
純子 君の名を呼べば
ある日 上司が言った。
「僕の事は 純子と呼んでほしい」
「はぁ !?」
一瞬の間を置いてから 私は尋ねた。
「何ゆえに?」
「純子と 呼ばれたいから」
「… そうですか。
では 純子さん この仕様書 ちょっと分からないところがあるんですが」
「さんは 要らない。純子でいい」
私は 当時 ソフトウェア開発の仕事をしていた。
課長から渡された仕様書の確認に、彼の机のそばに立った時の事だ。
以来 彼は、部下の誰にも 純子で通している。
さすがに、社長の前や取引先では、そういうアホな事は言わないが。
特に 女装趣味があるようにも見えなかった。
奥さまと、二人のお子さんもいらっしゃる。
男性としてはスリムな方だが
ハーレー ダビットソンという バカでかいオートバイを乗り回している。
会社の旅行の時など、皆が乗っている観光バスにつかず離れず、ハーレーで付いてくる。
だが ハーレーに比べて、本人が余りにスリムなので
「あれで、単車倒れたら、起こせるのかな〜」
私たちは、バスの窓から眺めながら 余計な心配をしていた。
残業で遅くなった時は、部下たちに 近くの屋台で おでんを奢ってくれたりした。
ほろ酔い気分で、腕を組んで地下鉄の駅まで歩いた事もあった。
仕事を抜け出して、上野美術館の個展に私たちを連れて行ってくれたり
仕事帰りに近くのフルーツパーラー千疋屋に誘ってくれたり、楽しい人だった。
やがて、純子はその会社を辞め、メンバー数人の小さな事務所を持った。
なぜか 私もそのメンバーの一人で、ついて行った。
そう それは なつかしい千鳥ヶ淵のそばにある大きなビルの5階だ。
そこには 前の職場からの共通の友人であるS氏もよく訪れ
とても活気のある仕事の場になった。
2〜3年 そんな日々が続いたが
いつしか 純子とS氏の間には、取引を巡って齟齬が生じていたようだ。
私は ある日、外出した純子に呼び出され、真昼の喫茶店で泣かれてしまった。
もちろん、私が泣かせたんじゃない。
S氏との仕事関係の揉め事で、グチを聞いていただけだ。

さらに、おかしな事に
その同じ日の午後 もう一人のS氏にも 同じ喫茶店に呼び出され
またしても、泣かれてしまった。
こちらも、純子との仕事関係の揉め事で、私はグチを聞いていただけだった。
そこは 三人でよくお茶したお店だったが
どうやら、二人は取引を巡って揉めて、決裂したらしいのだ。
それにしても いい年した男二人に
同じ日に 同じ喫茶店で 同じ話題で
昼間から泣かれるなんて いったい あれは何だったんだろう (^^)
オイオイ泣かれた訳じゃなくて、涙ながらに語ったというのが正しいけどね
考えてみると 誰にも この話をした事はないけれど
ふっと思い出す。
純子は どうしているだろうか? と。
以上 まったく、どうでもいいような話でした。
お読みいただき、ありがとうございました。