
浜辺 波のささやき
静かな波のささやきが聞こえる。
辺りには 松葉の匂い。
私と弟は、まだ夜の明けぬ薄闇の中、浜辺の松林を歩いていた。
林が途切れ、砂浜の前で私は ちょっと立ち止まる。
足元は、うっかりとパンプスで出て来てしまったのだ。
小砂利の多い砂浜に、そっと足を踏み出した時
振り向いた弟が腰をかがめ
「 ん… 」と言った。
私は 驚いた。
( ん なに … 背負ってくれるの? )
少し戸惑ってから、思い切って その大きな背中に乗った。
彼は私より、かなり背が高い。
街中をいっしょに歩くと、いつも見上げて話す私は、首が痛くなるのだった。
波打ち際まで ちょっと 間があった。
ザク ザク ザク …… 砂浜は 軽い音をたてる。
あたりは 少しずつ闇を払って 浜辺が白々と浮かび上がってくる。
大人になった姉を、ためらいもなく背負ってくれる弟って
なんだか… ちょっと… わるくない。
砂浜は波打ち際で小高く盛り上がり、ちょっとした堤防のようになっていた。繰り返し砂利を運んで来る波がこの形を造るのだった。
嵐で大波が寄せた後は、平らになって波と遊べるおなじみの光景になる。
そしてまた、波は自然の堤防を積み上げる… この繰り返しだ。
この急傾斜した堤防から水際に落ちたら、ここからはまず登れないだろう。
砂利が崩れ落ちるから。
やがて、水平線の向こうに 今日の陽がゆっくりと昇ってきた。

私たちはそこに立って朝陽をながめ、取り止めもない話をした。
将来の夢、仕事について、両親の事、お互いの恋人の話はまだ出なかった。
いろいろな希望に満ちていた頃だ。
あたりが次第に明るくなると
波が造った砂の堤防の下では、青く深いうねりが砕けては、白い波をたてていた。

この 浅瀬のない 速い流れは 泳ぐには危険すぎる。
昔は漁師の子どもが泳いでいたらしいが、今は遊泳禁止になっている。
なだらかに続く浜辺には入江もなく、海水浴場がないので
高校時代の私は、よくバスに乗って遠くの入江まで泳ぎに出かけたものだった。
だけど、帰省すると いつだって真っ先に来るのは、やはりこの浜辺だ。

ただ海を見る。潮のにおいを吸い込み 風に吹かれる。
波の音が心を溶かす。
それが 私たちの故郷。
数日後、私と弟はそろって東京へ戻った。
両親は、たくさんのお土産を持たせて近くの駅まで送り、ずっと手を振ってくれた。
それも もう ずいぶん昔の事になる。
#浜辺 #波 #松林 #弟 #薄闇 #砂浜 #姉 #背負う #堤防
#水平線 #朝日 #希望 #白い波 #漁師 #遊泳禁止 #海水浴場
#帰省 #両親 #お土産