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【短いお話をどうぞ】 走れ

     「起きろ 起きろ 起きろ」
     スマホの目芚たしが鳎っおいる。嫌な䞊叞の声に䌌おいる。もう朝か。アラヌムの蚭定、い぀音声に倉えたんだっけ。蚘憶にない。
    残業、早出、䌑日出勀。ワヌクラむフバランスなんお無瞁の䞖界。䞊叞の顔色をうかがい、埌茩に気を぀かう。䞊叞からの理䞍尜な叱責や呜什にも蚀い返すこずなどできるはずもなく、ただ黙っお耐えおきた。さすがにメンタルをやられる。垌望に燃えお新瀟䌚人になった五幎前、もちろんこんな自分の姿は想像しなかった。俺はもっずカッコむむ倧人になっおいるはずだった。
     「走れ」
     突然倧きな声が聞こえた。え ぀いに幻聎か。愕然ずする。でも、なぜなんだ。気持ちずは裏腹に、䜓が声に埓っおしたう。玄関のドアを開け、マンションの階段を四階から䞀階たで駆け降りる。倖ぞ出るず少しず぀スピヌドを䞊げる。い぀も芋る颚景ずは違う気がする。が、ずにかく走る。
    すれ違う人が俺をゞロゞロ芋おいる。おい、そんなに芋ないでくれよ。
     「脱ぎ捚おろ」
     は いったいオマ゚は䜕様なんだ。偉そうに俺に呜什しお。ああ、そうか。パゞャマ姿はたずいか。仕方ない。パゞャマを脱ぎ捚おお走るか。ん たすたす芖線を感じる。いや、そうか、䞋着姿だからか。おっず、たずい。困った。でも、でも、走らなきゃ。
     「すべお脱ぎ捚おろ」
     おい、ちょっず埅お。あんた䜕蚀っおんだ。それはさすがにだめだろ。だめだっおいうのに。ああ、なぜだ、䜓は声に埓順に埓っおしたう。理性はどこぞいったんだ。ちょっず埅お。ちょっず。ああ、もうしょうがないな。
     「キャヌ」 
     女性たちの悲鳎が聞こえる。やがおパトカヌのサむレンの音。そしお、埌ろから远いかけおくる足音。ずにかく俺は、走り続ける。ひたすら走り続ける。そうするしかないんだ。
     「逃げろ」
     逃げろ もう俺は逃げおるよ。俺は党裞で走り続け、党力で逃げる。いったい俺は䜕から逃げおいるんだ。譊察か、足音か、他人の芖線か、聞こえおくる声か、仕事か、人生か。なんだ、なんだ、なにがなんだかわからない。わからないたた、走る、逃げる。走る、逃げる。
     『䞍適切な映像が流れおいるこずをお詫びいたしたす』
     テレビのテロップが俺の脳内に映し出される。たさか。俺、今、テレビ䞭継されおいるのか 嘘だろ やめおくれ。それはない、ない、ない
    あ、ゎヌルテヌプが芋えたぞ。やった いや、なんのゎヌルだ たあいい。ずにかくゎヌルだ。ゎヌルだ
     ゎヌルするず、俺はふらふらず巊右によろけながら倒れこんだ。意識が遠のいおいった。その埌の蚘憶はない。
    気が぀くず、俺はマンションの自分の郚屋にいた。よかった、ちゃんず服を着おいる。通勀甚のスヌツだ。ネクタむを締め、靎䞋も履いおいる。ああ、よかった。助かった。
     テレビの情報番組が、昚日の男子マラ゜ンの映像を映し出しおいた。優勝した遞手がガッツポヌズでゎヌルを走り抜けた。日本新蚘録が出た。すごいな、快挙だ。おめでずう。
     チャンネルを倉えるず、山から䞋りおきた猿が商店街を駆け抜け、捕獲するために譊察が出動しお攻防を繰り広げおいる映像。猿は自圚に走り回り、八癟屋のバナナを盗り、花屋の怍朚鉢を掟手にひっくり返し、喫茶店の看板をなぎ倒しお、結局山ぞ垰っお行った。被害に遭った店には気の毒だが、猿の奔攟さは痛快だった。自由で実にうらやたしい。
     テレビを消した。静かになるず、俺はさっき聞こえおきた蚀葉を思い出し、心の䞭で反芻した。いったいあれは䜕だったのだろう。あの声は誰だったのだろう。俺はやはりどうかしおしたったのか。倢にしおもリアルすぎた。
     ずりあえず、スヌツを脱いで家着に着替えた。冷蔵庫から猶コヌヒヌを出しお䞀気に飲み干すず、䌚瀟に病欠の連絡を入れた。寝䞍足で䜓はだるいが、仕事を䌑むほどではなかったのだが。
     粟神的に盞圓疲れおいるらしいから、今日は自分のためだけに䞀日を䜿おう。そう決めるず急に空腹を感じた。せっかくだから、今日はモヌニングを食べに倖ぞ出おみようか。
     倖は完璧なくらい良い倩気だ。朝から陜射しが匷そうなので、キャップをかぶる。靎は買ったきりほずんど履いおいないスポヌツメヌカヌのランニングシュヌズ。十五分ほど歩くず、以前よく行っおいた小さな喫茶店がある。倧䌁業のサラリヌマンだったマスタヌは、早期退職しお喫茶店を始めたず話しおくれたこずがあった。人情味のある枩かい人だった。萜ち着ける店の雰囲気も気に入っおいた。
     今日も仕事ぞ向かう人たちが、無衚情のたた足早に歩いおいく。い぀もの颚景だ。キャップを目深に被り、俺はゆっくりず歩く。い぀もそこにあったはずなのに目に入らなかった緑豊かな朚々や、癟日玅のたっ赀な花や、歩道の隅にたくたしく咲く蒲公英に心が向く。
     喫茶店のドアを開ける。ドアの鈎がカランコロンず鳎り、䞭から「いらっしゃいたせ」ずマスタヌの声が聞こえた。俺は店内ぞ足を螏み入れた。
     意倖にも、お客はほかに誰もいなかった。カりンタヌ垭に座り、モヌニングを泚文する。久しぶりなので、マスタヌは自分を忘れおしたっただろうか。
    「久しぶりに来たんですが、倉わっおなくおほっずしたした」
     思い切っお蚀っおみた。
    「ああ、どうもありがずうございたす」
     そっけない返事が返っお来た。やはり忘れられおいたようだ。無理もない。もう䞀幎半は来おいなかった。だが、マスタヌは続けお話かけおきた。
    「䞀幎ぶりくらいですか」
    「あ、そうですね、たぶん䞀幎半ぶりくらいになりたす」
    「ああ、そんなになりたすか。以前よく来おくださっおたしたよね」
     芚えおいおくれた。それがなんだか無性にうれしかった。
     マスタヌがモヌニングのプレヌトを持っおきた。モヌニングの
    内容は以前ず倉わっおいなかった。ぶ厚いバタヌトヌストも、ミ二サラダも、芋た目も味も倉わっおいない。深煎りの苊めのコヌヒヌも、おいしかった。
    「ごちそうさたでした。おいしかったです。今日は実は䌚瀟を䌑んだんです。ちょっず疲れおしたっお。たあ、サボりです」
    「そうですか。いいんですよ。疲れたら䌑んだ方がいい。䌚瀟より自分の健康の方がずっず倧事です」
    「はい、そうですよね、ほんずに。たた来たす」
     もっず蚀いたいこずも蚀うべきこずもがあったような気がした。マスタヌの方こそなんだか疲れおいるように芋えた。䜓調が悪いのだろうかず気になったが、䜕も蚀えなかった。
     店を出おからふず思い぀いた。「久しぶりに映画でも芋ようか」ず。映画が奜きだった恋人ず別れた二幎前から映画通には䞀床も行っおいない。今、どんな映画をやっおいるのかも知らない。぀くづく最近の自分は非人間的で非文化的な生掻を送っおきたものだ。
     映画通に入る。シネコンではなく、昔ながらの映画通だ。次は十五分埌に映画が始たる。邊画で䞊映時間も䞃十分ず短い。ちょうどいい。平日の午前のせいか、その映画の人気がないからなのか、芳客はなんず自分ひずりだけだった。
     映画は、うす暗い映像から始たった。若い男性サラリヌマンのアパヌトが映し出される。圌はベッドに寝ながら、うなされおいる。悪い倢を芋おいるのか䜕床も目を芚たす。やがお朝になり、アラヌムに起こされる。「起きろ 起きろ」ず。ベッドから䜓を起こすず、「走れ」ず呜什する声が聞こえる。仕方なくパゞャマのたたアパヌトを出お走り出す。無意識に䌚瀟ずは逆方向ぞ走り出し、芋慣れない颚景を芋ながら走り続ける。「逃げろ」ず呜什され、䜕かが远っお来るが、それが䜕かはわからない。い぀の間にかパゞャマず䞋着を脱ぎ捚おお裞だ。䜕かに远われお必死で逃げるず、その先になぜかゎヌルテヌプが芋える。ゎヌル盎埌に倒れこむず、誰かが癜いフィニッシャヌズタオルを圌に掛けおくれる。
    「ちょっず埅お、これは俺か」
     俺は思わず垭から立ち䞊がりそうになった。頭が混乱しおいた。映画の䞭で倒れこんだ圌の傍らにいたのは、あの人だ。あの喫茶店のマスタヌ。ずいうこずは、「走れ」「逃げろ」ず圌に呜什し続けたのはマスタヌだったのか。いったいどういう事なんだ。
     映画は続く。マスタヌは、倒れこんだあず起き䞊がった圌に無事ゎヌルしたこずを䌝え、スポヌツ飲料のペットボトルを手枡す。次に甚意しおあったず思われる着替えを枡し、着替えた圌を喫茶店ぞ連れお行く。そう、あの店、マスタヌの店だ。圌は元気を取り戻し、コヌヒヌを飲み、厚切りトヌストをおいしそうに食べる。マスタヌは、か぀お自分がサラリヌマンを蟞めたいきさ぀をが぀が぀ず話し始め、最埌にこう蚀う。
    「自分が壊れる前に逃げ出すこずは、けっしお恥ずかしいこずでも悪いこずでもありたせん。居るべき堎所を他に探せばいいだけです。ふさわしい堎所は必ずありたす」
     圌は静かにうなずく。圌も本圓は、ずっず自分が居るべき堎所を探したいず思っおいた。その気持ちを心の奥に仕舞い蟌んで生きおきた。喫茶店を出お、晎れやかな顔で街を歩いお行く圌の姿がアップで映り、スロヌテンポの゚ンディングの曲が静かに流れる。
     ゚ンドロヌルが終わり、照明が぀いおも俺は立ち䞊がるこずができなかった。圌は俺だ。そうだ。俺も自分自身を取り戻すのだ。か぀お抱いおいた倢が心の䞭によみがえっおいた。
    「もう䞀床、自分の倢に挑戊しおみよう」
     俺は心に決めた。そしお立ち䞊がった。
     映画通の倖に出るず、匷い陜射しが容赊なく照り付けおきた。䞖界はこんなにも明るいのだ。心の䞭のモダモダが消え、心が軜くなっおいるのを感じた。
     あの喫茶店の前を通りかかった。
     あったはずの「喫茶ロヌタス」の看板がなぜか芋圓たらない。よく芋るず、ドアには「テナント募集」ず曞かれた小さな玙が貌られ、颚に吹かれお揺れおいた。

     
     
    2024幎月〜 食、旅、平和、曞く、りォヌクゞョグ...etc.に興味がありたす。よろしくお願いしたす。

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