「死ぬかもしれない」と思った夜から、僕は“戻り方”を考えるようになった


42歳で脳出血。
左半身麻痺が残った僕は、
「勝ち方」ではなく、
「戻り方」を考えるようになりました。

2015年3月14日。

あの日の夜のことは、
今でも忘れられません。

左手が、動きませんでした。

息子のポテトチップスをつまみながら、手を洗おうと立ち上がった瞬間。

「あれ?」

と思った時には、もう膝から崩れ落ちていました。

■ あの日、左手が動かなかった

その日は、マラソンチームの飲み会前日でした。

楽しみすぎて眠れず、ウイスキーと焼酎を飲んでいました。

寒い夜でした。

「死ぬー!!」

と叫ぶ僕に、

妻は眠そうに、

「うるさいなぁ。寝たら治るんちゃう?」

と言いました。

いや、そういうレベルちゃうねん。

今なら少し笑えます。

でも、あの時の僕は本気で、

「人生終わった」

と思っていました。

■ 「人生終わった」と思った夜

救急車の中では、

「名前は?」

「生年月日は?」

「今日は何日ですか?」

何度も聞かれました。

大阪人としては、

「何回聞くねん!」

とツッコミたかったですが、うまく声が出ませんでした。

病院では、

「寝たきりを覚悟してください」

と言われました。

42歳でした。

左半身麻痺。

未来という言葉が、
急に遠くなりました。

■ 「戻ってこい」という声

でも不思議なことに、

その絶望の中で、何度も聞こえてくる言葉がありました。

「戻ってこい」

「負けんな」

家族。

仲間。

親友。

現実だったのか、幻だったのか、今でも分かりません。

でも、その言葉に支えられて、

僕は、砂を噛むようなリハビリを続けました。

■ 元には戻れなかった。でも──

そして今。

右手の爪は切れません。

マラソンも走れません。

左半身麻痺も残っています。

でも、

朝起きれる。

白湯を飲める。

深呼吸できる。

「ありがとう」

と言える。

昔の僕は、

“元に戻ること”

ばかり考えていました。

でも今は、

“戻ってこれること”

そのものに、価値があると思っています。

■ 今の僕は、「戻り方」を書いている

最近、アクセス解析を見ると、

「整えるだけでいい」

「戻ってこれればいい」

そんな記事に、反応をいただくことが増えました。

たぶん今、世の中には、

“勝ち方”

より、

“戻り方”

を探している人が多いのかもしれません。

僕自身、まだ途中です。

でも途中だからこそ、
見える景色がある。

そう思っています。

昔みたいには戻れませんでした。

でも、

生き方は戻ってこれました。

今日も、少しずつ整えながら生きています。

今日も生きている。

ありがとう。


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幸せは、なるものではなく

気づくもの。

今日も生きている。ありがとう。

住吉大介

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