
見知らぬ二人 救いのない逃避行

ちらちらと粉雪が舞う浜辺で焚火をしていた男は、人の気配にふと顔を上げた。炎の中では、今はなき人の想い出が燃えつきようとしている。
小さな花束を手にした女が、向こうの松林を抜けて歩いて来た。
男には見向きもせず、波打ち際に歩み寄って行く。
女は ためらいがちに花束を海に投げ入れると、祈るように立ち尽くしている。
潮風に吹かれて、コートの裾が翻った。
薄いけむりを通して、遠く見つめていた男は はっとした。
女の身体が、夕暮れの中で、ゆらゆらと どこか透きとおって見えた。
( いけない …. )
わざと足音を立て、男は近寄って行った。
「何 してる?」
振り向いた女は黙ったままだ。
青ざめた頬に、風にあおられた髪がまとわりつく。
水際には、投げ込まれた花束が たゆたっていた。
フリージアの白と黄色を波が洗う。
「寒いだろ、火にあたらないか?」
その時、寄せた波が花束を引き込み、あえかな黄色は青に溶けて流れ去った。
それを見送った女の目は、焦点がぼやけたままだ。
「来い 風邪をひくぞ」
軽く腕をつかんだ男の手に、女は逆らわなかった。
それから数時間後、女を乗せて男は車を走らせていた。
彼女は助手席で身を固くしたままだ。
「家はどこだ この近くか?」
答えはない。
焚き火で身体の震えは止まったが、さっきから何も言わない。
沈黙の中に、走行音だけが流れる。
ややあって
「このまま どこかに行くか?」
男の誘いに
女は、身じろぎして微かにうなづいた。
それが 二人の 救いのない逃避行の始まりだった。
「名前は?」
「 …… 」
「本名でなくてもいいさ。名前がないと不便だ」
「… 理沙」
しばらくためらってから、女はつぶやくように口にした。
「いい名前だ。オレは健二。 一応本名だよ」
「一応…ね」
理沙と名乗った女は、初めてかすかに笑った。
車は、ゆっくりと北へ向かった。
ビリー ジョエル ストレンジャー
こちらは 和訳付き
これは 言葉によるデッサンの練習のようなものだろうと思う。