
もし、ここが砂漠の真ん中で 水が全くなかったら
このバケツの水は、100万の価値があるだろうか?
いや、その前に奪いあいになる?
今 世界で起きている紛争は
かつての世界大戦以来の多さ
だと ニュース番組が告げる
しかも、世界大戦以降に つくられた
「武力で他国を侵略してはならない」
という合意が なし崩しになっている
さらに
今まさにぶつかり合っているのは、核保有国であり
世界は極めて危険な状況にある
とも。
結局 全ては、領土と 資源の奪いあい と言えるのだろう。
以前、ネットで知り合った知人と、こんな会話をした。
「生きるとは?」と知人。
「生きるとは 殺す事」 と私。
穏やかでない表現だが 私が言いたかったのは
生きるためには、食べなければならない。
日々、家畜 魚 野菜 あらゆる生命を奪って生きている という現実。
決して、他人の生命を奪うという話ではない。
けれど、食料を奪い合う事態になったら、それに近いことが誰にでも起き得るだろう。
この会話の時、知人は「うむ…」とうなづき、以来 私たちは友人になった。
「火垂るの墓」を観て
「あの子たちは そういうふうに育てられたんだよ」と言った友人である。
庭のバケツを眺めたせいで、余計なことを考えてしまいました。🐈⬛