「死ぬかもしれない」と思った夜から、僕は“戻り方”を考えるようになった

左半身麻痺が残った僕は、
「勝ち方」ではなく、
「戻り方」を考えるようになりました。
2015年3月14日。
あの日の夜のことは、
今でも忘れられません。
左手が、動きませんでした。
息子のポテトチップスをつまみながら、手を洗おうと立ち上がった瞬間。
「あれ?」
と思った時には、もう膝から崩れ落ちていました。
■ あの日、左手が動かなかった
その日は、マラソンチームの飲み会前日でした。
楽しみすぎて眠れず、ウイスキーと焼酎を飲んでいました。
寒い夜でした。
「死ぬー!!」
と叫ぶ僕に、
妻は眠そうに、
「うるさいなぁ。寝たら治るんちゃう?」
と言いました。
いや、そういうレベルちゃうねん。
今なら少し笑えます。
でも、あの時の僕は本気で、
「人生終わった」
と思っていました。
■ 「人生終わった」と思った夜
救急車の中では、
「名前は?」
「生年月日は?」
「今日は何日ですか?」
何度も聞かれました。
大阪人としては、
「何回聞くねん!」
とツッコミたかったですが、うまく声が出ませんでした。
病院では、
「寝たきりを覚悟してください」
と言われました。
42歳でした。
左半身麻痺。
未来という言葉が、
急に遠くなりました。
■ 「戻ってこい」という声
でも不思議なことに、
その絶望の中で、何度も聞こえてくる言葉がありました。
「戻ってこい」
「負けんな」
家族。
仲間。
親友。
現実だったのか、幻だったのか、今でも分かりません。
でも、その言葉に支えられて、
僕は、砂を噛むようなリハビリを続けました。
■ 元には戻れなかった。でも──
そして今。
右手の爪は切れません。
マラソンも走れません。
左半身麻痺も残っています。
でも、
朝起きれる。
白湯を飲める。
深呼吸できる。
「ありがとう」
と言える。
昔の僕は、
“元に戻ること”
ばかり考えていました。
でも今は、
“戻ってこれること”
そのものに、価値があると思っています。
■ 今の僕は、「戻り方」を書いている
最近、アクセス解析を見ると、
「整えるだけでいい」
「戻ってこれればいい」
そんな記事に、反応をいただくことが増えました。
たぶん今、世の中には、
“勝ち方”
より、
“戻り方”
を探している人が多いのかもしれません。
僕自身、まだ途中です。
でも途中だからこそ、
見える景色がある。
そう思っています。
昔みたいには戻れませんでした。
でも、
生き方は戻ってこれました。
今日も、少しずつ整えながら生きています。
今日も生きている。
ありがとう。
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幸せは、なるものではなく
気づくもの。
今日も生きている。ありがとう。
住吉大介
