なんでもやってみるラズベル、人の勧めで一歩踏み出す
先日の私の記事に、「詩か小説かエッセイを書いたらどうか」「何かに投稿・応募してみては」というようなコメントいただきました。
今日はこの件について、少しお話させていただこうと思います。
ちなみにそのようなコメントくださった方はマイフォロワーさんのアトランさんです。
まず結論ですが、タイトルにある通り、やってみようと思います。何でもやってみるというのが私のモットーなのに、何故検討もせず瞬間的にその提案を遠ざけたのだろうと数日考えての結論です。
このことについて自身を振り返りながら結論に至った道筋を説明したいと思います。
私は文字を書き始めた小学生の頃から、誰かに広く読んでもらうための行動をとってきませんでした。端から「自分とは違う世界のもの」「異質なもの」くらいの感覚でした。
想像力もあまりなく、創造することに手を伸ばすことがありませんでした。
未就学児であれば画用紙に絵を描いたりしますね。私はそれも苦手でした。何を描けばいいのかわからない。どうしたらいいのかわからない。保育園時代の私は(ほぼ記憶はありませんが)自発的に何かをすることが非常に苦手でした。
そしてそのまま、誰かに認められることも背中を押されることもなく小学校高学年になりました。
…40歳までの人生を語るとあまり楽しくない文章になるので書きたくないんですが笑、まぁ仕方ない。ここまでにしましょう。
前にどこかの記事で「小学校高学年あたりで書き始めた日記のようなもの」がある(現在は処分済み)と書きました。私にとっての文字書きのスタートはここです。
その日記は、半分以上が空想でした。
日記というより架空の友達をノートに絵付きで設定し、その子に向けて書くという、高度な交換日記妄想ゲームです笑
我ながらすごい。言葉を選ばずに言うと怖い笑
空想も、文字を書くこともしているんですよね。12歳から。それなのに、「物語を作ることは私の世界にはない」と思い込んでいます。それは、今日ここに至るまで続きました。だから瞬間的に「何かに応募してみたら」という提案を遠ざけたのです。
何故か。
数日考えました。
「人に読ませるために書いてない」と思っていることに、疑問を持ってみました。「私が物語や創作することを否定していること」そのものを、否定してみる。アウフヘーベンです。
絡まった糸のような過去を辿って、行き着いたのは姉の存在でした。
姉はいわゆる本の虫で、当人曰く「活字中毒」です(傍から見ててもそう見えます)。
4歳上の姉が、私の10倍の本を読み、相当量の知識と、そして想像力を持っていたら。
物心ついたときには既に圧倒的な存在がすぐそばにいたとしたら。
初めから放棄してしまっても不思議でないと思いませんか?
ペンを持とうともしないと、思いませんか?
挑戦して諦めるなんてところに至らず、スタートラインに立つこともありませんでした。それが私の世界でした。
そして姉は大学は日本文学科に進み、紆余曲折あったものの現在は本に関わる仕事をしています(ぼかさせてください)。
この環境で、圧倒的な力の差やセンスの差を幼い頃から感じていた私は、「創作」に対して相当なハードルを幻視し、「投稿や応募」は世界から削除することになったのです。
これが、今回の結論に至る前の私の背景、土台となるものでした。
私は40歳を超えたあたりから人生のオールを自分の手に持ってくることが少しずつできるようになってきて、昨年あたりからは自分の人生を生きていると実感を伴って歩いています。
このタイミングでnoteをやってなかったら、私のこの一歩は永遠に来なかったと思います。
背中を押してくださったアトランさん、「文才」とおっしゃってくださった歩美さん、Mahinaさん。
そしていつも記事を読んでくださり、スキをくれたりコメントをくださる皆さん。
あなた方の一文字一文字が、私を大きく変えました。
何かになるための応募ではなく、今の私ができる一歩として、ひとつの扉を開けてみます。
まだ何を書くかも決めてない、何でも書ける白紙が目の前に広がっています。
幼い頃の画用紙のように、もう困ったりはしません。クレヨンを持って、好きなように、好きな色で描いていきます。
ここから、私の世界に新しい何かが広がっていくのだろうと思うと、夜明けの光を感じます。
私の人生のしまい込まれた箱を開けてくれたnoteという場所、繋がってくれた方々に、最大限の感謝を。
