
【シロクマ文芸部】SR8080
レシートに、熱を加えると黒くなる。したがってレシートの印字は熱による。
十田恵那は、レシート紙を繰り出し続けた揚げ句に、芯だけになった感熱紙の骸を取り出した。
ロールは芯になれば、どれも同じ顔をしている。
サランラップ然り、トイレットペーパー然り。
恵那は、黒い遮光袋を開封して、白く真新しいレシート紙を取り出すと、プリンタに入れ、紙詰まりしないよう、先を出した。
おかしなもので、このところ歴代の彼氏を脳内で並べてみると、どれもみんな区別が付かない様な、妙な気になってくる。
「今日は患者さん多かったからね」
血圧計のレシート紙の両端が赤くなると、そろそろ交換時期だということで、感熱紙SR8080を発注するのは、新米・恵那の担当だ。
「違う 高血圧の深水さんが12回くらい測ってたせい」
ぷんすかと看護師補助の永瀬さんが教えてくれた。SR8080は1巻400円ほどで、また、ちかぢか値上げになるらしい。
「そっか」
恵那は、そろそろ目立ってきたお腹をなでた。
「十田さん、予定日いつ?」
永瀬さんは助産師でもあるので、訊かずとも一目で見抜かれるんじゃないかと、恵那には思えてならない。
「いやあ まだわかんないんですよね」
恵那は、物憂く、血圧計に腕を通せば、センサーが胎内を感知して、なにがしかの予定日が印字されてくれば楽なのに、などと不埒なことを考える。
「わかってからが早いのよ」
妊娠が分かってから、検診のための通院が月イチ。それがわずらわしくてならない。夫・寿惟がウズウズしているのが伝わるのが、更に厭わしい。
胎児の性別は訊いていない。せめて生まれる前くらいは、ボーダレスを満喫してもらいたいというのが、芽生えたばかりの恵那の親心なのだ。そのうち、寿惟の親心なるものも吐露させようとたくらむものの、案外と水を向けるキッカケは乏しい。帰宅したら寿惟の帰りを待ち、とりあえず一緒に食べ、風呂がわくまで雑談で時間を潰し、風呂から出たら床に入る。
胎児の性別は分からないが、DNA鑑定は済ましている。恵那と寿惟、2人の子で間違いはないらしい。
寿惟はアプリで出会った年上の女性と月イチで逢瀬を楽しんでいるし、恵那は妊娠するまで社内の同僚と浮気していた。
(入籍しても愛しているのは貴方だけ)
それを信じる異性がいるから、世間の良識から踏み外した関係は、どれほど嫌われても密かに営まれる。
恵那がボタンを押すと、血圧計はレシートの白紙を吐き出す。
「愛している」という言葉に、熱などないからレシートは
ずっと白いままなのだ。
「せっかくだもん 血圧、測っちゃおう」
レシートの血圧は、正常値内だった。
【終】