
短編 | 二月の雪
雪の金閣寺を、この目で見たい。
二月の朝、窓の外の雪景色を目にした時、冴子は、ふとそう思った。金閣寺をテーマにした小説を読んでから、そんな想いが、ずっと心にあったのかも知れない。
ただ、彼女の心に残っていたのは、あまりにも有名な三島由紀夫の「金閣寺」ではなく、水上勉の「金閣炎上」だった。
もちろん、冴子が、三島由紀夫を知らなかったのではない。
だが、彼女は、三島の激しさよりも、水上勉の優しさに惹かれた。
その他にも「雁の寺」「越前竹人形」「離れ瞽女おりん」といった水上勉の作品が思い浮かぶ。
京都や福井など、日本海側の寒く厳しい自然の中で生きる人々が、暖かく慈しみに満ちた筆致で描かれた世界だった。
そして 京都… そこには、日本の何処にもないものが確かにあった。
まったくのありふれた山野を
ため息が出るほど、雅な別世界にしてしまったのは、何だろうか。
魔法という言葉は似つかわしくない。
長い年月と、人々の情念が育んだ不思議なあやかし…とでも言おうか。
それは世界のどこにもないような気がする。
さらに、あの美しい言葉
出張で訪れた新幹線のホームで、女子高校生に何か尋ねた時の事だ。
一瞬の間を置いて、返ってきた言葉
「… そうどすなぁ」
その、とろけるような、イントネーション。
料亭の女将や舞妓さんの、いわば客に慣れきった調子ではなく
素朴な少女の京言葉。
わずか数秒の出会いに過ぎなかったのに
何年たっても、耳の奥に残るあの響きは、決して自分には真似できないものとして、強い印象を残している。
雪の舞う二月は、冴子の生まれた月。
窓辺のテーブルで、熱い紅茶を飲みながら、ごく若い頃、何度も訪れたあの古都を思い出していた。
さまざまな記憶が、断片的に甦える。
ゆったりと流れる鴨川の夕べを散策したあの日
少し、肌寒かったけれど、桜はもう咲いていただろうか。
そして、食事の後、切り出された別れの言葉。
以来、あの街を訪れる事は、なかった。
京都は、遠い昔に別れた恋人のような存在かもしれない。
懐かしさと傷ついた未練が、密かに呼んでいるような場所。
いつか、その時が来たら、そっと雪の金閣寺に会いに行こう。
だが、その時は本当に来るのだろうか。
それまで、私は、雪の金閣寺を感じられる自分でいるだろうか。
冴子は、降りしきる雪をさえぎるように、カーテンを引いた。
都会の一人暮らしの自由と孤独。
それは、張りつめた弦とその危うさに、どこか似ている。
小さな 英語レッスン
二月の朝 雪の金閣寺
February Morning: Snow-covered Kinkakuji Temple
京都は、遠い昔に別れた恋人のような存在かもしれない。
Kyoto may be like a lover you broke up with long ago.
冴子は、降りしきる雪をさえぎるように、カーテンを引いた。
Saeko drew the curtains to block out the falling snow.
発音は こちら
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