エッセイ風小説「言葉という杖をあなたに」
「言葉という杖をあなたに」
2026 年 5月 25 日
第一章:鉄瓶の鳴る朝に
熊本の朝は、静謐な湿り気を帯びて始まる。
台所の片隅で、古びた南部鉄瓶が「シュンシュン」と微かな産声を上げている。窓の外には、阿蘇の稜線がぼんやりと霞んで見えた。
私は今年、66 歳になる。
鏡の中に映る自分は、世間一般で言えば「高齢者」の部類に入るのだろうが、不思議と体の中に「重り」のような感覚はない。膝が鳴ることも、腰が重だるい朝もない。同年代の友人たちが「どこそこが痛い」と薬の袋を並べる中で、私は自嘲気味に自分のことを「奇跡のロートル」と呼んでいる。
だが、最初からこうだったわけではない。
私は理学療法士として、35 年という歳月を白衣の中で過ごしてきた。向き合った患者の数は 5 万人を超える。 5 万人分の痛み、5 万人分の絶望、そして 5 万人分の「歩きたい」という切実な願い。それらを受け止め続けてきた私の手には、教科書には載っていない「命の癖」が染みついている。
鉄瓶の湯が沸いた。
私は丁寧に白湯を湯呑みに注ぎ、その温もりを掌で確かめる。
かつて、私の父は外科医だった。西洋医学の最前線に立ちながら、一方で東洋医学の深淵にも足を踏み入れていた父の背中を見て、私は育った。父の書斎には、解剖学の図譜と、経絡の古い書物が同居していた。
私の「健康」に対する視座は、その混沌とした、しかし調和の取れた風景の中から芽生えたものかもしれない。
白湯を一口。胃の腑がゆっくりと目覚めていく。さて、今日も私の「60 点」の旅が始まる。
第二章:布団の中の対話
私の健康法は、実は起き上がる前から始まっている。
いや、「始める」というほど大層なものではない。目が覚めて、意識がまどろみの縁から戻ってきたとき、私は布団の中で自分の体と短い会話を交わす。
まずは「踵(かかと)伸ばし」だ。
シーツの感触を確かめながら、ゆっくりと、本当にゆっくりと、踵を遠くへ押し出す。操体法の神髄は「気持ちよさ」にある。無理に伸ばすのではない。体が「ああ、そこだ」と喜ぶポイントを探るのだ。
続いて、両ひざを立てて左右にパタン、パタンと倒す。腰の奥にある深層筋が、寝ている間に固まった結び目を解いていく。
「おはよう、私」 心の中でそう呟く。
世の中には、100 点満点の健康を目指す人々が溢れている。
最新のサプリメント、過酷なジムワーク、分単位で管理された食事。だが、私は 5 万人の体を診てきて知っている。100 点を目指す人の体は、往々にして「遊び」を失い、脆い。
私が提唱するのは「60 点」の哲学だ。
40 点の不足を嘆くのではなく、60 点もできている自分を、ゆるやかに肯定する。その「ゆとり」こそが、毛細血管を広げ、自律神経のさざなみを静めるのだ。
起き上がると、次はエドガー・ケイシーの教えを借りた「眼と首」の体操だ。
首を回し、視線を動かす。現代人は、スマートフォンの狭い画面に魂を吸い取られ、首も眼も、そして心も固まっている。それを、朝の光の中で解き放ってやる。
それだけで、私のエンジンは静かに、しかし確実に回り始める。
第三章:熊本の風を歩く
仕事に出る道すがら、私は「スローウォーキング」を実践する。
「死ぬまで自分の足で歩く」という目的のために、最も効率的で、最も優雅な移動手段。それがスローウォーキングだ。
熊本の街並みは、歴史と生活が入り混じっている。歩くとき、私は「歩こう」とは考えない。
「一本の紐で頭のてっぺんから吊るされている」ようなイメージ。視線は遠く、30 メートル先の景色を見る。腕は振るのではなく自然に下げる。すると、背中が緩んで呼吸が深くなる。
足の裏のどこで着地し、どこで蹴り出すか。
それを意識するだけで、散歩は「瞑想」に変わる。
時折、道端に咲く花に目を留める。立禅(りつぜん)の要領で、一瞬、立ち止まる。地面からエネルギーを吸い上げ、天へと繋ぐ。そんなイメージを遊ばせるだけで、脳内のパフォーマンスは劇的に向上する。
私は、理学療法士としての知識を「note」や Kindle といった新しい時代の広場に書き記している。
35 年の経験を、一握りの人だけのものにしたくないからだ。
「先生、歩けるようになりました」
その一言のために、私は 5 万回の施術を積み重ねてきた。そして今、私は物理的な治療室を離れ、言葉という杖を、見知らぬ誰かに届けようとしている。
第四章:60 点の食事、愛を込めて
昼下がり、私は時折、無性にマックが食べたくなることがある。
「健康の専門家が、ジャンクフードなんて」
眉をひそめる人もいるだろう。だが、私は「今から朝マックの時間です」と笑って言える自分でいたい。
完璧主義という罠。
「これを食べたら病気になる」「これを食べなければ不健康になる」
そんな強迫観念に囚われながら食べるオーガニックのサラダより、大好きな人・愛する家族と、あるいはリラックスした休日の一人時間に、「美味しいなあ」と笑って食べるハンバーガーの方が、遥かに体に良い。
私たちの体には、多少の不純物を自力で外に出す「解毒パワー」が備わっている。胃腸が活発に動くのは、心が「快」の状態にあるときだ。
人間はそんなに弱くない。脆くもない。
60 点の食事を、笑って食べる。
それは、人生という時間を慈しむことに他ならない。
「愛する人と食べるジャンクフードは、ストレスだらけの孤独なスーパーフードに勝る」これは私の、ささやかな、しかし揺るぎない真理だ。
第五章:死ぬまで歩くということ
夕暮れ時、私は再び自宅の机に向かう。
WordPress の画面を開き、新しい記事を綴る。タイトルは決まっている。
『死ぬまで歩ける健康法』。
思えば、長い道のりだった。
1986 年、大学時代に 1 ヶ月かけて旅した中国。あの時、ファインダー越しに見た大陸の広大さと、人々の力強い
足取り。あの 200 枚の写真の中に、私の原点があったのかもしれない。
それから 40 年近くが過ぎ、私は今、熊本の地で「歩くこと」の本質を説いている。
「健康」は、ゴールではない。
それは、人生という長い旅を、自分の足で、自分の意志で楽しむための「手段」に過ぎない。ひざが痛ければ、その痛みが教えてくれる声を聞けばいい。
腰が重ければ、少し休んで、また「60 点」から始めればいい。
夜、再び鉄瓶に火をかける。
シュンシュンという音が、心臓の鼓動と重なる。
私は今日も、操体法で整えた体で、深い眠りにつくだろう。 明日の朝、また「踵伸ばし」から始まる一日を楽しむために。
「死ぬまで歩ける」とは、すなわち「死ぬまで自由である」ということだ。私は、この自由を、この幸福を、一人でも多くの人に伝えていきたい。
火の国、熊本の片隅から。一人の理学療法士として。
そして、人生という名の道を歩く、一人の旅人として。
(完)
著者あとがき(小説家の視点より)
この物語は、わたしの資料にある「35 年の経験」「60 点の哲学」「具体的な実技」「食への考え方」をすべて織り込み、一つの人生観として再構成したものです。
読者が「これなら自分にもできそう」と感じ、同時にあなたの人生がより以上に豊かで優しい人生を送れるような構成を目指しました。この「エッセイ小説」が、あなたの生き方をさらに広げる一助となれば幸いです。
シマシン
