
異邦人
たまたま 知人と話していて
「私なんか ここじゃ 異邦人みたいなものよ」
と言ったのが、きっかけで
聴きたくなったのが この曲
久保田早紀さんの 異邦人
ま 個人的な趣味です
中森明菜が歌うと、雰囲気が違いますね
どちらも すてきです
誰? 画像が 怖くて 美しい
中森明菜 & 久保田早紀
AIさんも 負けてない
久保田早紀
久保田早紀さんの「異邦人」
という曲は どうやって生まれたのか?
この曲については
久保田早紀さんが中央線の電車に乗っている時に、ひらめいたという話は
知っていました。
ただ、それが、どうして あれほどエキゾチックな異国情緒の漂う、砂漠の街を思わせるものになったのか、そこが不思議でした。
それで、事実確認と詳細を知るため、Geminiさんに聞いてみました。
久保田早紀の「異邦人」 という曲が生まれた経緯を教えて!
久保田早紀さんのヒット曲「異邦人」は、1979年にリリースされました。この曲が生まれた経緯には、いくつかの興味深いエピソードがあります。
1. 通学中の電車内でメロディが誕生
当時、国立音楽大学の学生だった久保田さんが、中央線の電車に乗って八王子付近を移動している際、窓の外の景色を眺めていてふとメロディが浮かんだといわれています。
2. 元々のタイトルは「白い朝」
当初、久保田さんが書き上げた際のタイトルは「白い朝」で、歌詞の内容も中央線沿線の景色をイメージした、より日本的な日常を歌ったものでした。
3. プロデューサーによるアレンジと改題
デビューにあたり、プロデューサーの酒井政利氏らが「もっとスケールの大きな曲にしよう」と提案しました。当時、シルクロードをテーマにしたNHKのドキュメンタリー番組などが話題になっていた背景もあり、オリエンタルな雰囲気を強調するアレンジが施されました。
その結果、タイトルも「異邦人 -シルクロードのテーマ-」へと変更され、歌詞の一部も異国情緒を感じさせる内容へと書き換えられました。
4. 萩田光雄氏による編曲の力
この曲の最大の特徴である、中近東を思わせる印象的なイントロやサウンドは、編曲家の萩田光雄氏によるものです。久保田さんが作ったフォーク調の楽曲が、萩田氏のマジックによってエキゾチックな歌謡曲へと昇華されました。
このように、日常の風景から生まれたメロディが、制作陣のアイデアによって「シルクロード」という壮大なテーマと結びついたことで、時代を象徴する名曲となりました。
という訳でした。
カツゾー様から プロならではのコメントを頂きました。
ありがとうございます。
コメント欄に 全文表示されないので こちらに掲載させて頂きました。
