【59】強風の夜-ちょっとイイ話
先日、仕事からの帰宅途中で電車が止まってしまった。強風のため、メトロ東西線が降車駅の一駅手前で運行停止になってしまい、「風が弱まり次第、列車は出発します。それまで社内で待機してください。」という社内アナウンスが繰り返されるばかりだった。
最寄り駅まであと一駅。このまま車内待つか、一駅歩くか、流しのタクシーを探すか、私には3つの選択肢があった。超満員の社内で、いつ動き出すかわからない列車の中で待つのは苦痛。外の気温は約10度で、この時期にしては冷たい風が歩く気力を奪った。結果的に、流しのタクシーを探すことに決めた。
満員電車からなんとか降車し、地上に出るとタクシーを待つ人が何人もいた。四つ角から少し離れた場所に行くと、一人の男性がちょうどタクシーを呼び止めたことろだった。「いいなぁ。私もこの次のタクシーに乗れるかな…」とぼんやり見ていた。
すると、その男性が「行先はどちらですか。同じ方向ならどうぞ相乗りしてください。なかなか次のタクシーは来なさそうなので。」と声を掛けてくれた。20代の、清潔感のあるきちんとした会社員といった風貌の柔らかい物腰の方だった。間髪をあけず、「私はA町なので、途中までご一緒させてください。とても助かります。」と言って、タクシーに乗せてもらった。
大手町で勤めている、というその男性と少し世間話をしていると、私の降りる場所が近づいてきた。頭の中で支払いをどうするべきか逡巡していた。私が降りた地点までの金額を払うべきか、相乗りさせてもらったお礼も兼ねてメーターの倍ぐらいの金額を渡そうか、と。2000円を財布から出した。
すると彼は淀みなく、「700円の距離を2人で乗ったので、割勘の350円でいいですか。」と言った。「とんでもないです。私が700円払いますよ。」と返すと、「2人で乗ってそれはおかしいですよ。」と柔らかく諭された。
「わかりました。お言葉に甘えます。」と言うと同時に、ふとfairness(公正、公平)という英単語が頭に浮かんだ。私の中には、融通を利く、利いてもらうことやお礼、心づけといったようなやり取りが、いつの間にか沁みついていたのだ。「二人で乗った距離の料金は半分ずつ支払う」当たり前すぎるぐらい当たり前のことなのに、やけに新鮮で意表をつかれたような衝撃があった。
350円を彼に手渡し、もう一度お礼を言うと、彼は白い歯を見せてにっこりと笑ってくれた。さわやかで親切な対応に少し胸を打たれた。彼一人を乗せたタクシーは、あっという間に過ぎ去り見えなくなったけれど、爽やかで清々しい春の空気が残っていた。
#創作大賞2026 #エッセイ部門
いいなと思ったら応援しよう!
お心遣いに感謝です❤❤
頂いたチップはクリエイター活動のために大切に使わせて頂きます。