
梅干し作りの季節です 海辺の一家14
甘酸っぱい匂いが、お茶の間に漂っている。
黄色く熟して ほんのり赤みを帯びた梅を、ザルいっぱいに広げて
清ばあちゃんと お隣の玲子さんは、梅干しの仕込みに忙しい。
竹串で、きれいに洗った梅の実のヘタを取っているのだ。

「いい匂いね〜」
せっせと手を動かしながら、玲子さんがうっとりと言う。
玲子さんは、清ばあちゃんの梅干しがすっかり気に入って
とうとう、ばあちゃんに弟子入りしてしまったのだ。
ばあちゃんの年季の入ったかめの横に
玲子さんの真新しいガラス瓶が並んでいる。

下ごしらえした梅を それぞれの容器に一段並べては塩をふり
また一段と積み重ねてゆく。
「おばちゃん 塩はこれくらい?」
「そやなあ もうちっと入れた方がいいんちゃうか」
なんだか 仲のいい親子みたいな二人だ。
梅をぜんぶ詰めて 重石を乗せると、この日の仕事は終わった。
それから 10日ほどたった。
雨の上がった午後、二人は裏にある清ばあちゃんの野菜畑に出かけた。
この日のために育てた赤紫蘇を、ごっそり株ごと引っこ抜く。
外の洗い場で汚れを落とし
塩揉みしたシソを梅酢にひたすと、たちまち鮮やかな赤色に変わる。
「わあ〜 すごい色!」
玲子さんがびっくりしている。
鮮やかに染った紫蘇をほぐして、梅の上に散らし また重石を乗せる。

「後は しばらく置いて、梅雨明けにお日様に干せばいいからね」
「はい 師匠! なんか わくわくしますね〜」
師匠は、笑いながらインスタントコーヒーを入れると
「あっちに行こか」と お弟子さんを縁側に誘った。
縁側に腰を下ろすと
玲子さんが ばあちゃんのカップに目を止める。
「あら このカップ かわいいですね ミッキーマウス?」
「うん 大吾のディズニーランド土産」
「ああ 春休みに… 一人で行って来たんですよね」
「新幹線で行って 夜行バスで帰ってきたらしいよ」
「そう… 楽しかったでしょうね」
玲子さんは、遠い昔を想い出すような目をして、微笑んだ。
彼女は、数年前に 子猫を連れて 一人で都会から越してきた人だ。
「それでも “ やっぱりここが一番いい 海があるし 山も川もあるもん“ て言うとったよ」
玲子さんを労わるように
庭のあじさいを眺めながら、ばあちゃんはつぶやく。
ふと目を上げると、みかん畑から降りてくる真っ白なねこの姿が遠くに見えた。
久しぶりの散歩から戻った 玲子さんちの “みいこ” のようだ。