
創作大賞2026 ファンタジー小説部門 第25話(最終章完結)未来が視える占い師詩織 私は私でいい――龍神が最後に教えてくれたこと
第Ⅵ章 私は私でいい――龍神が最後に教えてくれたこと
春の陽射しが窓から差し込んでいた。
「詩織の館」は今日も静かだった。
最後の相談者を見送った後、詩織は一人、窓辺に立っていた。
空は青く澄み渡っている。
ゆっくりと風が吹く。
その風を感じながら、詩織はこれまでの人生を思い返していた。
長い旅だった。
本当に長い旅だった。
六歳の頃。
高熱にうなされながら見た未来。
花音の父親が事故に遭う光景。
あまりにも鮮明だった。
夢ではなかった。
現実になった時、幼い詩織は恐怖した。
自分はおかしいのではないか。
なぜこんなものが見えるのだろう。
誰にも話せなかった。
話したところで信じてもらえないと思った。
それどころか、気味悪がられるかもしれない。
実際、幼い頃から詩織は周囲と少し違っていた。
三歳の頃から龍の話をしていた。
空に白銀の龍がいると言った。
神社で龍神様と話したと言った。
だが大人たちは笑うだけだった。
子供の空想だと思った。
だから詩織も次第に話さなくなった。
自分の中へ閉じ込めた。
孤独だった。
友達がいても孤独だった。
家族がいても孤独だった。
誰にも見えない世界を視ている自分。
誰にも理解されない自分。
その孤独は年を重ねるたびに大きくなっていった。
中学生になった頃には、未来を視る力を恐れるようになっていた。
事故。
病気。
別れ。
悲しみ。
未来に見えるものは必ずしも希望だけではなかった。
むしろ苦しみの方が多かった。
視えてしまうのに止められない。
知っているのに救えない。
無力感に何度も押し潰されそうになった。
なぜ自分だけがこんな力を持ったのだろう。
何度も思った。
普通になりたかった。
誰とも変わらない人生が欲しかった。
だが運命は変わらなかった。
大学生になった頃。
詩織はようやく気づく。
この力から逃げ続けても答えは見つからない。
だったら向き合おう。
そう決意した。
趣味で始めた占い。
最初は小さな相談だった。
恋愛。
仕事。
家族。
悩みを抱えた人々が少しずつ集まるようになった。
不思議だった。
未来を伝えた時よりも。
相手の話を聞いた時の方が感謝される。
未来を当てた時よりも。
寄り添った時の方が涙を流して喜ばれる。
その時、詩織は気づいた。
人が求めているのは未来ではない。
希望なのだと。
一人じゃないと思える温もりなのだと。
そして「詩織の館」が生まれた。
たくさんの人が訪れた。
絶望している人。
人生に迷う人。
孤独な人。
詩織はその一人ひとりと向き合った。
その中で気づいたことがある。
救われていたのは自分だった。
相談者たちが前を向く姿を見るたびに。
涙の先で笑顔を取り戻す姿を見るたびに。
詩織自身の心も少しずつ癒されていった。
そんなある日。
母は長年隠していた秘密を語った。
自分たちの家系は代々龍神と縁のある一族だったこと。
先祖たちも不思議な力を持っていたこと。
龍神に守られてきた家系だったこと。
そして三歳の頃。
龍の話ばかりする詩織を心配した母が神社へ連れて行ったこと。
そこで詩織は白銀の龍を見た。
あの日からずっと見守ってくれていた存在。
それが現実だったこと。
全てを知った時。
詩織はようやく理解した。
自分の力は呪いではなかった。
誰かを苦しめるためのものでもなかった。
先祖から受け継がれた願いだった。
人を愛する力。
寄り添う力。
未来を視る力は、そのための手段に過ぎなかった。
そしてもう一つ。
ずっと知りたかった答えがあった。
なぜ龍神は自分を選んだのか。
なぜ自分だけが未来を視るのか。
ある夜。
詩織は夢を見た。
懐かしい神社だった。
月明かりに照らされた境内。
そこに白銀の龍がいた。
巨大な身体。
神々しい鱗。
優しい瞳。
詩織は尋ねた。
「どうして私だったの?」
龍は静かに微笑む。
そして心に直接語りかけてきた。
『お前は選ばれたのではない』
詩織は目を見開く。
『お前はお前として生まれてきた』
その言葉は不思議と温かかった。
『特別である必要はない』
『完璧である必要もない』
『ただお前はお前であればよい』
涙が溢れた。
ずっと苦しかった。
特別な力に縛られていた。
期待に縛られていた。
使命に縛られていた。
だが違った。
何者かにならなくていい。
世界を救わなくていい。
未来を変えなくてもいい。
ただ目の前の人に寄り添えばいい。
ただ愛を伝えればいい。
それで十分だった。
夢から覚めた時。
詩織は泣いていた。
だがその涙は悲しみではなかった。
解放だった。
長い長い孤独の終わりだった。
私は私でいい。
その答えがようやく見つかったのだ。
数日後。
詩織はいつものように館にいた。
一人の女性が相談に訪れる。
女性は泣いていた。
「私、生きる意味が分からないんです」
昔の自分を見ているようだった。
詩織は静かに微笑んだ。
以前なら未来を視ていただろう。
だが今は違う。
まず伝えたい言葉があった。
「大丈夫ですよ」
女性は顔を上げた。
「あなたは一人じゃありません」
その瞬間。
女性の瞳から涙が溢れた。
詩織はそっと寄り添う。
それだけでよかった。
未来を語るよりも。
奇跡を起こすよりも。
今この瞬間を共に生きること。
それが自分の役目なのだ。
窓の外を見る。
夕日が沈み始めていた。
黄金色に染まる空。
その遥か彼方。
白銀の龍が飛んでいる姿が見えた気がした。
詩織は微笑む。
もう孤独ではなかった。
もう迷っていなかった。
答えは胸の中にある。
私は私でいい。
その言葉と共に。
占い師として。
一人の女性として。
これからも歩き続ける。
涙を流す人の隣を。
希望を探す人の隣を。
愛を求める人の隣を。
未来はまだ続いている。
物語は終わらない。
新しい出会いが待っている。
新しい涙がある。
新しい笑顔がある。
だから詩織は歩き出す。
穏やかな笑顔を浮かべながら。
白銀の龍に見守られながら。
どこまでも。
どこまでも。
愛を伝えるために。
そして――。
自分らしく生きるために。
【完】